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令和5年度職員 トップセミナー

講師

千林 紀子 氏

(アサヒバイオサイクル株式会社代表取締役社長)

演題

ビジネスにおける『自分ごと化』の法則

令和5年10月20日(金)開催


はじめに

ただいまご紹介いただきましたアサヒバイオサイクルの千林でございます。本日の講演ですが、今年4月に出版した私の著書をベースに、さらにバージョンアップした内容を、前半・後半の2部構成でお話しします。
まず前半は、アサヒバイオサイクル株式会社についてお話しします。この会社はアサヒグループの中でサスティナビリティをきちんとマネタイズする、事業化していく、収益を上げていく、そのような目的で作られた会社です。財務諸表を開示していないので正確な数字は申し上げられないのですが、グループの中では高レベルの利益率を生み出している事業会社でございます。この会社が高収益化できている理由のひとつに、社内で「自分ごと化」をテーマに、各メンバーが組織マネジメントを行い、リーダーシップを発揮していることが挙げられます。弊社の拙いビジネスモデルではございますが、こちらをご紹介したいと思います。
後半はダイバーシティに関して、あくまで私の意見ではありますが、どうしたらジェンダーバランスの実現に向けて行動できるのだろうかということについて、お話ししたいと思います。



A.アサヒバイオサイクルにおける「自分ごと化」

1.アサヒグループは最近グローバル化に大きく舵を切る

まずアサヒグループについてお話ししたいと思います。アサヒグループは、アサヒビールとして生まれて134年の歴史になります。どちらかというと、伝統的な日本企業という感じだったかと思うのですが、最近はグローバル化に大幅に舵を切っている状況でございます。
グローバル化への動きを始めたのは2009年です。日本の飲酒人口は、将来的にどうしても減っていくと考えられます。先行してグローバル化を進めているJT(日本たばこ産業株式会社)様などの様々な企業をケーススタディしつつ、2009年から多角化、そして海外に踏み出していきました。
現在、売上収益は海外と日本でほぼハーフハーフの割合になってきています。

2.アサヒバイオサイクルの事業

では、アサヒバイオサイクルの事業はなんぞや、というところですが、アサヒグループのコアのビジネスから生じるビール酵母や乳酸菌などの様々な微生物を様々な形で加工したり、その応用技術で、農業や畜産などの分野で薬剤代替・減薬ニーズへの対応に取り組んでいます。
更に、製品の販売だけでなく、コンサルティング的なアプローチも取り入れて営業活動を展開しています。お客様の現場に行って、そこで困りごとを聞いて、例えば動物の腸内菌叢を測定したり、遺伝子解析をしたりしながら、どういう生育方法にしたら良いか、農業においてもどのような土壌改良をしていけば良いのか、そのようなことを提案する事業です。
弊社の事業は、海外の売上が約7割になっています。展開エリアが40か国超、製品許認可を持っている国が約60か国となっています。事業成長の伸びしろがまだあるということです。
弊社の社員の約35%は外国籍であり、売上の構成比をみると、北米が主流で約40%、日本が約28%、そして、欧州、中国、アジア、南米とバランスよく分散している形になっています。

3.アサヒバイオサイクルの社会的存在意義

弊社の存在意義についてお話しします。これは世界の人口動態が大きな要素となります。2050年には人口が100億人に達すると予測されており、さらに2030年前半には新興国のGDPが先進国を上回るとされています。そうなると、2050年には少なくとも現在の1.7倍の畜産物と1.5倍の穀物が必要になると試算されており、食料が完全に足りなくなると考えられます。弊社のビジネスはまさにこの問題の解決に寄与することができます。
食料問題だけではなく、資源問題にも取り組んでいます。これには水資源の問題や、製造過程で生じる副産物や廃棄物の再資源化が含まれます。さらに、環境問題や気候変動にも対応しています。土壌改良、大気汚染といった問題に対するアプローチも可能です。これらすべての問題に対応することが、弊社の存在意義であると私たちは考えています。
「バイオのチカラで未来を創る」「Micro insight Macro foresight」が弊社の経営ビジョンとなっていまして、微生物の力でどこまで未来を作れるか、を表した言葉になっています。

4.アサヒバイオサイクルの3つの事業ドメイン

(1)アサヒグループの「環境ビジョン2050」

アサヒグループは「環境ビジョン2050」を掲げています。「気候変動」「容器包装」「農産物原料」「水資源」の分野においてグループ内でできることを全部やろうとしていますけれども、アサヒバイオサイクルとしては、「気候変動対策分野」「One Health」「サーキュラーエコノミー」の3つに取り組んでいます。


(2)気候変動対策分野

ア.陸稲生産

気候変動の分野において微生物で何ができるのか、と疑問に感じられるかと思いますが、日本の中で排出しているGHG(Greenhouse Gas:温室効果ガス)の約半分がメタンです。実は、水田栽培の稲作がメタンを最も多く排出するのです。なぜかと言いますと、土壌の中のメタン菌は酸素のない状態になるととても活発に働いてメタンを出します。水稲は水がバリアになって酸素が遮られるので、メタン菌にとってはこのうえない良い環境なのです。メタン菌が活躍したあと、水稲の茎などを通してメタンが排出されるのです。
これに対して、陸稲という、畑で稲を作るやり方があります。このやり方にしますと、メタンはほとんど出ないのです。そこで私たちは、このメタンフリー米をぜひ拡めたいと思っています。
現在、弊社が開発したビール酵母細胞壁を加工処理した農業資材が、陸稲の栽培において非常に有効に使われています。この資材は根張りを大幅に改善し、水が少ない陸地で育てる際にも、効率的に水分を吸収させることが可能となります。これにより、一般的には米の栽培が不可能とされていた北海道の網走でも成功を収めることができました。このような成果を受けて、現在では日本全国で積極的に利用されています。

イ.水田転作支援

また、水田の転作支援も行っています。農家の方々がコメはなかなか儲からなくて大変だということもあって、例えばサツマイモなど、お金になる作物への転作を希望されるケースが増えています。そうしたニーズに応え、弊社の資材を使用して土壌改良を行い、転作を支援しています。この取り組みは、陸稲の栽培や、水田を畑に転作する際の水資源の使用量を最大70%程度も削減することが可能となります。また、メタンガスの排出もほぼゼロに抑えることができるので、GHGの削減に貢献できるものと考えています。
ウ.減農薬生産プロセスによるGHG削減
さらに、緑化におけるCO₂排出削減にも取り組んでいます。日本には約2,100か所のゴルフ場があるのですが、その約3分の1程度のゴルフ場で弊社のビール酵母細胞壁資材が使用されています。農薬を作るプロセスは大量のCO₂を排出するのですが、農薬を使わず、弊社のビール酵母細胞壁資材を使用することでCO₂排出削減にも寄与しています。

(3)One Health

近年、人と動物の間で発生する感染症が増えています。人だけ、又は動物だけの健康を守るだけではもう対応できない状況です。人、動物、そして環境全体の健康を維持していかないといけません。しかし、薬をバンバン使ってしまうと、薬剤耐性の問題が生じる可能性があります。例えば生育に抗生物質をたっぷり使った家畜で耐性菌ができてしまった畜産品などばかり食べていると、人はいざ病気になったときに、抗生物質が効かないということになるのです。この薬剤耐性菌の話は厚労省も非常に注目しており、国の発表によれば、2050年には薬剤耐性菌による死亡者数が、現在のがんによる死亡者数を上回ると言われています。この薬剤耐性菌問題に弊社としてはぜひ取り組みたいと思っています。
アメリカのマクドナルドのチキン製品では既に100%抗生物質不使用を謳っており、また中国でも法律で規制されました。その結果、卵やチキンなどの食品用の鶏の生育プロセスに抗生物質をできるだけ使わないという流れになってきています。
日本でも、病気の治療目的を除く、成長を目的とした抗菌剤の使用をやめましょうという動きになっていますので、これからますますこの傾向が強まると考えられます。
農業も同様の傾向にあります。農林水産省が提唱する『みどりの食料システム戦略』という戦略をご存じでしょうか。この戦略では、2050年までに化学農薬の使用量を50%削減するという目標が設定されています。
私たちが提供しているバイオスティミュラントという代替品を使用することで、化学農薬の使用量を段階的に減らすことが可能で、私たちはこの問題の解決に貢献しています。

(4)サーキュラーエコノミー

このほか、皆さんに御愛飲いただいているビールから作った酵母細胞壁や、カルピスの乳酸菌といった副産物を利用して、小売業や外食産業のバックヤードで発生する食物残渣の堆肥化を促進するなど、循環型の畜産や農業を実現するサーキュラーエコノミーを、ビジネスとして展開しています。


5.社会課題解決型ビジネスモデルの特徴

(1)食と環境の川上分野に特化

こうした社会課題解決型のビジネスモデルはお金になりにくい、ともっぱら世間では言われています。弊社は2012年にカルピスを買収して、2016年に完全統合する中で、カルピスがずっとやってきたアニマルニュートリション事業、機能性素材事業、健康食品通販事業の3つを切り出してアサヒカルピスウェルネスという一つの会社にしました。これは事業プロセスの川上と川下が比較的利益率が高いというスマイルカーブのセオリーを踏まえて、川上と川下にあるこの三つの事業を再編したものです。
その後、健康食品通販事業については非常にうまくいって事業規模が大きくなりましたので、食品会社に再統合し、逆に、研究所がベンチャーで始めていた農業事業を新たに取り込みまして、2020年4月に弊社アサヒバイオサイクルに再編しました。
そのココロとしましては川上に全部寄せたのです。川上に寄せることで事業利益率を引き上げたというのがポイントです。
儲からないと長続きしない、長続きしないと全然サスティナビリティではないので、とにかく儲けるビジネスを作ろうと考えたのです。

(2)「BtoB」⇒「BforB」

弊社のビジネスは「BtoB」とは言わず、「BforB」と言っています。先ほどコンサルティングと営業を組み合わせるというお話をしましたが、私どもはお客様のROI(Return On Investment:投資利益率)を常に分析しています。お客様のROIを高める、それはすなわち自分たちの利益も上がるということで、製品の開発コーディネートから何から、お客様の財務諸表にどれだけヒットするものができるかというのをやっています。それが全て「BforB」、お客様のためになり、自分たちのためにもなるというモデルであり、それもまた一つの「自分ごと化」だと思っています。

(3)微生物による「食品資源の循環サイクル」ビジネスモデル

先ほど循環型の食物残渣の堆肥化というお話をさせていただきましたが、外食産業、食品工場、自治体、学校などでも結構食物残渣を出されていますよね。その残渣に弊社の微生物を添加し攪拌していきますと、1週間ぐらいで95%ぐらいの水分を飛ばすことができて、堆肥のベースになるものができます。そこから発酵させて1ヶ月ぐらいすると完全に堆肥化されます。それを農家さんに販売するのです。いわゆる残渣を有価にしていくのです。稼げるものにしていく、これが一つのビジネスモデルになっています。これも無駄を出さないという強い思いがあるからだと思います。
さらに、学校現場への出前授業を通じてお子様にも早いうちからSDGs教育をしていくということもやっています。これらも全てリサイクル、循環型のビジネスを回していくための素地作りかなと思っています。

6.「自分ごと化」につながる組織マネジメント・リーダーシップ

(1)権限委譲とアジャイル型組織

ここからは組織マネジメントとリーダーシップについてお話しします。
日本軍の失敗について研究した「失敗の本質」という本に、日本軍の失敗のヒエラルキーという話がありましたが、それにヒントを得まして、社内でかなり小ユニットのチームを作り、チーム内のリーダーとメンバーに対してある程度の権限移譲をして、アジャイルに仕事を回していくということを試行しています。そうしますと、失敗してもリカバーしやすいですし、自立自発的な動きができるのです。ここが一つ弊社の組織のポイントであり、それぞれが自分の小さいカンパニーみたいな感じで収益を考えるのです。
大規模な組織は、サイロ型になりやすいという問題があります。サイロ型の組織では、情報の共有が不十分で、組織の柔軟性が低下します。私たちはグローバルなビジネスを展開しており、競合の動きや外部環境の変化に素早く対応しなければなりません。そのときにこの組織のサイロが邪魔なのです。そこで、私たちは部門という枠組みにとらわれず、プロジェクトごとにメンバーを適切に入れ替えていくことで、仕事の効率を高めています。
そのとき注意しなければいけないのは、リーダーの役割です。リーダーが方向性を明確に示さないと、メンバーが混乱してしまいます。そこがリスクであり、正直怖いところですが、リーダーの能力を向上させる訓練を行うことで対処したいと考えています。これは「自分ごと化」という考え方に基づいており、皆が会社のビジネスを自分のこととして捉え、主体的に動くことができるようになることを目指して、試行しています。

(2)変化対応力強化=PDCAとOODA

中長期と短期の計画がそれぞれあるかと思いますが、それを管理するモデルの使い分けをしています。
PDCAサイクルは通常の業務において、年間計画や3年計画に適用すると効果的ですが、時間がかかるという欠点があります。一度止まってしまうとなかなか巻き戻しが難しい。そのため、日常業務や短期的なタスクには、短期型のOODA(Observe<状況観察>、Orient<状況判断>、Decide<意思決定>、Act<実行>)ループを使用しています。現場が状況を観察し、判断力を向上させ、意思決定していく、そして一部の意思決定を任せて実行力を向上させる。これを繰り返しています。しかし、やはりしっかりとした年間計画や3年計画は必要であり、これらの中長期的な計画と常に比較し、ずれがないかを確認します。このような使い分けを積極的に行っています。

(3)変化対応力強化=アジャイル型の製品・サービス開発

製品開発のところでは、一つひとつの開発工程を順番に完了させていくウォーターフォール型で物事を進めていきますと、やはり失敗時の修正が難しいので、私たちはアジャイル型を採用しています。まずはお客様向けにカスタマイズした製品を提供し、その後、細かくサイクルを回して、必要に応じて製品を修正し、バージョンアップしたもので再度提供します。まずトライして、直していくというアジャイル型の進め方は、実は一番成功確率が高いのではないかと思っています。

(4)バックキャスティングによる成長戦略

グループ全体でやっていることもあります。ありたい未来像を設定し、その未来像から現在にさかのぼって計画を立てるバックキャスティングという手法を用いています。現在から未来に向かって予測を立てるフォアキャスティングも併用しています。これら二つの手法を用いることで、現状と未来像のギャップを明確に把握することができます。このギャップを通じて、成長戦略をどのように進めるべきか、例えばオーガニックな成長を目指すべきか、それともM&Aなどのインオーガニックな手法が必要かなどを判断することが可能になります。このギャップの把握は、私たちの成長にとって非常に重要な要素であると考えています。

(5)内外環境変化との見極めと対応

弊社はBLC(ビジネスライフサイクル)において、連続的な成長を達成するために、ちょうど今、組織全体を変革するトランスフォーメーションの段階にあります。現在、非常に環境変化が激しく、特にロシアとウクライナの問題以降、コストインフレがものすごいですね。これまでは売上高と利益のピークアウトがほぼ同時期に訪れていましたが、コストインフレの影響でそのタイミングにずれが生じています。利益のピークアウトの方が早いのです。この利益のピークアウトにいち早く手を打つためにビジネスを適応させることが必要となります。ここを見極めるのが肝です。高収益を維持するための重要な要素であると考えており、現在、その取り組みを進めています。
ここまで、ビジネスにおける「自分ごと化」ということでお話ししました。



B.アサヒグループにおけるダイバーシティ(DE&I)の意義

1.ダイバーシティ推進の目的

ここからはダイバーシティのお話になります。
グローバル化が進み、弊社グループのように従業員の半分以上が外国籍となると、女性の活用だけでなく、多様なバックグラウンドを持つ人々が集まることから、ダイバーシティ化の推進が必須となります。
グループ内で多様な意見があることが、高付加価値の創出や業績向上につながるという認識は、全員が共有しています。そのため、この点を確実に実現するための施策を進めているところです。

2.女性の役員・上級管理職に占める比率

ちょっと驚くデータだと思いますが、アサヒグループ内における女性の役員・上級管理職に占める比率は約27%で高い状況です。2022年の時点で国内事業会社の平均が10%弱であるのに対して、弊社では約28%と海外事業会社レベルです。アサヒグループの海外部門を見ると、欧州20%強、オセアニア30%強、東南アジア50%強ということで、いかに海外では女性の役員・上級管理職比率が高いかが分かります。
アサヒグループの国内平均が10%弱となっていますが、2030年までにこの数値を40%に引き上げるための取り組みが進行中です。グループ内では研修を含めて様々な活動をやっていますが、それは女性だけでなく、その上司や男性も参加することが重要です。

3.エクイティ&インクルージョンも必要

DE&Iという言葉、もしかしたら初耳という方もいらっしゃるかもしれませんが、ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン(Diversity、 Equity &Inclusion)を指します。これらは、単にダイバーシティだけでは駄目ですよ、エクイティ&インクルージョンも必要ですよ、という意味を持っています。エクイティは公正とか公平、インクルージョンは包含ということですけれども、ジェンダーバランスを適正化するためには、これらの要素がそろっていなければ、現代社会では難しいのです。
政府の「女性版骨太の方針」というものがありますが、この10年で女性の取締役が5.8倍になったことが示されています。その主な要因は女性の社外取締役増加ということですが、いろいろ頑張って5.8倍になったのはすごく立派だと思うのです。でも、まだまだ非常に低い状況です。

4.実質的マネジメント職に就く女性を増やす

そこで私が思うのは、日本ではインクルーシブ、いわゆる包含して組織に受け入れる素地がもしかしたら弱いのかなと。どんなに上級の管理職をいきなり増やしたり、社外から連れてきたりしても、根本的には何も解決しないと思います。現場で実力を発揮する女性の中間管理職をどのように育成し、登用するかが重要です。これらの女性中間管理職が後にメンターやスポンサーとなり、自然と良好なサイクルが生まれると考えています。私たちの会社としても、この点に力を注ぎ、積極的に取り組んでいきたいと思っています。

5.性別役割のアンコンシャス・バイアスの存在

「女性はこうすべし」、「男性は家庭を支えて一人前」、といった性別役割の考えはありますよね。私も親からそういう教育を受けました。性別役割の考えについては韓国や中国も同じですよね。この独特のアジアで培われてきた性別役割の認識、これがアンコンシャス・バイアスだと思うのですが、ここを打破していく、ここに時間かけて取り組む必要があると思います。

6.ダイバーシティ実現だけでは却ってマイナス効果も

内閣府が「ダイバーシティが非常に企業の収益につながる」というデータを出しており、これは良いデータだなと思うのですが、その一方で経産省が「多様化が進んでも、インクルーシブな支える行動、例えば柔軟な働き方を認める、といった支える行動をしないと、逆にマイナスの影響が出てきますよ」という面白いデータを出しています。ダイバーシティは、インクルーシブの素地がないとえらいことになりますよ、ということであり、これは素晴らしいデータだと思いました。

7.機会に対して公平・公正(EQUITY)を確保

この図をご覧なったことありますでしょうか。平等=イコーリティ(EQUALITY)と公平・公正=エクイティ(EQUITY)との違いは何かということなのですが、元々背の高さが違う人たちに同じ高さの踏み台を与えるという対応について考えてみます。平等というのは同じ高さのものを与えることになりますが、背の低い人にとっては、それを与えられても塀越しの景色は見えないのです。
これに対して、エクイティというのは挑戦できるチャンスを公平に与えるということです。スタートラインが一緒じゃない、そこに基づいて、例えば背の低い人には2段踏み台を与えてあげるのです。これは別に優遇しているとかではなく、挑戦できるチャンスを与えるだけで、そこから先は自分次第なのです。ダイバーシティを推進するためには、エクイティが必要不可欠であり、さらにそれを支えるインクルーシブな環境も必要です。弊社では、このエクイティについて積極的に取り組んでいます。

8.アサヒグループにおける自身のキャリア

課長に昇進してから、私はグループ内の様々な部署に異動しました。業績が好調な時期は、男性主体の従来踏襲型組織が続きますが、改革が必要となる局面では、異なるタイプの人材が求められます。私は、そのような局面で様々な部署に配置されてきたと思います。例えば、アサヒ飲料が2期連続で赤字となり、業績回復が求められる局面や、アサヒグループ食品の主力ブランドであるミンティアが厳しい状況にあるため、再成長を達成しなければならないといった危機的な局面での異動がありました。
後ほど申し上げますが、インプットというのも重要で、キャリアチェンジする際は特に必要なものと考えています。


9.ジェンダーバランス適正化に向けて
(1)ジェンダーバランス適正化のために

ジェンダーバランスの適正化には、「アンコンシャス・バイアスへの対応」、「メンターとスポンサーの重要性」、「インプット・アウトプットのスパイラル型キャリア形成」、「ジャングルジム・キャリア志向」が重要です。

(2)アンコンシャス・バイアスへの対応

まず「アンコンシャス・バイアスへの対応」についてです。東京大学の2019年の入学式での上野千鶴子さんの祝辞が大変有名になりました。アンコンシャス・バイアスについてズバリお話をされていて、大変感銘を受けました。性差別的なアンコンシャス・バイアスは想定しやすいので、まだ対応しやすいですが、一番対応しにくいのは、優しい上司が思いやり的に「こういうのをやらせたらかわいそうかな」とか、「そういうようなことで女性にあえて負荷をかけないです」といった慈悲的なアンコンシャス・バイアスです。
それに対して何か指摘すると、「思いやりについて意見するなんて性格悪いんじゃない?!」と周囲から逆に非難されることがありますよね。そのため、多くの人が無言を選びます。だからこそ、何がアンコンシャス・バイアスを生むのかについての啓発が非常に重要となるのです。

(3)メンターの重要性(キャリアを導く者)

先ほど申し上げたインプットのところです。私が経験したインプットの期間は、M&Aの仕事が非常に有益だったと思っています。これにより、経営者としての道が開かれたという一面があります。また、グループ内で様々な部署に異動する中で、流通政策の仕事を担当したことも、貴重なインプット期間になりました。
各ステージで適切なメンターがいまして、それぞれのメンターから「こういうことやってみたら」と、タイミングよく示唆を受けることができたのは、非常に重要だったと感じています。
最近ではメンター制度を導入する企業が増えていますが、自分から「この人に教えてもらいたい」と思う人に師事することを推奨していってほしいと思います。

(4)スポンサーの重要性(キャリアの支援者)

「ガラスの天井」や「ガラスの崖」概念がありますね。私のように業績が危機一髪みたいなときに女性を昇進させることを「ガラスの崖」と呼ぶことがあります。しかし、そればかりではよくないので、様々な状況で女性を登用していこうと取り組んでいます。
台湾現地法人において、副総経理を務めていた女性の事例があります。彼女は小学校と幼稚園の3人の子供を連れて、夫だけ日本に残して台湾に駐在したのです。もともと研究職で入社した彼女ですが、経営管理の業務をしっかりこなしました。台湾では、小さな子供を1人にしてはならないなど、様々な法律があります。そのため、ベビーシッターなどのサポートの提供を徹底することが絶対に必要になります。
また、現在、財務グループリーダーを務める女性がいます。彼女は元々一般職として入社しました。一般職が廃止される時に、管理職試験を受けるよう勧め、寄り添いつつも徹底して指導しました。その結果、彼女は現在、弊社の財務を効率的に運営するグループリーダーとして活躍しています。

(5)ジャングルジム・キャリア志向

次はジャングルジム・キャリア志向についてです。長らく会社に勤めていますと、人生のステージが変わることがあります。結婚や出産、介護、あるいは自身の病気と闘いながら働くといった事態が起こることも少なくありません。
そのようなとき、いわゆる昭和型の企業で、梯子型の一本道のキャリアを競うようなやり方を採用すると、ライフステージの変化に対応するのが難しくなります。何か問題が起こったときにメンタルを病んでしまったり、再び挑戦する機会を逃したりする可能性が高まります。ジャングルジムには多くのバーがありますが、これらは自身のキャリアを形成するためのさまざまな支柱と考えることができます。先ほどのインプット・アウトプットを通じて、どのバーを重視するかを決め、一本道のキャリアだけに頼らず、複数の支柱を持つことが重要です。
ゴールイメージは一つだけに限らないということが大切です。それぞれの人には、自分に合ったゴールイメージが必ず存在します。自分が目指す姿を常にイメージし、その目標に向かってどの道を進むべきかを考えることが、ジャングルジム型のキャリア形成では可能です。病気になったり、出産や育児、介護といったライフイベントがあったりする場合でも、一時的に別の道を進むことも選択肢の一つです。そして、その後で元の道に戻ることも可能です。
一本道で行くとなかなか息詰まることも多い中で、ぜひ、この考え方を取り入れてみたらいかがだろうかと思います。また今、人材の流動性が高いですね。キャリアの流動化もジャングルジム型のキャリアであればやりやすいのです。

10.今後の課題

最後に、今後の課題について申し上げます。
ジェンダーギャップを解消し、DE&Iを推進するためには、数値で「見える化」することはとても重要だと思います。
あずさ監査法人が今年の3月に行った1800社の有価証券報告書の分析では、女性管理職の比率や役員比率が、例えば株価純資産倍率(PBR)や労働生産性と連動していることが示されています。このような指標の公開は、経営層のモチベーションを高める効果もあると思います。したがって、「見える化」を進めることは、ジェンダーギャップの解消や多様性と包括性の推進にとって重要な手段の一つだと考えています
ご清聴ありがとうございました。(以上)


講師略歴
千林 紀子(ちばやし のりこ)
アサヒバイオサイクル株式会社代表取締役社長
神奈川県横須賀市生まれ。
アサヒビール(株)入社。スーパードライブランドマネージャー、飲料、食品事業会社のマーケティング部長を歴任。アサヒグループホールディングス(株)にてM&A業務を経て、カルピス(株)に出向。
2017年アサヒカルピスウェルネス(株)(現、アサヒバイオサイクル(株))代表取締役社長就任。
アサヒグループのバイオ技術で、世界の農業・畜産・環境分野の課題解決に挑むビジネスを手掛けている。