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コラム 海外経済の潮流149

30年前の日本と現在の中国の比較

大臣官房総合政策課 山本 達哉/岡本 泰/原 伸年/南 健人/本野 大幹/川本 将平/太田 千晴


1.はじめに

最近、中国の日本化(ジャパニフィケーション)という言葉をよく聞くようになった。日本化とは、日本が1990年代以降、低成長・低インフレに悩まされた「失われた30年」を指す言葉で、今後の低成長等を表すものとされている。
1990年代以降の日本の低成長・低インフレは、(1)不動産価格をはじめとしたバブルの崩壊以降の景気の弱さからくる需要要因、(2)生産年齢人口の減少や安い輸入品の増大等の供給面の構造要因、(3)銀行の金融仲介機能低下による金融要因を背景とするものであったとの指摘がある。
足もと中国でも、不動産投機を警戒する中国政府の規制等を背景に不動産市場が停滞しているほか、実質GDP成長率も過去と比較すると低い伸びにとどまっているなど、持ち直しの動きに足踏みがみられている。
このような中国経済の現状は、バブル崩壊後の日本経済と似通っており、今後は日本のように長い低成長の時代に入るだろうとの見方がされているのである。
本稿では、1990年代の日本と現在の中国の経済状況について比較するとともに、中国の日本化の可能性について考察を行う。
図表1: 中国の不動産指標
図表2: 中国の実質GDP成長率


2.日本と中国の類似点

まず、日本と中国の類似点について確認したい。構造面から1990年代の日本と現在の中国を比較すると、下記の類似点が挙げられる。
まず、人口構造に注目すると、1990年代の日本や現在の中国は、年少人口や老年人口より生産年齢人口の割合が高いことがわかる。他方で、人口の将来予測は、1997年時点での日本の人口推計と2022年時点での中国の人口推計を比較すると、両者とも年少人口と生産年齢人口が減少し、老年人口が増加することにより、高齢化率が右肩上がりで上昇している。これは出生率の低下と平均寿命の上昇によるものと思われる。
次に、経常収支を対GDP比で比較すると、両者とも黒字で推移してきたが、その内訳は貿易収支の黒字に支えられていたことが分かる。
3点目に、債務残高を対GDP比で比較すると、1992年の日本の企業債務は141%程度、2022年の中国の企業債務は158%程度と両者とも高い水準となっている。借入拡大によりレバレッジが上昇することで、ショックに対する不安定性等のリスクを抱えるものの、投資や事業を拡大させてきたと推測される。
4点目に、前段でも触れた通り借入が拡大し、投資や事業を拡大させてきたと想定される一方で、両者ともに物価上昇率は高くないことが挙げられる。
日本のバブル崩壊の政策的な要因として、政府の不動産の総量規制に加え、バブル経済を抑制するための、日銀の金融引き締めが急激であったことから、信用収縮が一気に進んだことも指摘されている。
その点、現在の中国は、物価上昇率が低迷しており、インフレ対策のために金融を引き締める必要がないというのも重要な視点であろう。
図表3: 人口ピラミッド
図表4: 人口の将来予測
図表5: 貿易収支(対GDP比)
図表6: 物価上昇率


3.日本と中国の相違点

次に日本と中国の相違点について確認したい。本稿では、相違点として特に、産業等構造、貿易条件、政治面の3点を挙げる。
まずは、産業等構造の違いについて説明したい。1990年の日本では、既に第1次産業の割合が2.9%程度となっている一方で、現在の中国の同産業の割合は7.3%程度と、大きな差がある。また、都市人口比率をみると、1990年の日本は77.4%であるのに対し、2022年の中国は65.2%となっている。これらは、中国において都市と農村の格差が未だ大きいことを示しており、中国では、当時の日本と比べても、所得・賃金水準の差が大きく、いまだ成長に伸びしろがあるものと考えられる。
次に貿易条件について確認したい。為替レートの動向を市場為替レート・PPPレートの二つの視点で確認すると、日本では、PPPレートよりも市場為替レートが増価傾向となっているのに対し、中国では、PPPレートよりも市場為替レートが減価傾向となっていることが分かる。
市場為替レートの増価は、国内における物価や賃金の水準を海外と比べて相対的に高くする効果を持つことになる。そのため、市場為替レートが増価傾向であった日本は、日本国内の物価・賃金水準が他国よりも割高であり、日本国内で製品の生産を行い、その製品の輸出を行う企業にとって、不利な状況が続いてきたと言える。一方で、中国では、中国国内の物価・賃金水準が他国と比べて割安であり、輸出企業にとって有利な状況となっている。また、輸入品に関しては、日本は通貨高によって安く輸入品を入手することができ、それがデフレの要因ともなってきたが、中国では、通貨安によって輸入品を安く入手しづらい状況にあると言える。このように、両国とも経常収支において貿易収支の黒字に支えられてきたところであるが、その貿易条件においては大きな違いがあったと考えることができる。
次の違いとしては、現在の中国は既に過去の金融危機から学習できる環境にあるという点である。
日本では、バブル崩壊によって、金融機関のバランスシートが痛み、多額の不良債権が発生した。巨額の不良債権によって、1997年には、三洋証券や北海道拓殖銀行は破綻し、四大証券の一角とも言われた山一證券も自主廃業に追い込まれている。このような不良債権の存在は、自己資本の毀損を通じて、金融機関の経営の健全性を大きく脅かすことになった。その結果、金融機関はリスク許容力を大きく低下させざるを得ず、設備投資等への貸出に対して慎重な姿勢をとるようになるなど、間接金融の機能低下が生じることとなった。このような金融要因も日本の経済を低迷させた要因の一つだとの指摘もある。
現在の中国政府は、日本のバブル崩壊後の対応やリーマンショックの対応などを踏まえ、過去の金融危機への教訓を自国の対応に生かすことが可能であると考えられる。また、日本は民主主義であるのに対し、中国は共産党による一党体制あるため、迅速な政策決定が可能であるという点も重要な相違点である。
他方、中国のような一党体制では、市場経済メカニズムを通じた需給調整や価格調整が行われづらく、競争も働きづらいという指摘もある。
また、足もとでは、IMFが指摘しているように、世界的に地政学的な友好国を投資先として選好する傾向が強まっており、一部の分野においては、既に中国向けの直接投資のシェアが減少している状況にある。このような地政学的リスクも将来の中国を考えるうえで、重要な視点であると考える。
図表7: 産業構造
図表8: 為替レートの動向


4.おわりに

本稿の冒頭に、日本の景気後退の要因として、需要要因・供給面の構造要因・金融要因の3点を挙げた。
足もとの中国では、厳しい行動制限をともなう「ゼロコロナ」政策が終了したにも関わらず、内需や投資などが低迷するなど需要面において弱い状況であり、物価上昇率も低い。また、供給面の構造要因においても、日本と同じように少子高齢化が進むことで、労働投入量の減少が見込まれる。
他方で、貿易条件においては、日本と違い低成長・デフレになりづらい構造となっているほか、他国の金融危機からの学習効果や迅速な政策決定が可能であることから、金融不安も生じづらい。また、中国には、1990年代の日本と比較しても、十分な成長余力を残しているとも考えられる。
確かに中国経済がバブル崩壊後の日本と似た経路を辿る可能性は、相応にあると考えられるが、日本と異なる点が多々ある以上、今後一定の成長余地を確保できる可能性もあるのではないだろうか。

(注)文中、意見に係る部分は全て筆者の私見である。



(参考文献)
内閣府「年次経済財政報告(H13、H27)」
内閣府経済社会総合研究所「バブル/デフレ期の日本経済と経済政策研究 オーラル・ヒストリーに見る時代認識,August 2011」