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コラム 経済トレンド115


国内防衛産業の将来

大臣官房総合政策課 伊藤 恭平/胡桃澤 佳子


本稿では、国内防衛産業の現状と課題について考察する。

防衛産業の昨今の外部環境
2022年の世界の軍事費は過去最高の2兆2398億ドルで8年連続の増加し、上位15か国を合計すると世界の82%を占めている。米国は8769億ドルで世界シェア39.7%と引き続き1位である。日本の防衛費はGDP比1%程度で安定的に推移してきたが、円安の影響を受け米ドルベースでは大幅減少し、1990年の6位から2022年は10位にまで後退した(図表1. 軍事費ランキング上位15か国(2022年)、図表2. 軍事費シェア推移)。
日本の安全保障環境が厳しさを増す中、2023年以降における防衛力の抜本的な強化及び防衛力の安定的な維持に必要な財源を確保するための「防衛財源確保法」が2023年6月に成立し、今後の防衛費の増額が決定されている。防衛力整備の水準にかかる総額は43兆円程度の名目値とされており、物価上昇や為替変動の影響も含めたものとなっている(図表3. 新たな防衛力整備計画の財源確保策)。
(出所)第一生命研究所「世界軍事費ランキング2022、ウクライナ情勢と日韓逆転」、SIPRI「SIPRI Military Expenditure Database」、財務省「令和5年度予算のポイント」


防衛産業の抱える課題
日本の防衛産業は民間に依存しているが、防衛省と直接契約を行う企業の1部門が防衛事業を担っており、主要事業とはなっていない上、諸外国と比べ防衛事業の利益率が低位と言われている(図表4 日米主要企業内における防衛産業の規模と割合)。企業は防衛事業の維持に関し、株主や金融機関等の企業内外の利害関係者の理解が得にくいとされる他、少量多種生産や装備品の高度化・複雑化により調達単価及び維持・整備経費が増加傾向にあるという問題もある。この20年で防衛産業から撤退する企業が増えており、100社超の企業が撤退したとも報じられている(図表5 撤退や事業撤退を表明した主な企業)。こうした状況の中、FMSによる装備品の取得が高水準で推移している(図表6 FMSによる装備品等の取得にかかる予算額の推移(契約ベース))。
防衛装備品のライセンス国産は国が製造ライン等にかかる初度費を負担した上、ライセンスフィー等の付加的な経費を上乗せすることから、FMS・一般輸入より割高であるとの見方もある。一方、防衛装備品は主に有事に使用されるため、修理点検がしやすい、技術のアップデートも円滑にできる等の理由により、国内で防衛装備品を調達すべきとの見解もある。
(注)ライセンス国産:国内企業が外国政府及び製造元である外国企業か許可を得て行う国内生産
(出所)日経ビジネス電子版「防衛タブー視のツケ 静かに消えていく企業」、防衛省「令和5年度防衛白書」、朝日新聞「防衛産業、相次ぐ大手の撤退 防衛費増額の陰で進む「不都合な真実」」


防衛産業に対する政策
2014年6月に策定した「防衛生産・技術基盤戦略」を踏まえ、防衛省は契約制度の改善・防衛装備庁の新設など、防衛生産・技術基盤の維持・強化に資する施策を実施してきた。2023年10月には「防衛生産基盤強化法」が施行され、任務に不可欠な装備品を製造する企業の取組みに対して、経費を直接支払うことなどが可能となった(図表7 防衛生産基盤強化法概要)。企業の利益率を確保する取組みとして、想定営業利益率を従来の目安である8%から15%に引き上げる等、企業が利益を確保できるような改革も進んでいる(図表8 利益率確保の概要)。
上記のような施策により、企業の利益率を確保できる可能性はあるが、西口氏・森光氏の「防衛調達論」では日本の防衛調達で採用されている競争入札が必ずしも効率的と言えないことを指摘している。防衛産業と同じく、汎用性が低い自動車部品の契約において、日本の自動車メーカーが、選良された複数のサプライチェーンに同部類の部品を独自製造させる(併社発注)ことでサプライチェーン同士を競わせた結果、国際競争力を高めてきたと紹介されている(図表9 単社発注と併社発注の概念図)。
利益率の上昇が国内装備品の技術向上に直結することと同義ではなく、企業が自らコストカットを行うインセンティブは低いままであるため、企業間の競争が起きるような環境を整えていくことが防衛生産・技術基盤の維持・強化には重要であろう。
(出所)防衛省HP「防衛生産基盤強化法について」、防衛装備庁「防衛装備に係る事業者の下請け適正取引等の推進のためのガイドライン策定に向けた有識者検討会」、西口敏宏・森光高大「防衛調達論」
防衛産業の展望
装備品や関連技術の輸出が事実上不可能とされていた時代もあったが、2014年に「防衛装備移転三原則」が閣議決定され、一定の条件下で輸出が可能となった。これに伴い、米国を始め安全保障面で協力関係にある諸国との国際共同開発・生産に関する海外移転は年々増加傾向にある(図表10 防衛装備の海外移転の許可件数推移)。ただ全体に占める割合は契約件数ベースは増加傾向にあるが5%程度にとどまっており、引き続き諸外国との共同開発・生産を積極的に行うことは防衛産業発展の一つの鍵になるだろう。
他の先進国では経済安全保障分野のセキュリティ・クリアランス制度が存在するが、日本では同様な制度がないため、防衛産業を含む日本企業が不利な状況に直面するケースもある。そのため、日本でもセキュリティ・クリアランス制度検討の動きがある。日本企業にとっては取得や維持コストの発生が見込まれる一方で、ビジネス拡大の機会になりうるだろう(図表11 セキュリティ・クリアランス制度で期待される効果イメージ)。
日本が戦争に巻き込まれる危険性があると回答した人が10年前よりも増加しており、防衛を身近な問題として捉えている国民が多い(図表12 日本が戦争に巻き込まれる可能性があると考える人の割合)。安全保障を社会的に重要な課題として捉える傾向が強くなっていることもあり、引き続き適正な安全保障、それに係る防衛産業について積極的に議論する必要があるのではないか。
(出所)経済産業省「防衛装備の海外移転の許可の状況に関する年次報告書」、内閣官房「経済安全保障分野におけるセキュリティ・クリアランス制度等に関する有識者会議」、内閣府「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」

(注)文中、意見に関る部分は全て筆者の私見である。