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コラム 経済トレンド124

我が国における家賃の動向

大臣官房総合政策課 大村  直人/伊藤  祐嗣

本稿では、我が国における家賃の動向と硬直性について考察する。

足もとの住宅市場と家賃の動向
我が国の住宅市場は、ウッドショックや円安進行を受けた世界的な建設資材価格の高騰、さらには建設労働者の人手不足を背景とする労務費の上昇などもあいまって、2021年以降コスト転嫁の動きが急速に進展した。(図表1 建設資材価格,図表2 建設技能労働者過不足率の推移)
コストプッシュ型の建設単価上昇は、首都圏を中心としたマンション価格の高騰の一因となり、新規募集家賃に対する上昇圧力としても作用した。(図表3 首都圏マンション価格,図表4 首都圏マンション新規募集家賃)
一方、我が国CPIの家賃指数の動向を確認すると、住宅価格や新規募集家賃の動向とは必ずしも一致していない。これはCPIの家賃指数が、継続家賃も含めたストックベースの家賃を捕捉していることなどが一因であるが、硬直性が生じている要因についてはこれに限られないとされる。硬直性に関する指摘は多岐に渡っており、次頁以降にて詳述する。(図表5 CPI家賃の推移,図表6 CPI家賃の硬直性に関する主な指摘)
(出所)建設物価調査会「建設物価指数月報」、国土交通省「建設労働需給調査結果」「住宅着工統計」、不動産経済研究所「首都圏マンション市場動向」、内閣府、アットホーム株式会社、総務省「消費者物価指数」

我が国家賃の硬直性
我が国では住宅総数が総世帯数を上回っており、緩和的な需給構造が続いてきた。(図表7 住宅総数と総世帯数)
こうした需給構造を背景に、契約更新時においては、「家賃は上がらないもの」という商慣習が形成されてきた。CPI家賃は継続家賃も含めた調査であるが、契約更新時における継続家賃の上昇割合は入居者の入替時に比べて低い。(図表8 賃料変動件数割合)
市場に流通する新規募集家賃の上昇が、ストック家賃に反映されづらいとの指摘もある。借主保護を目的とした借地借家法の存在も背景に、賃貸の居住期間は平均4年、最大14年強であり、入居者入替による家賃の上昇機会はそう多くない。(図表9 賃貸住宅の平均居住期間と最大値・最小値)
住宅市場の需給構造や法制度が我が国特有の商慣習を生み出し、それが家賃の硬直性に繋がったと考えられる。(図表10 家賃硬直化に至る経路)
さらに、CPIにおいて経年劣化調整が行われていないとの統計上の課題も指摘されている。総務省の試算によると、経年劣化調整を行う場合、民営家賃の前年同月比は0.7~0.8%上昇し、総合指数への寄与度は+0.1pt程と推計された。(図表11 経年劣化調整後の推計値と総合指数への寄与度)
(出所)大和リビング投資法人、公益財団法人 日本賃貸住宅管理協会「第27回 賃貸住宅市場景況感調査」、総務省「消費者物価指数」「消費者物価指数における民営家賃の経年変化の調整方法」

家賃に関する日米比較
我が国家賃は、諸外国との比較においても硬直性を有しているとされる。
米国における家賃の動向を確認すると、CPI全体の上昇に対する寄与度が高く、我が国とは対照的な動きを示している。CPIに占める住居(家賃を含む)のウェイトの差や、我が国には無い経年劣化調整が米国では反映されているといったテクニカルな要因はありつつも、最大の要因は、家賃改定の柔軟性の差に見出されると思料する。(図表12 日米CPIにおける「住居」の前年比寄与度,図表13 日米総合CPIにおける「住居」ウェイト,図表14 日米CPI「住居」の前年比)
世界的な建設資材価格の高騰に見舞われた2021年以降、米国の住宅価格は急速に上昇し、1年程度のラグをもって家賃の上昇に波及した。「家賃は上がるもの」といった商慣習のもと、新規募集家賃・継続家賃の別なく上昇している可能性が考えられるほか、賃貸住宅の空室率の低さといった需給要因も家賃上昇を後押ししている可能性も考えられる。(図表15 全米住宅価格指数と米国家賃CPI,図表16 賃貸住宅の空室率)
(出所)総務省「消費者物価指数」「住宅・土地統計調査」、米労働省、Federal Reserve Economic Data「S&P CoreLogic Case-Shiller U.S. National Home Price Index」、「Rental Vacancy Rate in the United States」、国土交通省「平成30年住宅・土地統計調査の集計結果(住宅及び世帯に関する基本集計)の概要」

動き始めた我が国の家賃
2023年、我が国CPIの民営家賃が25年来にプラス転化したことを受け、報道等で「物価上昇の波がついに国内の家賃に波及し始めた」との見方が示されつつある。建設費・管理費の高騰を受け、相対的に出費が大きい持家の代替需要として賃貸物件の人気が高まっており、持家中心であったファミリー向け住宅の需給構造に変化が生じつつあるものと思料される。(図表17 需給構造の変化における主な要因)
また、主要REIT(住宅系)の公表資料に基づくと、賃料改定件数に占める「増額」の割合は23年下期以降増加しており、継続家賃の上昇率も緩やかな拡大基調にある。「家賃は上がらないもの」とされてきた商慣習について、変化の兆しがみられている。(図表18 主要REIT(住宅系)における賃料増額割合,図表19 継続家賃の上昇率)
本稿では我が国家賃の動向を整理した。コストプッシュ型インフレを背景とする需給構造の変化を起点に、商慣習にも変化の兆しが見られている。家賃はCPIのウェイトの約2割を占めており、マクロ経済や金融政策へ及ぼす影響も大きい。長年にわたり硬直性を有していた我が国家賃が基調的な上昇に転じるか否か、その動向を一層注視していく必要がある。(図表20 家賃上昇に至る経路)
(出所)「物価高、家賃も動かす 指数25年ぶりに上昇」日本経済新聞2024-04-09、アドバンスレジデンス投資法人、総務省「消費者物価指数」、国土交通省「住宅着工統計」

(注)文中、意見に関る部分は全て筆者の私見である。