このページの本文へ移動

特集 GX投資を支援する仕組みを創設 GX経済移行債特集

GX経済移行債とクライメート・トランジション利付国債



理財局国債企画課長 佐藤 伸樹/理財局国債企画課課長補佐 朝倉 赳
理財局国債業務課課長補佐 伊藤 鉄平/理財局国債企画課 安部 正浩

1.GX経済移行債発行の経緯

日本で、2050年カーボンニュートラル実現の国際公約と、産業競争力強化・経済成長を同時に実現していくためには、今後10年間で150兆円を超える官民のGX(グリーン・トランスフォーメーション)投資が必要であるとされている。こうした巨額のGX投資の実現に向け、国として長期・複数年度にわたり投資促進策を講ずるために、「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律」(以下、GX推進法)に基づき、20兆円規模の「脱炭素成長型経済構造移行債」(以下、GX経済移行債)を発行することになった。(その発行は、令和5年度以降10年間、毎年度国会の議決を経た金額の範囲内で行われる。)

2.GX経済移行債の法的位置づけ

GX経済移行債の発行根拠は、令和5年5月に成立したGX推進法に規定されている(図表1. GX経済移行債の法的位置づけ(GX推進法より抜粋)参照)。
その償還については、令和32年度(2050年度)までに、事業者への「化石燃料賦課金」・「特定事業者負担金」によって行われることが明記されており、いわゆる「つなぎ国債」の一つとなる。その制度設計の詳細については、法律の施行後2年以内、すなわち令和7年6月末までに必要な法制上の措置を行うことがGX推進法で定められている。

3.個別銘柄「クライメート・トランジション利付国債」

GX経済移行債は、これまでの国債(建設国債、特例国債、復興債等)と同様に同一の金融商品として統合発行することに限らず、調達する資金の使途やレポーティング方法等を示したフレームワークを策定したうえで、国際標準への準拠について評価機関からの認証(セカンド・パーティ・オピニオン)を取得した、個別銘柄「クライメート・トランジション利付国債」(以下、CT債)として発行することになった(図表2. GX経済移行債の発行方式参照)。
個別銘柄の発行は、世界初の国によるトランジション・ボンドの発行により、幅広い投資家層からGX投資の資金を調達することに加え、GX政策への理解醸成、国内外のトランジション・ファイナンスの拡大に資する呼び水となることを目指したものである。
CT債の令和5年度(以下、初回債)の発行に向けては、令和5年夏頃から「GX経済移行債の発行に関する関係府省連絡会議」、「GX実行会議」等を通じて議論が本格化し、省庁横断でフレームワークの策定やセカンド・パーティ・オピニオンの取得等の準備を進めた(図表3. クライメート・トランジション利付国債の初回発行に向けた取組参照)。
令和5年11月にフレームワークを公表(図表4. フレームワークの概要(1)・図表5. フレームワークの概要(2)<調達資金使途の分類について>参照)し、評価機関のJCRとDNV(本社・ノルウェー)からセカンド・パーティ・オピニオンを取得した。その後、市場参加者のシステム対応を後押しする観点から、あらかじめ「クライメート・トランジション利付国債の基本的設計案について」を公表しつつ、市場関係者との意見交換1も踏まえて令和5年12月に発行年限、発行予定額等を公表のうえ、証券会社や評価機関等を含め官民で協力して、国内外の幅広い投資家にIR(投資家向け広報)を実施した(IR活動の詳細については後述)。また、多くの市場関係者がCT債の取り扱いを事前に公表2するなど、市場全体で各種の取り組みが進められた。
令和6年2月には、債券市場への資金投入を通して気候変動問題の解決を目指す国際的なNPOのCBI(Climate Bonds Initiative)から、初回債が、CBIの基準であるクライメート・ボンド基準(Climate Bonds Standard)を満たしている旨、認証を取得した。
かかる準備を経て、令和6年2月14日にはCT債の初の入札を実施し、10年債・約8,000億円を調達した。続く同月27日に5年CT債の入札を実施し、こちらも約8,000億円、予定どおり総額約1.6兆円を調達した。
(図表6. 初回債の入札結果参照)。
なお、初回のCT債(10年)についてはDEALWATCHAWARDS2023におけるINNOVATIVEDEBTDEALOFTHEYEARを受賞した(図表7. Innovative Debt Deal of the Year参照)。

4.令和6年度クライメート・トランジション利付国債の発行予定

令和6年度(令和6年4月から令和7年3月まで)の発行は、図表8. 令和6年度クライメート・トランジション利付国債の入札発行予定の通り、5月・7月・10月・(令和7年)1月の4回の入札により、1.4兆円の発行を予定している。10月及び1月に発行する分に関しては、それぞれ5月・7月に発行する10年債・5年債のリオープンとして、各回号の残高を増やすことを企図している。
GX経済移行債については、10年で20兆円規模の調達となることが想定されており、国内外の投資家に受け入れられるものとなるよう、円滑な発行・消化に向け、しっかり取り組んでいきたい。



GX-IRの取組について


理財局国債企画課国債政策情報室長 荒瀨 塁/理財局国債企画課課長補佐 矢野 智史
理財局国債企画課国債政策情報室/国債情報係 田中 未央、山田 知宏
海外投資家係 伊東 義文、小林 寛己、飯田 真也


CT債に関しては、世界初の国によるトランジション・ボンドであり、資金の調達のみならず、日本のGX政策への理解醸成、国内外のトランジション・ファイナンスの一層の拡大に資する呼び水となることを目指していることから、令和5年11月のフレームワーク公表以降、GX政策含めて、国内外の投資家、その他市場関係者の理解を得る必要があるため、初回発行に向けて、CT債に特化したIR(投資家向け広報。以下、GX-IR)を実施することとした。その際、GX-IRのアレンジ等にご協力いただくべく、PD(プライマリー・ディーラー)の中からESG分野における知見・実績を有する証券会社7社3 を「GX国債マーケティング・サポーター」(以下、サポーター)に決定した。その後、セミナー開催や投資家面談など具体的なGX-IRの実施方針を立案した上で、財務省、経済産業省、サポーター及びフレームワークの評価機関(JCR・DNV)と協力し、11月以降、GX-IRを集中的に実施した。
国内市場関係者に対しては、主にセミナー形式での開催を中心に実施した。なお、通常、日本国債のIRは、国債保有者層の多様化の観点から主に海外投資家向けに実施しているため、国内向けのこうした取組は異例となる。まず、業種を問わず幅広い投資家向けの取組として、財務省主催の「全国投資家向けwebセミナー」を令和6年1月中に3回開催したほか、令和5年12月の日本証券業協会主催の「GX経済移行債勉強会」や大和証券主催の「クライメート・トランジション利付国債webセミナー」にも登壇・講演を行った。2月の初回発行を終えた3月以降も、金融関連の業界団体が主催する会員向けセミナーに登壇するなど、幅広く市場関係者に訴求する機会を積極的に設けている。加えて、財務(支)局との共催で、主に各財務(支)局管内の投資家などを対象とした、「GX経済移行債セミナー」(対面でのトークセッションを含めた(対面・webの)ハイブリッド形式)を実施した。2月の初回発行までに関東、東海、中国財務局4で開催し、その後も、近畿、福岡(九州財務局及び沖縄総合事務局管内の投資家なども対象)、東北、四国、北海道の各財務(支)局で開催した。特に、対面でのトークセッションにおいては、参加者と財務省、経済産業省、サポーターの各担当者との間で活発な意見交換が行われ、CT債に対するより一層深い理解や共感が得られるなど、対面で開催する意義が感じられたところである。上記の取組に対し、合計1,100社超・2,100名超(延べ社数・人数)の市場関係者が参加した。
海外市場関係者に対しては、個別面談とセミナー形式を組み合わせたGX-IRを実施した。令和5年12月4日に、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開催された国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)の「ジャパン・パビリオン」において、財務省・経済産業省・環境省の共催で、「GX投資拡大における国債の役割」をテーマにセミナーを開催した。その後、令和6年1月後半から2月初めにかけて、欧州(ロンドン、パリ、フランクフルト)及び北米(ボストン、ニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコ)を1週間ずつ訪問し、ESG業界におけるオピニオンリーダーである投資家(中央銀行・外貨準備当局、年金基金、資産運用会社、商業銀行等)を中心に合計40件程度の個別面談を実施した。また、令和6年4月25日には、主にアジアの市場関係者向けにCT債をテーマとするWebセミナーを開催し、40名程度の参加があった。
他にも、CT債のみをテーマとしたものではないが、特に海外の市場関係者に対しては、昨夏以降、本年4月にかけて、北米、欧州、アジア、オセアニア、中東を含め11カ国16都市の海外出張や、日本における国際会議等の機会を活用し、海外投資家と合計150件程度の面談を実施するとともに、証券会社等主催のセミナーにも積極的に登壇し、日本の国債管理政策や財政状況・マクロ経済環境のアップデートと併せて、CT債に関しても丁寧に説明している。
CT債については、引き続き、経済産業省やサポーター、評価機関とも密に連携しながら国内外市場関係者向けのIRに努め、粘り強く市場関係者の理解を促していくことが重要と考えている。

写真:関東財務局セミナー
写真:近畿財務局セミナー
写真:福岡財務支局セミナー
写真:COP28ジャパン・パビリオン
写真:欧州IR
写真:米国IR


担当者対談:財務省×経済産業省

GX経済移行債の発行に向けては、経済産業省をはじめとする関係省庁が連携して対応した。今回は、トランジション・ファイナンスやCT債の狙い、方向性、具体的内容等について、財務省と主なカウンターパートである経済産業省の担当者による対談を行った。

写真:左から順に、根本 理沙 (経済産業省産業技術環境局環境政策課GX金融推進室係長)石川 なな子 (経済産業省産業技術環境局環境政策課GX金融推進室室長補佐)朝倉 赳 (理財局国債企画課課長補佐)矢野 智史 (理財局国債企画課課長補佐)

矢野 ESG債の中では、世界的にグリーン・ボンドの発行量が多くを占める中、令和6年2月に、世界初の国によるトランジション・ボンドとして、CT債を発行しました。

石川 世界に多くあるグリーン・ファイナンスの対象は、省エネや再エネなど、すでに技術が確立されていて普及の段階にあるものが大半です。他方、社会全体のカーボンニュートラルの実現に向けては、省エネ、再エネのみならず、熱や燃料の脱炭素化、製造プロセスの脱炭素化といった、現時点で技術が確立していない分野も含めて対象とするトランジション・ファイナンスの取組みが必要不可欠です。より具体的には、こうしたカーボンニュートラルの道筋は業種、産業ごとに異なりますから、脱炭素化に向けたトランジションのプロセスを明確化した上で、資金を提供するのがトランジション・ファイナンスです。

朝倉 今すぐには排出がゼロにはならないかもしれないが、着実にゼロに向かっていく、そこに対する資金調達を行うのがトランジション・ファイナンスと理解しています。トランジションは、必ずしも確立しているわけではない技術なども含まれているため、定義や評価が難しいと言われます。そのため、脱炭素に向けた戦略や道筋を開示し、透明性を高めることで、投資家が評価できるように説明を尽くしていくことが重要と考えています。

根本 今回のCT債の発行により、日本の移行戦略、それに紐づく日本の各分野での分野別の投資戦略を見える化しています。既に確立している技術の普及のみならず、水素還元製鉄をはじめとした、新たな技術の開発・実証、さらに実装にも支援を行い、民間投資の呼び水にするため、政府による先行投資支援を行うものです。

矢野 次にトランジション・ファイナンスの具体的な中身についてです。GX経済移行債の発行根拠は、令和5年5月に成立したGX推進法となりますが、それに基づき同年7月にGX推進戦略が閣議決定されました。

石川 GX推進戦略は大きく2つに分かれます。一つは省エネの推進、再エネの主力電源化、原子力の活用、水素・アンモニアのインフラ性サプライチェーンの構築など「エネルギー安定供給の確保を前提としたGXの取組」。もう一つは、それを実現、具体化する「成長志向型カーボンプライシング構想」です。

朝倉 1点目は「安定供給の確保」とされていますが、供給サイドだけではなく需要サイドも電気を使わなくても物事が進められるようにする取組が多く含まれているわけですね。

根本 その通りです。実際、日本の排出量を見ると、エネルギー源に基づくものは4割程度です。それ以外は製造業や運輸などですから、社会全体のカーボニュートラル実現に向けては、エネルギーの脱炭素化のみならず、人々の暮らしや製造業などの分野の脱炭素化も非常に重要で、GXの重要な項目になります。

石川 2点目の「成長志向型カーボンプライシング構想」は大きく分けて2つに分かれていて、私たちはアメとムチの戦略と見ています。まず、GX経済移行債を活用して今後10年間で20兆円規模の先行投資支援を行っていくことで、新たな技術の開発・実証やインフラサプライチェーンの構築などを支援していきます。2つ目としてカーボンプライシングを将来的に導入して、その財源を持って、令和32年度(2050年度)までにGX経済移行債を償還します。カーボンプライシングの中身は、令和8年度(2026年度)から本格運用される排出量取引制度の中で、発電事業者に対して、令和15年度(2033年度)から排出量に応じて有償オークションを段階的に導入していきます。また、令和10年度(2028年度)から化石燃料のCO2の排出量に応じて、輸入事業者に対して化石燃料賦課金を導入します。カーボンプライシングの導入までに一定期間を置き、かつ低いレベルから徐々に負荷を上げていくことで、企業に対し早めのGX投資を促していきます。

矢野 CT債の発行にあたっては、発行体の移行戦略、調達資金の使途・管理、環境改善効果等のレポーティングの方法などを定めたフレームワークを策定し、ICMA(国際資本市場協会)5の「クライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブック」や「グリーン・ボンド原則」といった国際基準への準拠について評価機関であるJCRとDNVの2社からセカンド・パーティ・オピニオンを取得しました。この点は、他国政府のグリーン・ボンド発行の取組によく見られるプロセスと同様ですね。

根本 このフレームワークの決定プロセスについて少々振り返ってみたいと思います。まずは「GX経済移行債発行に関する関係府省連絡会議」を令和5年6月に設立しました。そちらに内閣官房、金融庁、財務省、経済産業省、環境省が参加しています。その中でフレームワーク案を具体化して決定し、その上で総理を議長として関係閣僚と有識者がメンバーとなっている「GX実行会議」で報告しました。ですから、このフレームワークは、経済産業省あるいは財務省の単独ではなく、日本政府内でGXに関わる主要官庁が皆で議論をして具体化したものなのです。

石川 次に具体的な資金使途としては、省エネルギーの推進や再生可能エネルギーの主力電源化、原子力の活用などのエネルギー部門のみならず、製造業の構造転換や水素・アンモニアのサプライチェーンの導入促進といった新たな燃料、脱炭素燃料のサプライチェーンの構築、加えて運輸部門のGX、これは先ほど話に出たEVやプラグインハイブリッドなどのクリーンエネルギー自動車の導入などが含まれます。さらには、もう少し横串的な資源循環の推進など、様々なものが含まれています。この大分類は、ICMAのグリーン・ボンド原則において示されているカテゴリーになっており、各国政府が発行しているグリーン・ボンド同様の分け方をしています。

朝倉 海外ではこのようなフレームワークを作成したり、その資金使途や管理・レポーティングをどうするかは、発行当局に一元化されている印象があります。他方、日本では、経済セクター、環境セクター、国債発行等、それぞれを担っている省庁が一丸となって取り組んでいるところに特徴がありますね。

矢野 GX経済移行債を活用して先行投資支援を行っていきますが、その投資促進策を具体化する「分野別投資戦略」を令和5年12月にブラッシュアップ・確定しました。合わせてカーボンニュートラルを見据えた「先行5カ年アクションプラン」を策定しました。

石川 投資促進策の4つの基本原則を紹介したいと思います。まず、(Ⅰ)政府による支援ですから、民間企業のみでは投資判断が真に困難な事業を対象とします。次に(Ⅱ)GXの根幹である排出削減と経済成長、いずれにも貢献するもので、その中でも特に市場規模や削減規模の大きさなどの面で優先順位の高いものから支援します。そして、(Ⅲ)その企業の投資や需要側の行動を変えていく仕組みにもつながる規制、制度面の措置と一体的に講じます。さらに、(Ⅳ)日本国内の人的・物的投資拡大につながるものを対象とします。

根本 排出削減ではエネルギー転換部門も重要ですが、日本の排出量の内訳を見ると、それ以外にも、鉄鋼や化学、紙パルプ、セメントなどいわゆる多排出セクターに代表されるような産業部門や運輸部門、あるいは家庭部門など、くらし関連部門も総合的に支援していくことが重要です。結果、多分野に及びますから、すでに技術が確立されている分野もあれば、多排出セクターのようにまだまだ技術開発途上のものもあり、状況が異なります。

石川 ですので、合計22の分野において、どのような技術が重要であるかを見極め、技術の実装に向けた投資、日本政府による支援策によって期待される排出削減の効果を分野別投資戦略にまとめることで、実際に各業種、各分野でどのようにカーボンニュートラルの実現に向けて進んでいくのか、それに対する政府の支援はどういうものなのかを見える化しています。それぞれの分野で決まっていたものを、より具体的なアクションに落とし込んでいるわけです。

朝倉 民間企業だけではコストに見合う見込みの少ない投資はなかなかできません。政府がリードして支援をすることで、民間企業が早めに投資できる環境を作っていくのが狙いということですね。

矢野 CT債の初回発行に先立ち、令和6年1月後半から2月初めにかけて、経済産業省、サポーター、評価機関と協力して欧米の投資家向けに集中的にIRを行いました。非常に技術的な質問も多かったですが、IR参加者それぞれの知見や専門性を生かし、的確に投資家の問題意識に応えることができたのではと思っております。IRをしてみての経済産業省としての所感があれば教えてください。

石川 世界初の国によるトランジション・ボンドということで、どんな反応があるか、当初は心配していました。実際には欧米ともに、GX戦略の考え方、そしてCT債の充当予定事業について、日本の気候条件や地理的制約、あるいは産業構造などの特性を踏まえた、脱炭素化に向けた現実的なアプローチとのことで高い関心と期待が寄せられたと思っています。発行の準備という意味では、およそ1年前から国内外の投資家と面談を始めていましたが、最初に話をした時よりも、日本の取り組みに対しての見方が変わってきていることを強く感じています。

根本 アジアにおけるトランジションへの貢献について、関心を示している投資家もいました。実際、トランジション・ファイナンスは、日本にとどまらず、アジア含め世界で大きなポテンシャルがあると思っています。特に、アジアは世界の排出量の半分以上を占めている上、日本と同様に欧米と比べて再エネのポテンシャルに限りがあります。加えて、人口がこれからどんどん増えて経済成長も見込まれます。その中で電力需要が増えていく課題に直面しています。そのため、日本のGX、それに基づくCT債を1つのモデルとして、トランジション・ファイナンスをアジアでも活性化させていきたいと思っています。

朝倉 CT債の重要な要素として、各事業のCO2削減効果等に関するレポーティングがあり、投資家の関心も高いですね。投資家と面談を行うと、レポーティングの内容やスケジュールについてのコメント・質問がしばしば見られます。

石川 レポーティングについては、フレームワークにも記載しているように、発行から1年以内に、1.6兆円をどう使ったのかを示す資金充当レポーティングを行い、2年以内に環境改善効果も含めたインパクト・レポーティングを発表し、それぞれその後は年次で発表をしていくスケジュールです。ICMAが出しているインパクト・レポーティングに係るガイダンスや各国のグリーン国債の前例なども参考にしながら、分かりやすい形で作っていきたいと思います。

朝倉 IRを経て、令和6年2月には初回CT債として、10年債と5年債をそれぞれ8,000億円、合計1.6兆円を発行しました。令和6年度は合計1.4兆円のCT債が発行される予定です。

根本 投資家からも関心が高い資金使途について紹介したいと思います。令和6年度発行分の1.4兆円については、令和5年度補正予算と令和6年度当初予算のGX予算事業への充当を予定しています。予算額では、令和6年2月の初回発行の1.6兆円の充当予定事業からの継続事業が大宗を占めています。例えば蓄電池やパワー半導体のサプライチェーンの構築、あるいは次世代革新炉の研究開発、省エネの推進、クリーンエネルギー自動車導入補助金などに継続事業が多くあります。他方で、新しい事業も追加されています。例えば現状で水素の価格は化石燃料と比べてかなり高くなっていますので、水素等サプライチェーン構築に向けて価格差に着目した支援事業も今年度に開始されます。

矢野 最後に今後の抱負をお願いします。

石川 トランジション・ファイナンスは、これまで日本が世界の市場をリードしてきたのですが、今回改めて脱炭素化に向けた現実的なソリューションの1つとして、欧米を始め、世界でのトランジションに対する関心や期待の高まりを感じました。今後も発行を続けていく中で、レポーティングをしっかり重ねていくことで、事業の進捗や効果を分かりやすく示していくとともに、日本の取組や技術をアジアを含め世界にしっかりアピールしていきたいと思います。

朝倉 まずはCT債の初回発行が無事できて、よかったと思っています。CT債の発行は今後も続くわけですが、世の中に定着するにはまだ時間がかかると感じています。発行することで見えてきた論点もありますが、市場環境も日々変わる中で、国内及び海外の市場関係者への丁寧な説明を続けていくことが重要であると考えています。

矢野 ありがとうございました。


トランジション・ボンド等の発行動向



理財局国債企画課課長補佐 瀧野 聡/理財局国債企画課国債政策情報室調査係 立川 彩夏、小山 真未、鈴木 悠二


ESG債とは、環境課題(地球温暖化等)、社会課題(教育・福祉等)等の解決に資する事業の資金を調達するために発行される債券であり、主に「グリーンボンド6 」「ソーシャルボンド7 」「サステナビリティボンド8 」「サステナビリティ・リンク・ボンド9 」「トランジション・ボンド」に大別される。ICMAが2014年に「グリーンボンド原則」、2017年に「ソーシャルボンド原則」を公表したことなどを契機として、近年ESG債の発行は高水準で推移している(図表 世界のESG債の発行額の推移)。
脱炭素社会の実現のためには、再エネ等の既に脱炭素の水準(グリーン)にある事業への取組に加えて、温室効果ガス多排出産業を中心に省エネ・燃料転換等を含む着実な脱炭素化に向けた移行(トランジション)への取組に対するファイナンスも重要である。脱炭素社会の実現に向けて長期的な戦略に則った温室効果ガス削減の取組等へのファイナンス資金の調達を企図した債券である「トランジション・ボンド」についても、発行額は増加傾向にある(図表)。2024年4月末までの累計で、発行額では、全世界合計約272億ドルのうち、日本が約161億ドル(約59%)、日本を除くアジアが約40億ドル(約15%)であり、日本を中心としたアジアのシェアが非常に大きくなっている。なお発行件数の観点でも、これまで発行された81銘柄のうち、日本が50銘柄(約62%)、 アジア(日本除く)が18銘柄(約22%)と、発行額同様に日本・アジアのシェアが際立って大きい。
日本初のトランジション・ボンドは2021年7月に日本郵船株式会社(業種:海運)が発行した社債であり、温室効果ガス排出削減に向けたLNG燃料船に係る支出(設備投資、研究開発資金等)などを資金使途としている。その後も日本航空株式会社(業種:航空)や株式会社JERA(業種:発電)、株式会社IHI(業種:重工業)、JFEホールディングス株式会社(業種:鉄鋼)など様々な業種の企業での発行が相次いでいる。
日本ではトランジション・ファイナンスの普及を目指して、ICMAの「クライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブック」と整合的な形で、2021年5月に金融庁・経済産業省・環境省が「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針」を策定した。また、ASEANは、2023年3月に「トランジション」の要素と考えられる石炭火力発電の段階的廃止なども盛り込んだ初の地域タクソノミー(分類基準)「ASEANタクソノミー第2版」を公表し、シンガポールも2023年12月に「トランジション」の定義を定めた世界初のタクソノミーである「シンガポール・アジアタクソノミー」を公表するなど、トランジション・ファイナンスに関する動きが活発である。
我が国が、国による世界初のトランジション・ボンドを発行したことも契機として、今後も日本を含めアジアを中心にトランジション・ファイナンスが拡大していくことが期待される。

1) 国債市場特別参加者会合(第107回)、国債投資家懇談会(第93回)議事要旨を参照。
2) 証券コード協議会「債券の固有名コード等の新規設定について(クライメート・トランジション利付国庫債券の固有名コード及び国債名称コード)」、野村フィデューシャリー・リサーチ&コンサルティング「クライメート・トランジション利付国庫債券のNOMURA-BPIにおける取り扱いについて」、日本銀行「クライメート・トランジション利付国庫債券の国債売買等のオペ等や担保受入れにおける取扱いについて」、日本相互証券「クライメート・トランジション利付国債(GX国債)の取扱いについて」、日本証券業協会「クライメート・トランジション利付国庫債券(GX国債)の公社債店頭売買参考統計値等における取扱いについて」、日本証券クリアリング機構「GX国債の清算対象化について」、JPX「国債(JGB)先物」「受渡適格銘柄・交換比率」等。
3) SMBC日興証券、シティグループ証券、大和証券、野村證券、BNPパリバ証券、みずほ証券、三菱UFJモルガン・スタンレー証券。
4) 中国財務局とは、サステナブルファイナンス協議会と共催の「地域金融機関向け脱炭素化セミナー」(web形式)及び中国経済連合会主催の「中国地域カーボンニュートラル推進協議会」(ハイブリッド形式)に登壇する形で連携。
5) 国際資本市場と証券市場の発展の促進を目的とした、金融機関等が加盟する国際的な団体。
6) 地球温暖化等の環境的問題の解決に資する事業(グリーンプロジェクト)に要する資金の調達のために発行される債券。
7) 衛生・福祉・教育などの社会的課題の解決に資する事業(ソーシャルプロジェクト)に要する資金の調達のために発行される債券。
8) 環境的課題及び社会的課題の双方に取り組む事業に要する資金を調達するために発行される債券。
9) 発行体が事前に定義したサステナビリティ・ESG目標を達成しているか否かに応じて、債券の財務的・構造的特性が変化し得る債券。