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WCOアジア太平洋地域情報連絡事務所の招致及び開所式について

関税局調査課企画官 臼谷 幸智


本年1月1日、WCO(世界税関機構:World Customs Organization)アジア大洋州地域情報連絡事務所(Regional Intelligence Liaison Office for Asia and the Pacific(RILO AP))が日本に開所した。
RILOは、世界12か所に設置されているWCOの地域組織であり、主に以下の業務を行っている。
- 地域の密輸に係わる情報を収集・分析し、地域メンバー(地域内でWCOに加入している税関当局。以下同じ。)による効率的な密輸取締の実施に資する密輸傾向情報等を発信すること、
- 特定の密輸品を対象にした共同取締オペレーションやプロジェクトを企画・運営すること、
- 地域メンバーの監視取締能力強化に向けた技術協力を行うこと
アジア大洋州地域では、RILOは持ち回りでホストしてきており、これまで香港(1987~1998年)、日本(1999~2003年)、中国(2004~2011年)、韓国(2012~2023年)がホストしてきたが、2022年5月のWCOアジア大洋州地域関税局長・長官会合において日本招致が決定され、去る2月6日に開所式が開催された。

写真: (全体写真)

1.開所式及びハイレベルラウンドテーブルについて

開所式は三田共用会議所(東京都港区)において開催され、翌2月7日及び8日には、「情報分析・地域協力ネットワークの強化に関するハイレベルラウンドテーブル」が実施された。
開所式をはじめとする一連のイベントは、岸田総理大臣からのビデオメッセージの放映に始まり、サンダースWCO現事務総局長、財務省矢倉副大臣、御厨WCO前事務総局長などから祝意が寄せられたほか、アジア大洋州地域の税関当局、関連国際機関、国内関係機関、財務省等から約200名が参加し、RILO APへの大きな期待が寄せられた。
RILO APが担当するアジア大洋州地域の税関当局(全34か国・地域(開所式当時))のうち22か国・地域からの出席があり、7か国からは税関当局のトップの参加を得た。国際機関からも、イグエロCITES(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)事務局長、オラカOCO(オセアニア税関機構)事務局長、グICPO(国際刑事警察機構)警察総局捜査支援・分析局長等ハイレベルが参加した。

【開所式で寄せられたメッセージ(抜粋)】

岸田総理:「国境を越えて税関や関係機関がさらなる強固な協力体制を構築していく上で、RILO APが情報ネットワークのハブとなり、社会の安全に貢献することを期待する。」(全文を後掲)
サンダースWCO現事務総局長:「アジア大洋州地域の税関当局が多くの課題に直面する中、RILO APは情報収集・分析において重要な役割を担っている。地域における税関当局間の情報交換促進、連携強化に向け期待する。」
矢倉財務副大臣:「違法な取引の防止という共通の目標の下、RILO APが結び目となって地域のコミュニケーションを活発化させ、WCO地域組織の手本となることを望む。地域メンバーにはRILO APの活動に対する力強い支援を求めたい。」
御厨WCO前事務総局長:「持続可能なサプライチェーンの実現にあたり、税関はそのリスク管理機能と国際協力を通じ中心的な役割を担っている。RILOには、情報ネットワークを通じた国際協力のハブとして価値を高めるとともに、リスク管理に関する取組みを通じWCOを支えることを望む。」
この他、アウトラムWCOアジア大洋州地域代表(豪州国境警備隊長官)、イグエロCITES事務局長からも祝辞が述べられ、一連の祝辞の後には、昨年までRILO APをホストしていた韓国関税庁との間で引継ぎセレモニーが開催され、韓国関税庁の李副長官から矢倉副大臣に対し、記念プレートが贈呈された。
また、これらイベントの機会に合わせ、日本を含む多くの税関当局、国際機関の間で個別の会談も多く開催され、税関当局が直面する様々な課題について直接議論が交わされる良い機会となった。サンダースWCO現事務総局長からは、RILO開所を支援できたことへの喜びと、今後のWCOと我が国の協力関係の強化への期待が示された。また、各国税関当局幹部からも、日本税関とのこれまでの協力関係や日本税関によるRILOホストへの謝辞、今後のRILOの業務への支援について積極的な発言がなされた。

写真: (ラウンドテーブルの様子)
写真: (岸田総理によるビデオメッセージ)
写真: (矢倉財務副大臣による挨拶)
写真: (御厨WCO前事務総局長による挨拶)
写真: (引継ぎセレモニー)
写真: (江島関税局長とサンダースWCO現事務総局長)
写真: (ブレーク時の様子)

2.水際取締を取り巻く環境とRILO AP招致の意義について*1

(1)水際取締を取り巻く環境

物流のグローバル化は前例のないスピードで進んでおり、例えば、越境電子商取引(EC)の拡大に伴い、日本における2023年の輸入許可件数は、航空貨物が2018年比で約3.7倍(約1億3,000万件)、海上貨物が約2.3倍(約1,000万件)と著しく増加している。また、人の移動についても、新型コロナウィルスの蔓延で一時的には激減したものの、近年はコロナ以前の水準に戻りつつあり、2023年には2,500万人(2019年の約8割)の外国人が訪日している。
かかる状況は日本のみならず世界規模でも概ね同様となっているが、このような状況を背景として、昨今の水際取締を取り巻く環境は極めて厳しいものとなっており、日本では、2023年の水際での不正薬物押収量が2トンを超え過去2番目を記録し、8年連続で1トンを超える結果となっている。また世界に目を移しても、「Illicit Trade Report 2022」(WCO)によれば、2022年には世界全体で約1,127トンもの不正薬物が押収されている他、不正薬物の仕出国・中継地の広域化に伴い密輸ルートが複雑化し、世界各国で密輸が発生していることが報告されている。

(2)税関当局における情報の重要性

こうした状況の下、限られたリソースで税関の使命である「安全・安心な社会の実現」、「適正かつ公平な関税等の徴収」及び「貿易の円滑化」を実現するためには、リスクに応じた効率的・効果的な取締りを行う必要があり、このため、情報(インテリジェンス)を最大限に活用することがますます重要となっている。この点、密輸は当然ながら海外とのやり取りで発生するものであることから、世界各国・地域から得られる情報は、税関の取締り上、極めて有益なものとなるケースが多い。但し、その前提として、世界各国・地域との情報交換ネットワークを予め構築しておくことが必要不可欠であり、また、国際的な密輸関連の情報交換は、その秘匿性から、制度的な枠組みの整備に加え、情報を扱う税関及びその担当部署、ひいては個々の担当職員に対しても高い信用が求められることとなる。

(3)国際的な枠組み

国際的な情報交換ネットワークについては、二国間のものと国際機関を通したものの2つに大別することができるが、二国間のやり取りについては、その多くが税関相互支援協定(Customs Mutual Assistance Agreement(CMAA))を介して行われている。CMAAとは、税関当局間において、不正薬物等の社会悪物品の密輸の防止、知的財産侵害物品の水際取締等を目的とした相互支援を行うことや、通関手続の簡素化・調和化等について協力することを定めた国際約束であり、2024年2月現在、日本は41か国・地域とCMAA等を締結している。

(4)RILOを通じた情報交換の活性化

CMAAは、一旦締結すれば二国間の情報交換のための強力なプラットフォームとなるものの、相手国税関当局の状況や交渉に要するリソースといった観点から、必ずしもCMAAに基づく情報交換が最善の方法とはならない国・地域もあるところ、そういった国・地域に対しては、RILO等の国際機関を通じた情報交換が効果的な手段となる。RILOを通じた情報交換は、WCOが提供するCEN(Customs Enforcement Network)というデータベース/コミュニケーションツールを使って行われることが多いが、RILOは担当地域における同ツールの管理も担当しているため、情報のハブとしてRILOには多くの情報が集積されることになる。そして、こうした情報を活用し、地域のメンバーに共有することにより、二国間でのやり取りを含めて域内の情報交換を促進することも可能となる。また、各RILOはそれぞれの地域内の情報交換に係るコンタクトポイントを把握することで、相互にコンタクトポイントを把握出来ていない国・地域間の情報交換を仲介するという役割も担っており、このこともRILOに情報が集積される要因となっている。
この他、RILOでは、地域又は全世界的な水際取締上の課題を踏まえ、特定の密輸品を対象とした共同取締オペレーションを、時には税関以外の国際機関とも共同して企画・運営することで、オペレーション参加メンバー間の情報交換を活性化させ、WCOメンバーが効果的・効率的な密輸取締を実践するための支援を行っている。
RILOは、これらの活動を通じて、各国・地域の税関当局、他の国際機関等から寄せられた情報を分析・評価した結果を税関当局に発信し、各国・地域の税関当局は、RILOから発信される様々な情報を参考に取締りを行い、RILOは取締結果のフィードバックを受けることでより深度、確度のある分析を行う、という正の情報サイクルが発生することが期待されている。

(5)RILO招致の意義

RILOは、ホスト国税関からは完全に独立した機関であるが、以上で述べたような役割を十分に果たしていくためには、ホスト国税関からの支援及び協力が必要不可欠である。RILOが様々な情報のハブとして機能し、情報交換ネットワークの原動力となることは、RILOを支えるホスト国税関である日本税関の情報分野におけるプレゼンス、そして信用度の向上に繋がるものである。そして、この効果により、自ずとホストである日本税関としても、より多くの有益な情報を享受することができるものと考えられる。
一般的に、情報(インテリジェンス)を構築するにあたっては、単一の情報(断片情報)のみでは具体的な取締りに繋がらないケースも多いため、一見価値の低い情報であっても、できる限り多くの断片情報を収集・分析し、様々な情報と組み合わせることで新たな価値を有する情報に仕上げていくことが重要となるが、RILOの招致を機に、より多くの情報が日本に集積することが見込まれるため、日本税関として情報構築を行うにあたっても、RILOが国内に存在するという意義は大きいものと考えられる。

3.終わりに

今後、世界の密輸動向は、ますます複雑化していくことが想定されるところ、RILOには、税関当局間の連携強化のみならず、税関の枠を超えた様々な法執行機関、関係国際機関との協力関係の強化も求められることになる。RILO APがアジア大洋州地域における情報の結び目となり、アジア大洋州地域における今後の密輸対策において大きな役割を担うことが期待される。財務省関税局としても、RILO APが所期の使命を十全に果たすことができるよう、可能な限りの支援を行っていく方針である。

岸田総理メッセージ全文

皆さん、こんにちは。内閣総理大臣の岸田文雄です。
本日は、税関や関係団体のリーダーの皆様をお迎えして、世界税関機構のアジア大洋州地域情報連絡事務所RILO東京の開所式を開催できることを光栄に思います。
税関は、貿易を促進するとともに、税を徴収し、社会の安全を確保するために不可欠な存在であり、日々、様々な情報を分析し、疑わしい貨物や旅客を特定して、必要な検査を行うことで、違法な貿易取引の防止に大きく貢献しています。
近年、組織犯罪グループの手口はますます高度化しており、こうした組織は、独自の情報ネットワークを構築し、税関の取締りの弱点を常に探しています。このような動きに対抗するためには、税関や関係機関がより効果的で幅広いネットワークを構築しなければなりません。
このため、世界税関機構は、御厨(みくりや)前事務総局長のリーダーシップの下、税関の情報ネットワークを発展させてきました。RILO東京は、こうしたネットワークのハブとなると確信しております。サンダース新事務総局長の下、更に強固な協力体制を構築するため、本日、お集まりいただいた皆様からの継続的な支援を頂くことを期待しております。日本政府としても、RILO東京の活動を全面的に支援してまいります。
最後に、RILO東京の今後の活動と、今回の式典に出席されている皆様の御発展を祈念し、私の挨拶とさせていただきます。ありがとうございました。

*1) 文中意見等にわたる部分は、筆者の個人的見解である。