欧州中央銀行による2011年~2016年の政策金利引き下げ局面における欧州経済の動向
大臣官房総合政策課 海外経済調査係 折原 健太
1.はじめに
ロシアによるウクライナ侵略を背景とした物価上昇が加速する中、欧州中央銀行は、2022年7月から2023年9月にかけて政策金利*1を段階的に引き上げていた。しかし、消費者物価上昇率*2は、9月は4.3%と2022年10月(10.6%)から減速が続いたことから欧州中央銀行は2023年10月、政策金利を据え置いた。欧州中央銀行の政策目的である物価安定の基準は消費者物価上昇率2%であるところ、消費者物価上昇率はその後も減速傾向が続き、2024年4月には2.4%にまで減速している。欧州中央銀行は2024年4月会合において政策金利を据え置いたが、同会合の声明文で、「物価が持続的に目標に収斂しているという確信が一層高まれば、政策金利の引き下げが適切となる」と表明した。
本稿では、過去の政策金利の引き下げ局面のうち直近の引き下げ局面である2011年11月から2016年3月に焦点を当て、2011年から2016年の欧州の経済動向と、2024年4月の政策金利の据え置きまでの欧州経済を概観する。【図表1. 欧州中央銀行の政策金利の推移】
2.欧州中央銀行による政策金利の引き下げ局面(2011年~2016年)の政策金利
欧州中央銀行は2011年4月及び7月に各0.25%ポイントの政策金利の引き上げを行い、その理由について、「ユーロ圏の予想物価上昇率を目標*3に沿った形で安定化させることに寄与するため」と述べた。当時の消費者物価上昇率は、エネルギー価格の上昇が主因となり、目標の2%を上回って推移していた*4。
政策金利の引き上げから4か月後の2011年11月には、欧州中央銀行は0.25%ポイントの政策金利の引き下げを行った。その理由について欧州中央銀行は、「消費者物価上昇率は依然として加速しているものの、2012年には2%を下回る見通しであること、金融市場の緊張が継続することで2011年後半から2012年にかけてユーロ圏の経済が減速するとの見通しを踏まえ、政策金利の引き下げに転じた」と言及した。
2011年11月以降も経済の減速リスクに対処する観点から2016年3月まで政策金利を段階的に合計1.50%ポイント引き下げた。
3.欧州中央銀行による政策金利の引き下げ局面(2011年~2016年)の経済
欧州中央銀行が政策金利を引き下げた2011年から2016年までのユーロ圏の経済動向をみる。
ユーロ圏全体の実質GDPの動向をみると、「2011年10-12月期以降、南欧諸国における住宅バブル崩壊の後遺症や財政緊縮の影響により総固定資本形成を中心とした内需の縮小から景気の低迷が続いている。(中略)13年1-3月期も-0.9%とマイナス幅は縮小したものの6四半期連続のマイナス成長」*5となった。
しかし、欧州中央銀行が政策金利の引き下げを開始してからおおむね1年半が経った2013年4-6月期に、ユーロ圏全体の実質GDPは前期比でプラス成長に転じ、プラス成長は2016年10-12月期まで継続した。実質GDPを需要項目ごとにみると、2013年4-6月期以降、個人消費は前期比で増加が続き、実質GDPのプラスの伸びと相まって推移した。【図表2. ユーロ圏の実質GDP需要項目別寄与度】
また、総固定資本形成についても、2013年4-6月期以降では、2014年4-6月期、2015年1-3月期、2015年7-9月期を除き増加した。このうち、2013年4-6月期から2016年10-12月期まで機械・設備投資は15四半期連続してプラスで推移した。【図表3. ユーロ圏総固定資本形成資本別寄与度】
欧州中央銀行が政策金利の引き下げを行った2011年~2016年の実質GDPの動きを特徴づけると、2013年4-6月期以降に個人消費が継続して増加したこと、総固定資本形成の増加がおおむね続いたことが挙げられる。
以下の(1)及び(2)で個人消費の増加要因、(3)で総固定資本形成の増加要因について考察する。
(1)ユーロ圏の個人消費の増加と賃金上昇率の動向
政策金利の引き上げ開始(2011年4月)直前の3月に公表された欧州中央銀行の経済見通しでは、消費者物価上昇率は2011年+2.0%~+2.6%、2012年+1.0%~+2.4%とされた。しかし実際には、2011年+2.7%、2012年+2.5%となり、いずれの年も見通しの上限を0.1%ポイント上回った。
消費者物価上昇率は2011年11月以降、エネルギー価格の下落を背景に減速傾向が続き、2015年1月には-0.6%となり、2009年10月(-0.1%)以来のマイナスとなった。その後はエネルギー価格の上昇を背景にこれに呼応する形で消費者物価上昇率は加速したものの、2016年12月まで+1%台で推移した。
このころの賃金の動きをみると、名目賃金は2011年から2016年にかけて前年比+1.3%~+2.2%で推移した。2012年11月には名目賃金の伸びは消費者物価上昇率を上回り、実質賃金の伸びは2010年6月以来2年5か月ぶりに前年比でプラスに転じた。
2013年2月以降は2016年12月まで継続して名目賃金の伸びは消費者物価上昇率を上回り、実質賃金は前年比プラスで推移した。実質賃金のプラスでの推移が個人消費の増加に少なからず寄与したと考えられる。【図表4. ユーロ圏の賃金上昇率と消費者物価上昇率】
(2)ユーロ圏の個人消費の増加と消費者マインド
ユーロ圏の個人消費の増加を消費者マインドからみる。
消費者マインドを表す消費者信頼感指数をみると2012年12月に底打ちを示し、同月以降、2015年4月までの28か月にわたりおおむね回復基調が続いた。【図表5. ユーロ圏 消費者信頼感指数】
(3)ユーロ圏の総固定資本形成の増加と貸出資金需要
このころの銀行による貸出調査をみると、家計及び企業の貸出需要は2012年4-6月期に底打ちとなった。政策金利の引き下げ開始(2011年11月)からおおむね2年半が経った2014年4-6月期には家計、企業の貸出需要は共に、需要を増やした割合が需要を減らした割合を超えてプラスに転じた。【図表6. ユーロ圏 家計及び企業向け貸出資金需要実績】
貸出需要増の要因について金利との関係の調査が開始された2015年1-3月期以降、2016年10-12月期までの要因として、金利が低い水準であったことが挙げられた。欧州中央銀行による政策金利の引き下げが背景にあると考えられる。
以上のことを踏まえると、2011年から2016年の時期は、(1)及び(2)から、個人消費は、実質賃金がプラスとなり家計の可処分所得が増加したこと、消費者マインドが改善したことで増加したと考えられる。(3)から、総固定資本形成は、金利が低い水準であったことで増加したと考えられる。
4.結語
以上、直近(2011年~2016年)の欧州中央銀行による政策金利引き下げ時期の経済動向を振り返った。そのうえで足元の動きを概観する。
欧州中央銀行は2024年3月、経済及び物価について見通しを公表した。同見通しにおいて欧州中央銀行は、2024年に消費者物価上昇率は一層減速し、賃金上昇率は落ち着きつつも安定して上昇するとした。実質可処分所得については、増加することにより消費が増え、ユーロ圏の経済は徐々に回復を取り戻していくとした。【図表7. 欧州中央銀行による経済及び物価見通し(2024年3月)】
他方で欧州中央銀行は、ユーロ圏の経済が下方に傾くリスクも存在すると指摘した。2024年3月の金融政策を決定する会合の議事要旨で欧州中央銀行は、ロシアによるウクライナ侵略や中東での紛争は地政学的リスクであるとし、とりわけ中東における地政学的緊張の高まりが短期的にエネルギー価格と輸送コストを押し上げ、物価が上昇する可能性があると指摘した。
以上のとおり欧州中央銀行による2011年から2016年の政策金利の引き下げ時期の経済、物価とこれらに関連する動向を顧みると、政策金利の引き下げ局面においては経済、物価は堅調に推移したことがみてとれる。足元では、2024年3月に政策金利が据え置かれ、2023年10月以降2024年4月まで政策金利が据え置かれている。2024年3月には欧州中央銀行によりユーロ圏経済が2024年から2026年に回復するとの見通しが示された。一方では、下方リスクも指摘されたところである。
政策金利の据え置き後の動きについては注意深く監視していくことが欠かせない。
(注)文中、意見に及ぶ部分は筆者の私見である。また、誤りについては筆者に帰する。
(参考文献)
・欧州委員会
・欧州中央銀行(European Central Bank), “Key ECB interest rates”, “Monetary policy decisions”, “The euro area bank lending survey(BLS)”.
・内閣府[2013]「世界経済の潮流 2013年I -成長力回復への課題-」
*1) 本稿では、政策金利は「メイン・リファイナンス・オペ金利」を指す。民間の銀行が欧州中央銀行から1週間資金を借り入れる際の金利を指す。
*2) ユーロ圏の消費者物価指数の前年同月(年ベースのときは前年)と比べた増減率。
*3) 2011年当時の欧州中央銀行の物価目標は「2%未満かつ2%近傍」としていた。2021年7月に物価目標を「2%かつ上下対称」として上下に乖離が許容される対称的なものに変更した。
*4) 2011年3月:総合指数+2.7%、エネルギー価格+13.0%(前年同月比)
2011年6月:総合指数+2.7%、エネルギー価格+10.9%(前年同月比)
*5) 内閣府「世界経済の潮流 2013年Ⅰ-成長力回復への課題-」,2013年6月,p77.