このページの本文へ移動

各国の外貨準備の資産運用における世界銀行の役割

世界銀行財務局 フィナンシャルオフィサー 伊藤  諭


2021年8月より、世界銀行財務局にて勤務している。筆者の所属する部署では、RAMP(Reserve Advisory & Management Partnership)というプログラムの下で、中央銀行、年金基金、ソブリンウェルスファンドといった公的資産を取り扱う機関に対して、預かり資産の運用や、資産運用方法に関するアドバイスといったサービスを提供している。一般の投資家が、証券会社に手数料を支払って資産を預けて運用を任せたり、運用に関するアドバイスを求めたりするが、その公的版と言えばイメージしやすいだろうか。
世界銀行でも証券会社と同様に手数料を徴収しているが、世界銀行は国際機関であり営利を目的としていないため、手数料収益をワークショップやミッションなどを実施するための費用に充てることで、顧客に還元している。ワークショップとは、運用に関する主要なトピックを取り上げ、1週間程度かけ授業形式で参加者に運用手法を学んでもらうものであり、単に運用手法について話を聞くだけではなく、市場データのサンプルを使用し、市場の状況に応じて具体的にどういった資産運用を行うかを講師に相談しつつ参加者自身に検討してもらうといった、実践的に学ぶ場を設けている。また、ミッションとは、世界銀行の運用の専門家が実際に顧客のもとに赴き、顧客のニーズに合わせて運用技術を教えている。ワークショップでは、まさに学校の授業のように参加者全員が一つのトピックを学ぶが、ミッションでは、家庭教師のように、その顧客の資産内容や運用方針を踏まえてどういった運用手法を取りうるかといった、テイラーメイドの技術支援を行っている。
筆者は、顧客の中でも中央銀行における各国の外貨準備の資産運用に関する業務を担当しているため、今回の記事では外貨準備にフォーカスを当てつつ筆者の実体験を中心に具体的な業務内容などについてお伝えしていきたい。
まず、外貨準備がどういうものかについて触れておきたい。外貨準備とは、為替が過度に変動している際に為替介入によってその変動に歯止めを掛け通貨の価値を安定させたり、通貨価値の急落等により、外貨建ての対外債務支払いが困難となった際に使用する、外貨建て資産である。
以下のグラフは、2023年第二四半期までの外貨準備高の推移を、先進国と新興国・途上国の別に見たものである。新興国・途上国の外貨準備は、2014年にピークに達した後、2014年から2015年にかけて減少しているが、これは新興国・途上国の外貨準備合計額の約40%(3.4兆ドル)を占める、中国の外貨準備が大きく減少したことが一つの大きな要因である。また、足元では、欧米の金利上昇に伴い保有資産の時価が下落(参考)したこと等により、特に2022年に先進国及び新興国・途上国ともに外貨準備高が大きく減少した。

(参考)市場金利の上昇に伴う時価の下落

例えば、100ドルを、年利1%の3年間の定期預金に入れたものの、その後金利が上昇し、1年後、2年間の新規定期預金の年利が5%になったらどう思うだろうか。あと1年待って定期預金を始めれば、今後2年間5ドルづつもらえたのに、実際は1年前に定期預金に入れてしまっていて、1ドルづつしかもらえないので、損した、と考えるのではないか。
これを国債の場合で考えてみよう。年利1%・満期3年の国債を額面100ドル購入した後に、市場の金利が上昇し、1年後に、年利5%、満期2年の国債が発行されたとする。
定期預金の場合は、一般的には預け入れている資産を満期前に他人に売却することはできないが、国債の場合は市場での売却が可能である。とはいえ、同じ額面100ドルで、年利5%、満期2年の国債と、年利1%、満期2年(=低金利時代に満期3年で発行された国債の、1年経過後の残りの満期)の国債が同じ価格で売られていれば、当然投資家は年利5%の国債を買うだろう。つまり、年利1%の国債を金利5%の時代に売るには、年利の差で損する分(2年間4ドルづつ)は値下げをする必要がある。これが時価の下落である。
対外債務返済などの外貨資金ニーズに大して外貨準備高が十分ではない場合は、対外支払いに支障が出る可能性がある。加えて、一定程度の外貨準備を維持している場合であっても、足元で大きく準備金が減少している場合、将来起こりうる外貨不足に対して政府が十分な対応能力を持っていないのではないかとの市場の憶測を呼び、それが借入れコストの上昇など悪影響を及ぼす可能性もある。そのため、外貨準備を運用する際は、資産の安全性及び流動性に十分留意する必要がある。
世界銀行では、適切な外貨準備運用のために、どういった通貨・資産を保有し、またその配分はどうすべきか、価格変動やデフォルトなどのリスクの管理はどのように行うのか、資産運用のガバナンスはどのようにすべきか、といった、日々の運用に関する技術を外貨準備当局に教えている。以下では、そうした取り組みの中で私が具体的に経験した業務に加え、アメリカでの生活などについてもお話ししたい。



1 ミッション

上述したように、世界銀行では、各顧客を訪問し(場合によってはバーチャルで)、彼らの知りたい運用技術を最大1週間程度かけてつきっきりで教えるサービスをミッションと呼んでいる。筆者は、1年目はコロナのため物理的な出張はなかったが、2年目から対面のミッションに参加する機会を得た。ただ、他の同僚は資産運用の知識・経験も、英語力も、自分より上。となると、彼らと同様のパフォーマンスを発揮するためには準備を抜かりなく行う必要がある。これまで蓄えてきた基礎知識に加え、想定される質問に答えられるよう、時間をかけて情報収集する。プレゼンテーションで自分が担当する部分については、何度も練習をしてできる限りスムーズに説明できるようにする。ミッション前はとても緊張するが、こうした練習の積み重ねで多少の緊張は和らげることができる。。。はずなのだが、ミッションは顧客の要望にできるだけ沿うことが重要。ミッションの最中でも、顧客からこのトピックはもう少し深堀したいと言われれば、予定していたセッションをキャンセルしてでも新たなプレゼンテーションを追加することになる。この対応が大変で、準備も一からやり直しとなるケースもある。ただでさえ出張先では時差のためあまり眠れない中で、さらに睡眠を削って資料を準備するため、ミッションの終盤はまさに満身創痍。ある日、そんな状態で朝に宿泊先のホテルのレストランで同じミッションに参加している同僚と朝食をとっていたところ、彼は昨晩Netflixを見ていたと言っていたんだが。。。私よりも重い担当を昨日新たに頼まれて、今日プレゼンテーションをしないといけないのに、何その余裕!!!でも実際にプレゼンテーションをさせてみると、準備に時間をかけた私より彼の方がはるかにうまい。悔しい。。。ただ、ベテランの同僚は、あらゆるトピックで何十回とプレゼンテーションをしているので、資料も過去のものを多少現時点の情報に修正するくらいで、大して準備に時間は必要ないのだろう。うらやましい限りである。


2 調査及びレポート作成

筆者の部署では、金融市場で話題となっているようなトピックについて、公的資産管理の視点から調査・分析を行い、その結果をレポートにして公表している。ESGに関するものであったり、最近の金利の高騰に対する対応に焦点を当てたものであったり、トピックは様々だが、自分もいくつかのプロジェクトに参加してわかったことは、洗練された英文の作成には、英語力が十分になければとにかく時間がかかるということ。調査・分析については、限られた時間でよりよい分析結果を得るには、どういった情報を重点的に収集すべきか、どういった視点で分析すべきかといった、マーケットに関する知識やセンスが問われる。ただ、知識やセンスが劣るとしても、多少時間をかけてより多くのデータを集めることで、より幅広い分析が可能となり、一定の分析結果を得ることができるだろう。ただ、分析結果が興味深いものであったとしても、淡々と記載するだけだと読み手がつまらなく感じて最後まで読んでもらえない一方で、分析結果に新しい点はそれほどない場合であっても、よいストーリー・洗練された文章によって、思わず最後まで読んでしまうということも自分でも経験した。できるだけそうした文章に近づけるべく、単語の意味を丁寧に調べて正確に意味や使い方を把握しながら、また類語辞典でよりしっくりくる単語を調べたりしてようやくできた文章を、さらに読み直して何度も書き直すという、膨大な作業が必要となる。そうした時間をかけて作成した文章のかなりの部分がプロジェクトのリーダーにばっさり削除、あるいは書き直されたときは、さすがに切なかった。。。でもその修正後の文章はすごく洗練されていて、まさに自分が理想とするレベルだったので、文句のつけようがないのだが。


3 職場環境

世界銀行財務局は、世界銀行のいわゆる本部ビルとは独立した、別のビルにある。地下鉄で言えば一駅隣で、本部ビルから徒歩15~20分くらい。全面ガラス張りのビルで、ごく一部の幹部のみ個室だが、それ以外のスタッフは全員共有スペースで勤務している。また、幹部の個室、会議室、スタッフが秘匿性の高いやり取りをする時等に使う個室スペースも含め、すべてガラス張りであり、極めて透明性が高い職場である(ゆえに、こっそり昼寝したり、さぼったりはできない!)。
本部ビルのスタッフは個室を与えられているらしく、財務局の職場環境に大して否定的な意見もある。確かに、自分の役割を確立し、その分野の仕事は常に自分に依頼が来るくらいまで信用を得ているスタッフであれば、プライベートが確立した個室の方が仕事に集中もできるし時にはリラックスもできてよいのだろうが、勤務経験が浅く、まだ自分の得意分野が十分にまわりに認知されていないスタッフの場合は、放っておいても仕事はあまり来ないので、部内の会議や同僚との会話を通じて必要な仕事を見つけたり、あるいは自分の能力をアピールして同僚から仕事をもらうといったことが必要になる。共有スペースであればちょっとした相談や雑談も気軽にできるため、仕事が見つけやすいのではないかと思う。シャイな筆者(あるいは日本人全般?)にとって、雑談するためだけに仕事中の同僚の個室にノックして入っていくのはハードルが高すぎる。。。話好きの国から来た人は当たり前のようにやるんだろうけど。
なお、職場の食堂はビュッフェスタイルで、ハンバーガーやピザなど一部のメニューはビュッフェとは別にオーダーすることもできる。ビュッフェのメニューは、毎日変わるため、あきずに楽しめる。価格も良心的でおいしいので、昼はほとんどここで食べている。
写真1: 正面のガラス張りのビルが世界銀行財務局。火災報知機の誤作動で避難した際に撮影したものなので、ビルのそばに消防車が止まっている。



4 職場付近の街の様子

気分転換のため、運動もかねて、たまに職場の最寄り駅から地下鉄1駅分歩いて帰っている。徒歩で20分程度の距離であり、春や秋は天気がよければ毎日でも苦にならない。途中に大きい橋があり、そこから見える夕暮れの景色はなかなかのものである。写真は秋の終業後に撮影したものだが、夏であれば、サマータイムで1時間早く仕事が終わることもありまだ昼間のように明るい。冬は終業後は真っ暗になるので、早めに職場を出たとき以外は歩かない。季節ごとに異なる景色も気に入っている。
写真2: 夕焼けに染まりつつある橋(写真ではよさが伝わらない。。。)
写真3: 隣の駅前の一風景。写真の中心にあるようなSUSHIレストランは街中でよく見かけるが、いまだに入ったことはない。。。


5 自宅

メリーランド州のアパートに住んでおり、通勤時間は電車で30分ほどである。最寄り駅まで徒歩2、3分と近く、かつ首都のワシントンDCの中心地まで電車で10駅程度。日本の感覚でいえば結構都会じゃないかと思いきや、駅の周辺以外は自然に囲まれている。そのおかげで、テニスコート、バスケットコート、サッカー場といったスポーツができる場所や、ハイキングが楽しめる大きな公園などもあり、家族で住むには良い場所である。
同じアパートの住人はアメリカ人以外が驚くほど多く、スペイン語など英語以外の言語が色々なところから聞こえてくる。アメリカ人ばかりのコミュニティと比べると、いい意味で統一感や決まったルールがなく、アメリカのルールを知らない日本人も入りやすいのではないかと思う。
アパートの最上階である18階には、パソコンやプリンターが置かれたビジネスルーム、屋外プール、テレビやキッチンのあるラウンジがあり、ラウンジではクリスマスパーティなど、住人向けのイベントが時々行われている。加えて、ラウンジの隣にはバルコニーもあり、18階からの景色を眺めることができる。周りに高い建物がほとんどなく、遠くまで見渡すことができるため、都心近くで上がる花火もここから見えることもある。
とりとめのない話ばかりになってしまったが、この記事を通じて、アメリカでの仕事や生活について少しでも興味を持ってもらえれば幸いである。
写真4: 自宅アパート近くの公園の1つ。写真には写っていないが、バスケットコートの左側にテニスコートもある。たまに人は見かけるが、誰かが使用していて自分たちが使えないということはほぼない。
写真5: サッカーコートの端で見かけた鹿。いかに自然が豊かであるかがわかってもらえるだろうか。
写真6: アパート18階のバルコニーから最寄り駅方向の景色。高いビルがいくつかある中心あたりに地下鉄の最寄り駅がある。
写真7: アパート18階のバルコニーから都心(ワシントンDC)方向の景色。近くにあるバスの駐車場のさらに向こうは、ほとんど木しか見えない。。。