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私立大学を運営してみて

学校法人日本医科大学 理事長  坂本 篤裕

 一主任教授時代から法人の運営業務を徐々に任され、現在は日本医科大学という私立の医学部を主体とする大学と、日本獣医生命科学大学という獣医学部・応用生命科学部で構成される非医学部大学の二つの大学の運営に携わって八年になる。主任教授の立場からは、医療の安全、医療技術の革新・標準化、医療経費の削減が重要と考えてきた。また、法人の運営業務を任された立場からは、社会全体を見据えた官公庁による資源配分が重要と考えるに至っている。今後の私立大学には、地域住民のニーズを的確に捉えること、少子化、グローバル化、技術革新、教育の多様化に対応していくとともに、私立大学の特徴化を図っていくことが、私立大学の未来を形作る主要な要素となるだろう。
 主任教授時代には、医療安全推進と医療経費削減に積極的に努めてきた。特に、類似の医療材料を一つに統一したことは、誤認防止に繋がり、かつ医療経費の削減にも有効であり、650億円もの負債を10年足らずで完済することができた。
 医学部を主体とする大学の運営には、様々な問題が山積している。地域の住民および自治体の医療に対するニーズの違いを考慮しつつ、継続的・先進的な医療の充実を図っていくには、教職員全体による意識改革が最も必要である。また、倫理面を含む医学教育改革、医師の地域偏在・診療科偏在問題、医療における消費税負担問題、医療安全対策、DX推進対策、働き方改革、医師派遣機能問題等にも対応していく必要がある。さらに、私立の医学部では臨床医療により重点が置かれるようになってきているところであり、深刻化している先進医療研究の発表数の低下や、大学院進学率の低下等、国民や自治体への問題意識の啓発活動や、ゆとりある研究を行える環境を整備するための下支えも必要となっている。
 こうした背景の下、現在我々は三つの基本方針に沿って大学の運営を行っている。一つ目が、学内外における情報開示、すなわち学内における財政面を含む課題の周知徹底と、住民・自治体に存在感をアピールすることである。二つ目に、人材を含めた資産を保持すること。私立の医学部も資産をある程度持たないと、先進的教育を賄えないし、住民および自治体の医療に対するニーズに貢献できない。また、物的資産のみならず、資格保有者を含めた大学人の確保が少子化の時代には重要である。三つ目に、重要事項の内部決定。大学の問題点、特に財政面については内部職員が分析を行っており、インハウスでの判断を中心に行っている。
 一方、非医学部の運営においては、一般に公的資金への依存度が低いため、授業料収入や寄付金、研究助成金などを効果的に活用し、安定した財政基盤を築く必要がある。特に少子化が進む中で、学生数の確保は大きな課題であり、グローバル化の視点も踏まえて、国外からの学生を惹きつけるための教育内容が必要となってくる。また、技術革新、特にオンラインやハイブリッド型の授業を導入し、学生が場所・時間にとらわれずに学べる環境の提供が求められている。
 私立大学は日本社会の縮図である。2つの大学のいずれのケースにおいても、その経営には、教育機関としての使命を果たしつつ、持続可能な運営を実現するためのバランスを取ることが求められる。建学の精神を尊ぶこと、大学のブランド価値を高めること、大学の存在意義を社会に示すこと、すなわち、伝統と革新の両立、そして社会の変化とニーズに柔軟に対応する姿勢を続けることが必要である。