前 主計局給与共済課課長補佐 秋山 稔/前 主計局給与共済課課長補佐 末松 智之/前 主計局給与共済課給与第5係長 久保 輝幸/
主計局給与共済課給与第5係 谷 源太郎/前 主計局給与共済課給与第4係長 畝川 翔太/前 主計局給与共済課給与第4係 絹川 真由
1.はじめに
(1)特急料金は、片道100km以上移動する場合に支給する
(2)車賃(バスや路面電車等を利用する際の旅費)は、原則、1kmにつき37円を支給する
これらは何とも不思議な内容だが、いずれも、国家公務員等の旅費に関する法律(昭和25年法律第114号)(以下「旅費法」という。)に規定されている内容である。旅費法は、国家公務員等が公務のため旅行(出張・赴任等)をした場合に国が支給する旅費について規律する一般法である*1。
我が国の旅費制度の歴史は長い。旅費規則として公にされたのは、内国旅費については明治19年閣令第14号に、外国旅費については明治20年閣令第12号に遡る。その後、内国旅費規則(昭和18年勅令第684号)と外国旅費規則(大正10年勅令第401号)を経て、昭和25年に現行の旅費法が制定された。その後、今日まで、必要に応じて金額や運賃の等級等の見直しは随時行ってきたものの、70年以上にわたり法律の基本的な内容が維持されてきた。
冒頭の例に戻ると、(1)については、旅費法制定当初は、特急列車が普及しておらず、運行する路線が限定的だったこと等から、距離による一律の制限を設けたもの*2であるが、特急列車の運行が一般化・多様化した現在では、距離により一律にその利用を制限する合理性は失われてきている。また、(2)については、旅費法制定当時は、民間のバス等の運賃や経路の確認、交通機関の利用証明が困難であったことから、一律の定額を設けていたものであるが、これらが容易となった今日においては、定額を設定する合理性が失われてきている。
このように、現行の旅費法の内容は必ずしも現下の経済社会情勢に合わないものとなっているため、今般、旅費制度を抜本的に見直すこととし、令和6年通常国会において、国家公務員等の旅費に関する法律の一部を改正する法律(令和6年法律第22号)(以下、「改正旅費法」という。)が成立した。本稿では、現行の旅費制度の概要、見直しの経緯及び改正旅費法の概要を紹介する。
2.現行の旅費制度の概要
旅費制度の見直しを紹介するにあたり、現行の旅費制度の概要を紹介する。
(1)旅費制度の目的
旅費制度の目的については、旅費法第1条において、「公務のため旅行する国家公務員等に対し支給する旅費に関し諸般の基準を定め、公務の円滑な運営に資するとともに国費の適正な支出を図ることを目的とする。」ことが掲げられている*3。なお、改正後の旅費法においても、この目的はそのまま継承されている。
「諸般の基準を定め」とは、旅費制度において、旅費の支給要件や旅費の計算・支給方法、旅費の調整等の一般的な基準を設けることを意味している。また、「公務の円滑な運営に資する」とは、公務のために旅行を命じた以上、必要な旅費を支給して、公務の遂行に支障をきたさないようにすることを意味している。さらに、「国費の適正な支出を図ること」とは、法律制定の根本目的であり、国費の濫用を防ぐため、支出の適正化を図ることを意味している。このため、旅費制度においては、旅行命令制度や旅費請求手続、旅費の計算原則(経済性原則)等を法定し、旅費制度の適切な運用を確保している。なお、ここでいう「適正」という言葉は、濫用を防ぐことだけでなく、必要な経費は、旅費制度が許容する範囲内で、適切に支弁することも示唆している。
国家公務員等の旅費は、当然ながら国民の血税により賄われるものなので、旅費制度の運営の実務を行う担当者としては、「国費の適正な支出を図る」といった視点は常に忘れないように意識している。旅費支給事務の担当者のみならず、実際に出張等を行う全ての旅行者においても肝に銘じておいてもらいたい視点である。
(2)実費弁償と定額支給
旅費は、旅行者が旅行中に支出した経費に充てるために支給される金銭であり、いわゆる実費弁償の一種である。旅費が実費弁償であることは、現行法には明記されていないものの、明治19年閣令第14号第1条において、「内国旅費ハ官吏公務ニ依リ本邦内ヲ旅行スルトキ旅行中一切ノ費用ニ充ツル為之ヲ支給ス」と規定していることからも明らかである。このため、本来であれば、国が旅行者に対して旅費を支給する際には、旅行者が支出した実費額を弁償することが望ましいと考えられる。
しかしながら、現行法は、昭和25年当時の実情に照らして、証拠資料確保の困難や行政事務の簡素化の要求等から、宿泊料を含め、多くの旅費種目について、標準的な実費額を基礎とした定額を支給することとしている。こうした定額は、旅費法の別表において規定されている。例えば、宿泊料の定額については、本省の課長補佐級職員が大阪に宿泊した際には10,900円、ニューヨークに宿泊した際には19,300円と規定されている*4。
旅費法は、このように宿泊料等の定額を規定しながらも、定額により旅行することが困難である場合には、各庁の長が財務大臣への協議を経て旅費を増額して支給することができるとし、逆に、定額を支給すると不当に旅行の実費を超える場合には、各庁の長が旅費を減額して支給することができるとしている(旅費法第46条)。こうした調整規定により、現行の旅費法は、多くの旅費種目で定額支給を採用しながらも、個々の事例についてできるだけ旅行の実態に即した旅費を支給することを可能としている。
最近では、インバウンドの増加や為替・物価の変動により、宿泊料が定額を超過する事例が増加している。このような事態に対して、財務省としては、執行面において不足が出ないように各府省と金額調整を行うとともに、旅費を増額して支給する際の調整手続に係る職員の事務負担の軽減を図るため、包括協議の締結*5や個別協議の事務簡素化*6を行い、説明責任を果たしつつ事務の合理化を実施してきた。
3.見直しの経緯
前述のとおり、これまでも執行面で様々な工夫を行いながら対応してきたものの、制度全体を広く見ると、旅費法は、
・デジタル化の進展
・旅行商品や販売方法の多様化
・交通機関・料金体系の多様化
・海外の宿泊料金の変動
といった国内外の経済社会情勢の変化に対応できていない面があり、旅費制度の例外的な取扱いが増加し執行ルールが複雑化している。これにより、旅費支給事務に長く携わっている職員にとっても非常に分かりにくいものとなっている。加えて、テレワーク等柔軟な働き方等による出張実態の変化を制度に反映させつつ、職員の負担軽減・業務効率化を図るため、広く見直しを行うことが必要である。
こうした課題に対応するため、政府内において、旅費制度の見直しに向けた検討が開始された。令和5年4月28日に、財政制度等審議会において、財務省から、旅費制度の見直しに当たっての視点を説明するとともに、令和6年の旅費法改正法案提出を目指す旨を表明した*7。また、令和5年5月30日に、デジタル臨時行政調査会において、井上貴博財務副大臣(当時)から、旅費制度の見直しについて幅広い観点から抜本的な見直しを行う必要がある旨を説明し、岸田文雄総理大臣から、関係大臣が協力して取り組みを加速していくよう指示があった*8。
旅費制度に関する課題は、旅費の請求・計算業務の煩雑化に伴う事務負担の発生など各府省に共通するものであることから、旅費業務プロセスの見直しやデジタル技術の活用等を通じて、関係省庁と連携して取り組むことが重要である。このため、令和5年9月8日に、旅費業務の効率化に向けて全省庁で一体的に取り組むために設けられた旅費業務効率化推進会議において、各省へのヒアリングを踏まえて、「旅費業務プロセスの改善方針」が決定された*9。
その後、財政制度等審議会において、令和5年10月27日に、制度見直しの具体的な方向性について議論が行われ*10、令和5年11月20日の令和6年度予算の編成等に関する建議においては、旅費制度について、国内外の経済社会情勢の変化に対応できるものとするとともに、国家公務員の働き方改革に資する事務負担軽減や業務環境の改善を図るため、令和6年の通常国会に旅費法改正法案を提出すべきであるとの意見があった(本建議の抜粋は【図1 令和6年度予算の編成等に関する建議(令和5年11月20日 財政制度等審議会)〔抜粋〕】)*11。
4.改正旅費法の概要
こうした検討を踏まえ、財務省において、旅費法改正に向けた法制化作業が行われた。改正旅費法は、令和6年2月9日に閣議決定・国会提出され、衆参両院での審議を経て、全会一致で可決・成立し、同年5月15日に公布された。改正旅費法の概要は【図2 「国家公務員等の旅費に関する法律の一部を改正する法律案」について】のとおりである。
(1)旅費の計算等に係る規定の簡素化
第一に、旅費の種類及び内容に係る規定を簡素化している。現行の旅費法は旅費の種類や内容の詳細を法律で規定しているが、旅費は実費弁償であり、必ずしも給与のように法律で詳細を規定する必要がない中で、旅費の種類や内容に係る技術的事項を政令に委任することで、適時・適切に時代の変化に対応できるような制度に改めることが適当であると考えられる*12。このため、改正後の旅費法では、法第6条において、旅費の種類及び内容は実費を弁償するためのものとして政令で定めることとしている。
これに伴い、元々第48条まであった法律が第12条までとなり、旅費の種類や内容に係る詳細は政令等で規定されることとなるが、財務省においては、国会審議に際し、説明責任を果たす観点から、政令等で規定する予定の旅費の種類及び内容に係る検討案(【図3 旅費の種類と主な改正内容(案)】)を示してきた。これを踏まえ、今後制定する政令においては、例えば、宿泊料については、定額支給方式ではなく、上限付き実費支給方式とすることを予定している。
第二に、デジタル化の進展を踏まえ、旅行命令簿等及び旅費請求書の様式を廃止している。これは、現行の旅費法では、書面での手続を想定して、旅行命令簿等や旅費請求書の様式を定めることが規定されているが、旅費システムによる処理を促進し、事務処理の簡素化を図る観点から、書面での提出を想定した様式を廃止することとしたものである。今後は、旅費法令における独自の様式にとらわれず、柔軟なシステム開発が行われることが期待される。
(2)旅費の支給対象の見直し
第一に、出張や勤務の実態に応じて、自宅発の出張に係る旅費の支給を可能としている。旅費法制定当時は、官署以外で勤務することが想定されなかったため、出張は、職員が勤務をする官署から出発することが前提となっていた。このため、自宅から出発する場合には、自宅から出発する場合の旅費と官署から出発する場合の旅費を比較して、官署から出発する場合の旅費が支給額の上限となっていた。しかしながら、近年では、自宅発による出張も多く見られ、テレワークも普及している中で、今後もこうした傾向が続くと見込まれる。このため、出張や勤務の実態を踏まえつつ、業務環境の改善を図る観点から、出張の定義を改め、自宅等から出発する場合の旅費を支給することを可能としている。
第二に、旅行者に対する旅費の支給に代えて、旅行代理店等に対する直接の支払を可能としている。現行の旅費法では、旅行代理店等の活用が想定されておらず、原則、旅行した職員本人のみが旅費の請求主体・受給対象とされている。しかし、実際の運用においては、旅行代理店等を活用しつつ旅費の代理受領を認めており、また、職員による立替えをなくし、事務負担軽減を図るため、旅行代理店等の活用を更に拡大することが望ましいと考えられる。このため、旅行代理店等を通じた手配に係る手続の改善を図る観点から、今後は、国と旅行役務提供契約*13を締結する旅行代理店等が旅費に相当する金額を直接請求・受給できるように改正を行っている。
(3)国費の適正な支出の確保
第一に、旅費法令の規定に違反して旅費を受給した旅行者等に対して旅費の返納を求めるとともに、旅行者の給与等からの控除を可能とする規定を新設している。今回の旅費制度の見直しにおいて、これまで定額で規定されていた宿泊料等を実費支給とすることを予定しているところ、旅行の実態に即した旅費の支給が可能となる一方で、一定程度自由度が増す面もあることから、より一層、適切な支給を担保していく必要がある。このため、旅費法令の規定に違反して旅費の支給を受けた旅行者等に対して、旅費の返納を求めるとともに、旅行者の給与等からの控除を可能とする規定を新設することで、不正受給の発生を抑止するとともに、仮に不正受給が発生した場合には、厳格に対処することを想定している。
第二に、旅費法の適正な執行を確保するため、財務大臣による各庁の長に対する監督規定を新設している。上述のとおり、これまで定額で規定されていた宿泊料等を実費支給とすることを予定しており、運用面における各府省の裁量が拡大する中で、財務大臣が各庁の長に対して、法律の執行状況に関する資料や報告を求め、実地監査を行い、必要な措置を求めることができるようにすることとしている。
こうした仕組みの導入により、旅費の不正防止・冗費節約を図ることとし、今後とも、国費の適正な支出の確保に取り組んでいく。
5.おわりに
今回の制度見直しでは、旅費制度を根底から再検討することにより、約70年ぶりの抜本的な法改正を実現することができた。法改正の内容としては、“radical”や“空前絶後”といった評価を受けることもあったが、経済社会情勢の変化が激しい時代において、世の中の流れに合致した見直しをすることができたのではないかと考えている。
また、旅費法は国が国家公務員等に支給する旅費を規律する法律であり、今回の旅費制度の見直しは、全ての国家公務員に影響する内容である。加えて、地方自治体や民間企業は独自に旅費条例・規則を設けているが、実際には、国の旅費制度を参考にしているところが多いとも聞く。担当者としては、直接的・間接的に様々な方面にインパクトを与える制度の見直しに携わることができたこと、また、長期にわたり検討してきた内容を1つの形にすることができたことについては、万感胸に迫るものがある。
しかしながら、財務省としては、政省令の制定・改正を行い改正旅費法の施行に向けた準備を進めるというミッションは勿論のこと、これまで以上に経済社会情勢等の変化に適時適切に対応し、旅費制度の円滑な運営を確保することが求められる。今回の改正旅費法の成立は、新旅費制度と共に歩む、終わりなき旅のスタート地点に立ったに過ぎない。政省令が公布された際には、改めて、この場を借りて紹介させていただきたいと思う。
※本稿内の意見に関する部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではありません。
*1) なお、法律名が国家公務員【等】となっているのは、国の要請によって公務の遂行を補助するために私人が証人や鑑定人、通訳等として旅行を行う場合の旅費についても、旅費法の対象となるためである。
*2) 旅費法制定当時は片道500km以上に限っており、これは東京~大阪間の距離に相当するものである。
*3) 会計法(昭和22年法律第35号)が国の会計に関する基本的事項を規定している中で、会計法とは別に旅費法を設けている理由は、旅費の特殊性にある。旅費は、旅行者に通常の勤務地を離れて旅行をさせた上で、(旅行の都度、逐一、国自身が入札や契約等の手続を経て交通機関やホテル等を選定することは実務上困難であることから、)旅行者個人が契約・支払を行ったものに対して、国が費用弁償を行うという立替払・実費弁償を前提としている。このため、会計法が規律する、国が直接契約を行う一般的な他の会計事務とは性質が異なることから、旅費法として、旅費の性質に応じた基準や手続を規律する必要性があるのである。
*4) 宿泊料定額を最後に改正したのは、内国旅行が平成2年、外国旅行が昭和59年となっている。
*5) 用務先までの移動時間、公務の円滑な遂行に際して必要となる設備等、一定の条件により検索した結果、定額内で宿泊可能な施設を選択できない場合には、財務省との個別の協議を省略して、「現に支払った宿泊料の額」を上限として支給できるよう、各府省と包括協議を締結した。
*6) 包括協議の対象とならないが、やむを得ず法定額を上回る宿泊施設に宿泊せざるを得ない場合において、旅費を増額して支給するための財務省との個別の協議について、出張者の更なる負担軽減を図るため、手続に必要な資料や作業プロセス等について改めて解説・周知するとともに、フォーマット化と簡素化を実施した。
*7) https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/20230428zaiseia.html
*8) https://www.digital.go.jp/councils/administrative-research/councils/24217e04-5169-44de-90fe-135b314e6d45
*9) https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ryohigyoumu/kaigi_dai1/gijisidai.html
*10) https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/20231027zaiseia.html
*11) https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/report/zaiseia20231120/zaiseia20231120.html
*12) 旅費法が制定された昭和25年以前において、旅費は、人に支給される経済的利益であるという点から、広い意味での「給与」に含めて考えられる場合が多かったため、給与法定主義の要請から、給与と同様に、旅費においても法律にその詳細が定められたと考えられる。他方、現在では、旅費の支給は給与の支給から明確に分離された経理手続と理解されているため、基本的事項は法律で定めつつ、技術的事項は政令に委任することで、国内外の経済社会情勢の変化に対応できるようにすることが適当であると考えられる。
*13) 旅行業者等が国に対して旅行に係る役務等を旅行者に提供することを約し、かつ、国が当該旅行業者等に対して当該旅行に係る旅費に相当する金額を支払うことを約する契約をいう。
主計局給与共済課給与第5係 谷 源太郎/前 主計局給与共済課給与第4係長 畝川 翔太/前 主計局給与共済課給与第4係 絹川 真由
1.はじめに
(1)特急料金は、片道100km以上移動する場合に支給する
(2)車賃(バスや路面電車等を利用する際の旅費)は、原則、1kmにつき37円を支給する
これらは何とも不思議な内容だが、いずれも、国家公務員等の旅費に関する法律(昭和25年法律第114号)(以下「旅費法」という。)に規定されている内容である。旅費法は、国家公務員等が公務のため旅行(出張・赴任等)をした場合に国が支給する旅費について規律する一般法である*1。
我が国の旅費制度の歴史は長い。旅費規則として公にされたのは、内国旅費については明治19年閣令第14号に、外国旅費については明治20年閣令第12号に遡る。その後、内国旅費規則(昭和18年勅令第684号)と外国旅費規則(大正10年勅令第401号)を経て、昭和25年に現行の旅費法が制定された。その後、今日まで、必要に応じて金額や運賃の等級等の見直しは随時行ってきたものの、70年以上にわたり法律の基本的な内容が維持されてきた。
冒頭の例に戻ると、(1)については、旅費法制定当初は、特急列車が普及しておらず、運行する路線が限定的だったこと等から、距離による一律の制限を設けたもの*2であるが、特急列車の運行が一般化・多様化した現在では、距離により一律にその利用を制限する合理性は失われてきている。また、(2)については、旅費法制定当時は、民間のバス等の運賃や経路の確認、交通機関の利用証明が困難であったことから、一律の定額を設けていたものであるが、これらが容易となった今日においては、定額を設定する合理性が失われてきている。
このように、現行の旅費法の内容は必ずしも現下の経済社会情勢に合わないものとなっているため、今般、旅費制度を抜本的に見直すこととし、令和6年通常国会において、国家公務員等の旅費に関する法律の一部を改正する法律(令和6年法律第22号)(以下、「改正旅費法」という。)が成立した。本稿では、現行の旅費制度の概要、見直しの経緯及び改正旅費法の概要を紹介する。
2.現行の旅費制度の概要
旅費制度の見直しを紹介するにあたり、現行の旅費制度の概要を紹介する。
(1)旅費制度の目的
旅費制度の目的については、旅費法第1条において、「公務のため旅行する国家公務員等に対し支給する旅費に関し諸般の基準を定め、公務の円滑な運営に資するとともに国費の適正な支出を図ることを目的とする。」ことが掲げられている*3。なお、改正後の旅費法においても、この目的はそのまま継承されている。
「諸般の基準を定め」とは、旅費制度において、旅費の支給要件や旅費の計算・支給方法、旅費の調整等の一般的な基準を設けることを意味している。また、「公務の円滑な運営に資する」とは、公務のために旅行を命じた以上、必要な旅費を支給して、公務の遂行に支障をきたさないようにすることを意味している。さらに、「国費の適正な支出を図ること」とは、法律制定の根本目的であり、国費の濫用を防ぐため、支出の適正化を図ることを意味している。このため、旅費制度においては、旅行命令制度や旅費請求手続、旅費の計算原則(経済性原則)等を法定し、旅費制度の適切な運用を確保している。なお、ここでいう「適正」という言葉は、濫用を防ぐことだけでなく、必要な経費は、旅費制度が許容する範囲内で、適切に支弁することも示唆している。
国家公務員等の旅費は、当然ながら国民の血税により賄われるものなので、旅費制度の運営の実務を行う担当者としては、「国費の適正な支出を図る」といった視点は常に忘れないように意識している。旅費支給事務の担当者のみならず、実際に出張等を行う全ての旅行者においても肝に銘じておいてもらいたい視点である。
(2)実費弁償と定額支給
旅費は、旅行者が旅行中に支出した経費に充てるために支給される金銭であり、いわゆる実費弁償の一種である。旅費が実費弁償であることは、現行法には明記されていないものの、明治19年閣令第14号第1条において、「内国旅費ハ官吏公務ニ依リ本邦内ヲ旅行スルトキ旅行中一切ノ費用ニ充ツル為之ヲ支給ス」と規定していることからも明らかである。このため、本来であれば、国が旅行者に対して旅費を支給する際には、旅行者が支出した実費額を弁償することが望ましいと考えられる。
しかしながら、現行法は、昭和25年当時の実情に照らして、証拠資料確保の困難や行政事務の簡素化の要求等から、宿泊料を含め、多くの旅費種目について、標準的な実費額を基礎とした定額を支給することとしている。こうした定額は、旅費法の別表において規定されている。例えば、宿泊料の定額については、本省の課長補佐級職員が大阪に宿泊した際には10,900円、ニューヨークに宿泊した際には19,300円と規定されている*4。
旅費法は、このように宿泊料等の定額を規定しながらも、定額により旅行することが困難である場合には、各庁の長が財務大臣への協議を経て旅費を増額して支給することができるとし、逆に、定額を支給すると不当に旅行の実費を超える場合には、各庁の長が旅費を減額して支給することができるとしている(旅費法第46条)。こうした調整規定により、現行の旅費法は、多くの旅費種目で定額支給を採用しながらも、個々の事例についてできるだけ旅行の実態に即した旅費を支給することを可能としている。
最近では、インバウンドの増加や為替・物価の変動により、宿泊料が定額を超過する事例が増加している。このような事態に対して、財務省としては、執行面において不足が出ないように各府省と金額調整を行うとともに、旅費を増額して支給する際の調整手続に係る職員の事務負担の軽減を図るため、包括協議の締結*5や個別協議の事務簡素化*6を行い、説明責任を果たしつつ事務の合理化を実施してきた。
3.見直しの経緯
前述のとおり、これまでも執行面で様々な工夫を行いながら対応してきたものの、制度全体を広く見ると、旅費法は、
・デジタル化の進展
・旅行商品や販売方法の多様化
・交通機関・料金体系の多様化
・海外の宿泊料金の変動
といった国内外の経済社会情勢の変化に対応できていない面があり、旅費制度の例外的な取扱いが増加し執行ルールが複雑化している。これにより、旅費支給事務に長く携わっている職員にとっても非常に分かりにくいものとなっている。加えて、テレワーク等柔軟な働き方等による出張実態の変化を制度に反映させつつ、職員の負担軽減・業務効率化を図るため、広く見直しを行うことが必要である。
こうした課題に対応するため、政府内において、旅費制度の見直しに向けた検討が開始された。令和5年4月28日に、財政制度等審議会において、財務省から、旅費制度の見直しに当たっての視点を説明するとともに、令和6年の旅費法改正法案提出を目指す旨を表明した*7。また、令和5年5月30日に、デジタル臨時行政調査会において、井上貴博財務副大臣(当時)から、旅費制度の見直しについて幅広い観点から抜本的な見直しを行う必要がある旨を説明し、岸田文雄総理大臣から、関係大臣が協力して取り組みを加速していくよう指示があった*8。
旅費制度に関する課題は、旅費の請求・計算業務の煩雑化に伴う事務負担の発生など各府省に共通するものであることから、旅費業務プロセスの見直しやデジタル技術の活用等を通じて、関係省庁と連携して取り組むことが重要である。このため、令和5年9月8日に、旅費業務の効率化に向けて全省庁で一体的に取り組むために設けられた旅費業務効率化推進会議において、各省へのヒアリングを踏まえて、「旅費業務プロセスの改善方針」が決定された*9。
その後、財政制度等審議会において、令和5年10月27日に、制度見直しの具体的な方向性について議論が行われ*10、令和5年11月20日の令和6年度予算の編成等に関する建議においては、旅費制度について、国内外の経済社会情勢の変化に対応できるものとするとともに、国家公務員の働き方改革に資する事務負担軽減や業務環境の改善を図るため、令和6年の通常国会に旅費法改正法案を提出すべきであるとの意見があった(本建議の抜粋は【図1 令和6年度予算の編成等に関する建議(令和5年11月20日 財政制度等審議会)〔抜粋〕】)*11。
4.改正旅費法の概要
こうした検討を踏まえ、財務省において、旅費法改正に向けた法制化作業が行われた。改正旅費法は、令和6年2月9日に閣議決定・国会提出され、衆参両院での審議を経て、全会一致で可決・成立し、同年5月15日に公布された。改正旅費法の概要は【図2 「国家公務員等の旅費に関する法律の一部を改正する法律案」について】のとおりである。
(1)旅費の計算等に係る規定の簡素化
第一に、旅費の種類及び内容に係る規定を簡素化している。現行の旅費法は旅費の種類や内容の詳細を法律で規定しているが、旅費は実費弁償であり、必ずしも給与のように法律で詳細を規定する必要がない中で、旅費の種類や内容に係る技術的事項を政令に委任することで、適時・適切に時代の変化に対応できるような制度に改めることが適当であると考えられる*12。このため、改正後の旅費法では、法第6条において、旅費の種類及び内容は実費を弁償するためのものとして政令で定めることとしている。
これに伴い、元々第48条まであった法律が第12条までとなり、旅費の種類や内容に係る詳細は政令等で規定されることとなるが、財務省においては、国会審議に際し、説明責任を果たす観点から、政令等で規定する予定の旅費の種類及び内容に係る検討案(【図3 旅費の種類と主な改正内容(案)】)を示してきた。これを踏まえ、今後制定する政令においては、例えば、宿泊料については、定額支給方式ではなく、上限付き実費支給方式とすることを予定している。
第二に、デジタル化の進展を踏まえ、旅行命令簿等及び旅費請求書の様式を廃止している。これは、現行の旅費法では、書面での手続を想定して、旅行命令簿等や旅費請求書の様式を定めることが規定されているが、旅費システムによる処理を促進し、事務処理の簡素化を図る観点から、書面での提出を想定した様式を廃止することとしたものである。今後は、旅費法令における独自の様式にとらわれず、柔軟なシステム開発が行われることが期待される。
(2)旅費の支給対象の見直し
第一に、出張や勤務の実態に応じて、自宅発の出張に係る旅費の支給を可能としている。旅費法制定当時は、官署以外で勤務することが想定されなかったため、出張は、職員が勤務をする官署から出発することが前提となっていた。このため、自宅から出発する場合には、自宅から出発する場合の旅費と官署から出発する場合の旅費を比較して、官署から出発する場合の旅費が支給額の上限となっていた。しかしながら、近年では、自宅発による出張も多く見られ、テレワークも普及している中で、今後もこうした傾向が続くと見込まれる。このため、出張や勤務の実態を踏まえつつ、業務環境の改善を図る観点から、出張の定義を改め、自宅等から出発する場合の旅費を支給することを可能としている。
第二に、旅行者に対する旅費の支給に代えて、旅行代理店等に対する直接の支払を可能としている。現行の旅費法では、旅行代理店等の活用が想定されておらず、原則、旅行した職員本人のみが旅費の請求主体・受給対象とされている。しかし、実際の運用においては、旅行代理店等を活用しつつ旅費の代理受領を認めており、また、職員による立替えをなくし、事務負担軽減を図るため、旅行代理店等の活用を更に拡大することが望ましいと考えられる。このため、旅行代理店等を通じた手配に係る手続の改善を図る観点から、今後は、国と旅行役務提供契約*13を締結する旅行代理店等が旅費に相当する金額を直接請求・受給できるように改正を行っている。
(3)国費の適正な支出の確保
第一に、旅費法令の規定に違反して旅費を受給した旅行者等に対して旅費の返納を求めるとともに、旅行者の給与等からの控除を可能とする規定を新設している。今回の旅費制度の見直しにおいて、これまで定額で規定されていた宿泊料等を実費支給とすることを予定しているところ、旅行の実態に即した旅費の支給が可能となる一方で、一定程度自由度が増す面もあることから、より一層、適切な支給を担保していく必要がある。このため、旅費法令の規定に違反して旅費の支給を受けた旅行者等に対して、旅費の返納を求めるとともに、旅行者の給与等からの控除を可能とする規定を新設することで、不正受給の発生を抑止するとともに、仮に不正受給が発生した場合には、厳格に対処することを想定している。
第二に、旅費法の適正な執行を確保するため、財務大臣による各庁の長に対する監督規定を新設している。上述のとおり、これまで定額で規定されていた宿泊料等を実費支給とすることを予定しており、運用面における各府省の裁量が拡大する中で、財務大臣が各庁の長に対して、法律の執行状況に関する資料や報告を求め、実地監査を行い、必要な措置を求めることができるようにすることとしている。
こうした仕組みの導入により、旅費の不正防止・冗費節約を図ることとし、今後とも、国費の適正な支出の確保に取り組んでいく。
5.おわりに
今回の制度見直しでは、旅費制度を根底から再検討することにより、約70年ぶりの抜本的な法改正を実現することができた。法改正の内容としては、“radical”や“空前絶後”といった評価を受けることもあったが、経済社会情勢の変化が激しい時代において、世の中の流れに合致した見直しをすることができたのではないかと考えている。
また、旅費法は国が国家公務員等に支給する旅費を規律する法律であり、今回の旅費制度の見直しは、全ての国家公務員に影響する内容である。加えて、地方自治体や民間企業は独自に旅費条例・規則を設けているが、実際には、国の旅費制度を参考にしているところが多いとも聞く。担当者としては、直接的・間接的に様々な方面にインパクトを与える制度の見直しに携わることができたこと、また、長期にわたり検討してきた内容を1つの形にすることができたことについては、万感胸に迫るものがある。
しかしながら、財務省としては、政省令の制定・改正を行い改正旅費法の施行に向けた準備を進めるというミッションは勿論のこと、これまで以上に経済社会情勢等の変化に適時適切に対応し、旅費制度の円滑な運営を確保することが求められる。今回の改正旅費法の成立は、新旅費制度と共に歩む、終わりなき旅のスタート地点に立ったに過ぎない。政省令が公布された際には、改めて、この場を借りて紹介させていただきたいと思う。
※本稿内の意見に関する部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではありません。
*1) なお、法律名が国家公務員【等】となっているのは、国の要請によって公務の遂行を補助するために私人が証人や鑑定人、通訳等として旅行を行う場合の旅費についても、旅費法の対象となるためである。
*2) 旅費法制定当時は片道500km以上に限っており、これは東京~大阪間の距離に相当するものである。
*3) 会計法(昭和22年法律第35号)が国の会計に関する基本的事項を規定している中で、会計法とは別に旅費法を設けている理由は、旅費の特殊性にある。旅費は、旅行者に通常の勤務地を離れて旅行をさせた上で、(旅行の都度、逐一、国自身が入札や契約等の手続を経て交通機関やホテル等を選定することは実務上困難であることから、)旅行者個人が契約・支払を行ったものに対して、国が費用弁償を行うという立替払・実費弁償を前提としている。このため、会計法が規律する、国が直接契約を行う一般的な他の会計事務とは性質が異なることから、旅費法として、旅費の性質に応じた基準や手続を規律する必要性があるのである。
*4) 宿泊料定額を最後に改正したのは、内国旅行が平成2年、外国旅行が昭和59年となっている。
*5) 用務先までの移動時間、公務の円滑な遂行に際して必要となる設備等、一定の条件により検索した結果、定額内で宿泊可能な施設を選択できない場合には、財務省との個別の協議を省略して、「現に支払った宿泊料の額」を上限として支給できるよう、各府省と包括協議を締結した。
*6) 包括協議の対象とならないが、やむを得ず法定額を上回る宿泊施設に宿泊せざるを得ない場合において、旅費を増額して支給するための財務省との個別の協議について、出張者の更なる負担軽減を図るため、手続に必要な資料や作業プロセス等について改めて解説・周知するとともに、フォーマット化と簡素化を実施した。
*7) https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/20230428zaiseia.html
*8) https://www.digital.go.jp/councils/administrative-research/councils/24217e04-5169-44de-90fe-135b314e6d45
*9) https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ryohigyoumu/kaigi_dai1/gijisidai.html
*10) https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/20231027zaiseia.html
*11) https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/report/zaiseia20231120/zaiseia20231120.html
*12) 旅費法が制定された昭和25年以前において、旅費は、人に支給される経済的利益であるという点から、広い意味での「給与」に含めて考えられる場合が多かったため、給与法定主義の要請から、給与と同様に、旅費においても法律にその詳細が定められたと考えられる。他方、現在では、旅費の支給は給与の支給から明確に分離された経理手続と理解されているため、基本的事項は法律で定めつつ、技術的事項は政令に委任することで、国内外の経済社会情勢の変化に対応できるようにすることが適当であると考えられる。
*13) 旅行業者等が国に対して旅行に係る役務等を旅行者に提供することを約し、かつ、国が当該旅行業者等に対して当該旅行に係る旅費に相当する金額を支払うことを約する契約をいう。