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ファイナンスライブラリー

評者

ノースアジア大学
経済学部教授
木原 隆司

荒巻 健二 著

君たち文系はどう生きるか

東大で「鬼」と呼ばれた教授が伝える人生に活きる授業と成長へのヒント

昭和女子大学出版会 2024年2月 定価 本体2,000円+税


著者の温和で真摯な人格を知る者にとって、「鬼」という言葉に大きな違和感を覚えるのは評者だけではないだろう。しかし、本書を読めば、各講義・ゼミで受講者を如何に成長させるかの目的を明確に定め、そのために努力を惜しまない著者の「教育の鬼」の姿が浮かび上がってくる。本書は、教育に携わる大学教員全員に読んでほしい「啓蒙の書」である。
本書の大半は、著者の「教育自叙伝」からなる。旧大蔵省から派遣された「地方の大学」で講義中の「私語の多さ」から出た「文系教員は社会に役立つことをしていないのではないか」との疑問を探求する旅が始まり、外的刺激への反応を通じて人間形成が進むことを外部講師の講義や開発援助現場の実地研修などで確認し、埼玉大学大学院や京都大学大学院では、基礎知識・実務知識の付与と思考力・表現力の向上等を目的として「読んで読んで、書いて書いて」双方向で討議する「鬼の講義」を行う。著者が最も長く在籍した東京大学教養学部でも、「荒巻ロック・フェスティバル」と言われるほどの「大鬼」振りを発揮したため、当初はその厳しさのために学生の支持率は5%となったが、インテンシブにテーマを追求する講義・ゼミでは学生からの強い支持を受けた。東大在職時に在外研究で訪れ講義も行ったロンドン大学SOAS(東洋アフリカ研究学院)では、「大学での成績が一生ついて回る」英国学生の熱心さを見て彼我の違いに思いを馳せ、最後の常勤となった東京女子大学では、アンケート調査で著者の試みが「良い授業」に合致していたことを確認し、四半世紀の教員経験からの示唆を導きだしている。すなわち、「学生の関心・好奇心に訴え」、「現実とのつながりを示し」、「知的な交換を織り込み」、「自分の頭で考えさせ」、「分かりやすさを忘れない」授業が求められており、それを通じて、自分の頭で考え、現実の問題に対応し、データを処理し、他者と対話する「力」を身に着けるように文系学生を「成長」させるべきで、「力」を育成する大学教育の在り方と、15か条の「成長へのヒント」で結んでいる(また、最後の「追想」では、「どう書くべきか」を自身の「研究自叙伝」で示している)。
こうした結論は、著者本人の経験と学生アンケート等から導きだされた「実証結果」なので極めて説得力があり、同様の経験をしてきた評者も強く首肯するものである。本書ではそれぞれの結論が導かれた具体例が詳細に記載されており、文系学生の教育に悩む教員の手引きとしても活用できる。特に著者は、それぞれの大学・大学院や講義での受講生の需要(伸ばすことが期待される能力)をアンケートや授業評価を通じて十分に検討した上で、最も効果的と思われる授業を構成しており、本書は「大学教員のあるべき姿」を示す叱咤・激励の書とも言える。また、「大学文系の実態」を赤裸々に表白した書でもあり、文部行政に携わる者も一読すべき書である。
著者には遠く及ばないが、評者も4つの大学で常勤教員を務める中で、「協調できる強靭な国際人」を育成すべく、学生による国際機関訪問・開発援助視察調査の実施など、外的刺激と現実とのつながり、知的交換を重視した教育を行ってきたつもりであり、「学生の目の色が変わる」経験もした。「論理的文章を書く訓練」として著者が挙げた「大蔵省のペーパー作成」過程は、評者も学生に伝えている。著者は、英国等の経験から、学生の熱心さを涵養するには、大学での教育が社会や学生のニーズ・関心に応えるものになっていることが重要と訴える。更に、経済学などの「学問」自体が社会的ニーズに応え活用されるように、実証分析等を通じて「学問の社会的有用性」の向上に努めることも、大学教員には必要なことであろう。