科学技術・イノベーションを切り拓く3GeV高輝度放射光施設NanoTerasu 仙台市
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 NanoTerasu総括事務局長 服部 正
1.概要
3GeV高輝度放射光施設NanoTerasuは、1メートルの10億分の1というナノの世界を観察することができる世界最高水準の先端大型研究施設で、従来に比べて100倍明るい放射光を発生できる最新の円型加速器設計を国内で初めて採用(世界では4例目)した次世代の放射光施設です。電子を加速器によりほぼ光の速さまで加速し、太陽光の約10億倍にも及ぶとても明るい放射光というX線を発生させ、これを物質に照らすことにより観察を行います。放射光施設は、基礎科学はもちろんのこと、エネルギー、材料、デバイス、バイオ、食品など様々な産業領域において幅広く利用され、世界に約50か所存在しています。硬X線(エネルギーの高いX線で、物質の構造の観察に適している。)を得意とするSPring-8(兵庫県)に加え、軟X線(エネルギーの低いX線で、物質の表面や界面の観察に適している。)に強みを有するNanoTerasuが、法律に基づく国の特定放射光施設として整備、運用されることになりました。
NanoTerasuは、我が国初となる「官民地域パートナーシップ」に基づき、施設設置者である量子科学技術研究開発機構と、地域パートナーの主体・代表機関である光科学イノベーションセンターが、宮城県、仙台市、東北大学、東北経済連合会の参画を得て整備しました。整備の分担として、加速器と共用ビームライン3本の整備等を量子科学技術研究開発機構が、基本建屋とコアリションビームライン7本の整備等を光科学イノベーションセンターが担いました。
NanoTerasuは、整備を担った量子科学技術研究開発機構と光科学イノベーションセンターに加え、法律に基づき利用促進業務を行う公益財団法人高輝度高科学研究センターの参画を得て、当初の予定通り令和6年4月1日より運用を開始し、同月9日には光科学イノベーションセンターが運用するコアリション利用の利用者を初めて受け入れました。
NanoTerasuでは我が国の放射光施設で初めて、利用者が実験を行うためのエリア(実験ホール)を放射線管理区域から除外することに成功しました。その結果、必ずしもすべての利用者が放射線業務従事者にならなくても実験に参加することが可能です。
加えて、NanoTerasuは、宮城県仙台市の東北大学青葉山新キャンパス内に立地しており、東北大学とも連携し、NanoTerasuを中核としたイノベーション・エコシステムの形成が期待されています。
写真 NanoTerasuの全景
2.NanoTerasuの加速器
NanoTerasuの加速器は線型加速器と円型加速器で構成されています。電子を3GeV(ギガエレクトロンボルト)まで加速するための長さ110mの線型加速器は、電子を発生させる電子源と発生した電子をほぼ光速の3GeVまで加速する長さ2mの高周波加速管(Cバンド加速管)40本で構成され、高周波の周波数を2倍にすることで従来の半分の距離で電子を加速することが可能です。電子を蓄積し円形軌道上を周回させる円型加速器は、電子の方向を曲げることで円形軌道上に電子を蓄積する64台の偏向電磁石、電子を小さく集める160台の四極電磁石と160台の六極電磁石、放射光を発生して失ったエネルギーを補うための4台の大型加速空胴で構成されています。この線型加速器と円型加速器の各構成機器は最新のアライメント技術により調整され、人間の髪の毛の太さの半分程度の50マイクロメートル以内の高精度で並べられています。
写真 放射光発生の仕組み
写真 NanoTerasuの線型加速器
写真 NanoTerasuの円型加速器(蓄積リング)
3.NanoTerasuのビームライン
放射光を発生させるとともに、発生した放射光を取り出し、様々な用途の利用に供するビームラインは、明るい放射光を発生する挿入光源、放射光のエネルギーを調整する光学系、試料の測定を行うエンドステーションで構成されています。NanoTerasuには最大で28本のビームラインの建設が可能ですが、運用開始時点ではそのうち10本が整備されました。量子科学技術研究開発機構が整備・運用する3本の共用ビームラインは、加速器の光源性能を最大限活かすように設計されており、世界最高性能のエネルギー分解能や空間分解能、高速偏光スイッチングの実現を目指しています。光科学イノベーションセンターが整備・運用する7本のコアリションビームラインは、様々な産業及び学術分野における研究開発を支援し、イノベーションの推進力となるように設計されています。
写真 挿入光源
写真 エンドステーション
4.NanoTerasuの利用制度
NanoTerasuの利用には、共用利用とコアリション利用の2つの利用制度があります。
共用利用は、年数回程度課題募集が行われ、利用を希望する者が課題申請を行い、公平に利用機会を分配するため課題審査委員会の審査を経て利用が可能となるもので、原則としてすべての者が申請可能です。
利用によって得られた成果は原則として公開で、消耗品の実費負担以外の利用料金は発生しませんが、利用料金を支払うことで、成果を専有することもできます。
一方、コアリション利用は、加入金を拠出したコアリションメンバーだけが、光科学イノベーションセンターが整備をしたコアリションビームラインを利用できるもので、課題審査無しで、原則1ヶ月前まで利用予約が可能です。利用料金は発生しますが、全て成果専有利用が可能です。
これら2つの利用制度が相補的に運用されることにより、利用者の多様なニーズに応え、先端科学の開拓とイノベーションの創出を目指します。
5.将来展望
NanoTerasuは、今後ともビームラインの増設やデータ解析環境の整備を進めること加えて、世界最先端の研究施設であることを強みとして、人と人、研究と研究、技術と技術などが交わり、結び付けることのできるコミュニティを形成する場所となるよう挑戦してまいります。
住民が主役の地域づくり 琴浦町
琴浦町役場企画政策課 移住定住推進室 係長 浜川 明
1.はじめに
琴浦町は、鳥取県のほぼ中央に位置する人口約1万6千人の町です。南に中国地方一の高峰大山山麓、北は日本海に面し、商工業、農業、漁業がバランスよく発展しています。小さな町ではありますが、山から海まで「小さいくせにぜんぶある惑星コトウラ」としてPRしています。
2022年には琴浦町全域が過疎地域指定を受け、人口減少・少子高齢化対策が喫緊の課題となっています。
そんな中、雑誌等で移住定住促進に積極的な市町村として琴浦町が紹介され、注目いただくようになりました。本稿ではそのきっかけとなった官民一体となったまちづくりを紹介します。
2.住民の力による地域づくり
琴浦町は住民主体のまちづくり活動が盛んです。地域のプレーヤーを中心として様々な活動が生まれており、活動団体同士をつなぐ支援組織も住民主体で立ち上がっています。
住民主体の移住者支援サークル「琴浦ポレポレな暮らし」は、月に1度、暮らしの相談や友達づくりの場として『ポレポレカフェ』を開催し、移住者や地元住民が集まり交流しています。ポレポレカフェはテーブルトークだけでなく、サーモン養殖場見学やサウナ体験会、移住者が作るクラフトビール試飲会等の活動で交流を図り、参加者同士が打ち解け気軽に話せる場となっています。
町の新たな観光地として注目を集めているのが、ゴロタ石といわれる丸い石が集積した珍しい自然海岸「鳴り石の浜」です。この海岸は、地元ボランティア「鳴り石の浜プロジェクト」の活動により観光地化されました。誰も注目していなかった石の海岸線が全国的にも珍しいことに着目し、浜の保全維持、塔や展望台建設、遊歩道整備、祭り開催、カフェ運営、ひまわりの植栽など、ハード・ソフト両面で効果的な活動を行い、今では琴浦町を代表する観光スポットとなりました。
そのほか、茅葺屋根の古民家を農家民宿として運営するNPO法人琴浦立子谷ふるさとプロジェクト、約1ヘクタールのひまわり畑を満開にし新たな名所として定着させた琴浦町農業青年会議、中山間地域の活性化や交流を通じたシビックプライド醸成を目的に様々なイベントを開催するコトウラ3区など新しい地域活性化グループが活動をはじめています。
これら住民団体の交流や連携による地域活性化を図るため「琴浦まちづくりネットワーク(まちネット)」が活動しています。まちネットは町内の16団体が加入し、住民参画による地域活動のサポート役として中心的役割を担っています。
写真 ポレポレな暮らしの交流活動
写真 鳴り石の浜海岸清掃の様子
写真 まちネットの事業「コトウランドリーム」
3.個人でも地域づくり
地域を元気にしたいという思いから個人で活動するプレーヤーも生まれてきました。
20年以上使用されていなかった野外ステージ施設を住民ボランティアの手で復活させ開催したライブや、地元の夏祭りを盛り上げるため個人で開催したライブなど、町内で20回以上の音楽イベントを継続的に開催する古着屋さんは音楽を通した地域活動で町を元気にしています。
米子市内のジム経営者による琴浦町初のキックボクシングイベントも開催されました。キックボクシングの大会とあわせて多数の飲食店が出店。県内外から500人以上の参加者を集め琴浦町を盛り上げました。
そのほかにも、町を元気にするために気球イベントを計画中の移住者や、自身のモーターパラグライダー事業の立ち上げ準備を兼ねて砂浜整備を行い、海岸の保全と高校生のビーチバレー活動を支援している移住者など、元気な移住者による地域活性化も進みつつあります。
写真 野外ステージでのライブ
4.人口減対策の一手!関係人口の活躍
地域の担い手不足という課題解決のため、移住定住者の拡大に加えて、地域と多様に関わる「関係人口」の創出にも力を入れています。
田舎で短期間働きたい都会の若者と人手不足で悩む地域の事業者のマッチングへの補助事業や、副業人材により都市部のマーケティング調査等企業の課題解決を図る副業人材活用事業を実施。役場業務でも副業人材を活用し、保育現場の離職防止対策の行政課題解決を行っています。
そのほか、都市と町内の若者がオンラインミーティングでつながりを作る「コトトーク!」、まちづくりに関わる方を関係人口として認定する「コトウラファンサポーター」、学生の就労体験型インターンシップに定住体験を加えた「つながるライフスタイル」等の関係人口事業を展開しています。
5.おわりに
琴浦町には人口減少に伴う担い手不足という課題を、住民自身の手により解決しようとする個人や団体による活動が、ここで紹介しきれなかったものも含め、たくさんあります。また、住民の力に関係人口という町外のマンパワーも加え、行政も力を合わせて、これからのまちづくりを推進していくことが必要と考えています。
活力あるまちづくりを進める琴浦町へお越しいただき、本町の力を感じていただければ幸いです。
住民主体の地域づくりを行う「惑星コトウラ」を応援!
地方創生コンシェルジュ 中国財務局鳥取財務事務所長 平井 芳一
小さな惑星でありながら、住民主体のまちづくり活動で大きな引力を生み出す琴浦町。住民が生み出した引力は、行政を巻き込み、都市部などの関係人口の創出にまで広がっています。人口減少という全国共通の課題解決に最前線で取り組む琴浦町の今後の展開から目が離せません。
鳥取財務事務所においても、地方創生、地域活性化の取組みを応援しています。
森と水とやすらぎの里“くにがみ”国頭村
国頭村 総務課 課長 宮里 幸助
1.はじめに
国頭村は、沖縄本島最北端に位置し、東は太平洋、西は東シナ海に面しています。総面積19,480haと県内で5番目に広い面積を有し、土地利用の約84.3%が森林となっています。村土の多くは、「やんばる国立公園」、「世界自然遺産」の区域となっており、自然環境の保全と利活用の推進が図られています。
本村の人口は、年々減少傾向にあり、令和元年度からの5年間で262人減少し、令和5年度(令和6年1月1日現在)で4,512人となっています。また、65歳以上の割合が37.9%と10人のうち約4人が65歳以上となります。人口減少と高齢化が進行する中、教育や子育て、住まいの確保に力を入れています。また、令和3年7月に国頭村、大宜味村、東村の「やんばるの森」が世界自然遺産に登録され、豊かな自然を活かした魅力あふれる村づくりを推進しています。
写真 (世界自然遺産区域図)
2.子育て
本村では、人口減少の歯止め策として、多くの子育て支援を手厚く提供しています。結婚祝金や出産祝金の支給、高校卒業までの医療費助成、こども園の保育料と副食・主食費の無償化、小中学校の学校給食費の無償化を行っています。
また、小中学校に入学する児童生徒の保護者や中学校を卒業する生徒の保護者に入学・卒業祝金、修学旅行を迎える児童生徒の保護者に対し修学旅行費の一部を支給しています。子育て世帯の経済的負担を軽減し、地域で安心して子育てができる環境を整えています。
写真 (くにがみこども園)
3.住まい
子育て支援と同じく、人口減少対策として住まいの確保に取り組んでいます。まずは、国頭村を知ってもらうための移住体験住宅を移住希望者へ向け2棟用意しています。実際に移住して来られる方に対しては、移住定住促進のための住宅を2棟、また、空き家を改修・活用した住宅を9棟整備しております。平成30年度から順次整備を進め、現在までに全て入居していただいています。令和6年度には、更に空き家活用住宅を3棟整備し、また空き家の活用を希望する家主と住宅を探している借主のマッチングを行う空き家バンク事業を実施し、移住者の受入体制を整えていきます。
4.世界自然遺産と観光
本村は、世界自然遺産に登録された豊かな自然と生物多様性に富んだ「やんばるの森」のエリアに位置する村です。本物の自然を満喫していただけるよう認定ガイドの案内によるネイチャーガイドツアーや森林セラピーツアーを実施し、ここでしか体験できない貴重な時間を提供しています。
また、星空観察を楽しむアストロツーリズムを新たな観光コンテンツとして準備しており、昼間のネイチャーツアーとあわせ、夜はアストロツーリズムを体験していただけるよう取組んでいます。
スポーツ合宿の受入れも積極的に行っており、プロ野球では日本ハムファイターズ、JリーグではFC東京のキャンプが行われています。その他、陸上の実業団チームや大学のスポーツ合宿なども受入れており、秋口や春先には各分野のスポーツ選手やファン・関係者で活気をみせています。
写真 (やんばるの森)
写真 (やんばるの星空)
写真 (くいなエコ・スポレク公園)
5.おわりに
本村は、人口減少と高齢化が進行する小さな村ですが、ここにしかない世界自然遺産に登録された世界に誇れる豊かな自然環境があります。その世界自然遺産「やんばるの森」で、本物を体験できるネイチャーツーリズムやアストロツーリズムのコンテンツ開発に力をいれています。沖縄県を訪れる際は、足を運んでいただけたらと思います。
また、これまで減少傾向にあった人口が、安心して子育てができる環境と住まいの確保に着実に取り組むことで、令和5年度は微増となり、人口減少に歯止めがかかりました。結婚、出産から子育て、教育まで多くの支援策を実施していますので、自然に囲まれた子育て環境や生活様式に関心のある方はぜひ国頭村を移住先の一つとして検討してはいかがでしょうか。
世界自然遺産を活用した魅力ある村づくりに期待
沖縄総合事務局財務部理財課上席調査官 福仲 憲次
国頭村による子育て世帯の経済的負担を軽減する様々な支援や、移住体験住宅や空き家活用住宅の整備など、定住支援の着実な取り組みが実を結び、人口減少の歯止めにつながっています。
また、同村の世界自然遺産「やんばるの森」を活用したネイチャーツーリズムやアストロツーリズム関連の新たなコンテンツの開発が、観光客などの交流人口・関係人口の増加につながり、定住支援策との相乗効果により、村づくりの活力となることを期待します。
図表 二つの利用制度