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中央銀行デジタル通貨(CBDC)の制度設計の大枠の整理に向けて

財務省理財局国庫課デジタル通貨企画官 谷 雅彰


1.はじめに

(1)貨幣に関する「よもやま話」

貨幣とは、不思議な存在である。例えば、財布に入っている「一万円札」は、それ自体食べることもできないし、暖を取ることもできない(紙幣を燃やすのは犯罪です!)。偽造防止技術など現代の匠の技術の粋が凝らされ、その意匠の美術的価値は高いと思うが、残念ながら、貨幣そのものに貨幣が表象している価値はない。それにもかかわらず、貨幣を利用する人々の間では、「一万円札」に「1万円」の価値があるものとして流通・機能している。
経済学における通説的な理解では、古くはアリストテレスが『政治学』で記し、アダム・スミスが『国富論』で説いたとおり、物々交換における不便、つまり「欲望の二重の一致」の問題を避けるために、貨幣は社会契約として発明されたものとされている。しかし、文化人類学・考古学の研究によれば、人類の歴史上、極めて例外的な場合を除いて、物々交換が行われていた証拠に乏しく、負債を記録した「信用」をベースとした取引がまず発生し、その後、「信用」が貝殻・石などの物理的「媒体」に表象され、決済手段として機能するようになったとも言われている。
本稿の目的は、貨幣の起源を探ることではないので、このあたりで止めておくが、経済取引と表裏一体の関係にある決済は貨幣により支えられており、その「媒体」は原初は貝殻・石などから始まったが、時代が下るにつれて、現代では金属・紙が用いられていることを押さえておこう。このように見ていけば、貨幣の「媒体」が金属・紙である論理的な必然性はなく、社会・経済のデジタル化が進む中において、その「媒体」をデータとすべきではないかといった議論が出てくることは自然な流れとも考えられる。
貨幣の「媒体」だけでなく、「発行主体」の歴史も興味深い。中央銀行による「現金通貨」の発行と民間銀行による「預金通貨」の発行というマネーの供給システムの歴史は、たかだか200年程度を数えるにすぎない。それまでは、民間主体が発行した貨幣が流通していたこともあれば、海外で発行された貨幣が時代を超えて流通していたこともあった。ハイエクは、『貨幣発行自由化論』において、貨幣の発行は政府・中央銀行ではなく民間が担うべき、とも論じている。2019年のリブラ構想は、こうした問を再度世界に投げかけたものとも捉えることができるだろう。

(2)理財局国庫課における検討

貨幣に関する「よもやま話」はこの程度にしておいて、理財局国庫課では、私を含め総勢8人の「CBDCチーム」が、CBDC(中央銀行デジタル通貨)の調査研究・検討に取り組んでいる。CBDCとは、さしあたり一万円札や五百円玉といった「現金」をデジタルの形態で利用できるもの、とイメージしてもらえばいいだろう。我が国においてCBDCを導入するかどうかについては、国民的議論を経て判断されるべきものである。ただ、実際の導入に当たっては各種の課題への対応や準備に時間を要することが想定されるため、仮にCBDCを導入すると判断した場合に遅滞なく発行することができるよう、各種の調査研究・検討を進めていく必要がある。
「骨太方針2023」においても、政府・日本銀行として、CBDCの制度設計の大枠の整理、つまり、制度設計上の主要論点に関する基本的な考え方や考えられる選択肢を明らかにしていくこととされている。これに向けて、理財局では、2023年4月から「CBDCに関する有識者会議」を開催し、同年12月に取りまとめを行ったところである。本稿では、本取りまとめについて概説するとともに、今後の取組を説明することとしたい。


2.有識者会議の取りまとめの概要

本有識者会議で検討した我が国のCBDCは、スマートフォンアプリやカードを用いることにより決済を行うことが想定されているデジタル通貨で、現金と同様、例えば日々の買い物など、日常取引に幅広く使うことができるものである。
民間デジタル決済手段との違いとして、(1)誰でも、いつでも、どこでも使うことができる決済手段として制度化されること、(2)利用者にとって信用リスクなく安全に利用できるとともに、基本的に即時に決済が完了して受け取ることができること、が挙げられる。
CBDCの制度設計の大枠の整理に当たっては、主要国・地域における調査研究・検討の動向を参考としつつも、我が国の実情や利用者のニーズに合ったものとなるよう、多角的に検討を行っていくことが重要である。その際、デジタル経済にふさわしい通貨として、デジタルならではの利便性の向上や各種の民間決済手段との共存・役割分担、クロスボーダー決済の課題への対応などを考えていくほか、導入する場合にはプライバシー確保や現金の利用に対する国民の懸念にもしっかり応えていく必要がある。
こうした観点から、(1)日本銀行と仲介機関の役割分担(利用者の多様なニーズを踏まえつつ、いかに利便性の高い決済手段として提供していくか)、(2)CBDCと他の決済手段の役割分担(決済システム全体としての安定性・効率性を図っていくため、どのように共存・役割分担を行うか)、(3)セキュリティの確保と利用者情報の取扱い(いかに常時機能させるとともに、プライバシーに対する国民の懸念に応えていくか)、といった主要論点に関する基本的な考え方や考えられる選択肢等について、以下のとおり整理を行った。

(1)日本銀行と仲介機関の役割分担

CBDCについて、現金同様、民間部門である仲介機関が日本銀行と利用者の間に立って授受を仲立ちするという「二層構造」(間接型の発行形態)とすることが適当である。仲介機関が利用者情報・取引情報を適切に利活用することを通じて、利便性の向上と仲介機関の収益機会の確保が図られる観点から望ましいと考えられる。
日本銀行の役割としては、CBDCの記録・確認を正確に行うための仕組み(台帳等)の管理を行うことが適当であり、民間決済サービスの高度化を図るといった「触媒」としての役割も求められうる。
一方、仲介機関の役割としては、利用者に基礎的な決済手段を提供する観点から、日本銀行との間において発行・還収に関する業務を行うとともに、利用者との間においては、例えば取引の開廃手続・顧客管理、スマートフォンアプリ・カードなどの提供、利用者からの払出・移転・受入依頼への対応といった流通に関する業務を担うことを想定している。
こうした業務に加えて、仲介機関は、デジタルならではの利便性を向上させるため、例えば家計簿サービスや条件付き決済サービスといった追加サービスを担うことも考えられる。ただし、民間の創意工夫を促す観点から、公正な競争条件を確保しつつ、その他の民間事業者も参入できる方向で検討することが重要である。

(2)CBDCと他の決済手段の役割分担

我が国においては各種の決済手段があり、利用者はそれぞれの決済手段の特徴を踏まえた上で使い分けを行っていると考えられる。こうした中、各種の決済手段が、その機能や役割を適切に発揮し、共存することを通じて、利用者の選択肢の確保や利便性の向上、決済システム全体としての安定性・効率性の確保も図ることが重要である。
まず、現金との共存・役割分担について、現金はユニバーサルアクセス(誰でも利用できる)・強靱性(いつでも、どこでも利用できる)・匿名性という特性を持っており、仮にCBDCを導入する場合にも引き続き現金の需要が一定程度残ることが考えられる。こうした観点から、CBDCは現金を代替するものではなく、相互に補完するものと考えることが基本である。その上で、CBDCの具体的な制度設計として、オフライン機能(強靱性)と匿名性については、現金が引き続き供給されることも踏まえ、その必要性とリスクの両面から検討を進めていくことが適当である。
次に、銀行預金との共存・役割分担について、銀行預金は利用者にとって価値保蔵手段・決済手段としての重要な役割を担うとともに、信用創造を通じて経済に必要なマネーを供給する機能を担っている。このため、銀行預金から急激ないし継続的な資金シフトが生じた場合、我が国の金融システム・経済に悪影響を及ぼす可能性がある。こうした悪影響を抑止するセーフガード措置として、資金シフトを直接制限することができる保有額制限を主軸として検討していくべきであるが、その際、複数口座を開設した場合の対応や、保有上限額を超えた受払を行う場合の対応(事前に登録した銀行口座等に自動的に振り替え・チャージする機能)等も併せて検討していく必要がある。
最後に、その他の決済手段(電子マネー・QRコード決済等)との共存・役割分担について、店舗によって利用可能な決済手段が異なることや、異なる決済手段間での送金ができないことなど、ネットワーク効果が十分に発揮されないおそれがある中、CBDCが異なる決済手段間の交換を担保することにより、他の決済手段を「支える」といった共通インフラとしての役割を果たすことで、各決済手段間の競争促進とネットワーク効果の更なる発揮につながることが考えられる。一方、CBDCの導入は民間事業者のビジネスモデルに影響を及ぼす可能性があることも踏まえ、関係当局・関係事業者の間で十分な議論を積み上げていく必要がある。

(3)セキュリティの確保と利用者情報の取扱い

CBDCは利用者にとって決済手段として常時機能する必要がある。このため、サイバー攻撃への耐性の確保や不正利用の防止、個人情報の適切な管理・保護の観点から、万全のサイバーセキュリティ対策・情報セキュリティ対策を講じることが必要である。システム障害や事故等が発生しないよう、事前のセキュリティ対策に万全を期すことはもちろん、そうした事態が生じた場合の事後対応にも万全を期す必要がある。
利用者情報・取引情報の取扱いについては、個人情報保護の観点からは、プライバシーの確保が前提であり、「プライバシー・バイ・デザイン」の考え方に沿って検討していくことが重要である。その上で、利用者情報・取引情報の利活用を通じた追加サービスの提供など利便性の向上や、マネロン対策をはじめとする公共政策上の要請への対応とのバランスを図っていくことが必要である。
こうした観点から、まず仲介機関は、個人情報保護法など関係法令を踏まえ適切に情報を取り扱うことが基本となる。次に、日本銀行は、例えば個別の利用者情報・取引情報を可能な限り取得・保有することがないよう設計するなど、その取り扱う範囲を必要最小限とすることが基本である。また、政府は、現在の仕組みと同様、マネロン対策をはじめ公共政策上の目的に基づき、必要に応じて情報提供を受けることが基本であり、国民のプライバシーに対する懸念を払拭する観点から、その目的や対象を事前に明確にしておく必要がある。
不正利用対策については、既存の決済手段と同様、本人確認等を行う必要がある。その上で、プライバシーの確保に配慮する観点から、例えば、取引額の上限の多寡に応じて利用者の提供するべき情報の範囲を設定することも選択肢として考えられるが、今後の国際的な議論の動向も見ながら検討を深めていく必要がある。また、利用者の範囲は当面国内居住者としつつ、海外旅行客など非居住者は今後の検討課題とすることも考えられる。

(4)その他の論点

法令面の対応の必要性については、通貨制度における位置付けとして、決済手段として広く受け入れられるよう、法貨とすることが基本である。一方、CBDCの受取を拒む店舗が現れる可能性も排除できないため、一般受容性を高める観点から利用環境の整備等について検討していく必要がある。また、通貨制度における位置付け以外にも、仲介機関に対する規制のあり方や、民事法上・刑事法上の整理など、現行の法制度に幅広く影響することが想定されることから、関係省庁と連携して法令面の検討を進めていく必要がある。
コスト負担のあり方については、CBDCを導入するかどうかの判断に当たっては、システム開発・運用など導入・運営に要するコストの全体像をあらかじめ明らかにする必要があり、その中で、コストの規模感にとどまらず、コスト負担のあり方についても整理していく必要がある。CBDCの利用によって受益する主体は何か、決済に関する公平な競争環境をどのように担保するかなど、幅広い観点から検討を進めていくことが必要である。
クロスボーダー決済については、迅速・低コスト・透明性あるものに改善することが国際的課題である。こうした課題に対応するため、ホールセール型を中心としてCBDCの活用も選択肢となり得るが、まずはCBDC間の相互運用性の確保の観点から、技術面における標準化を通じた国際連携を進めておくことが重要である。


3.おわりに

~制度設計の大枠の整理に向けて~
政府としては、本有識者会議の取りまとめを踏まえ、諸外国の動向も見つつ、日本銀行とともに、制度設計の大枠の整理に向けた取組を進めていく。このため、2024年1月に「CBDCに関する関係府省庁・日本銀行連絡会議」を設置し、まずは、関係府省庁の所管行政において生じる課題の洗い出しを行いつつ、今年の春を目途として一定の整理を行うことを目指している。
貨幣は、国家に対する信頼・信用に基づいて利用されている。本稿の冒頭でも述べたとおり、貨幣は、それ自体に貨幣が表象している価値はないにもかかわらず、その表象した価値を持つものとして流通・機能する。こうした「共同主観的現実」の根源にあるものは、利用者の信頼・信用であることを決して忘れてはならない。また、貨幣に限った話ではないが、利用者のニーズに合うものでなくなってしまえば流通・機能しなくなる、といった事態にもなりかねないことも、常に肝に銘じておく必要があるだろう。
CBDCの制度設計を考えていくにあたっては、貨幣の「媒体」のあり方を考えるといったことにとどまらず、貨幣の本質や根源を突き詰めて考えることは避けて通れない。極めてチャレンジングな仕事ではあるが、今後とも、CBDCチーム一同、誠心誠意、取り組んでいきたいと考えている。
※なお、本稿の意見にわたる部分は、筆者個人の見解であり、所属する組織の意見ではない。また、誤り等に関する責任は、すべて筆者に帰するものである。

写真1 第1回CBDCに関する関係府省庁・日本銀行連絡会議(令和6年1月26日)
写真2 理財局国庫課CBDCチーム一同