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コラム 経済トレンド120

米国の国債金利と財政の関係について

大臣官房総合政策課 調査第一係係員 篠原  裕晶


本稿では、米国債金利に焦点を当てつつ、各種推計を参照しながら米国財政について論じる。


米国財政の動向と各種金利概念の整理

米国ではコロナ禍での財政拡張に伴い、基礎的財政収支赤字が拡大し債務残高が増大した。リーマン・ショック以降、低金利環境が継続していたが、ここ数年でリーマン・ショック以前の水準まで国債金利が上昇しており、債務残高の増加と相俟って、利払い負担が増加している(図表1. リーマン・ショック以降の米国連邦政府の財政の動向)。
国債は他の資産に比べて流動性や安全性が高いとされる。こうした流動性や安全性は、国債の価値を高め、国債金利を下押しする要因となる(コンビニエンス・イールド/流動性プレミアム)。特に米国債は、基軸通貨ドルに対する信認からプレミアムが増大している可能性があり、理論上、米国債金利は他国債金利以上に下押しされやすいものと考えられる。しかし、格付けの引き下げなどを背景に、国債の流動性や安全性が低下すると、プレミアムの縮小と国債金利の上昇を招く可能性がある(図表2. コンビニエンス・イールド/流動性プレミアムの概念図)。
(出所)Bloomberg, CBO


米国債のコンビニエンス・イールド

リーマン・ショック以降、リスク・フリー・レートのベンチマークの一つであるOISレートと、T-Bill金利との間のスプレッドが縮小している。FRBが補完的レバレッジ比率規制を導入した2015年以降、プライマリー・ディーラーが巨額の米国債を吸収することが難しくなり、コンビニエンス・イールドが縮小した可能性がある(図表3. 米国債金利とOIS,Duffie(2017), Klingler and Sundaresan(2023))。
OIS自体にもコンビニエンス・イールドが含まれている可能性が有り、OISとT-Bill間の差を取った値は、T-Billのコンビニエンス・イールドよりも過少になっているものと考えられる。van Binsbergen et al.(2022)は、S&P500等のリスク資産の利回りから、OISよりも厳密なリスク・フリー・レートを推計し、コンビニエンス・イールドがリーマン・ショック時に上昇したことを示した(図表4. 米国債のコンビニエンス・イールド)。
2000年代、為替リスクをヘッジした他国の国債金利と米国債金利の間にはプラスの乖離(米国債プレミアム)が生じており、米国債は相対的に低い収益率にも拘らず運用されてきた。近年、他国比で米国債の供給量が増加したことなどを背景に、米国債プレミアムは縮小傾向にある(図表5. 米国債プレミアム,Du et al.(2018),松岡(2022))。
(出所)
・Bloomberg
・van Binsbergen, Jules H., William F. Diamond, and Marco Grotteria. 2022.“Risk-free interest rates.”Journal of Financial Economics, 143, 1-29.
・Du, Wenxin, Joanne Im, and Jesse Schreger. 2018.“The U.S. Treasury Premium.”Journal of International Economics, 112, 167-181.
・Duffie, Darrell. 2017.“Financial Regulatory Reform After the Crisis:An Assessment.”Management Science, 64(10), 4835-4857
・Klingler, Sven and Suresh Sundaresan. 2023“Diminishing treasury convenience premiums:Effects of dealers’ excess demand and balance sheet constraints.”Journal of Monetary Economics, 135, 55-69.
・松岡 秀明「なぜ米国債はグローバルな安全資産なのか」PRI Open Campus 13 『ファイナンス』 財務省広報誌 2022年11月


米国債のバリュエーション・パズル

米国連邦政府の債務残高に対して、その返済の担保となる、将来にわたる基礎的財政収支黒字の推計値の現在割引価値の総和は過少となっている。最近の研究では、こうした乖離の背景として、流動性や安全性ゆえの米国債需要の強さ、推計の前提を上回る劇的な財政再建期待、国債がその本源的価値を超えてミス・プライシングされている(国債バブル)、基軸通貨ドルに対する信認に基づいた米国債保有動機、供給サイドの単一性に由来した国債の独占価格での供給、などが指摘されている。(図表6. 米国債のバリュエーション・パズル,Brunnermier et al.(2022), Choi et al.(2022), Jiang, et al(2022), 河野(2022))
基礎的財政収支黒字は景気後退期に下振れる傾向にあり、こうした景気循環リスクが財政に与える悪影響には注意が必要(図表7. 米国連邦政府の財政と景気循環リスク)。基礎的財政収支赤字は、一般政府の債務残高対GDP比の大きな増加要因となっている(図表8. 米国における一般政府ベースの債務残高対GDP比の要因分解)。
(出所)
・NBER, NIPA
・Brunnermeier, Markus K., Sebastian Merkel, and Yuliy Sannikov. 2022.“The Fiscal Theory of the Price Level With a Bubble.”NBER Working Paper 27116.
・Choi, Jason, Rishabh Kirpalani, and Diego J. Perez. 2022.“The Macroeconomic Implications of US Market Power in Safe Assets.”NBER Working Paper 30720.
・Jiang, Zhengyang and Lustig, Hanno N. and Van Nieuwerburgh, Stijn and Xiaolan, Mindy Z. 2022.“The U.S. Public Debt Valuation Puzzle. .”NBER Working Paper 26583.
・河野龍太郎「国際通貨保有国からの転落リスクと公的債務の持続可能性:日本がアルゼンチンタンゴを踊る日」 『資本市場』 資本市場研究会 2022年10月


米国財政の長期推計

米議会予算局(CBO)の最新の推計によると、米国連邦政府の債務残高対GDP比は今後も累増を続け、2029年には第二次世界大戦期の水準に到達し、2054年には166%に到達する見通し(図表9. 米国連邦政府の債務残高対GDP比,図表10. 米国連邦政府のPB黒字対GDP比)。
Jiang et al.(2022)は、2021年公表のCBOの推計を前提に、追加的な試算を行っている。
金利上昇ケースでは、基礎的財政収支赤字の現在割引価値が縮小する一方、利払費の増加から債務残高対GDP比はベースラインを上振れる(図表11. 債務残高対GDP比の推計)。債務残高対GDP比を現状の水準に維持するためには、ベースライン比で毎年GDP対比3%程度の基礎的財政収支改善が必要となる(図表12. PBの現在割引価値対GDP比の推計)。
金利上昇は債務増加をもたらすため、毎年の1%の金利上昇(図表13 各年の適用割引利回り)は、利払費の経年での累増に繋がる(図表14. 純利払費対GDP比の推計)。
(出所)
・CBO
・Jiang, Zhengyang, Hanno Lustig, Stijn Van Nieuwerburgh, and Mindy Z. Xiaolan. 2022.“Measuring US Fiscal Capacity Using Discounted Cash Flow Analysis.”Brookings Papers on Economic Activity, Fall. 157-209.

(注)文中、意見に関る部分は全て筆者の私見である。