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ファイナンスライブラリー


評者 渡部 晶

古波藏 契 著

ポスト島ぐるみの沖縄戦後史

有志舎 2023年8月 定価 本体2,800円+税


本書の帯には「あの熱狂はいかに生まれ、失われていったのか―」と書かれ、「1956年の島ぐるみ闘争は、沖縄全島を巻き込んだ。時を経て、“島ぐるみの一体感„はどこか心もとなく響く。人々の心性にまで浸透した米軍の統治戦術を読み解き、沖縄の“今„を逆照射する、次世代のための沖縄戦後史」とある。
「島ぐるみ(闘争)」とは、「1956年5月の住民側の〈土地を守る四原則〉を踏みにじった「プライス勧告」の発表をきっかけに、沖縄全体に爆発的な勢いで広がった大衆運動。(1)軍用地料を56年段階の評価の二倍に引き上げる(2)使用料の支払いは原則毎年払いとするが、希望者には10年分の前払いをする―などで決着。〈島ぐるみ〉の背景には、圧制に対する民衆の強い不満があった。95年の米兵少女暴行事件を契機にした沖縄闘争も〈第二の島ぐるみ闘争〉と呼ばれる」(「最新版 沖縄コンパクト辞典」(琉球新報社編 2003年))。
この「島ぐるみ闘争」は、沖縄アイデンティティーの象徴とされ、繰り返し沖縄の言論空間に登場している。本書は、「島ぐるみ闘争」の背景にあった沖縄社会の構造、「島ぐるみ闘争」後の為政者側の政策的介入を詳細に分析・考察している点が注目される。
著者は、1990年生まれ、沖縄県浦添市出身で、国際基督教大学卒、同志社大学大学院博士後期課程修了。博士(現代アジア研究)である。沖縄国際大学非常勤講師等を経て、地域政策コンサルタント会社勤務。明治学院大学研究員も務める。本書が著者の初の単著になる。江湖に好評を博する「つながる沖縄近現代史」(ボーダーインク 2021年)の編者でもある。
本書の構成は、「序章 なぜ今『島ぐるみ』なのか」、「第一章 基地経済とムラ社会」、「第二章 島ぐるみ闘争の古さと新しさ」、「第三章 “ポスト島ぐるみ„の沖縄統治―その思想的背景」、「第四章 『沖縄版高度成長』の実像」、「第五章 『自由で民主主義的な労働運動』の訓育」、「第六章 不穏な農村―宮古版『島ぐるみ闘争』の興亡」、「終章 日本復帰と沖縄喪失」となっている。島ぐるみ闘争に至る経緯を前半(第一章~第三章)、島ぐるみ闘争後の沖縄統治を後半(第四章~第六章)にあてる。本書は、学術的専門書の体裁を一部犠牲にして、とにかく一般の通読に耐える書物を目指したという。
沖縄振興に関わった観点からは、第一章、第四章での沖縄経済の構造等の叙述が有意義であった。沖縄経済が、本書でも引用・参照されている優れた沖縄経済の分析者である来間泰男氏や嘉数啓氏が指摘するように「財政依存」によって経済成長を遂げたことを改めて確認した。香西泰氏の名著「高度成長の時代」を踏まえれば、本土の高度成長は様々な条件に恵まれ、敗戦後の日本の自尊心の回復につながった。一方、沖縄版高度成長は、「市場条件に対して草の根もとのレベルで企業や家計が敏活に反応し、それが集積された」と言い切れないうらみがあることが影を落としている。なお、2024年1月に経済界が主宰する34回目となる沖縄懇話会のラウンドテーブルが開催された。テーマは、「観光と地域経済の発展」で小西美術工藝社のデービッド・アトキンソン社長が基調講演を行い、「沖縄のポテンシャルは無限にあるので地元の皆さんとしてどこまでそれを実現するかだけが残っている」と述べたと報じられている。経済面では今後、若い世代の沖縄での起業家精神の発揮が大いに期待される。第5章の研究蓄積が乏しいという沖縄の労働運動についての、国際自由労連の果たした役割についての叙述などは鮮やかだ。
終章での、沖縄の子どもの貧困の現実について、「そのような現実に気がつかないほどに、『地域共同体的な連帯性』の衰退が進んでいたことにも目を向けなければならない」との指摘は全く同感である。「島ぐるみ」はその意味でいまや空洞化しているのだ。沖縄の関係者には、まずは、「子どもの貧困」問題に力をもっと注いでほしいと願う。
本書を読んで、評者が連想したのは歴史社会学者小熊英二氏の代表的な著作『〈民主〉と〈愛国〉』である。戦後日本(本土)のナショナリズムの流れを分析した上で、『自己が自己であるという感触を得ながら、他人と共同している「名前のない」状態』を常に我々が求めている、と結ぶ。著者は、批判する沖縄の「マイホーム主義」の先にそれを求めるべく様々な知的活動をしているのではないか。沖縄に関心のある向きにぜひ一読をお勧めしたい問題提起の書だ。