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ブラジル経済概観と財政・税制改革への取組について


在ブラジル日本国大使館一等書記官 岩崎 英明

「Brazil is Back(ブラジルが戻ってきた)」-この言葉とともに、2023年1月、第3次ルーラ政権が発足した。前政権の外交姿勢やパンデミックの影響によって生まれた国際社会との距離を、環境問題への取組や新興各国との連携強化を通じて大きく縮め、国際舞台に躍り出ようとする姿勢を示す象徴的なメッセージだと感じた。同国の国際社会への復帰を大きく特徴づけた1つに、日本が議長国を務めた2023年のG7があげられるのではないだろうか。新政権発足時のその言葉に合わせるかのように、5月、日本は新潟で開催されたG7財務大臣中央銀行総裁会合に、ブラジルのフェルナンド・アダッジ財務大臣をパートナー国参加として招待した。そして、6月のG7広島サミットへのルーラ大統領の参加と続く。2023年12月からはブラジルはG20の議長国を務めている。さらに2025年には北部パラー州ベレン市で第30回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP30)を開催する予定となっている。少なくとも今後数年間は、経済と環境の分野において、ブラジルには国際舞台おいて大きな役割が期待されるだろう。
国内に目を向けてみると、ブラジルはその広大な国土に豊富な天然資源と再生可能エネルギーを生み出す自然環境、穀物、大豆や肉類といった農畜産物、アマゾンの熱帯雨林、2億を超える人口が生み出す名目GDP約2兆米ドル規模*1の経済を抱えている。その一方、貧富の格差という問題のほか、複雑な税制度や高金利といった企業の経済活動への足かせが根深く存在する。
このような環境下で発足した第3次ルーラ政権であるが、大統領選挙キャンペーン時には低所得層向けの給付金の拡大といった政策を公約に掲げていたことから、発足当初においては財政拡大路線へと進むのではないかとの見方もあった。しかし、実際には、財政運営の見直しを実施するとともに、長年にわたり改善が求められてきた複雑な税制を簡素化する改革を大きく前進させており、バランスの取れた経済政策運営を展開していると言えるのではないだろうか。また、気候変動への対応が地球規模で求められる中、ブラジルは自国のもつ環境面でのポテンシャル、すなわちアマゾン熱帯雨林と再生可能エネルギーを最大限に活用しようとしている。
本稿では、最近のブラジル経済の動向のほか、第3次ルーラ政権下のブラジル財務省が優先事項に据えて取り組んでいる政策である、新たな財政枠組の策定、税制改革の実施、持続可能な経済の実現の3点について概要を紹介したい。
なお、本稿に記載した各政策及び法案に係る内容は概ね執筆時(2023年11月末時点)に公表されているものを参照している点、予めご了承いただきたい。また、記載の内容は筆者個人の見解であり、所属組織の見解を示すものではない。本稿における誤りについては、すべて筆者の責に帰すべきものである。


ブラジル経済の概観
~パンデミック後、労働市場の回復や給付金制度の拡充に支えられた消費に牽引され、経済は堅調に推移。一方、依然として高水準の金利が投資や消費に及ぼす影響や、最大の貿易相手国の中国経済の減速による影響が懸念点。~
パンデミックが発生した2020年の実質GDP成長率は前年比▲3.3%の落込みを記録した。政府による給付金支給策やブラジル中央銀行による政策金利の引下げをはじめ、財政及び金融面で景気の下支えを講じた。パウロ・ゲデス経済大臣(当時)は、先進各国に比べてGDP成長率の落込みが緩やかであった点を強調していた。2021年以降はパンデミックからの回復過程における、対人サービスの再開や失業率の低下といった労働市場の改善のほか、低所得層への給付金制度の拡充を背景に、消費を中心に堅調に推移している。2021年は同+5.0%、2022年は同+2.9%とプラス成長となり、2023年については、これまでのところ好調な農業や工業、インフレの落着きによる消費の増加を背景に、事前予測を上回る成長率(1Q:同+1.4%、2Q:同+1.0%、3Q:同+0.1%)となった(図表1 実質GDP成長率の推移と見通し(需要項目別)参照)。
IMF世界経済見通し(2023年10月版)では、2023年については同+3.1%の成長が見込まれており、名目GDP(米ドル建て)では世界で上位9番目の経済規模に浮上する見通しとなっている。その一方で、高水準にある金利(2023年12月会合後時点の政策金利は11.75%)による企業投資や家計の耐久消費財購入への下押し圧力、給付金制度に支えられた消費の持続可能性、財政の持続可能性、そして最大の貿易相手国である中国の成長鈍化による影響を懸念する声も上がっている。
金融政策については、ブラジル中央銀行は物価動向に合わせて政策金利(SELIC金利)の変更を通じて迅速な対応を見せていると考えられる。2019年7月以降、政策金利を継続的に引き下げている段階にあったが、パンデミックが深刻化すると2020年5月には引下げ幅を75bpに拡大(通常は25~50bp)させ、同年8月には2.0%まで引き下げて景気の下支えを試みた。その後、パンデミック収束に伴う需要の回復や国内の天候不順を背景に、物価上昇率はインフレターゲットを上回って推移し始めた。これに対しブラジル中央銀行は、2021年3月には利上げに着手。2021年後半にはエネルギー価格の上昇に起因して、インフレ率が10%を超えて推移したことを受け、2022年8月までに13.75%へ政策金利を引き上げた。以降、物価動向の落着きを背景に50bpの利下げを実施(13.75%→13.25%)する2023年8月会合までその水準を維持した(図表2 消費者物価指数(IPCA)上昇率の推移(12か月累積)及び3 政策金利(SELIC金利)の推移参照)。またブラジル中央銀行による金融政策について、ルーラ大統領はSELIC金利が高水準となっていることで経済が抑制されていると、中央銀行の独立性への疑義にも言及して度々批判を行っている。2023年7月には、金融政策委員会(COPOM)のメンバーである金融政策担当副総裁に前財務省筆頭次官を据える等、中銀に対する政府側の影響力を強めようとする動きも伺えるが、現在のところは極端な政策変更は見込まれていない。


新たな財政枠組
(Arcaboço Fiscal)
~歳出の増加率を、歳入の伸びや財政目標の達成度合いも考慮して決定する新たな枠組へ。但し、より踏み込んだ取組を求める声も。~
第3次ルーラ政権発足前の2022年12月、政権移行チームは、低所得者層への給付金制度であるボルサファミリアの給付金額の確保をはじめとする、公約実現のための予算措置を講ずる憲法修正案を策定。財政支出の拡大に繋がるものではあったが、その中には、持続可能な財政を実現するための新しい財政枠組に関する法案の議会提出を義務付ける規定も設けられていた。これを受け、財務省及び予算企画省は2023年3月末に新たな枠組を公表、議会での承認を経て8月末に公布された。新枠組は2024年予算案から適用されている。IMFの統計によれば、ブラジルの公的債務残高(対GDP比)は約80%台で、新興国との比較では高い水準となっており(図表4 公的債務残高(対GDP比)の推移参照)、財政の持続可能性や投資促進の観点からも財政状況の改善が求められている。
既存の財政枠組は、2016年に導入された歳出上限(Teto de Gastos)と呼ばれるもので、歳出の増加率をインフレ率に留めるものであった。歳出の増加を実質ゼロにするという厳しいルールであったため、経済成長に見合った歳出が困難であるとの批判も上がっていた。また、その上限を超えた支出を可能とするための憲法修正が度々行われるなど、規律として形骸化し、財政の見通しに対して懸念が生じていた。
現政権で策定された新たな枠組においては、インフレ率だけでなく、歳入の増加率やプライマリーバランス(PB)の目標の達成度合いも考慮して、歳出の増加率を算出することとなる(図表5 新たな財政枠組における歳出の増加率について(例:歳入の実質増加率が2.5%であった場合)参照)。歳出の増加率は、事前に設定された直近のプライマリーバランス目標値(対GDP比、許容範囲±0.25%ポイント)を達成した場合、インフレ率*2を考慮した上で、歳入の増加率*3の70%を上限とする。しかし、目標値を達成出来なかった場合には、歳入の増加率の50%が上限となる。加えて、歳出の増加率には0.6%~2.5%の範囲が設定され、歳入が大きく伸びても歳出の前年比増加率は最大2.5%に留まる一方で、歳入が伸びなくても最低0.6%の増加は確保されるものとなっている。2024年予算法案の議会提出時点(2023年8月末)でのプライマリーバランスの目標値(許容幅±0.25%ポイント)は、2023年:対GDP比▲0.5%、2024年:同0.0%、2025年:同+0.50%、2026年:同+1.0%となっている。
また歳出のうち、上記の制約の対象とならない支出項目が規定されている(州等への財政移転、教育関連の基金、連邦直轄区への基金等)。このような項目は2024年度予算案では、約6,000億レアルが計上され、政策的経費(プライマリー歳出)の約22%を占めている。
2023年6月に公表されたIMFの対ブラジル4条協議報告書では、この枠組について、「財政状況の改善に対する政府のコミットメントは非常に歓迎される」と取組を評価しつつも、「債務をしっかりとした削減軌道に乗せるため、新たなルールで強化された財政枠組に支えられた、より野心的な財政面での取組を推奨する。年金や行政におけるものを含む硬直性に取り組むためにも、歳出面での改革が必要である。」と指摘し、歳出面でのより踏み込んだ対応を求めた。


税制改革
~消費に関連する連邦税や州税、州毎に異なる税率を統合してより簡素で透明性の高い税制に。今後は公平な税制を目指し法人税・所得税改革に着手。~
ブラジル経済に関わる中で必ず耳にする言葉に「ブラジルコスト」というものがある。開発工業貿易サービス省の調査において、これを「(平均的なOECD加盟国と比較し)ブラジル国内に所在する企業が国内で生産活動を行うにあたって直面する追加的なコスト」と定義している*4。同省は、ブラジルコストについてパブリック・コンサルテーションを実施し(2023年4~6月)、101機関から1,283件の意見を収集した*5。この中で最も指摘が多かったのが税制に関連するもので、全体の18.8%を占めた。また、2020年公表の世界銀行の統計では、ブラジルにおいては、企業が税金を納めるまでに費やす時間は年1,501時間に上ると示されている(ラテンアメリカ・カリブ地域では年317.1時間、OECD高所得国では年158.8時間、日本は年129時間)。税の種類が多い上、連邦、州、市でそれぞれに税が存在し税制が複雑となっていること等が背景にあると考えられる。
新政権発足直後からアダッジ財務大臣は、税制改革を最優先事項と位置付け、税の簡素化や公平で透明性の高い税制を実現するため、第一段階として消費関連税(間接税)、その後に法人税や所得税(直接税)に関する改革に着手するとの方針を示した。消費関連税の改革については、財やサービスの消費時に連邦及び州・市で徴収される5つの税を統合した付加価値税の創設を通じて、簡素な税制を目指すものである。複雑さを示す例として、商品やサービスに対して連邦で3種類、州及び市で各1種類の税が存在すること、また、州政府(26州+1連邦直轄区)が徴収する商品流通サービス税(ICMS)については州によって税率に違いがあること等、が挙げられる。
政府は、税制改革の審議を速やかに進展させるため、2019年に議会上下院それぞれで起草及び提出された、付加価値税の創設を含む2つの憲法修正案をベースに内容の検討を進めた。両案は、提出当時において議論が進んでいたものの採決までには至っていなかった。2023年2月、下院に税制改革ワーキンググループ(WG)が設置され、また上院案の起草者の1人を財務省税制改革特命次官に任命し、当該WGでの具体的な改革の検討に大きく関与させた。6月末、付加価値税の創設等に関する税制改革は、憲法修正案として議会に提出された。各産業をはじめ、州知事や市長といった利害関係者との調整を経て7月初旬に下院で可決。報道では30年来の悲願に向けた歴史的な一歩であるなどと報じられた。その後、同案は11月初旬に上院においても可決された。上院で変更された部分について、再度下院において議論が行われており、2023年中の議会承認が見込まれている。また、税率といった新たな税制度についての詳細については、今後、補足法の審議を通じて決定されることになる。
在ブラジル日本国大使館では、ブラジルに進出する日本企業を支援する一環として、サンパウロに所在するブラジル日本商工会議所が取り纏めた、ブラジル税制に関する改正要望や提言(税務コスト軽減のため税制の簡素化等)を、首都ブラジリアにおいて政府や議会の関係者に対して届けてきた。今般の税制改革においても、政府では財務大臣、税制改革担当特命次官、連邦歳入庁特別次官のほか、議会では下院WGリーダーや与野党有力議員に対し、要望書の手交及び説明を通じた働きかけを実施した。

【付加価値税の創設等に関する税制改革の主な内容】
(1)当該改革を通じて連邦ベースと州・市ベースで徴収する税をそれぞれ統合して、2つの付加価値税と1つの選択税を創設する。これまでは各州は州税ICMSの税率引下げといった優遇措置を通じて工場誘致等を競ってきたが、税率の統一や消費地での課税へと変更されることで、これらの優遇措置が行えなくなる。
・CBS(財サービス負担金):連邦で徴収しているPIS(社会統合基金:失業保険等の財源)、Cofins(社会保険融資負担金:社会保障、医療、福祉の財源)、IPI(工業製品税)を統合したもの。
・IBS(財サービス税):州で徴収しているICMS(商品流通サービス税)と市で徴収しているISS(サービス税)を統合したもの。
・IS(選択税、Imposto Seletivo):健康や環境に有害な商品に対する税。
あわせて、IBSの徴収や州・市へ適切に配分を管理する運営委員会(Comitê Gestor)を設置*6。
(2)品目や性質等によって異なる税率を適用することが見込まれている。上述のとおり、税率の具体的な数値については今後補完法で規定されることになる*7。
・標準税率:関係者はCBSとIBSあわせて27.5%となる可能性を示唆。
・軽減税率:標準税率の40%、公共交通、医薬品、医療、教育、農産品、文化等に関連する消費が対象。
・専門サービスに対する税率:標準税率の70%。医師、弁護士、会計士といった個人が行うものが対象。
・ゼロ税率:がん治療、障碍者向けの医療用機器や医薬品、基礎的な食料品(豆や米等)等が対象。
(3)税制度の変更に伴う影響を緩和するための各種基金も創設されることが規定されている。
・地域開発基金:連邦政府の財源が原資で地域開発を目的する資金となる。
・税制優遇補填基金:連邦政府の財源が原資で、既存の税制優遇を受けている企業の損失を補填する基金(2032年まで)。
その他、今後制定される補足法において、アマゾナス州をはじめとする北部州の持続可能な開発や経済発展を目的とする基金が創設される。
(4)付加価値税導入までの移行期間は以下のとおり。
・CBS:2026年に部分的に導入され、2027年に全面導入される。
・IBS:2029年から2032年まで部分的に導入され、2033年には全面的に導入される。
・新たな税制に伴う、州・市等における税収額の変化については2029年から2078年の50年間にわたって徐々に調整される。
(5)上院案には税率の見直しに関する規定が盛り込まれている。2012年から2021年における平均税収やGDPを基に税負担の上限を算出。2030年においては2027年と2028年の税収が、また2035年においては2029年から2033年の税収が、その税負担の上限を上回った場合には適用税率の見直しが行われる。


生態系変革計画
「世界の肺」と称されるアマゾン熱帯雨林を擁し、電力の80%以上が水力発電や風力発電を中心とする再生可能エネルギーで賄われているブラジルにおいて、ルーラ政権では環境関連政策を重視。その中で、財務省が中心となり、持続可能な経済を目指す一環として「生態系変革計画(Plano de Transformação Ecológica)」が策定された。この計画では「バイオ経済」、「循環型経済」、「エネルギー移行」、「技術の高密度化」、「気候変動適応インフラ」、「持続可能なファイナンス」、という6つの軸が設定されている。
このうち「持続可能なファイナンス」に関しては、サステナブル国債の発行に向けた枠組が策定され、アダッジ財務大臣をはじめとする財務省関係者が海外投資家への説明を実施。2023年11月に海外市場で発行された。また、温室効果ガス排出量取引市場の法整備についても議会で審議が行われている。この2点について簡単ではあるが概要を紹介したい。
サステナブル国債発行についての枠組
~サステナブル国債の発行を通じて環境や社会に好影響を与える政策の原資を調達するため、国際基準に沿った発行枠組を策定。~
2023年9月、財務省はサステナブル国債の発行に関する規定をまとめた「サステナブル国債のための枠組*8」を発表。この枠組には、政府予算に計上された環境や社会に対して好影響を及ぼす政策(プロジェクト)への支出のための、サステナブル国債の発行に関するルールが示されている。また、10の関係省庁で構成されるソブリン・サステナブル・ファイナンス委員会(CFSS)による作業のほか、米州開発銀行及び世界銀行の支援も受けており、国際資本市場協会(ICMA)が定めた原則を満たした内容となっている。
11月には、米国市場においてサステナブル国債を発行。発行額は20億米ドル(約100億レアル、期間は7年)、金利は6.5%となった。財務省によれば、投資家からの大きな関心が集まり需要は高く、非居住者の参加者も多かった模様で、落札者の75%が北米及び欧州を占め、25%はブラジルを含むラテンアメリカであった。

【サステナブル国債のための枠組の概要】
現時点では以下3種類のサステナブル国債を発行することが出来るが、将来的にはサステナビリティリンクボンドの発行も想定されていると指摘されている。
・グリーンボンド:調達資金は環境にプラスとなる支出に限定して充てられる。
・ソーシャルボンド:調達資金は社会にプラスとなる支出に限定して充てられる。
・サステナビリティボンド:調達資金は環境及び社会政策の組合せへの資金調達及び借換えに限定して充てられる。
適格支出(Eligible Expenses)は、年次の政府予算の中で規定される必要があり、対象となるプロジェクトカテゴリー(Eligible Project Categories)は、グリーンプロジェクト及びソーシャルプロジェクトで、それぞれ以下のとおり。
・グリーンプロジェクト(環境にプラスとなるプロジェクト):
汚染の防止及び管理、再生可能エネルギー、エネルギー効率、クリーン輸送、生物自然資源及び土地利用に係る持続型管理、陸上及び水生生物の多様性の保全、持続可能な水資源及び廃水管理、気候変動への適用、環境適応製品・環境に配慮した生産技術及びプロセス。
・ソーシャルプロジェクト(社会にプラスとなるプロジェクト):
社会経済の発展とエンパワーメント、食料保障と持続型食料システム、雇用の創出、必要不可欠なサービスへのアクセス、基礎インフラへのアクセス。
前述のCFSSは連邦政府機関で構成される常設の合議体で、財務省(国庫局(CFSSの議長となる)及び経済政策局)や環境・気候変動省を含む10の省庁(農務省、科学技術・イノベーション省、農業開発・家族農業省、開発・福祉・家族・飢餓対策省、開発・産業・貿易・サービス省、統合・地域開発省、鉱山エネルギー省、企画予算省連邦予算局)の代表者で構成される。CFSSの主な責務には、サステナブル国債発行の計画や実施、枠組の運用に対する監視、報告等、透明性の確保等がある。
サステナブル国債を通じて調達した資金の割当にあたっては、CFSSを構成する省庁は、枠組で定められた「調達資金の使途」の基準やカテゴリーについて、それぞれの年次予算における支出との整合性や適格性を裏付けるために必要な情報を提供する。さらに、枠組の「透明性と影響」に沿って、環境的・社会的な便益を監視することについての実行可能性を示すデータも提供する。これらの情報に基づき、CFSSは対象となる支出を選定し、サステナブル国債のポートフォリオを決定する。その後、CFSSは選定された支出の使途を監視し、適格基準および除外基準(大規模インフラ建設や人権侵害に関連する活動等)との整合性を監督する。これらの基準に違反した支出は、CFSSの決議によりサステナブル国債のポートフォリオから除外される。このような場合、CFSSは当該支出を、枠組で示された基準を満たす他の支出と入れ替える。


カーボンクレジット市場の法整備
~環境に強みをもつブラジル、カーボンクレジット市場の法整備に着手~
現在、ブラジルのカーボンクレジット市場については、企業が自主的に設定した温室効果ガス(GHG)排出削減目標に沿ってカーボンクレジットを取引する、いわゆるボランタリー市場は存在するが、対象企業にGHG排出量削減義務を課した上で、排出枠やカーボンクレジットを取引するコンプライアンス市場が存在しない。このため、政府は、気候変動国家計画や国連気候変動枠組条約でのコミットメントに基づき、GHGの排出を制限するため、キャップ・アンド・トレード方式によるブラジル温室効果ガス排出量取引システム(SBCE)の創設に関する法整備を図っている。

【法案の概要】
この法律により気候変動に関する省庁間委員会、SBCE管理組織、常設技術諮問委員会が設置されることになる。気候変動に関する省庁間委員会は、SBCEの総則の策定や国内配分計画の承認を行う。SBCE管理組織は対象事業者の排出量の上限等を設定する国内配分計画を策定し、同計画に基づき各事業者へ排出量の上限となる排出枠(CBE)を配分するほか、市場の管理や価格安定等を担う。常設技術諮問委員会はSBCEの改善に関する勧告等を提示する。
SBCEにおいては、CBEとSBCEの枠組の下で認可された排出削減証書(RVE)が取引される。既存のボランタリー市場で取得したカーボンクレジットは、一定の条件の下においてRVEとみなされる。
また、GHGの排出及び削減に関する報告義務といったSBCEの規制対象となるのは、CO2換算で排出量が1万トン以上/年の事業者。2.5万トン以上/年を排出する事業者に対してはより厳格な規制が適用される(排出量に相当するCBE及びRVEの所有義務に関する報告書の提出)。遵守できない場合は最大で総収入の5%の罰金が科される。1万トン未満/年の事業者はボランタリーで参加が可能となる。その他、農畜産業等は規制の対象外となる。
移行期間においては、関連規則の制定、事業者による排出報告の運用化やモニタリング計画の提出などが必要で、当該法律の成立からSBCEの稼働開始までには3年以上を要する見通しとなっている。
以上、簡単ではあるがブラジル経済と主要経済政策の一部についての概要を紹介した。最後に、ブラジルと日本との経済関係を貿易と投資の面から見てみたい。ブラジル側からみた統計*9では、日本との輸出入総額は2011年においては約173億米ドル(貿易相手国第5位)であったが、2022年では約119億米ドル(同第10位)、また日本からの直接投資額は、同じく2011年においては約332億米ドル(対内直接投資全体の約6%)であったが、2021年では約215億米ドル(同約3%)となっており、2国間の経済的な結びつきは必ずしも深まっているとは言えないかもしれない。一方、ブラジルとの経済関係の強化は、幅広い分野を通じて、日本経済の成長に資すると考えられる。前述したとおり、ブラジルには豊富な天然資源、再生可能エネルギー、農畜産物、そして旺盛な消費意欲を持つ2億人の人口が存在する。また、地政学的リスクが比較的低いことも注目すべき点ではないかと考えられる。現下の国際情勢の下においても、天然資源や農畜産物の安定的な供給源となることが改めて確認されている。そして、経済への足かせとなってきた複雑な税制や財政懸念に対する改革の進展を通じ、ビジネス環境の改善も期待できる。さらに、ブラジルには200万人以上に及ぶ日系人コミュニティが存在し、その方々と先人達の努力を基礎に、日本への敬意と親しみを抱いてくれている。筆者も日本とブラジルの経済関係の強化に少しでも貢献していければ幸いである。
*1) IMF世界経済見通し(2023年10月版)によれば2022年に世界第11位の経済規模。
*2) 予算案の編成作業を実施する年の6月末までの直近12か月を対象に算出したもの。
*3) 算出方法はインフレ率と同様。
*4) 2023年11月末現在ブラジルはOECDに加盟していない。
*5) https://www.gov.br/mdic/pt-br/assuntos/noticias/2023/setembro/mdic-define-oito-eixos-de-atuacao-para-reduzir-custo-brasil
*6) 上院案において、下院案の連邦制評議会(Conselho Federativo)から改称された。
*7) ブラジル議会では、憲法修正案の承認には議席の3/5の賛成が2回必要となるが、補完法であれば過半数の賛成で足りることから税率の変更に対する難易度が下がる。
*8) 「Arcabouço Brasileiro para Titulos Soberanos Sustentaveis」
*9) 輸出額及び輸入額は「Exportação e Importação Geral」(出典:開発工業貿易サービス省)、直接投資額は「Investimento direto no país (IDP) – Posição – Participação no capital」(出典:ブラジル中央銀行)の数値。