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特集 令和6年度 農林水産関係予算について

主計局主計官 漆畑 有浩


1.6年度農林水産関係予算の基本的考え方

(1)はじめに

近年多発する干ばつなど気候要因による食料生産の不安定化に加え、ロシアによるウクライナ侵略、新型コロナ禍からの世界的な需要回復等を背景とした食品原材料や生産資材の価格高騰は、急激な生産コストの増加等を通じ、農業経営にも多大な影響をもたらした。政府としては、急激なコスト上昇に価格転嫁が追いつかない状況等にかんがみ、累次の予備費や補正予算等により応急的な対応を講じてきた。
他方、こうした食料をめぐる外的環境の変化に加え、我が国においては、主食用米の需要が減少する一方で、需要がある麦・大豆、加工・業務用野菜を輸入に依存している現状に対し、需要に応じた生産をいかに推進していくか、また、人口減少が避けられない中、生産者の減少にどう備えていくかなど、中長期的な観点から、食料の安定供給の確保に向けた構造転換が求められている。
財政制度等審議会(以下「財政審」という)においても、「令和6年度予算の編成等に関する建議」(令和5年11月20日。以下「建議」という)において、「食料をめぐる切迫した状況の下、我が国では少子高齢化が進行しており、今後も人口減少が避けられない中、農林水産業においても、担い手の減少や国内需要の縮小等を前提とした、産業としての構造転換は、今までにも増して重要な課題となっている」との強い危機感が示され、食料生産及びその生産基盤の構造転換について、様々な問題提起がなされた。
令和6年度予算は、財政審の指摘を基本的な方針としつつ、農政の基本理念を定める「食料・農業・農村基本法」(平成11年法律第106号)の四半世紀ぶりの改正に係る議論も踏まえながら、中長期的な農政の構造転換に資する所要の予算を計上したところである。
以下、令和6年度予算編成における主要施策の考え方等について解説する。

ア 食料安全保障の強化

食料安全保障については、「食料安全保障強化政策大綱」(令和5年12月27日食料安定供給・農林水産業基盤強化本部。以下「安保大綱」という)において、「農林水産物・生産資材ともに、過度に輸入に依存する構造を改め、生産資材の国内代替転換や備蓄、輸入食品原材料の国産転換やこれに対応し得る産地形成等を進め、耕地利用率や農地の集積率等も向上させつつ、更なる食料の安全保障の強化を図る」ことが基本的な方針として示されている。
我が国の農業生産については、前述の通り、人口減少等の影響により中長期的に主食用米の需要が減少する中、補助金(水田活用の直接支払交付金)により、毎年度、主食用米以外の作物への転作を支援する構造が続いており、転作作物として飼料用米に生産が偏重する一方、需要がある麦・大豆などの畑作物については輸入に大きく依存する状況にある。
こうした現状に対し、建議においては、「食料生産を増やすのであれば、主食用米の転作助成金等の既存の施策が、むしろ食料の生産性向上を阻害することになっていないか、将来的にも持続可能な制度となっているか」といった視点での議論が必要、また、「水活交付金については、今後も主食用米の需要が減少し、需給バランスの調整のために必要な転作面積が発生し続ける状況が見込まれる中では、更なる見直しを進めていくことが必要」、「限られた農地を有効的に活用して生産性を高める観点から、畑地化を促進」すべきといった指摘がなされた。
令和6年度予算においては、上記の問題意識を踏まえ、食料安全保障の強化に向け、水田の畑地化支援*1により、収益性の高い野菜や国内で自給できていない麦・大豆など畑作物の生産を推進するとともに、海外に依存する化学肥料の使用低減や飼料の国内生産の拡大等を推進することとしている。
なお、水田活用の直接支払交付金については、飼料用米の中でも多収性の専用品種の生産を促すことにより生産性向上を図るため、令和6年産から一般品種の交付金単価を段階的に引き下げることとされている*2。

イ 生産基盤の構造転換

中長期的に人口減少が見込まれる中、生産者についても、今後も減少傾向が続くことは避けられない。主として自営農業に従事する「基幹的農業従事者」*3は長期的に減少傾向にあり、平均年齢は68.7歳と高齢化が進んでいる。一方で、法人経営体*4に雇用される就農者(いわゆる雇用就農)は増加傾向にあり、法人経営体が若い就農者の受け皿となっている。また、法人経営体は農産物販売金額の約4割を占めており、生産面において、年々存在感を強めている。こうした現状も踏まえ、生産基盤である担い手を確保しつつ、より生産性の高い農業経営への転換を図るという視点が今まで以上に求められる。
安保大綱においても、「国内全体の人口減少が不可避となる中、持続的な食料供給を確保するためには、食料供給を担う者の確保を図りつつも、それでもなお少ない人数となった場合に備え、これに対応可能な生産基盤に転換していく必要」があり、今後の生産者の急減に備え、「スマート技術等の開発・実用化やサービス事業体の育成・確保等を推進」等により、生産基盤の構造転換を促すことが必要である旨、規定されている。
建議においても、「就農者を確保しつつ、生産性の高い農業への転換を図る観点からは、法人経営体の数の増加や規模の拡大を促していく」必要があり、また、「生産基盤の強化を図るためには、就農者の確保に加えて、生産性の向上に資するような技術の活用が重要」、「スマート技術を効果的に活用して生産性を高める観点からも規模の大きな法人経営体を増やしていくことが重要」といった指摘がなされている。
令和6年度予算においては、これらの問題意識を踏まえ、将来の生産者の急減に備えた対応として、地域の農業を担う経営体の規模拡大等の支援や、サービス事業体*5の育成など、生産基盤の構造転換を推進することとしている。

ウ 農林水産物・食品の輸出拡大

食料の安定供給を確保しつつ、産業としての農業の競争力を強化していくためには、成長が見込まれる海外市場の需要を適切に取り込んでいくことが重要である。また、安保大綱においては、「人口減少に伴い、国内市場が縮小する中で、マーケットインによる「稼げる輸出」を拡大する産地を形成することが、強固な食料供給基盤を確立する上でも重要」である旨、規定されており、輸出の促進は食料安全保障の観点からも重要となっている。
政府としては、農林水産物・食品の輸出額を2025年に2兆円、2030年に5兆円とする目標を掲げ、目標達成に向け「農林水産物・食品の輸出拡大実行戦略」に基づき、様々な取組を推進しているところであり、令和6年度予算においては、輸出額目標の達成に向け、輸出先国の多角化のための販路開拓や現地の商流構築、品目団体による売り込み強化や包材等の規格化等を推進することとしている。


(2)令和6年度農林水産関係予算の総額

令和6年度の農林水産関係予算は、以上の点を中心に、令和5年度第1次補正予算(8,182億円)と一体で編成を行い、食料安全保障の強化に向けた水田の畑地化による畑作物の生産の推進や、将来の農業者の急減に備えた経営体の規模拡大、サービス事業体の育成等、農業政策の構造転換に資する様々な取組について、所要の予算を計上した結果、総額2兆2,686億円(対前年度比+3億円)となった。


2.主な施策の概要

以下、主な施策の概要を紹介する(以下の括弧内の金額は前年度当初予算比)。

(1)食料安全保障の強化

食料安全保障の強化に向け、安定的な輸入と適切な備蓄を組み合わせつつ、水田の畑地化支援による麦・大豆など畑作物の生産や肥料・飼料などの国内生産など、輸入依存からの脱却に向けた構造転換を推進。
地域の農業を担う経営体の規模拡大など、生産者の急減に備えた経営構造を確立するとともに、サービス事業体の育成・確保や省力化に対応したほ場整備など、生産基盤の維持・強化を推進。
持続可能な食料システムを構築する観点から、農産物等の適正な価格形成を推進するとともに、フードバンク等への未利用食品の提供支援など、地域の食品アクセスの確保に向けた環境整備*6等を推進。
上記に関連する事業について、「食料安全保障の強化に向けた対策」として395億円(+112億円)を計上。
【主な施策内容】
ア 過度な輸入依存からの脱却に向けた構造転換
  • 水田の畑地化による麦、大豆、加工・業務用野菜等の本作化
  • 国内資源の活用による肥料生産・化学肥料等の使用低減
  • 国産飼料の生産・利用拡大、安定供給確保
  • 米粉の利用拡大  等
イ 生産者の急減に備えた生産基盤の構造転換
  • 将来の生産者の減少に備えた経営構造の確立
  • 経営・技術等でサポートする事業体の育成・確保
  • 省力化に対応した基盤整備・保全  等
ウ 国民一人一人の食料安全保障の確立に向けた食料システムの構造転換
  • 地域の食品アクセスの確保に向けた環境整備
  • 適正な価格形成と国民理解醸成
  • 安定的な輸入の確保  等

(2)米の需給安定と水田の畑地化による畑作物の生産の推進

主食用米の需要が減少するなか、補助金によって飼料用米などへの転作を毎年繰り返している状況から脱却し、野菜や麦・大豆など、需要のある畑作物の生産へのシフトを進める必要。
こうした観点から、水田を畑地化して野菜や麦・大豆など畑作物の生産に取り組む農業者を支援(畑作物の定着までの一定期間の支援等)。
水田活用の直接支払交付金については、令和5年度第1次補正予算において畑地化を加速化したことに伴い、令和6年産における交付対象水田が減少することに加え、令和6年度より飼料用米の一般品種の支援単価が段階的に引き下げられること等を適切に予算額に反映。
  • 水田活用の直接支払交付金等 2,905億円(▲35億円)(うち畑地化促進助成 2億円)
  • コメ新市場開拓等促進事業 110億円(±0億円)
  • 畑地化促進事業[令和5年度第1次補正予算] 750億円

(3)農業農村整備事業等による水田の畑地化の推進

生産性・収益性等の向上に向けて、農業農村整備事業等による水田の畑地化(麦・大豆、野菜等)を一層推進するため、畑地化・畑地の高機能化に係る基盤整備を進めるとともに、農地集積率や受益面積要件などの事業要件の見直しを実施し、農業農村整備事業全体としてリソース配分を畑地化に重点化。
  • 農業農村整備事業関係 4,463億円(+5億円)(うち畑地化・畑地の高機能化等の推進分 232億円)
  • 農業農村整備事業関係 [令和5年度第1次補正予算]1,777億円(うち畑地化・畑地の高機能化等の推進分 460億円)

(4)畜産・酪農の安定的な経営の推進

飼料価格の高騰等による畜産・酪農の生産コストの上昇等に対し、肉用牛の繁殖・肥育や酪農等の経営安定を確保する観点から、各種経営安定対策に係る所要額*7を確保。また、物価高騰等による和牛肉の需要減少に対応するための新規需要開拓や、加工原料乳の仕向け先の需給ギャップ等に対応するための脱脂粉乳の需要確保、長命連産性の高い乳牛の導入による生乳の長期的な生産コストの抑制等を推進。
  • 肉用牛肥育経営安定交付金(牛マルキン) [所要額]977億円(±0億円)
  • 肉豚経営安定交付金(豚マルキン) [所要額]168億円(±0億円)
  • 肉用子牛生産者補給金等 [所要額]662億円(±0億円)
  • 加工原料乳生産者補給金 [所要額]377億円(+2億円)
  • 和牛肉需要拡大緊急対策事業 [令和5年度第1次補正予算]50億円
  • 国産畜産物利用安定化対策事業 [令和5年度第1次補正予算]40億円
  • 乳用牛長命連産性等向上緊急支援事業 [令和5年度第1次補正予算]50億円

(5)農林水産物輸出の拡大

農林水産物・食品の輸出額を2025年に2兆円、2030年に5兆円とする目標を達成するため、輸出先国の多角化のための販路拡大や輸出支援プラットフォーム等を通じた現地の商流構築、品目団体による売り込み強化や包材等の規格化、輸出先国の規制やニーズに対応する大規模輸出産地の形成等を推進。
  • 農林水産物輸出の拡大に向けた支援 102億円(▲7億円)、[令和5年度第1次補正予算]360億円

(6)中山間地域等の課題への対応

高齢化や人口減少による中山間地域等の機能低下、荒廃農地の増大、鳥獣被害の発生等の課題に対応するため、農林水産業に関わる地域のコミュニティの維持と農山漁村の活性化・自立化、鳥獣被害の防止等に資する取組を支援。
  • 農山漁村振興交付金 84億円(▲7億円)、[令和5年度第1次補正予算]5億円
  • 中山間地域等直接支払交付金 261億円(±0億円)
  • 多面的機能支払交付金 486億円(▲1億円)
  • 鳥獣被害防止対策 100億円(+3億円)、[令和5年度第1次補正予算]50億円

(7)林業の成長産業化の推進

カーボンニュートラルの実現及び花粉発生源対策にも資する森林資源の循環利用と適正な管理を推進するとともに、合法性・持続性の確保を前提とした国産材供給体制の強化や、建築用木材等の利用拡大に向けた環境整備を推進。
  • 森林整備事業 1,254億円(+1億円)
  • 林業・木材産業循環成長対策 64億円(▲7億円)
  • 林業・木材産業国際競争力強化総合対策 [令和5年度第1次補正予算]458億円
  • 花粉の少ない森林への転換促進緊急総合対策 [令和5年度第1次補正予算]60億円

(8)水産業の成長産業化の推進

不漁問題、燃油・飼料価格高騰等に対応する観点から、資源管理に取り組む漁業者に対する経営安定対策等を着実に実施するとともに、海洋環境の変化を踏まえた高度な資源評価の実現に向け、新たな技術も活用した資源調査体制の強化や水産資源管理体制の構築を推進。
  • 漁業収入安定対策事業 202億円(±0億円)、[令和5年度第1次補正予算]225億円
  • 漁業経営セーフティーネット構築事業 18億円(±0億円)、[令和5年度第1次補正予算]366億円
  • 水産資源管理の高度化に向けた取組 58億円(▲9億円)
  • 資源調査船代船建造 [令和5年度第1次補正予算]49億円

資料1 米政策への対応(水田活用の直接支払交付金等)
資料2 基幹的農業従事者数・高齢化率・耕地面積の推移
資料3 農業分野における雇用者数の推移
資料4 農産物販売金額(推計)の推移
資料5 スマート農業の概要
資料6 農業支援サービスの概要
資料7 農林水産物・食品の輸出額の推移
資料8 農林水産関係予算の推移

*1) 水田の畑地化は、水田における転作ではなく、本作として高収益作物等の畑作物の生産の定着を支援するものである。「畑地化」される水田は、それまで水稲を作付けしていた水田に限らず、既に転作作物として畑作物を栽培していた水田も含まれる。なお、「畑地化」された水田は、水田活用の直接支払交付金の交付対象水田から除外される。
*2) 飼料用米の一般品種(主食用米と同等の品種)の支援単価について、令和6年産から令和8年産にかけて、現行5.5万円~9.5万円/10aの単価を、段階的に5.5万円~7.5万円/10aまで引き下げることとされている。
*3) ふだん仕事として主に自営農業に従事している者をいう(法人経営体に雇用されている者を除く)。
*4) 農業経営体のうち、法人化して事業を行う者をいい、会社法に基づき、株式会社の組織形態をとるもののほか、農事組合法人(農業協同組合法に基づき、組合員の協業により共同の利益を増進することを目的に設立された法人をいう)等を含む。
*5) 農業現場におけるドローンによる農薬散布等の作業代行や農業機械のシェアリング、データ分析等のスマート農業技術の有効活用による生産性向上支援等、農業者にサービスを提供することで対価を得る事業をいう。
*6) 安保大綱においては、「国民一人一人の食料安全保障を確保するため、全ての消費者がいかなる時にも食料を物理的・社会的・経済的に入手できる環境を整備していくことが重要である」として、「円滑な食品アクセスの確保に向けた環境整備」を進めることとされている。
*7) 畜産関連の経営安定対策等については、牛肉等関税収入を財源とした予算措置に基づき、(独)農畜産業振興機構が実施しており、同機構に積み立てられた資金による毎年度の事業規模を「所要額」として記載している。