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ファイナンスライブラリー

評者 渡部 晶
来間 泰男 著
琉球王国から沖縄県へ よくわかる沖縄の歴史
日本経済評論社 2023年11月 定価 本体2,600円+税

著者は、沖縄国際大学名誉教授で、最近は歴史叙述に取り組む。「よくわかる沖縄の歴史」は本書を含めて3冊発刊されており、前作の「琉球近世の社会のかたち」は本誌2023年3月号のライブラリーで紹介した。
本書の構成は、はじめに、第1話 徳川幕府から明治政府へ、第2話 琉球王国から沖縄県へ、第3話 「琉球処分」をどうみるか、第4話 「旧慣」はなぜ残されたのか、第5話 「近代化」を進める明治期の日本、第6話 「外からの目」で見た明治期の沖縄、第7話 統計などに見る明治の沖縄、第8話 日清戦争と日本・沖縄の転機、第9話 「旧慣」の改変は民衆の運動に突き動かされたものか、第10話 「旧慣」の改変―沖縄県土地整理事業、おわりに、となっている。前書同様、各話の冒頭に簡潔に著者の考察の視点が示されており、内容の理解に資している。本文は主要な先行学説を批判的に検討して、著者の見解を開陳するという叙述スタイルをとる。
はじめに、で、本書の内容について、「まず、『琉球処分』(1879年)によって、政治的に統合され、次いで20年後の『沖縄県土地整理事業』(1899~1903年)によって、経済的・社会的に統合されたのである。この本は、この二つのビック・イベントに挟まれた時代をあつかう。歴史学でいう『近世』につぐ『近代』の、その前半という時代にあたる」とする。そして「一方の日本が、『新しい社会のかたち』を作っていくのに、他方の沖縄はそうではなかった、そこを見てほしい」という。
いまでも政治言説などで現実の論争の起点となっている「琉球処分」について、著者は、「歴史はジグザグに進行する。琉球処分のように、軍事力・警察力を背景に、強権的に執行されたことであっても、負の側面だけをみるのは一面的である。(中略)そのことが契機となって、琉球/沖縄の歴史は展開していくという、もう一つの側面をとらえることが必要なのである」とする。このインパクトについて、日本がポツダム宣言を受諾、占領下で日本国憲法が制定されたことを想起してみるのは不謹慎だろうか。沖縄の歩みを知ることは、日本を顧みるのに大きな意義がある。
また、第4話で言及される沖縄における砂糖の生産と流通に関連した1970年代後半の安良城盛昭と西里喜行などの論争を「国が沖縄を収奪したか」を軸に明快にひもとく。そして、この論争で重要な概念である「本源的蓄積」の、西里側に立つ論者の理解不足と「観念」倒れを批判する。評者は、沖縄振興に携わった当時、地元紙が沖縄県における国税収入と沖縄振興予算の額を比べるという記事を定期的に大きく掲載することを不思議に思っていた。なぜなら、沖縄県及び市町村には、振興予算の枠外で国税の一部を原資とする地方交付税交付金等が交付されていて、その2つの数値の比較に整合性がないからだ。沖縄経済を論じる際に「収奪」言説が繰り返されることの意味を大いに考えさせられた。第6話は、文語体の引用文も含まれて口語体になれたものにはやや読みにくいが、当時の沖縄の状況を体感するのに最適である。第7話の統計についての解説も精読に値する重要な内容である。
さらに第10話で解説される「沖縄県土地整理事業」の重要性についての指摘も貴重である。本土の「地租改正」に匹敵する土地制度と租税制度の改変についての叙述は明快だ。
2016年6月に内閣府大臣官房審議官(沖縄政策担当)に任ぜられて以降、沖縄の勉強をせねばということで、これはと思った方に面談したり、沖縄に関する本もあれこれあたったりした。地元紙の報道で著者の講演会の開催を知り、幸運にも講演資料を入手、それを精読することで沖縄の経済社会への理解が格段に進んだ。その後、著者と面談の機会を得て沖縄の土地問題(軍用地主を含む)についてご教示頂いたことは忘れがたい。のちになって、D・H・ロレンスやオーウェル研究で知られる照屋佳男・早稲田大学名誉教授の『私の沖縄ノートー戦前・戦中・戦後』(中央公論新社 2019年7月)を偶然読み、ノーベル文学賞作家大江健三郎により形成された「反日本人」「反本土」という強力な「観念」が沖縄に係る言説にさまざまに影響を与えていることに気づかされた。
著者が、このような「観念」から遠く、「農業経済学」を基盤に、日本と沖縄の相互理解に取り組むことに敬意を表したい。「沖縄土地整理事業」以降の社会のかたちを描く第4冊目の発刊を待ちわびるものである。