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ファイナンスライブラリー

評者:日本不動産研究所 理事長 宮内 豊
御厨 邦雄 著
世界税関紀行
日本関税協会 2024年6月 定価 本体1,800円+税

 著者は、22年間のブリュッセル勤務を終え、本年、帰国した。昭和51年に大蔵省に入省した著者は、23年前に課長職を辞し、186の国・地域が加盟する世界税関機構(WCO)で次長を2期7年、トップの事務総局長を3期15年務めた。日仏英西の言語を使いこなし、168もの国・地域を訪問して、首脳や大臣、国際機関のトップらと会談し、各地の税関を視察して回った。そして、世界中の税関の連携と進歩に多くの実績を残した。まさに、世界税関史上、空前のビッグマンとなった。
 どの国でも、税関は、その国と世界を繋ぐ門戸の役割を果たしている。だが、その姿は、国によって様々である。ある国の税関・関税の状況は、その国の政治状況や経済発展状況と密接に関係しているからである。その国の税関・関税の歴史は、地政学、経済、特産品などに深く関係し、その国の歴史そのものと言える。
 著者は、こうした税関・関税の窓を通じて、訪問地の歴史と現状をその地の風景とともに描き出した。たしかに紀行文に違いないが、むしろ全く新しいタイプの世界探訪記とも言うべき一書である。
 著者の視点は、WCOのビジョンや役割を踏まえたものであろう。WCOのビジョンは、“Borders Divide, Customs Connects”(国と国とは、国境が分かち、税関が繋ぐ)である。また、WCOの役割は、(1)税関手続、品目分類、セキュリティ確保等の国際標準の設定、(2)情報交換など税関間の協力、(3)途上国での国際標準実施の支援、である。これらは、異なる背景を有する各国税関を「繋ぐ」ことで達成できるが、そのためには、各国と各国税関が置かれた状況を知悉することが不可欠であろう。
 本書を一読すると、著者が、政治経済はもとより、歴史、地理、文化について、極めて幅広い教養を有することに驚かされる。また、話の引き出しの多さとともに、時に知的なユーモアを織り交ぜた軽妙洒脱なタッチで描かれており、楽しく読み進むことができる。この点は、本書の題名「世界税関紀行」が、世界税関機構との掛け言葉であることからもうかがえよう。なお、石原一彦氏による著者の似顔絵入りイラストは、各地の税関事情をコミカルに描いており、彩りを添えている。
 加えて、先進国からアフリカやカリブの島々まで、世界中の街の息吹が伝わるような描写も、本書の魅力である。このような国や場所があるものなのかと、驚いたり、ワクワクしたりする。まるで、スター・トレックを見ているようだ。訪問先だけでなく、登場人物も多彩である。ゼレンスキー大統領や中東の王族等との面会をはじめ大変興味深い。
 全編を通じて、税関への熱い思いに満ちているのも、流石である。それは、税関とそこで働く職員に対する敬意であり、誇りであり、慈父のような愛情でもある。同時に、税関の進歩を通じて、各国をより深く繋げ、ひいては世界の発展に貢献するのだという強い気概が感じられる。世界中の税関にとって、長年、著者をWCOに戴くことができたのは、実に幸運なことであったと、あらためて思う。
 なお、本書の中で異彩を放っている「新型コロナウイルス日記」は、新型コロナに対するWCOの対応が記録されている。(1)ビデオ会議等を駆使した活動継続、(2)医療物資の迅速通関等の技術支援、(3)他の国際機関との連携など、将来のパンデミックに対する貴重な先例となるだろう。そこでは、国際機関トップの有事対応が、いかに重要かつ困難な決断の連続であるかも、読み取れる。
 国家の枠組みを超えたビッグマンの著書を読み終えて、著者のような日本人が、空前であっても絶後でないことを願ってやまない。もっとも、御厨氏に続く人物が現れたとしても、本書を超える書物を著すことは難しいだろう。したがって、本書は、空前絶後の著作と言えよう。
 税関や貿易の関係者や国際機関での勤務をお考えの方には必読書だが、世界の国々や海外旅行に関心のある皆さんにも、一読をお薦めする。