カンボジア中小企業金融支援
財務総合政策研究所 総務研究部 国際交流課 課長 田畠 秀高
同 研究員 斉藤 真之
財務総合政策研究所(以下、「財務総研」)は、アジアの開発途上国に対する知的支援を行っており、その一環として、日本政策金融公庫国民生活事業(以下、「日本公庫」)と連携する形で約20年にわたり中小企業金融支援を実施してまいりました。今月のPRI Open Campusでは、昨年6月に開始し、現在取り組んでいるカンボジア中小企業銀行(SME Bank of Cambodia(以下、「SME Bank」))に対する支援について、支援開始の経緯から同年11月に日本公庫と協力してプノンペンで開催した創業支援セミナーの概要を紹介し、カンボジア政府からどのような期待が寄せられているかを説明します。*1
[執筆者プロフィール]
田畠 秀高 国際交流課長
2005年財務省入省。在ニューヨーク総領事館、関東財務局等の勤務を経て、2023年7月より現職。
斉藤 真之 研究員
2013年、株式会社日本政策金融公庫へ入庫。中小企業への資金支援や支援施策の企画立案に携わる。2023年4月、財務総研へ入所し、本支援を担当。
1.支援経緯
カンボジアにおける中小企業の多くは、金融機関から融資を受ける際、不動産担保を要求されたり*2高金利を設定されたり*3することが障害となり、十分な資金を調達できないという金融アクセス上の問題を抱えています*4。財務総研はSME Bankや経済財政省等へのヒアリングを通じ、融資審査時の担保依存度の高さ等の金融機関側(貸し手)の課題を把握しました。他方で、事業を開始してから間もない等の事情により財務基盤が弱い事業者(借り手)は、一般的に金融機関に提供可能な不動産担保を十分に有していません。加えてこれらの事業者は、財務諸表の整備が不十分*5かつ商業登記もしないことが多いため、金融機関が事業者の実態を把握できず、必要な融資に繋がらない状況となっています。カンボジア政府は、こうした課題に対処すべく、2020年2月に政府系金融機関としてSME Bank*6を設立しました。SME Bankは経済財政省傘下の機関であり、政府方針に基づき中小企業金融を担う役割が期待されています。
財務総研は、日本公庫の協力の下、これまでにベトナム、マレーシア、ラオス及びミャンマーの4か国4機関*7に対して中小企業金融支援を実施*8してきました。総じてカンボジア同様、中小企業の金融アクセスに関する課題を抱えており、各国の中小企業金融を担う政府系金融機関等に対し、日本公庫の有する、定性・定量分析等*9に重点を置いたキャッシュフローベースの融資審査ノウハウを提供してきました。
2022年10月、財務総研及び日本公庫のスタッフはカンボジアに赴き、他国における支援実績や日本公庫の持つ融資審査ノウハウをSME Bankや経済財政省の職員等の関係者に説明しました。先方からは、SME Bankが今後支店数を増加させ、直接融資(Direct Credit Scheme*10)に注力していく方針であり、融資審査能力に関する人材育成及び審査業務の向上が喫緊の課題との説明がありました。さらに、同行からセミナーの実施を通じた日本公庫の持つ融資審査ノウハウの提供やマニュアル整備についての協力要請がありました。本要請を受け、2023年6月、財務総研、日本公庫、カンボジア経済財政省及びSME Bankの4機関において協力覚書(Memorandum of Cooperation)を締結しました(本覚書の概要は図表1. 協力覚書の概要参照)。
2.第1回中小企業金融セミナー(2023年6月20~21日・於 プノンペン)
2023年6月にプノンペンで行った第1回中小企業金融セミナーでは、日本の中小企業金融や日本公庫の役割、日本公庫における融資審査手法等についての講義を実施し、定性・定量分析等に関する基礎的な知見・ノウハウを提供しました(図表2. 第1回中小企業金融セミナーの概要)。そして、その実践編として、事業所訪問時のポイントや財務諸表未整備の事業者に対してどのように売上を推測するか等をテーマとした演習にも取り組みました。受講者からは、日本公庫の融資審査手法や業務プロセス等の実務面についての質問が多く寄せられ、日本公庫の取組みを参考に業務改善を図ろうとする積極的な姿勢を感じ取ることができました。
受講者向けアンケートでは、本セミナーについて総じて非常に高い評価を得ました*11。また、SME BankのNeav Sokun Chief Operating Officer(COO)からは、以下のコメントを頂きました。
- 中小企業向けの融資審査手法を学ぶうえで非常に有益な内容だった。
- 政府系金融機関としての役割や創業支援を含む業務の政策的意義について、本セミナーを通じ、改めてその重要性に気づくことができた。
- SME Bankとしても日本公庫が取り組んでいる創業支援は重要と認識しており、セミナーの実施をお願いしたい。
写真:▲第一回中小企業金融セミナーの模様(2023年6月)
3.創業支援セミナー(2023年11月14日・於 プノンペン)
2023年11月、第1回セミナー開催時に聴取したニーズを踏まえ、創業支援をテーマに再び現地でセミナーを開催しました。本セミナーでは、財務総研の職員から創業支援の政策的意義等を説明したうえで、日本公庫の職員から日本における創業の状況や日本公庫による支援内容、収支予測・資金調達等の創業計画のポイント等についての講義を実施しました(図表3. 創業支援セミナーの概要*14)。受講者には、創業支援の業務経験が浅い方も多く含まれました(図表4. 受講者の業務における創業企業向け融資審査の頻度*15)が、創業者の融資相談にどのように対応するべきかという切り口を中心に、実務的な質問が数多く寄せられました。受講者向けアンケートでは、前回セミナーと同様、非常に高い評価が得られました*12。
また、SME BankのNeav Sokun COOからは、以下のコメントを頂き、カンボジア政府の意向にも即したタイムリーな支援を実施できたことを伺い知ることができました。
- 実務に役立つ内容であった。とりわけ、日本公庫から提示された創業計画書のフォーマットやチェックポイントは、SME Bankの業務にも直接活用できる。
- カンボジア政府が推進している観光業支援*13の対象には創業企業も含まれるため、今回学んだノウハウを積極的に活用したい。
- SME Bankは政府系金融機関としてプレゼンスの発揮が求められる状況にあるが、その役割について理解が浅い職員もおり、財務総研による政策金融をテーマとしたセミナーは職員の意識づけに有益であった。
写真:▲創業支援セミナーの模様(2023年11月)
現地メディアによる主な報道内容
(“Seminar focuses on supporting SME start-ups”Khmer Times 2023/11/16)
The Policy Research Institute(PRI), Ministry of Finance, Japan, in cooperation with the Micro Business and Individual Unit, the Japan Finance Corporation(JFC-Micro), conducted a seminar on Tuesday aimed at the capacity-building of SME Bank of Cambodia staff on supporting and financing start-ups.
(仮訳)日本の財務省財務総研(PRI)は、日本公庫(JFC-Micro)と協力し、カンボジアSME Bank職員の起業支援と融資に関する能力開発を目的としたセミナーを火曜日に開催した。
“We’re pleased and appreciative of the support from PRI and JFC-Micro in the area of capacity development. Thanks to PRI and JFC-Micro for their knowledge and experience sharing. We hope that this collaboration will further enhance the offer of better financial support to SMEs in Cambodia,”said Lim Aun, CEO of the SME Bank of Cambodia
(仮訳)カンボジアSME BankのLim Aun CEOは、「財務総研と日本公庫の能力開発分野での支援に喜びと感謝の意を表します。財務総研と日本公庫の知識と経験の共有に感謝します。この協力関係により、カンボジアの中小企業に対するより良い金融支援の提供がさらに強化されることを期待しています。」と述べました。
4.中小企業金融支援にかかる期待
財務総研の職員は、2023年11月の創業支援セミナー運営に係る出張の際、経済財政省のPhan Phalla長官(兼SME Bank会長)と面談を行いました。Phan Phalla長官からは、財務総研や日本公庫に対する支援への謝意とともに、以下のとおり、足元の中小企業支援政策の動向や本支援に対する期待についての言及がありました。- 中小企業支援政策として、2023年11月の官民合同会議*16において、観光業を対象に5千万米ドル規模の直接融資(Direct Credit Scheme)によるSME Bankの融資枠の拡充が発表された。
- SME Bankの優先課題は、業務量増加に対応するための人材育成及び業務効率改善である。日本による中小企業金融支援は、まさに本課題解決に直結するため、経済財政省としても期待度が非常に高い。
写真:▲カンボジア経済財政省との面会(2023/11中央がPhan Phalla長官)
5.今後の支援に向けて
昨年11月のカンボジア訪問時に実施したセミナーでの講義や受講者との意見交換及びSME Bank幹部や経済財政省Phan Phalla長官との面談を通じ、カンボジアにおける経済発展の基盤となる中小企業の金融アクセスの課題を改善するために本支援に対する高い期待と熱意を肌で感じることができました。特に、SME Bank幹部や経済財政省長官からは、創設間もない銀行として、日本の経験を参考にしつつ、カンボジアの事業環境を踏まえた実務的な支援が要請されたことが印象的でした。カンボジアではこれまで不動産担保の範囲内で融資を行うという保守的な融資が行われてきましたが、SME Bankは、事業規模を拡大し収益を確保しながら、リスク管理能力を高めていきたいとしています。日本側としては、同行が、中小企業金融を担う政府系金融機関として中小・零細企業に必要な資金を供給できるよう、先方の期待に応えるべくカンボジア政府の取組を後押ししていきたいと考えています。これまでの先方との意見交換を通じて、日本との事業環境や融資慣行の相違点、また、金融アクセスに関する課題の実情を詳細に把握することができており、日本における各種審査ノウハウや他国に対する支援実績を踏まえ、引き続き、カンボジアのSME Bankにとって有効かつ効果的な支援を続けていきたいと考えています。
コラム
(1)SME Bankについて
SME Bankは、2020年2月に中小企業振興を目的に設立された政府系金融機関(図表5. SME Bankの概要*17)であり、その業務内容は主にカンボジアの中小企業(図表6. カンボジアの中小企業の定義*18*19(太枠はSME Bankの主な支援対象))を支援するものとなっています。また、SME Bankの融資商品は、直接融資(Direct Credit Scheme)と民間金融機関との協調融資(Co-financing Scheme)に大別されています(図表7. SME Bankの主な融資商品*20*21)。融資対象は、業種に応じて優先セクターと一般セクターの2種類に区分されており(図表8. 融資対象セクターの区分*22)、業種によって利用可能な融資商品や融資条件が異なります。
(2)財務総研による中小企業金融支援の取組実績
財務総研は、これまで4か国4機関(ベトナム社会政策銀行、マレーシア中小企業銀行、ラオス開発銀行、ミャンマー経済銀行)に支援を実施しており、いずれのケースにおいても日本公庫の知見・ノウハウを提供することにより、人材育成や業務効率化への貢献に取り組んできました。また、支援終了後には、提供した知見・ノウハウの定着状況の確認や関係者との人脈維持のため、意見交換会等を通じてフォローアップにも取り組んでいます。直近では、23年11月のカンボジア出張時にも、経由地のハノイでベトナム社会政策銀行とのフォローアップ面談を実施しました。
写真:▲VBSPへの訪問によるフォローアップ(2023/11)
財務総合政策研究所
POLICY RESEARCH INSTITUTE, Ministry Of Finance, JAPAN
過去の「PRI Open Campus」については、
財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。
https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html
図表9. これまでの中小企業金融支援の内容*23
*1) 文中、意見に及ぶ部分は全て筆者の私見である。本稿は、2023年2月の「PRI Open Campus ~財務総研の研究・交流活動紹介~,カンボジア経済情勢及び中小企業金融の現況について」の続編。
*2) カンボジア国立銀行等の政府関係機関からのヒアリング。
*3) 2019年時点のカンボジア金融機関の平均的な預金金利はドル建てで4.9%、リエル建てで6.2%となっている(UNCDF(2022)「Access to Finance of Micro, Small and Medium-Sized Enterprises(MSMEs)in Cambodia, MSME Financing Series No. 2(Bangkok, United Nations 2022)」)。
*4) 66%の中小企業が金融アクセスを自社の課題と回答(同、UNCDF(2022))。
*5) カンボジアでは、中小企業を対象に、財務諸表の作成・提出を義務付ける法律が2016年に公布され、2022年からは罰金規定付きで施行されており、提出企業数は増えたものの、財務諸表と企業実態との整合性に課題がある(経済財政省等からのヒアリング)。
*6) 詳細はコラム(1)参照。
*7) ベトナム社会政策銀行、マレーシア中小企業銀行、ラオス開発銀行及びミャンマー経済銀行。
*8) 詳細はコラム(2)参照。
*9) 本稿において、定性分析とは、経営者へのインタビューや事業所訪問等を通じて企業実態を把握することを指す。定量分析とは、貸借対照表・損益計算書等の財務諸表等に基づき企業実態を把握することを指す。
*10) SME Bankの融資商品は、1)SME Bankが融資審査を行う直接融資(Direct Credit Scheme)と、2)民間金融機関が融資審査を行う協調融資(Co-financing Scheme)に大別され、直接融資の推進は融資審査にかかる業務負担を増加させ、効率的な処理が必要とされる状況。融資商品についての詳細はコラム(1)参照。
*11) すべてのアンケート回答者(25名)が、5段階評価(大変満足・大体満足・普通・やや不満足・不満足)において、「大変満足」または「大体満足」と回答。
*12) アンケート回答者(31名)の96.8%が、5段階評価(大変満足・大体満足・普通・やや不満足・不満足)において、「大変満足」または「大体満足」と回答。
*13) カンボジア政府の中小企業支援政策の動向については、項番4参照。
*14) 2019年、カンボジア政府は創業支援を担う公的機関としてKhmer Enterprise及びTecho Start-up Centerを設立。前者はスタートアップ企業に対して金融・非金融の両面での個別支援等を行うのに対し、後者はデジタルプラットフォームの運営等、スタートアップ企業・投資家・政府系機関等の関係者間でのネットワーク構築等を行う。
*15) 受講者向けアンケート(SME Bankの職員31名が回答)における、「創業企業(創業前又は創業後2年以内の企業)への融資審査にどれくらいの頻度で携わっているか」の設問に対する回答を基に作成。
*16) 民間の各業界団体から政府への規制緩和要望がなされ、その対応を首相等から説明する会議。
*17) SME Bank「ANNUAL REPORT 2022 SME BANK.」及びSME Bankホームページ(https://smebankcambodia.com.kh/)(2024年1月25日時点)等を参考に作成。
*18) Khmer Times(2021)による報道記事「Council of Ministers sets new criteria for SME designations(https://www.khmertimeskh.com/50806567/council-of-ministers-sets-new-criteria-for-sme-designations/)」を参考に作成。
*19) 農業セクターへの支援を担う政府系金融機関としては、主に農業農村開発銀行(Agricultural and Rural Development Bank of Cambodia)がある。
*20) SME Bankホームページ(https://smebankcambodia.com.kh/)(2024年1月25日時点)を参考に作成。
*21) ジェトロ(2016)「カンボジアにおける不動産取引に関する留意点」
*22) SME Bankホームページ(https://smebankcambodia.com.kh/)(2024年1月25日時点)を参考に作成。
*23) ミャンマー経済銀行向けの支援は軍事クーデターの影響で中断している。