国際局 資金移転対策室 大臣官房企画官 山﨑 貴弘/課長補佐 中村 正行/課長補佐 鈴木 隆俊/係長 山田 佳奈
1.はじめに
マネーローンダリング・テロ資金供与・拡散金融(以下「マネロン等」)対策に関する国際基準の策定・履行を担う多国間の枠組みとして、金融活動作業部会(FATF、Financial Action Task Force)が存在している*1。もっとも、FATFの加盟メンバーは38の国・地域と2つの地域機関(欧州委員会〈EC〉・湾岸協力理事会〈GCC〉)に過ぎず、FATF基準のグローバルかつ効果的な履行に向けては、FATFメンバー以外のマネロン等対策の強化も欠かせない。
こうした観点から、FATFには、FSRB(FATF-Style Regional Bodies)と呼ばれる9つの地域体が置かれており、(FATFに加盟していない)FSRB加盟法域においても、FATFと同様の相互審査を通じて、FATF基準が世界200以上の国・地域に適用されている。FSRBのうち、日本を含むアジア・太平洋地域は、APG(Asia/Pacific Group on Money Laundering:アジア太平洋マネー・ローンダリング対策グループ)がカバーしている。
この9月にアブダビで開催されたAPG年次総会をもって、財務省国際局の梶川光俊審議官がAPGの共同議長(任期約2年)に就任した。本稿では、日本共同議長下の優先事項やアブダビ総会の模様を紹介したい。
2.APGの概要
APGは1997年に設立され、本部はオーストラリア(シドニー)に置かれている。APGには、アメリカやカナダといった先進国、ASEAN諸国のほか太平洋島嶼国など42の法域が加盟しており、他のFSRBに比べても経済規模や地理的な多様性に富んでいることが特徴である。年に1度総会を開催するとともに、域内の相互審査を含む各種作業部会の活動等を通じて、アジア・太平洋地域のマネロン等対策の実効性強化に取り組んでいる。
APGの共同議長は、常任共同議長(オーストラリア)と交代制共同議長(任期約2年)の2名からなり、我が国は2026年のAPG年次総会までを任期として、交代制共同議長に就任したところである。
3.日本共同議長下の優先事項
APGの交代制共同議長としての重要な責務は、マネロン等対策の実効性強化に向け、就任時に任期中の優先事項を設定し、実施することである。我が国は、FATF及びAPGを取り巻く状況も踏まえた優先事項として、(1)次期相互審査の円滑な開始、(2)域内マネロン等対策強化に向けた国際協力、(3)金融分野における新技術への対応、という「3つの柱」を掲げた。
これらの設定に当たっては、地域的な重要性はもとより、FATFにおける優先事項との整合性、我が国の知見活用が可能な分野といった点を考慮要素とした。我が国から提示した「3つの柱」は、地域の課題を的確に捉えた積極的なイニシアティブであると、先の年次総会において広範な支持を得て承認された。また、会議後も個別に日本代表団に感謝と期待を述べるべくアプローチを受ける場面も目立った。今後、関係者と緊密に連携しつつ、以下の取組を着実に実施していく方針である。
写真 議場で次期共同議長としてプレゼンする梶川審議官
(1)次期相互審査の円滑な開始
FATF及びFSRBにおける現下の最重要課題の一つが、次期相互審査とその準備である。FATFは、環境変化に応じた基準改訂等を進めながら、累次の相互審査を通じ、マネロン等対策の実効性向上に努めてきた。特に、本年夏から開始されたFATF第5次(APGは第4次)相互審査では、法令等ルールの整備状況のみならず、官民におけるマネロン等対策の実効性・有効性が問われるほか、よりタイムリーに各国の実施状況を評価すべく、全体の審査期間が6年(前回は10年)と短縮されている。すなわち、APG加盟法域にとっても、被審査法域としての態勢整備や対応強化はもとより、審査側の立場でも審査員派遣準備などが喫緊の課題となっている。我が国も、年内に東京で審査員養成研修を主催するなどし、域内専門家の育成に貢献する方針である。
(2)域内マネロン等対策強化に向けた国際協力
次に、域内マネロン等対策強化に向けた国際協力である。特に、マネロン等対策が進んでいない法域の中には、能力・リソース不足のほか、FATF基準に関する理解が不十分なケースもあり、支援を必要としていることも多い。こうした背景を踏まえ、我が国は、地政学的観点からも重要性を増している太平洋島嶼国や、マネロン等対策の進捗が芳しくない法域を中心に、APGを通じた支援、言わば国際協力に重点を置くこととした。具体的には、現地当局向け研修等を通じた能力構築や、ハイレベルなコミットメントを求めるためのAPG共同議長等による政府高官等との面談を通じた対応要請などを進めていく方針である。
(3)金融分野における新技術への対応
最後に、金融分野における新技術への対応である。新技術の普及はメリットや機会につながる一方、同時にそれがもたらす新しいリスクにも目配りが必要である。マネロン等の文脈でも、グローバルに見ると暗号資産業者への規制対応等が進んでいない法域も多く、官民における理解深化や関連する基準実施の後押しが急務となっている。この点、我が国はFATFで暗号資産等の作業部会をリードしてきた立場も活用しつつ、域内に経験や知見を積極的に共有できる強みがある。APG共同議長としても、暗号資産を含む金融分野における新技術への対応について各種研修イベント(例:ワークショップやウェビナーなど)を開催するほか、他のFSRBとも連携しながら官民対話の場などを提供していく方針である。
4.アブダビAPG年次総会の様子
APGは加盟法域数が最も多いFSRBであるほか、数十名の代表団を組成して参加する法域などもあり、その年次総会は、総勢500名規模に及ぶ大規模な国際会議となる。今年は9月下旬にAPGのオブザーバー国であるUAEによりアブダビのエミレーツ・パレスで開催された*2。会合冒頭にはホストのUAEによるオーケストラ演奏のほか、歴史を紹介する映像が流れるなど、主催国の趣向も凝らされるのがAPG総会の特徴である。
我が国もAPG共同議長として、来年8月下旬目途に東京でAPG総会を開催することを計画している。今次総会でも、最後に梶川審議官が次回総会のアナウンスに加え、共同議長としての抱負を語るとともに、日本を紹介する動画を放映し、参加者の期待は大いに高まった様子であった。この規模の国際会議の主催は一筋縄ではないが、地域のマネロン対策等に関する議論を前に進めるとともに、我が国の魅力をアピールする格好の機会としても活用すべく、関係者で協力しながら準備を進めていきたいと考えている。
ちなみに、総会は、各種作業部会・本会合(Plenary)だけでなく、バイ面談のほか、マネロン等対策強化に向けて技術支援の提供者と受け手をマッチングするための会合なども連日開催され、出張中は体力勝負となる。特に今回は、現地時間の日付が変わった頃に到着し、そのまま翌日午前中から会議が始まった。その後も、日の出前(朝5時頃)にお祈りの時を告げるアザーンがホテルの部屋にも聞こえるほど大音量で流れ、会場を一歩出れば40度近い暑さに見舞われる一方、会場内はスーツでも肌寒いほどに冷房が効いているなど、国際交渉には体調管理も重要であることを改めて実感した。
さらに一部出張者は、ホテルのトイレ天井から水漏れが発生するハプニングに見舞われ、修理を行ってもらうも、その作業でさらに水浸しとなったトイレがそのまま放置される一幕もあった(修理を行ったスタッフは「もう大丈夫」と言い残し去っていったが、滞在最終日、再び同じ事象が発生した)。こうした事態にも動じず、円滑に出張業務を遂行するには、トラブルも含め場数を重ねていくことが欠かせない。
写真 UAEの国鳥でもあるファルコンをモチーフとした記念品
5.結び
本稿では、FATFにおいてアジア・太平洋地域をカバーするAPGの概要やAPG共同議長としての我が国の取組方針、APG総会の模様を中心に紹介した。マネロン等対策には、グローバルな対策強化が不可欠である。我が国としては、今後2年間にわたるAPG共同議長としての立場も最大限活かしつつ、関係省庁間で一層の連携を取りながら、地域的・国際的なマネロン等対策強化に向けた議論を引き続き主導していく方針である。
*1) マネロン等対策の概要に関しては、例えば以下財務省のHP「教えて!マネロン・テロ資金供与・拡散金融対策」等を参照
(https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/amlcftcpf/2.measures.html)。
*2) アブダビ総会の様子は、以下APGのHP参照
(https://apgml.org/news/details.aspx?pcPage=1&n=7224)。