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財務総合政策研究所の令和5(2023)事務年度の活動について

前・財務総合政策研究所長 渡部  晶

はじめに
 筆者は、令和5(2023)年7月4日付けで財務総合政策研究所長を拝命し、令和6(2024)年7月5日に退官するまでの1年間、財務総合政策研究所(以下「財務総研」と呼ぶ。)の活動を統括してきた。本稿では、この1年間の動きを概説してみたい。
 財務総研は、行政組織上は、国家行政組織法第8条の2の「施設等機関」にあたる*1。この「施設等機関」として、様々な機関がある。財務総研は、財務省組織令第66条に基づいて設置され、同令第67条でその事務が規定されている*2。財務総合政策研究所の前身になる財政金融研究所は、昭和60(1985)年5月1日に発足した。社会・経済構造の変化を踏まえ、日ごろ短期的な業務に追われがちな行政部局から一歩離れて、中長期的な観点から政策運営のあり方につき掘り下げた研究が必要という観点から設置されたものである*3。
 令和7(2025)年5月1日に財政金融研究所の創設から数えれば40周年の節目となるので、この機会に沿革を振り返ると下記のようになる。
 昭和54 (1979)年7月 大臣官房調査企画課に財政金融研究室設置*4
 昭和60 (1985)年5月 財政金融研究所開所
 平成2 (1990)年7月 調査統計部設置
 平成4 (1992)年7月 研究部に国際交流室設置
 平成12 (2000)年7月 財務総合政策研究所へ機構改正
 平成18 (2006)年7月 研究部に財政経済計量分析室を設置
 平成27 (2015)年5月 機構改正により総務研究部等を設置
 現在、研究所には、総務研究部、資料情報部、調査統計部、研修部の4部がおかれている。
 定員は令和5(2023)年度末で62名。現実に研究活動にかかわるスタッフはまさに「少数精鋭」といっていいだろう*5。予算は、システム予算、研修部予算を除くと約4億円程度の規模である。国際交流のための予算は毎年低下傾向にある。一方で、後述するように「行政データの分析」というフロンティアを開拓していくには従来より経費等が必要になることが想定される。

1.令和5(2023)事務年度の活動
(1)総説(財務総研の活動の広報等)
 財務総研の活動については、財務省のホームページへの掲載のほか、公式SNS(Facebook,X)・メールマガジンを発信している。また、学術論文誌「フィナンシャル・レビュー」に定期的に年度毎の活動について記載している。直近の「令和5(2023)年度(令和5(2023)年4月~令和6(2024)年3月)の財務総合政策研究所の活動」については、本年8月に出た令和6(2024)年通巻第157号に掲載された。
 さらに、財務省広報誌ファイナンスでは、所員の寄稿により、「PRI Open Campus~財務総研の研究・交流活動紹介~」という連載を行っている。直近の令和6(2024)年9月号では、連載35回目「韓国との研究交流強化」(執筆者:財務総合政策研究所 総務研究部 総務課長 川本敦、国際交流課課長 田畠秀高、同国際交流専門官 織田史郎、同企画調整係長 福本満)との記事を寄せている。
(2)令和5(2023)事務年度の活動にあたって考えたこと
(1)トライアンドエラー
 上述のように、財務総研の事務の内容自体は、財務省組織令第67条で規定されているが、ミッションを明示しているわけではない。財務省全体としては、財務省再生プロジェクトの活動の中で、「国の信用を守り、希望ある社会を次世代に引き継ぐ」を使命として明確化した*6。財務総研においては、過去からのアカデミックな知見を踏まえた上で、そうした知見や独自の新たな視点を資料化して財務省職員に提供していくことが大きな仕事ではないかと考えた。
 ここで、研究とは知の公共財をつくることだといわれる。有名な言葉に「巨人の肩に乗る」という言葉がある。万有引力で知られるアイザック・ニュートンが書簡(1676年)で用いたという。曰く、「私が遠くまで見通せたのだとしたら、それは巨人の肩の上に乗っていたからです」ということだ。偉大な先人たちの業績や先行研究などを巨人に喩えて、現在の学術研究の新たな知見や視座、学問の進展といったものもそれらの積み重ねの上に構築され、新しい知の地平線が開かれることを端的に示した言葉とされている。
 それでは、目の前の顧客である、財務省の職員がどういうことで知見の提供が欲しいか、については必ずしも正解が決まっているわけではない。この点について、筆者が研修部担当の副所長としてかかわった「職員トップセミナー」(令和5(2023)年8月25日開催)で講師をしていただいたホッピービバレッジの石渡美奈・代表取締役社長の講話が示唆深く感じた。「市場調査で『ホッピーはダサすぎる』『もっとオシャレなものにしてほしい』『割って飲むのが面倒なのであらかじめ割った商品を作ってほしい』という声があったので、お客様の声をそのまま守って、広告会社勤務時代に友達になったデザイナーとコピーライターにお願いしてホッピーハイという商品を作ってもらいました。しかしこの商品が世の中に出た瞬間、『ホッピーがこんなにオシャレであるはずがない』というお客様からの声がありました。こいつはホッピーという名を被った偽ものに違いない、ということです。また、ホッピーハイは焼酎で割っているわけではないので、いつもの味にならないのです。結局のところ、居酒屋で飲むホッピーと違うじゃないか、割らないとつまらないじゃないか、ということになり、大失敗でした。スティーブ・ジョブス氏が「多くの場合、人は形にして見せてもらうまで、自分は何が欲しいのか分からない」という名言を残していますが、本当に彼の言う通りで、実はお客様も本当に欲しいものはお分かりになっていない、ということを知る経験になりました」というものだ。
 財務総研も、職員にアンケートしてニーズをはかることは大切かもしれないが、マーケティングをしただけでは職員が本当に欲しいものがわかるわけではないので、自らも考え抜かなければならない、というオチになる。ホッピービバレッジにも失敗談があるように、我々の仕事がいつも飛ぶように売れるというわけにはいかないかもしれない。トライアンドエラーをしながら取組むことが非常に重要だ。
 そのように考えると、財務総研の業務を、フローとストックという視点で分けると、ストックについて十分活かされているだろうか。財務総研の長年に亘る活動で蓄積された知見を財務省のナレッジとして更に利活用していくことを考えるべきではないか。あるいは、伝統的な業務だが、図書館業務についても、デジタル化の波の中で、最近新たな動きが生まれてきている*7。
(2)活動の力点
 活動の力点としては以下のような点を考えた。
 ・財政についての研究(財政法など法律分野も含めたアカデミアとのネットワークの構築と維持)、財政にかかわる経済学の研究動向の把握・整理、行政データの利活用の促進
 ・統計作成の現場である財務局との意見交換の場の構築や地方のシンクタンクとのネットワーク構築
 ・国立国会図書館支部図書館としての立場から、近年進展著しい国立国会図書館の業務動向を職員に伝える
 ・法人企業統計の質の維持
 ・人的資源に限りのある中でのメリハリのある国際協力・交流業務の遂行
 ・財務局職員を中心とした研修の地道な改善と実施
 このうち、行政データの活用については、近年EBPM(Evidence Based Policy Making)に対する取組みが本格化してきた中で、財務総研においても大きな進展がある。
 「官民データ活用促進基本計画」(令和元(2019)年6月14日閣議決定)や「経済財政運営の基本方針2021」(令和3(2021)年6月閣議決定)などを踏まえて、輸出入申告データを財務省の政策の検討に資するための学術研究に活用することにしている*8。
(3)中長期的な財政経済に関する調査・研究など
(1)財政経済及び海外情勢に関する調査・研究など
 中長期的な観点からの財政経済に関する研究会と、中国、インド、ASEANに関する研究会を例年通り実施した。
 前者の研究会は、近年は毎年1つ立ち上げている。令和5(2023)事務年度は、「日本経済と資金循環の構造変化に関する研究会」(座長:宇南山卓・京都大学経済研究所教授)を開催し、本年6月に報告書を取りまとめた。
 研究会では、資金循環から見た日本経済の課題の例として、家計部門での消費の低迷、企業部門での内部留保の積み上がり、政府債務の増大、経常収支の黒字の縮小という4つの課題が指摘された*9。
 宇南山座長の問題意識にあるように「資金循環を通じて、これまで指摘されてきた日本経済の課題を相互に関連づけることができるという点でもマクロで見た意義のある議論ができる」ということは、本来マクロ経済官庁の一角にあるはずの財務省の研究所にふさわしい研究テーマと考えたところである。(図1 今、なぜ「資金循環」に注目するのか ~ 資金需給の構図及び表1 非金融法人企業部門フロー金額を参照)
 本年は、広報強化の観点から、マスメディアやシンクタンクに向けて、委員参加によるセミナーを6月14日に実地とオンライン併用で開催した*10。このセミナーへの参加をきっかけとして、9月25日朝の「BSテレ東・日経モーニングプラスFTでは、「『金利のある世界』で資金循環に変化」と題した特集が組まれ、研究会メンバーの佐々木百合・明治学院大学経済学部教授が番組に出演して、研究会の成果を語る機会を得た。
 また、平成5(1993)年から約30年にわたり開催されてきた「中国研究会」(座長:國分良成・前防衛大学校長・慶應義塾大学名誉教授)*11のほか、「インドワークショップ」*12、「ASEANワークショップ」*13(いずれも座長:浦田秀次郎・早稲田大学名誉教授)も開催された。
(2)行政データを利活用した調査・研究
 政策部局と連携した研究は、上述のように今後の進展が期待される分野である。ただ、筆者は、独立行政法人経済産業研究所EBPMセンター主催が開催した「EBPM推進のための検討会」*14に何度か参加したが、英米での分析に携わる人的資源の手厚さに驚愕したことも付け加えておきたい。
 なお、国税庁では財務総研に先駆け行政データの利活用について検討を行い、税務大学校において、税務データを活用した共同研究に取り組んでいる*15。
(3)国際会議、シンポジウム
 平成26(2015)事務年度より、財務総研では、IMF財政局、アジア開発銀行研究所(ADBI)と共催して「Tokyo Fiscal Forum」を開催してきた。直近では、「透明で効率的な歳入確保と支出による財政の強化」をテーマとして、政策担当者や有識者を集めたフォーラムを令和6(2024)年6月5日及び6日に対面及びオンラインで開催した*16。今回で第9回目となった。写真1参照
写真1 TOKYO FISCAL FORUM フォトセッションの模様
(4)学術誌等の編集・発行
 財務総研では、フィナンシャル・レビューを昭和61(1986)年から刊行を続けている。最近は年4冊程度を刊行している。財政・経済の諸問題について、第一線の研究者、専門家の参加の下に、分析・研究した論文をとりまとめたものである。令和4(2022)年12月に刊行された通巻第150号の記念企画はコロナ禍で遅れていたが、財務省広報誌ファイナンス2024年3月号で、「フィナンシャル・レビュー:振り返りと今後に向けて」*17との記事を掲載することができた。筆者も、河合正弘先生、吉野直行先生とのインタビューを担当した。お二人からは、それぞれ、財務省職員に対して、「私は国際局に2年おりましたので、職員の皆さんがしっかり仕事をされていることは知っています。しかし、どうしても特定の分野のことに集中してしまうので、もっと幅広いことを考えるような時間があってもいいのではないかと思っていました。もちろん特定の分野を掘り下げていくことは必要ですが、それを取り囲む全体像を理解し把握していくことも重要です。フィナレビを読んで、専門家や学者はどういったことを考えているのかを理解し、全体像を押さえてみることで、仕事への熱意ややり方が少し変わるかもしれません。また、職員の皆さんがフィナレビ向けの論文を書く機会がもっとあってもいいのではないかと思っています。論文を書くことで、様々な現象を論理的に整理し、さらにそれまで知らなかったことや気づかなかったことも取り込んで、データを駆使しつつエビデンスに基づいた結果を導き出し、政策的な含意をまとめることができます。財務省職員全体の知的レベルは高いわけですが、それをさらに向上させることができると考えます。」(河合)、「まず、財務省の中におられる方たちと学者が一緒に論文を書くことは良いと思います。通巻第26号の論文は、財務総研の研究員の方たちと一緒に書きました。また、財務総研と省内の各部局でうまくコラボレーションできると、財務総研の価値は上がると思います。現場が抱えている問題には、短期的に答えが必要なホットなトピックと、時間をかけて検討できるものとあると思いますが、前者については、その分野で専門家はどういった意見を持っているのか、財務総研がサーベイを提供することには意義があると思います。他方、時間をかけられるテーマについては、1~2年かけてじっくりと分析をすれば良いと思います。」(吉野)などの貴重なご意見を頂くことができて有意義であった。
(4)海外研究機関との研究交流・知的支援
(1)研究交流
 財務総研では、中国(財政科学研究院(CAFS)、国際経済交流センター等)、ベトナム(財政省財政研究所(NIF))、インド(インド国際経済関係研究所(ICRIER)、インド応用経済研究所(NCAER)と交流をしてきた。
 韓国とは、二国間の交流実績には乏しいきらいがあった。財務総研は、2006年度から、韓国対外経済政策研究院(KIEP:Korea Institute for International Economic Policy)、中国社会科学院(CASS:Chinese Academy of Social Sciences)との間で締結した覚書に基づく日中韓3ヵ国ワークショップの開催を通じて、韓国の研究機関との交流を行ってきた。また、平成4(1992)年から平成25(2013)年までの間で、韓国企画財政部職員7名を客員研究員として受け入れてきた。他方で、日韓の研究機関二者間の交流は行われてこなかった。韓国は、隣国かつアジアにおける数少ないOECD加盟国として民主主義の価値観を共有する先進国である他、日韓両国は、米国との外交・防衛上の面から強固な結び付きがある。また、財務トラックでも、昨年6月に7年ぶりに日韓財務対話が東京で再開されるなど関係を強化している。こうした中で、在韓国日本大使館を通じて、KIPF(韓国租税財政研究院:Korea Institute of Public Finance)が韓国有数の政府系シンクタンクとして、税制、財政政策等を研究の柱としており、財務総研と研究分野が重なる部分が多く、研究交流先の候補になり得るのではとの助言を得た。このような流れの中で、事務年度末になるが、6月20日、筆者、川本総務課長以下4名でKIPFを訪問して、KIPFとの間で覚書(MOI)を締結し、共同活動を通じて協力関係を発展させることに合意した*18。写真2参照
写真2 (KIPF MOF署名)キム院長との署名後のMOI披露の模様
 筆者としては、岩間陽子・政策研究大学院大学教授(国際政治学)が指摘するように*19、独仏のエリゼ条約のように、日本と韓国が様々な問題をかかえつつも、それと並行しての交流を地道に息長く実施していくことが両国の今後のためにたいへん有意義だと考えており、今後の進展にも期待したいところである。
(2)知的支援(開発途上国の財務省等の若手幹部候補生の受入研修、中小企業金融支援)
 これまで、財務総研では、平成4(1992)年から、アジアの開発途上国向けに「財政経済セミナー」*20、平成18(2006)年から、ウズベキスタン等の中央アジア諸国向けの「中央アジア・コーカサスセミナー」を開催してきた*21。写真3
写真3 2023年中央コーカサスセミナー閉講式
 平成3(1991)年12月ソ連の解体に伴い、多数の独立国が誕生するとともに、旧ソ連の対外資産・債権・債務の処理がG7での大きな課題になったことから、日本も中央アジア諸国との交流が深まった。その中で、平成8(1996)年からウズベキスタン金融財政アカデミー(BFA)への知的支援(セミナーへの受入等)が始まった。
 アジアとヨーロッパ、ロシアと中東を結ぶ十字路に当たる中央アジア地域の情勢は、ユーラシア大陸全体の安全保障環境に大きく影響するため、テロなどの脅威や周辺諸国との関係を始めとするこの地域の動向は、日本はもとより国際社会全体の大きな関心事項となってきているという。財務総研としては、これまでの取組みを振り返りつつ、重要性を増したこの地域への知的支援で貢献することは大いに意義があるものと思われる。
 また、日本政策金融公庫国民生活事業と連携する形で約20年にわたり中小企業金融支援を実施している。令和5(2023)年からは、カンボジア中小企業銀行(SME Bank of Cambodia(以下、「SME Bank」))に対する支援に取り組んでいる。
(5)財政史の編纂・図書館の運営
(1)修史事業としての「財政史」
 「財政史」は、財務省の行政の事績を政策の分野別に期間を区切って編纂した史録である。その編纂は、財務省の行政の正確な記録を遺し、財務省の行政の企画、立案、また一般の学術研究の参考の用に供することを目的としている。
 「財政史」はこれまで、『明治財政史』シリーズから『平成財政史-平成元~12年度』シリーズまでが刊行された。現在、平成13(2001)年度以降を対象とする平成財政史を編纂中である。
 歴史書を編集することは、たいへんな労力がいることを改めて認識したが、「国の信用を守り、希望ある社会を次世代に引き継ぐ」との使命に鑑みても必要不可欠の事業であると考えられる。正確な財政史を後世に残すためには編纂体制が重要となる。財政学等の有識者の方々に執筆や監修に参加いただくとともに、実際に業務に携わった元職員や職務に精通した現役職員が内容の正確性を期すために確認を行うなど、財政史が刊行されるまでにはたいへんな労力をかけているのである。
(2)図書館の運営
 約17万冊の図書を所蔵している。前述のように、国立国会図書館の支部図書館でもある。国立国会図書館法は、その目的(第2条)に「国立国会図書館は、図書及びその他の図書館資料を蒐集し、国会議員の職務の遂行に資するとともに、行政及び司法の各部門に対し、更に日本国民に対し、この法律に規定する図書館奉仕を提供することを目的とする。」とあり、「行政への図書館奉仕」にも目配りされている。そして、第七章に「行政及び司法の各部門への奉仕」の各種規定があるが、前述のように、デジタル化で様々なサービス改善が進む中、あまり進展がみられない領域と感じている。
(6)統計調査の作成・公表*22
 財務総研では、我が国の経済活動の主要部分を占める企業活動の実態を把握し、経済財政政策立案の基礎資料等として利用するために、「法人企業統計調査」と「法人企業景気予測調査」の2つの企業統計調査を実施し、結果を集計・公表している。財務総合政策研究所の調査統計部が、財務(支)局・財務事務所、内閣府沖縄総合事務局(以下、「財務局等」)と協力して作成している。統計の信頼性を高めるための、回収率の向上などに財務局等の力は欠かせない。特に、量的には、本社が集中する関東財務局東京事務所との密接な連携は欠かせない。このため、これらの統計作成にかかわる企業や財務局等が前向きに取り組めるような作成プロセスの効率化・円滑化や分析資料の提供(還元)などが課題である。
 平成15(2003)年度から運用している「法人企業統計等ネットワークシステム(以下FABNET:Network System of Financial Statements Statistics and Business Outlook Survey)」が統計調査で重要な役割を担う。FABNETを改善しながら、オンライン調査の普及を進めていく必要がある。
 一方、統計の質の維持も重要だ。令和5(2023)事務年度において、法人企業統計調査における各種の課題について検討を行う中で、令和5(2023)年7-9月期調査から、開業準備中法人の取扱いを見直すこととした。
(1)法人企業統計調査(我が国における営利法人等の企業活動の実態を明らかにするとともに、法人を対象とする各種統計調査のための基礎となる法人名簿を整備することを目的として実施)~四半期毎(9月、12月、3月、6月)に公表。
(2)法人企業景気予測調査(企業活動の現状や今後の見通しを調査)~四半期毎(9月、12月、3月、6月)に公表。
 いずれの調査も、財務省の定期の人事異動の直後に9月の公表まで業務が立て込むことになっており、担当者に対する、そのあたりの事情への配慮が極めて重要である。
(7)財務省職員の能力開発の機会の提供
(1)職員トップセミナー
 幹部職員向け研修の一環として、様々な分野でご活躍されている方を講師にお招きして「職員トップセミナー」を年度内で8回程度開催している。
 令和5(2023)事務年度は、金間大介氏(金沢大学融合研究域融合科学系教授、東京大学未来ビジョン研究センター客員教授)、石渡美奈氏(ホッピービバレッジ株式会社代表取締役社長)、守屋淳氏(作家、中国古典研究家、グロービス経営大学院特任教授)、千住紀子氏(アサヒバイオサイクル株式会社代表取締役社長)、増田明美氏(スポーツジャーナリスト・大阪芸術大学教授)、與那覇潤氏(評論家)、原田尚美氏(東京大学 大気海洋研究所 国際・地域連携研究センター 教授)、森岡毅氏(株式会社刀 代表取締役 CEO)にご登壇いただいた。
(2)ランチミーティング
 職員一般向けセミナーで、月に2~4回程度実施している。令和5(2023)事務年度は、7月20日開催の松岡聡氏(理化学研究所計算科学研究センター センター長/東京工業大学情報理工学院特定教授)から本年6月21日開催の牧野邦昭氏(慶應義塾大学経済学部教授)まで計40回開催した。
 今年の取組みとしては、5月以降、「財政」に関して4回のシリーズで講師を依頼したことがあげられる。「財政」について、信頼性の高い有識者に論じてもらう有意義な機会を職員に提供できたものと考えている。
 吉川洋氏(東京大学名誉教授)、森田長太郎氏(オールニッポン・アセットマネジメント株式会社執行役員・チーフストラテジスト/株式会社ウォールズ&ブリッジ代表取締役)・ディスカッサント:小黒 一正氏(法政大学経済学部教授/財務総合政策研究所上席客員研究員)、松本 朋子氏(東京理科大学教養教育研究院准教授)、牧野 邦昭氏(慶應義塾大学経済学部教授)にご登壇いただいた*23。
(3)研修
 平成21(2009)年から、本省総合職職員等を対象に、経済理論と実証分析に関する講義及び論文執筆を中心とした研修を実施している。過去にあった類似の研修と同じ「財政経済理論研修」という名称を使用している。
 また、財務局職員向けに、財務総研研修部主催の「中央研修」、各財務局が実施する「地方研修」、自学自習の「通信研修」を組み合わせて職員に提供している。
研修部では、昨年6月に改定した「財務局の使命と目指す職員像」」の実現に向けて研修体系をあらためて整理し、職員が知識・見識を深めるために学び続ける姿勢をサポートすることにしている*24。

おわりに
 以上、令和5(2023)事務年度の財務総研の活動を私見を交えつつ概観した。筆者は令和6(2024)年7月5日付けで、入省以来37年3か月ほどの期間をもって、退官させていただいた。
 この間、広報的な仕事に携わる機会も多かったが、遺憾ながら、我が国の財政をめぐる状況について十分に世の中で理解を深めることはできなかった。今後もこの問題については、私人の立場からも試行錯誤を続けてまいりたい。
 なお、令和6(2023)事務年度において、筆者は、これまでの自分のキャリアに鑑みて、地方にあるシンクタンクとの交流を試みた。地域に根ざした課題の調査研究や提言活動に携わる全国のシンクタンクが、地方シンクタンク相互の交流を深めることにより、地域における政策研究の質的向上をはかり、地域の自立発展に寄与することを目的に昭和60年に設立された任意団体として「地方シンクタンク協議会」が存在する。ここには、北海道から九州までのシンクタンクが参加している。このうち、一般財団法人アジア太平洋研究所、一般財団法人関西情報センター、公益財団法人中国地域創造研究センター、公益財団法人徳島経済研究所、公益財団法人九州経済調査協会を訪問し、相互の活動内容の紹介、今後の交流の可能性について、現地に赴いて意見交換を行った。財務総研が令和4(2022)事務年度に開催した「生産性・所得・付加価値に関する研究会」報告の概要を説明したところ、強い関心が示された。このような状況を踏まえ、今回の「日本経済と資金循環の構造変化に関する研究会」報告については広報を強化したものである。財務総研の研究成果については各方面に広く知られることは、大変有意義と考える。費やせる資源には限りはあるものの、これまで培ってきた様々なネットワークを活用して、研究成果の周知に取り組んでいくことを今後とも期待したい。
 平成23(2011)年から思い立って、毎年、自分のした仕事について、本誌に寄稿するということを続けてきた*25。今回で最後の寄稿となる。
21世紀に入り、ますます混沌とした状況で、実務を担う職員の皆様のご健康とご健勝を祈念して、筆をおく。
 鶴岡将司・前財務総合政策研究所総務研究部総括主任研究官(現大臣官房総合政策課データ分析調整室長)には、本稿の完成において全般にわたりコメントを頂いたことに深謝したい。ただし、本稿で、ありうべき誤りなど文責は筆者にあり、意見にわたる部分は筆者個人の見解である。

プロフィール
渡部  晶(わたべ  あきら)
前・財務総合政策研究所長
1963年福島県生まれ。87年京都大学法学部卒、大蔵省(現財務省)に入省。福岡市総務企画局長、財務省大臣官房地方課長、内閣府大臣官房審議官(沖縄政策担当)、沖縄振興開発公庫副理事長、財務省大臣官房政策立案総括審議官等を経て、財務総合政策研究所長をもって2024年7月に退官。早稲田大学現代政治経済研究所特別研究所員。
出身の福島県いわき市の応援大使を務める。地域活性学会及びデジタルアーカイブ学会員。2024年3月放送大学大学院修士(学術)。学習院大学法学部政治学科非常勤講師(2024年度前期)として特別演習「政策過程分析I」を担当。「月刊コロンブス」(東方通信社)で書評コラムを掲載中。2024年10月より日本経済新聞社が発行する地域情報専門誌「日経グローカル」で月1回「地方財政を俯瞰する」を寄稿。
写真 松江城天守閣にてフレディと。

*1) 国家行政組織法
(施設等機関)
第八条の二 第三条の国の行政機関には、法律の定める所掌事務の範囲内で、法律又は政令の定めるところにより、試験研究機関、検査検定機関、文教研修施設(これらに類する機関及び施設を含む。)、医療更生施設、矯正収容施設及び作業施設を置くことができる。
*2) 財務省組織令
(財務総合政策研究所)
第六十七条財務総合政策研究所は、次に掲げる事務をつかさどる。
一 財務省の所掌に係る政策その他の内外財政経済に関する基礎的又は総合的な調査及び研究並びに資料、情報及び図書の収集、保管、編集及び提供を行うこと。
二 内外財政経済に関する基礎的又は総合的な統計を作成すること。
三 企業の経理の実態に関する統計を作成すること。
四 国立国会図書館支部財務省図書館に関すること。
五 財務省の職員(沖縄総合事務局において、財務局において所掌することとされている事務に従事する職員を含む。)に対して、本省及び財務局の所掌事務に従事するため必要な研修を行うこと。
六 財務省の所掌事務に係る国際協力を行うこと。
*3) 長岡實「財政金融研究所の歩み」『フィナンシャル・レビュー』第50号。大蔵省財政金融研究所 1991年1月
*4) 伊吹文明氏が初代室長であった。伊吹文明(聞き手:望月公一)『保守の旅路』 中央公論新社2024年2月。2023年4月28日から6月15日まで読売新聞朝刊で連載された「[時代の証言者]保守の旅路 伊吹文明」。
*5) 「財務総研で働く経済学の専門家たち~財務総研の研究活動を支える「研究官」~」財務省広報誌ファイナンス2024年6月号
https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/f10_32_1.pdf
*6) 「財務省再生プロジェクトについて」
https://www.mof.go.jp/about_mof/introduction/saisei/index.html
*7) 国立国会図書館は、2021年から2025年までのビジョンである「国立国会図書館のデジタルシフト」に基づき、多様な情報資源を提供するユニバーサルアクセスの実現と、そのための恒久的なインフラとなる国のデジタル情報基盤の拡充を進めている。
https://www.ndl.go.jp/jp/aboutus/vision_ndl.html
*8) 「行政データの活用とは~輸出入申告データ共同研究者に聞く~」財務省広報誌ファイナンス2023年3月号
https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/f10_17.pdf
*9) 「『日本経済と資金循環の 構造変化に関する研究会』報告書をとりまとめました」財務省広報誌ファイナンス2024年8月号
https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/f10_34.pdf
*10) 時事通信のIJUMP記事「[中央省庁だより]◇がっぷり四つに組むが..」(2024年6月24日配信)でも報じられた。
*11) 第29期 中国研究会(令和5年度)
https://www.mof.go.jp/pri/research/conference/china_research_conference/china2023.html
*12) 第13期 インドワークショップ(令和5年度)
https://www.mof.go.jp/pri/research/conference/indiaws/indiaws2023.html
*13) 第8期 ASEANワークショップ(令和5年度)
https://www.mof.go.jp/pri/research/conference/aseanws/asean2023.html
*14) RIETI EBPMセンター主催 令和5年度「EBPM推進のための検討会」とりまとめ
https://www.rieti.go.jp/jp/about/activities/24042201/
第6回検討会で、英米の状況についての報告があったが、「英ではGovernment Analysis Function(政府内の分析専門公務員)として約17,000名が分析を支えている。」とのことである。
*15) 「行政データの利活用とは~税務データ共同研究関係者に聞く~」財務省広報誌ファイナンス2023年7月号
https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/f10_21.pdf
*16) The 9th Tokyo Fiscal Forum「Strengthening Public Finance by Collecting and Spending Transparently and Efficiently」の開催について
https://www.mof.go.jp/pri/research/seminar/tff2024.html
*17) https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/f10_29.pdf
*18) 2024年6月25日に崔相穆(チェ・サンモク)韓国経済副総理兼企画財政部長官と鈴木俊一財務大臣との間で開催された第9回日韓財務大臣級対話において、以下のとおり財務総研とKIPFとの覚書の締結を歓迎することが示された。
~「10.両大臣は、6月20日に韓国租税財政研究院(KIPF)と日本財務省財務総合政策研究所(PRI)の間で覚書(MOI)が署名されたことを歓迎した。本MOIを通じて、KIPFとPRIは両国にとって共通の関心事項についての研究成果を共有する。両大臣はまた、将来、研究機関の間での更なる協力を模索することにも合意した」
*19) 岩間陽子「時評2023 今こそ日韓エリゼ条約を」中央公論2023年9月号 中央公論新社。
*20) 第31回 財政経済セミナーを開催しました
https://www.mof.go.jp/pri/international_exchange/technical_cooperation/sep2023.html
*21) 2023年度 中央アジア・コーカサスセミナーの実施
https://www.mof.go.jp/pri/international_exchange/technical_cooperation/scacc2023.html
*22) 「財務総研で実施している統計調査」財務省広報誌ファイナンス2024年7月号
https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/f10_33.pdf
*23) 外部有識者等による研究所内講演会:最近の講演会資料(1年分)
https://www.mof.go.jp/pri/research/seminar/lmeeting.htm
ご講演の概要は本誌(財務省広報誌ファイナンス2024年10月号)に掲載されているので併せてご一読いただきたい。
*24) 渡部晶・財務局の使命等に係るプロジェクトチーム「『財務局の使命と目指す職員像』について」財務省広報誌ファイナンス2023年7月号
https://www.mof.go.jp/public_relations/finance/202307/202307f.pdf
*25) これまでの筆者の財務省広報誌ファイナンスへの投稿については、国立国会図書館の、財務総研のHPホームページアーカイブを参照されたい。
https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/13720521/www.mof.go.jp/pri/summary/cv/watabe.html