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コラム 海外経済の潮流150

トランプ政権時から振り返る対中規制と経済への影響
大臣官房総合政策課 海外調査係 廣元  未希

1.はじめに

2024年米国大統領選まで残り約半年となった。返り咲きを目指すトランプ前大統領は米国第一主義を掲げ、もしもトランプ氏が大統領に返り咲いた場合には、米政治が大きく変化すると各レポートにおいて指摘されている。外交、通商政策に関してトランプ氏は、既に「米国労働者を守るための施策*1」として追加関税導入等を宣言している。特に中国に対しては最恵国待遇撤回等の一段厳しい輸入制限を主張しており、中国からの輸入が減少する可能性がある。またこうした米中間の対立は地政学リスクを高める可能性がある。
本稿では、前トランプ政権時代から現在のバイデン政権における、中国を念頭においた通商や産業政策上の主な措置を振り返り、経済への影響を考察してまいりたい。


2.米中対立の動向

米国では、【図表1. 中国を念頭においた主な措置】に例示するように、前トランプ政権発足以降、中国を念頭においた通商、産業政策上の様々な措置がとられている。2018年の追加関税賦課から顕在化した米中対立だが、その後も追加関税の対象拡大が行われ、バイデン政権下においても、サプライチェーン強靭化のための政策の一環として、先端半導体等特定分野における対外投資規制が着手されている。


3.トランプ政権時の関税賦課

トランプ政権下において特徴的な施策は中国輸入品に対する追加関税の急速な拡大である。【図表2. 米国の平均関税率の推移】に示すとおり、トランプ政権下において米国の対中国平均関税率は急上昇している。バイデン政権下においても高止まりが続いており、対中国以外の平均関税率と比較するとその乖離が大きくなっている。
米国の関税収入は、【図表3. 米国の関税収入の推移】に示すとおり、2018年から2019年にかけて急上昇している。2020年以降は、新型コロナウイルスの影響による輸入量の増減に合わせた増減がみられるが、足元は減少している。足元では減少傾向にあるものの、2017年と比較すると関税収入も高水準が続いており、こうした関税の増加は価格転嫁により消費者が負担するか、企業の利益が減少するかという形で米国民が負担することになる。トランプ氏による追加関税導入についてイエレン米財務長官は、「米国の企業や消費者が頼りにしている様々な商品のコストが上がるのは確かだ。」と発言している*2。例えば日本総合研究所の試算によると、米国の対中関税が+10%ポイント上昇する場合、物価上昇による国民の負担はGDP比で0.1~0.2%ポイント増加する*3。米国民の商品選択ないし企業の輸入相手国の選択に影響を与えそうだ。


4.バイデン政権時のCHIPSプラス法

バイデン政権下においては、特に中国を念頭においた重要分野のサプライチェーン強化を推進しており、2022年にはCHIPS*4プラス法が成立した。主な内容としては、米国の半導体研究、開発、製造及び人材育成への約527億ドルの資金援助、半導体及び関連機器の製造に係る設備投資への25%の投資税額控除*5等となっている。
半導体産業協会(SIA)によると、CHIPSプラス法成立に係り既に約3,000億ドル以上の民間投資が発表されており、米国内で4万5,000人の新規雇用を創出するとしている*6。2023年12月には、BAEシステムズの半導体製造に約3,500万ドル、2024年1月にはマイクロチップ・テクノロジーの半導体製造に約1億6,200万ドル、2024年2月にはグローバルファウンドリーズの半導体製造へ約15億ドルの助成を発表した。半導体の国内生産については、【図表4. 国内半導体の鉱工業生産指数】に示すとおり、CHIPSプラス法成立以降、増加がみられる。今後、新たに建設された工場において稼働が行われればさらに増加する可能性がある。
またバイデン政権下においては、半導体以外の重要分野についても、サプライチェーン強化に向けた報告書を公表している。2021年6月には半導体を含む大容量バッテリー、重要鉱物・資源、医薬品の4分野について、2022年2月には、既存の4分野に加え、公衆衛生、情報通信技術等を含む6分野についての報告書を公表した*7。その狙いは分野により様々であるが、「重要技術の保護」と「製造業の国内回帰」が主な目的だと思われる。


5.米国の輸入相手国の推移

中国を意識した輸出入の規制強化や製造業の国内回帰の試みを背景に、米中のデカップリング*8が懸念されるも、米中の貿易総額は、2022年に過去最高額を更新した。しかしながら、【図表5. 米国の国別輸入額の推移】に示すとおり、2023年に入って米国の対中輸入額は減少、メキシコに次いで2位となった。
品目別に確認すると、まずHSコード上2桁ごとでは、【図表6. 2022年から2023年にかけての品目別対中輸入減少額(減少額総額:1091億ドル)】のとおり最も減少した品目は、機械類(246億ドル:減少額に占める割合は22.6%)、次いで電子機器類(173億ドル:15.8%)であった。全99品目のうち、輸入額が増加した品目は11品目のみで、残り88品目において輸入額が減少しており、幅広い品目での減少となっている。
HSコード上位8桁ごとでは、【図表7. 品目別対中輸入額】のとおり、最も減少額が大きい品目はノートPC(全減少額に占めるシェア:12.6%)であった。ノートPCについては、【図表8. 米国の国別輸入額の推移(ノートPC)】のとおりベトナムからの輸入額が増えており、供給拠点がシフトした可能性が指摘されている。ノートPCのベトナムからの輸入増加額は58.8億ドルであり、対中国輸入減少額の半分弱の額となる。一方、絶対額としては中国の方が圧倒的に大きいため、中国からの完全撤退ではなく、企業のリスク分散という見方もある*9。
いずれにせよ、2018年に米中対立が顕在化して5年経過した現在、ようやく米中のデカップリングの動きが経済指標にも見え隠れするようになった。政局は変わり続けるが、経済への影響は中長期的に検討する必要があろう。


6.おわりに

本稿では、トランプ前政権以降における米国の中国を念頭においた通商、産業政策上の措置を振り返るとともに、米国経済への影響について考察した。日米の産業や貿易的立ち位置の違いを認識しながらも、米国の通商、産業政策上の施策とその後の経済への影響を中長期的に確認しておくことは、日本にとっても有用である。
また通商、産業上の施策は、米国内への影響もさることながら、日本を含む諸外国に影響が波及する恐れもあることから、当方としても引き続き注視して参りたい。
(注)文中、意見に係る部分は全て筆者の私見であり、ありうべき誤りは全て筆者に帰する。

(参考文献、出所)
・野村総合研究所 木内登英“世界の金融市場が警戒する「トランプノミクス2.0」:日本には深刻な円高リスクも”(2024年1月17日)
・日本総合研究所 調査部マクロ経済研究センター“米国経済展望”(2023年8月)
・日本総合研究所 調査部マクロ経済研究センター“米国経済展望”(2024年1月)
・SIA “The CHIPS Act Has Already Sparked $300 Billion in Private Investments for U.S. Semiconductor Production”(2022年12月14日)
・THE WHITE HOUSE “BUILDING RESILIENT SUPPLY CHAINS, REVITALIZING AMERICAN MANUFACTURING, AND FOSTERING BROAD-BASED GROWTH 100-Day Reviews under Executive Order 14017”(2021年6月8日)
・THE WHITE HOUSE “The Biden-Harris Plan to Revitalize American Manufacturing and Secure Critical Supply Chains in 2022”(2022年2月28日)
・トランプ氏陣営HP、PIIE、米財務省、米商務省、FRB、USITC、WHITE HOUSE、各種報道等(JETRO、ロイター、日本経済新聞等)
*1) JETRO「トランプ前大統領、政権奪取後に米国の労働者を守るために実施する10項目を発表(2024年2月7日)」、トランプ氏陣営HP
*2) ロイター「トランプ氏の関税案、消費者負担拡大させる 米財務長官が指摘(2024年1月11日)」
*3) 日本総合研究所が試算。国民負担額は、連邦政府の関税収入の対名目GDP比
*4) CHIPSはCreating Helpful Incentives to Produce Semiconductorsの略称
*5) 資金援助への申請者に関し、懸念国※での半導体製造能力の拡張を伴う重要な取引(工場建設含む)を10年間行わないことを商務省と合意する必要(ガードレール条項)。
※北朝鮮、中国、ロシア、イラン。また、商務長官が関係閣僚と協議の上、米国の安全保障または外交政策に有害となる活動に関与していると判断した国。
*6) SIA「The CHIPS Act Has Already Sparked 00 Billion in Private Investments for U.S. Semiconductor Production(2022年12月14日)」
*7) WHITE HOUSEが公表。
*8) 国や地域間の経済や市場が切り離され、連動していない状態を指す。
*9) JETRO「米中対立が対米サプライチェーンに与えた影響(2023年10月16日)」