このページの本文へ移動

コラム 経済トレンド114

我が国スタートアップ企業の資金調達動向について

大臣官房総合政策課 調査員 河野  愛/大村  直人


本稿では、スタートアップ企業の動向について資金調達の観点から考察する。
スタートアップ企業による資金調達の概要と現状
スタートアップ企業が資金調達する方法は、新規の株式発行によるエクイティファイナンス、銀行等から資金を借り入れるデットファイナンスの他、両者の中間に位置する、ベンチャーデット(新株予約権付融資)の3種類に大別される(図表1. スタートアップ企業による資金調達方法)。
OECDの国際比較によると、日本のベンチャーキャピタル(以下、「VC」)投資額の対GDP比は0.03%であり、G7諸国の中ではイタリアに次いで低く(図表2. VC投資額対GDP比)、開業率についても欧米諸国対比で低位にとどまる(図表3. 開業率)。
我が国におけるVC投資は株式市況により左右されるものの、2022年には年間総額9,000億円を超える資金調達が実施され、1社当たりの資金調達額についても大型化の動きがみられる(図表4. スタートアップ企業の資金調達額)。一方、ユニコーン企業(評価額10億ドル以上・創業10年以内・未上場のテクノロジー企業)の数は2023年現在で7社にとどまり、その育成が課題となっている(図表5. 主なユニコーン企業)。
(出所)内閣府 成長戦略会議 第8回 配布資料「ベンチャーキャピタル投資の国際比較」、中小企業庁「中小企業白書(2021年度)」、INITIAL「Japan Startup Finance 2023」、CB INSIGHTS「The Complete List Of Unicorn Companies」


スタートアップ企業の資金調達とVC
スタートアップ企業は、(1)シード(2)アーリー(3)ミドル(4)レイターそれぞれのステージごとに、自己資金の活用やエクイティ、デットといった外部資金の活用など、異なる資金調達手段を使い分けながら事業を拡大する(図表6. スタートアップ企業の資金調達構造)。
我が国VC投資の動向をステージ別投資額でみると、シード期~アーリー期における投資が中心となっており(図表7. ステージ別VC投資額推移)、レイタ―期のVC投資は堅調な株式市況を受けたIPO件数の増加により、2022年上半期に伸長した(図表8. IPO社数の推移)。
国内VCファンドのリターンは、2010年代に組成されたファンドにおいてネットIRR約10~20%、ネットマルチプル約1.0~3.0倍程度となっており(図表9. VCの収益状況)、本邦VCファンドの運用実績についても積み上がりがみられる(図表10. ファンド運用成績上位(設定来))。
(出所)大和証券「ベンチャー企業の資金調達」、一般社団法人ベンチャーエンタープライズセンター「ベンチャー白書2022」、Preqin「国内VCパフォーマンスベンチマーク 第5回調査アップデート(2022年版)」


米国におけるスタートアップ金融市場
米国では長期運用を指向するアセットオーナー(財団、年金基金、大学基金等)によるLP投資がVCに対する投資の約65%を占めており、ファンドサイズの拡大に貢献している(図表11. VC向けLP投資主体の構成比)。
非上場株式を取引するセカンダリー市場が成熟しており、スタートアップの起業家やVCは、当該市場を通じた株式売却など、IPOに限られない多様なExit手段を確保することが可能となっている(図表12. 米国セカンダリー市場の概要)。
米国VCの動向をExit件数・金額別にみてみると、件数ではM&AよるExitが大宗を占めており、金額ではIPOによるExitが株式市況等を背景に2021年にかけて大きく伸長したことが確認できる(図表13. 米国におけるExit件数・金額の推移)。金融市場の量的な裏付けによりExitの蓋然性が投資家に意識され、レイタ―期のVC投資を活性化させている可能性がある(図表14. 米国におけるステージ別VC投資額)。
エクイティによる資金調達のほか、米国ではスタートアップの企業価値の1~2割程度をベンチャーキャピタルや銀行が融資などデット性の資金で提供するベンチャーデットという仕組みが普及し、エクイティによる資金調達の補完機能を担っている(図表15. ベンチャーデットの調達額推移(米国))。
(出所)内閣府 総合科学技術・イノベーション会議 第3回 イノベーション・エコシステム専門調査会「スタートアップ・エコシステムの現状と課題(事務局提出資料)」、NVCA Pitchbook「Venture Monitor Summary 2023 Q3」、「Venture Monitor Q4 2022」、一般社団法人ベンチャーエンタープライズセンター「ベンチャー白書2022」、Pitch Book


スタートアップ育成の課題と金融市場の確立に向けて
本邦スタートアップの課題として、機関投資家からの資金供給が進んでいないことやExitの選択肢・機会が限定的であることなどの資金調達面での課題が指摘されており、スタートアップに対する資金供給の量的な補完については、GPIF等の年金基金や大学ファンドの活用が期待されている(図表16. 資金調達における課題)。
日米で年金基金の投資先を比較すると、米国は債券投資の割合が低く、未上場株式を含む株式投資や、実物資産を含むオルタナティブ投資の割合が高い(図表17. 年金基金の運用先)。本邦の大学ファンドについては、2022年3月より運用を開始したところであり、運用成果の還元を通じ、研究基盤の構築を長期的・安定的に支援していくことが期待される(図表18. 大学ファンドの国際比較)。
不動産担保や経営者保証に依存しない新しい担保制度として、事業成長担保権に関する検討も進められている(図表19. 事業成長担保権の概要)。
金融市場からスタートアップに対する円滑な資金供給がなされることを通じて、イノベーションの源泉となる起業マインドの向上や、起業家が抱えるリスクが過度なものとならないよう、適切なリスクシェアの仕組みを実現していくことが望まれる(図表20. 起業マインドの日米比較、図表21. 起業時のリスク)。
(出所)内閣府 イノベーション・エコシステム専門調査会「スタートアップ支援について」、厚生労働省年金財政における経済前提に関する専門委員会「GPIFおよび諸外国の年金基金等の運用利回りの国際比較」、内閣府 大学ファンド資金運用WG「国内外の資金運用事例」、金融庁 事業性に着目した融資実務を支える制度のあり方等に関するWG「事務局説明資料」、日本政策金融公庫「起業と起業意識に関する調査」

(注)文中、意見に関る部分は全て筆者の私見である。