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チェンマイ・イニシアティブの緊急融資ファシリティの創設合意に至る議論

前 国際局地域協力課 課長補佐 庄司  浩典


はじめに
ファイナンス令和6年6月号において、2024年5月3日(金)にジョージア・トビリシで開催された「第27回ASEAN+3財務大臣・中央銀行総裁会議」における地域金融協力の成果を紹介した。
一連の成果の中で、特に、チェンマイ・イニシアティブ(CMIM)の「緊急融資ファシリティ(RFF:Regional Financing Facility)」の創設合意は、2014年以来の新たなファシリティ創設という画期的なものであった。
本稿では、2023年に日本がインドネシアとともにASEAN+3の共同議長国としてRFFの議論を開始して以降、創設合意に至るまでにどのような議論をたどったのか、また、制度設計の背景にはどのような考え方があるのかを、現場の視点で私見も交えつつ紹介したい*1。


なぜCMIMにおける新たなファシリティの議論が始まったのか
CMIMは、1997−98年のアジア通貨危機の経験を踏まえ、各国の外貨準備を用いて短期の外貨資金を要請国の通貨と交換する通貨スワップのネットワークを構築し、危機の連鎖と拡大を防ぐことを目的とした仕組みである。このCMIMには、危機が生じた国から要請があった場合に外貨を融通する「危機対応ファシリティ」と、危機は顕在化していないものの潜在的な支援ニーズを有する国に対して、与信枠を設定する「危機予防ファシリティ」の2つのファシリティが存在している。
2023年のASEAN+3の日本共同議長下において、日本から、これら既存ファシリティとは別の、RFFという新ファシリティ創設の議論を開始することを提案した。その動機は、主に2つあった。
1つ目は、CMIMの利便性向上である。2020年に始まったパンデミック下では、IMFの緊急融資は数多く利用された。CMIMはそうした緊急支援の仕組みを有していないことから、主としてASEANメンバーから、CMIMにもこうしたツールを備え、CMIMの一層の利便性向上が必要ではないか、という声が上がっていた。
2つ目は、日本のリーダーシップ発揮である。ASEAN+3の金融協力は、アジア通貨危機のような域内の危機の伝播を繰り返さないという共通の目標の下、「+3」国すなわち、日本・中国・韓国が、ASEAN諸国に対して支援を提供するという姿勢で議論をリードしてきた面が強い。「+3」国の中でも主導的な立場にある日本が、その共同議長国の年に、メンバーに求心力あるRFF創設というCMIMの根本にかかわるようなテーマを取り上げたことは、ASEAN+3の財務プロセスにおける日本の存在感の強化に寄与した。


RFF創設合意に至るまでにたどった議論
RFF創設合意に至るまでの議論には、大きく分けると、(1)RFF提案から2023年5月の財務大臣・中銀総裁会議まで、(2)2023年12月に金沢で行われた財務大臣・中銀総裁代理会議(財務官レベル)まで、(3)2024年5月の財務大臣・中銀総裁会議まで、の3つのフェーズがあった。

〈第1フェーズ:RFF提案から2023年5月財務大臣・中銀総裁会議まで〉
まず、日本の共同議長年が始まる直前の2022年末の財務大臣・中銀総裁代理会議で、日本から、CMIMの新ファシリティについて、日本共同議長下の優先課題として議論を開始したいとの提案を行った。その上で、日本の共同議長年に入った2023年初旬のタスクフォース会議(課長レベル)や、その後の代理会議において、日本から、ASEANメンバーのニーズに応えるべく、IMFの緊急支援の制度に倣い、(金融危機対応ではなく)自然災害やパンデミック等の外生ショックによって生じる国際収支困難に対応するRFFの具体的なアイデアを提示した。
そのポイントは、2点であった。まず第一に、外生ショックに迅速に対応できるように、コンディショナリティ(融資条件)を設定しないこと。第二に、IMFの緊急融資がそうであるように、引出上限額を抑制すること。
こうした日本の提案に対し、多くのメンバーからはRFF創設の議論を歓迎するとの声が当初から聞こえた一方、一部のメンバーからは慎重論も上がった。
慎重派からは、特に、コンディショナリティがない中で、貸付資金の保全が適切に図られるのか、といった点が指摘された。また、自然災害やパンデミック等への対応は、CMIMの国際収支支援の範疇を超えており、本来、こうした対応は世銀やADB等の開発金融機関による財政支援を通じて行うことが適当、仮にRFFを創設する場合はCMIMとは別の枠組みの中に設けるべき、といった意見も出ていた。
2023年5月の財務大臣・中銀総裁会議までには議論は収束せず、同会議の共同ステートメントにおいては、RFF創設の議論を歓迎した。その上で、AMRO*2が2023年末までにRFFの詳細な制度設計に係る提案を策定し、それを代理が検討する運びに合意し、RFFについて議論を継続することになった。

〈第2フェーズ:2023年12月財務大臣・中銀総裁代理会議(財務官レベル)まで〉
2023年5月財務大臣・中銀総裁会議以降、日本の提案をベースに、同年秋のタスクフォース会議等の場でメンバーは議論を進めていった。議論の中で、ASEANメンバーから、引出上限額をCMIMの既存のファシリティよりも抑制しないこと、また、金利水準はCMIMの既存のファシリティより低くすることなど、より借入国の利益に配慮すべきとの意見も出てきた。しかし、議論を重ねる中で、コンディショナリティを設けないことも勘案し、貸付国・借入国双方の利益をバランスさせた制度設計が適切であるとの考えが共有されていった。同時に、RFFは国際収支困難に対応するツールであるという意味において既存のCMIMファシリティと変わりないとの理解も広がり、RFFをCMIMの下に設置することがコンセンサスとなっていった。
そして、2023年12月に金沢で行われた代理会議の共同議長ステートメントにおいては、日本共同議長のリーダーシップの下、代理レベルで、CMIMの枠内でのRFF設置と、RFFの制度設計の大枠に合意することができた。制度の大枠は、(1)(日本提案のとおり)コンディショナリティを設けない、(2)借入金額は、CMIMの既存のファシリティ下での借入金額の半額、(3)金利はCMIMの既存のファシリティ下での金利と同水準を維持、というものであった。その上で、使用通貨が継続検討の論点と整理された。
2023年5月の財務大臣・中銀総裁会議の共同ステートメントでは、AMROが2023年末までにRFFの詳細な制度設計に係る提案を策定し、それを代理が検討するという運びに合意していたのみであったため、2023年12月の金沢におけるRFF創設の代理レベル合意はこれを超えるものとなったという意味で、画期的であった。

〈第3フェーズ:2024年5月財務大臣・中銀総裁会議まで〉
2024年に入り、5月財務大臣・中銀総裁会議においてRFF創設及びその制度設計について財務大臣・中銀総裁レベルで正式合意するため、メンバーは更に議論を進めた。
その結果、5月財務大臣・中銀総裁会議においては、無事、RFF創設に正式合意することができ、また、コンディショナリティ、借入金額、金利については、代理レベルの合意(上述)通りに合意した。使用通貨については、日中韓3か国は、その裁量で、地域の自由利用可能通貨(日本円、人民元)を一定程度供与することが可能となった。(制度設計と考え方は次項を参照)
その上で、合意内容をCMIM契約書に反映し同契約書を改定する作業を進め、次回の2025年5月財務大臣・中銀総裁会議において、この改定に合意することとされた。


RFFの制度設計と考え方
以下、RFFの主な制度設計とその背景にある考え方等を紹介したい。

目的:突発的な外生ショックから生じる現実かつ緊急な対外収支困難への対応
この目的に背景にある考え方としては、RFFは自然災害やパンデミック等のショックに直接対応するのではなく、CMIMの創設当初からの目的に沿って、あくまでこれらの影響によって生じる対外収支に困難に対応する、という点が大事である。また、ショックが起こる前に経済のファンダメンタルズや国内の経済政策運営に問題を抱えている国は支援の対象とはならない。これは、RFFにはコンディショナリティを設けない(後述)中で、貸付国の希少な外貨資金を保全する観点から非常に重要である。
一方、パンデミックがそうであったように将来起こりうるショックを予見することは容易でないことから、「外生ショック」の事象は予め限定せず、意思決定を行う代理がAMROの分析等をベースに柔軟に判断できる余地を残している。

引出上限額:通常のCMIMの引出可能総額の半分(IMFリンクの場合引出可能総額*3の50%、IMFデリンクの場合引出可能総額の20%)
議論の初期段階においては、引出上限額を既存のファシリティより低く設定することはRFFの魅力を損なうのではないかとの意見も出たが、結論的には、RFFは小規模の国際収支困難に迅速に対応するものと整理された。
この結論は、RFFはコンディショナリティを設けず、CMIMの既存のファシリティほど貸付資金の保全が強くないことから、IMFの緊急融資の制度設計に倣い、引出上限額を抑制することが適当という考えに基づくものである。

金利:市場金利ベースでの貸付(CMIMの既存のファシリティと同様)
メンバーの議論の中で、自然災害等のショックで困難に陥っている国(特に所得水準の低い国)に更に負担をかけないよう、市場金利よりも低い金利での資金供与を検討すべき、との意見も出たが、既存のファシリティと同様の市場金利ベースでの貸付となった。
現実問題として、CMIMの財源は各国の外貨準備のみであり、世銀、ADBやIMFのように低金利融資のための財源を有していないことなどからこうした結論となった。

コンディショナリティ(融資条件):RFFでは事前または事後のコンディショナリティを設けず
(1)自然災害のようなショックの場合は迅速な資金供与が必要であり、コンディショナリティ策定のための交渉を行う時間的な余裕はないこと、(2)既存のファシリティよりも引出上限額が低い(上述)ことから相対的にリスクが低いこと、を総合的に勘案し、コンディショナリティは設定しないこととなった。
議論の過程では、コンディショナリティの存在が、CMIMの既存のファシリティへのアクセスのハードルを高めているとのASEAN諸国の思いも垣間見られた。

通貨選択:日中韓3か国は、それぞれの供与金額の最大50%まで地域の自由利用可能通貨(日本円、人民元)による供与が可能
「最大50%」との結論とした背景には、大きく2つの考慮要素があった。一つには、RFFが使用される自然災害等の外生ショックが発生した場合であっても借入国側は米ドルへの需要がなお大きいと考えられること。もう一つは、パンデミック下での日本の緊急円借款供与等の経験に照らして、特定の国が自然災害やパンデミックといった外生ショックに見舞われた場合、復旧・回復のために、域内からの輸入が増え、地域の通貨への需要が増えることなども想定されること。この2つの逆方向の考慮要素を総合的に勘案し、「最大50%」との結論に至った。


最後に(所感)
本稿では、RFFの提案から合意に至るまでの議論を、現場の視点で紹介させていただいた。1年半に亘る議論の途中で、思うようにメンバーの支持が得られなかったり、反対するメンバーがいたりと、正直RFF構想がとん挫してしまうのではないかと思う局面が何度もあったが、上司達と諦めずに調整を続けることで、何度も壁を打破し、最終的にRFF創設の財務大臣・中銀総裁レベルでの合意に至ることができた。諦めずに粘ることの重要性を改めて痛感した。
担当者として、微力ながら重要な政策立案プロセスに関与し、最終的に成果を見届けることが出来、本当に貴重な経験をさせて頂いたとも感じている。
本稿が、少しでも将来のCMIM更にはグローバル金融セーフティネットの強化の検討の参考にもなれば幸いである。


図表 (参考:RFFの制度設計の概要)
*1) 本稿の作成にあたっては、様々な方に有益な助言や示唆をいただいた。本稿は、個人的見解・意見を述べるものであり、組織としての見解や公式見解を示すものではない。
*2) ASEAN+3マクロ経済リサーチオフィス。ASEAN+3地域経済のサーベイランス、CMIMの実施を支援するなど、ASEAN+3の財務プロセスにおいてメンバーの検討や意思決定を支援する国際機関。
*3) CMIMにおいて、各メンバー毎の貢献額と引出可能総額が定められている。詳細は以下のURL参照。
(https://amro-asia.org/wp-content/uploads/2024/05/CMIM-Members-Contribution-and-Voting-Powers.pdf)。