評者 川本 敦
中原 裕彦/池田 陽子 編著
官民共創のイノベーション 規制のサンドボックスの挑戦とその先
ベストブック 2024年2月 定価 本体2,200円+税
イノベーションの重要性は言い尽くされている。その文脈は、人口減少下での経済成長であったり、より広い意味での社会変革や、生活水準の向上のためであったりするが、それでは、イノベーションを進めるにあたって、政府にどのような出番があるのだろうか。
本書は「サンドボックス」と呼ばれるイノベーションのための制度改革の仕組みを紹介する。サンドボックスは、子供の遊び場の「砂場」を意味する。砂場から生まれる子供の遊びは実に多彩で、砂をすくったりこぼしたり、ままごとなどのごっこ遊びだったり、川作りや町作りなどの造形をつくる遊びであったりする。上手くいかなかったと思えば造形を壊して、また作り直す。砂場の中の子供の遊びは、何度も試すことができて、しかも親が見ている限りは、他人に大きな迷惑がかかることもない。
制度改革のプロセスに、イノベーターのための「砂場」を設定するのが「規制のサンドボックス制度」の考え方になる。従来存在しなかった技術やアイデアは、社会への適用を既存のルールに阻まれることがある。既存の法体系が新しい技術やアイデアを想定していないことによるものだが、イノベーションに適合した法制度を導入するには、通常のプロセスと同様に、法改正の立法事実を証明することが必要になる。
だが、イノベーションが真に革新的であるならば、定義によりそのイノベーションが社会に適用された前例は古今東西に存在せず、法改正の立法事実を示すことができないことになる。筆者は、これを「立法事実のジレンマ」と呼び、イノベーションを社会に適用する規制改革を前にして行く手を阻むボトルネックであるとしている。サンドボックスでは、期間や参加者を限定することにより、既存の規制の適用を受けることなく、新しい技術の実証を「まずやってみる」環境を整える。このことで、迅速な実証を可能にし、実証で得られた経験を活用することで、既存のルールの改善を促進する考え方に立っている。
サンドボックスでは既に150を越える取組の事例が生まれているが、ここでは1つだけ具体例を見る。2018年にインフルエンザの検査キットを自宅で利用する取組がサンドボックスの枠組みで試行された。通常は医療機関で使用する検査キットを、医師の指導の下で、患者自身が自宅で使用し、その結果をビデオ通話で医師が確認し、インフルエンザの疑いの有無を判断し、医師がインフルエンザの有無を確認できたかどうか、患者に適切なアドバイスをできたかどうかが実証された。この取組自体は、個社による事前同意を得た特定の対象者を相手にした取組であったが、その後のコロナ禍において、ここで得られた知見が、コロナの検査キットを家庭の中に持ち込んで対応する考え方にも繋がったという。
「将来を見据えて点と点を結びつけることはできない。後になって振り返ったときにしか点と点を結びつけることはできない」(スティーブ・ジョブス)。イノベーションの性質を説明しようとするとき、筆者はジョブスの「コネクティング・ザ・ドッツ」を好んで引用する。新しいアイデアがあるとして、そのアイデアが将来大きなパラダイム変革をもたらすようなものであったとしても、アイデアとして生じた時点においては、その将来の展開を見通せないことが多い。だからこそ、なるべく多くのアイデアを市場に出して関係者の間でのテストに晒してみることが有益であるとしている。
今の日本に足りないものは「挑戦」と「試行錯誤」ではないか?―そのように感じる全ての人は、本書を手に取るべきだと思う。筆者が日本政府にサンドボックスを導入したこと自体が政策プロセスのイノベーションであり、筆者による挑戦それ自体が未完で進行中の試行錯誤であるが、本書では、著者が苦心しながら得てきた経験が惜しみなく読者に共有される。日本の次のフロンティアに向けて、本書が点と点を繋ぐものになると評者は信じている。
中原 裕彦/池田 陽子 編著
官民共創のイノベーション 規制のサンドボックスの挑戦とその先
ベストブック 2024年2月 定価 本体2,200円+税
イノベーションの重要性は言い尽くされている。その文脈は、人口減少下での経済成長であったり、より広い意味での社会変革や、生活水準の向上のためであったりするが、それでは、イノベーションを進めるにあたって、政府にどのような出番があるのだろうか。
本書は「サンドボックス」と呼ばれるイノベーションのための制度改革の仕組みを紹介する。サンドボックスは、子供の遊び場の「砂場」を意味する。砂場から生まれる子供の遊びは実に多彩で、砂をすくったりこぼしたり、ままごとなどのごっこ遊びだったり、川作りや町作りなどの造形をつくる遊びであったりする。上手くいかなかったと思えば造形を壊して、また作り直す。砂場の中の子供の遊びは、何度も試すことができて、しかも親が見ている限りは、他人に大きな迷惑がかかることもない。
制度改革のプロセスに、イノベーターのための「砂場」を設定するのが「規制のサンドボックス制度」の考え方になる。従来存在しなかった技術やアイデアは、社会への適用を既存のルールに阻まれることがある。既存の法体系が新しい技術やアイデアを想定していないことによるものだが、イノベーションに適合した法制度を導入するには、通常のプロセスと同様に、法改正の立法事実を証明することが必要になる。
だが、イノベーションが真に革新的であるならば、定義によりそのイノベーションが社会に適用された前例は古今東西に存在せず、法改正の立法事実を示すことができないことになる。筆者は、これを「立法事実のジレンマ」と呼び、イノベーションを社会に適用する規制改革を前にして行く手を阻むボトルネックであるとしている。サンドボックスでは、期間や参加者を限定することにより、既存の規制の適用を受けることなく、新しい技術の実証を「まずやってみる」環境を整える。このことで、迅速な実証を可能にし、実証で得られた経験を活用することで、既存のルールの改善を促進する考え方に立っている。
サンドボックスでは既に150を越える取組の事例が生まれているが、ここでは1つだけ具体例を見る。2018年にインフルエンザの検査キットを自宅で利用する取組がサンドボックスの枠組みで試行された。通常は医療機関で使用する検査キットを、医師の指導の下で、患者自身が自宅で使用し、その結果をビデオ通話で医師が確認し、インフルエンザの疑いの有無を判断し、医師がインフルエンザの有無を確認できたかどうか、患者に適切なアドバイスをできたかどうかが実証された。この取組自体は、個社による事前同意を得た特定の対象者を相手にした取組であったが、その後のコロナ禍において、ここで得られた知見が、コロナの検査キットを家庭の中に持ち込んで対応する考え方にも繋がったという。
「将来を見据えて点と点を結びつけることはできない。後になって振り返ったときにしか点と点を結びつけることはできない」(スティーブ・ジョブス)。イノベーションの性質を説明しようとするとき、筆者はジョブスの「コネクティング・ザ・ドッツ」を好んで引用する。新しいアイデアがあるとして、そのアイデアが将来大きなパラダイム変革をもたらすようなものであったとしても、アイデアとして生じた時点においては、その将来の展開を見通せないことが多い。だからこそ、なるべく多くのアイデアを市場に出して関係者の間でのテストに晒してみることが有益であるとしている。
今の日本に足りないものは「挑戦」と「試行錯誤」ではないか?―そのように感じる全ての人は、本書を手に取るべきだと思う。筆者が日本政府にサンドボックスを導入したこと自体が政策プロセスのイノベーションであり、筆者による挑戦それ自体が未完で進行中の試行錯誤であるが、本書では、著者が苦心しながら得てきた経験が惜しみなく読者に共有される。日本の次のフロンティアに向けて、本書が点と点を繋ぐものになると評者は信じている。