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コラム 海外経済の潮流147

スイスのマイナス金利政策

大臣官房総合政策課 海外経済調査係 華田 峻佑


1.はじめに
2022年9月、スイス中央銀行は物価高を背景に2015年から続けていた、いわゆるマイナス金利政策を終了した。一方、日本銀行はマイナス金利を足元(2023年11月時点)継続しており、動向が注目される。
本稿では、スイス中央銀行がマイナス金利政策を導入してから終了するまでの過程を紹介し、動向を概観する。


2.近年のスイスにおける金融政策の変遷
スイスでは、欧州債務危機を背景にフラン高ユーロ安が進行し、これがスイス経済に「深刻な脅威となり、デフレーションのリスクが高まった」*1。そして、この対応として、スイス中央銀行は、2011年9月から、スイス・フランのユーロに対する為替レートについて1ユーロ=1.20スイス・フランを上限とし、これを超えてスイス・フランが上昇した時は無制限に為替介入を行うこととした。
ただ、スイス中央銀行は2015年1月、臨時で開催した金融政策決定会合において、上限の撤廃(無制限の為替介入を行わないこと)を発表した。上限を撤廃する理由についてスイス中央銀行は声明で、「この例外的かつ一時的な手段がスイス経済を深刻な打撃から保護した」とし、スイス・フラン相場については「依然として高いものの、スイス・フランが過大に評価されていたところ上限を設定して以降は過大な評価が弱まった」、「ユーロが対ドルで下落し、その結果、スイス・フランが対ドルで減価した。こうした状況下、スイス中央銀行は対ユーロで上限設定はもはや正当化されない」と説明した。
無制限の為替介入を行わないこととしたことに先立ち、スイス中央銀行はマイナス金利の導入を2014年12月に発表した。(適用は2015年1月から、当時0.0%の政策金利をマイナス0.75%に引き下げた。)
スイス・フラン対ユーロ相場上限の撤廃後は、スイス中央銀行は、マイナス金利政策と無制限ではない為替介入の組み合わせによりスイス・フラン高に対処した。なお、マイナス金利の導入については、2015年1月の声明において、「スイス・フランの対ユーロ相場の上限の撤廃が金融政策において不適切な引締めとならないよう政策金利を引き下げた」と説明した。
スイス中央銀行は、2015年1月からマイナス金利政策を継続したところ、物価の上昇を背景に2022年、6月会合(マイナス0.75%→マイナス0.25%)、9月会合(マイナス0.25%→プラス0.5%)と2会合連続で政策金利の引き上げを行い、これによりマイナス金利政策を終了した。【図表1. スイスの政策金利】【図表2. スイスの物価上昇率(スイス消費者物価指数、総合、前年同月比)】
なお、マイナス金利政策の終了の目的について声明で「物価の上昇が国内の商品やサービスに広く波及することを防ぐことである」と説明した。


3.マイナス金利政策実施前後の動向
(1)スイス・フランの動向
スイス中央銀行がスイス・フランが過大に評価されていたところ上限を設定して以降は過大な評価が弱まったとしてマイナス金利政策を導入したことを踏まえ、マイナス金利導入前後のスイス・フランの動きを概観すると次のとおりである。
マイナス金利導入後(2015年1月)から終了(2022年9月)までのスイス・フランの平均値(1ユーロ=1.09スイス・フラン)は、マイナス金利政策導入前(2014年12月末)の値(1ユーロ=1.20スイス・フラン)と比べると、10.1%スイス・フラン高となっている。
また、マイナス金利導入前(2014年12月末)の値と比べると、一度もスイス・フラン安とはならず、マイナス金利政策導入前と異なり常にスイス・フランが高い状態となった。【図表3. スイス・フラン対ユーロ相場の変化率(マイナス金利導入前(2014年12月末)との比較】

(2)物価の動向
スイスの物価上昇率をみると、マイナス金利政策終了前(2022年8月)の物価は前年同月比3.5%であった。スイス中央銀行は2022年9月の声明において、物価は当面、高水準が続くと予想した。
マイナス金利政策終了後(2022年9月)に物価上昇率は減速し、現在では同1.7%と、スイス中央銀行の目標である2%*2を下回った。【図表2】

(3)国内総生産(GDP)の動向
マイナス金利政策導入(2015年1月)以降のスイスの経済動向を国内総生産(GDP)でみると、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響が出る(2020年入りごろ)までの間にマイナスの伸びとなったのは2018年7-9月期(前期比マイナス0.3%)のみである。ただ、これについてスイス中央銀行は、好調な状況が数四半期の間続いた反動であり、マイナスの伸びは一時的なものであると判断しているとした(2018年12月声明)。マイナス金利政策終了(2022年9月)後もGDPの伸びは横ばいあるいは低調であった。2022年1-3月期、10-12月期、2023年4-6月期は前期比0%となったが、マイナスの伸びは経験していない。【図表4. 国内総生産(GDP)の推移(実質ベース)】
スイス中央銀行は、2023年9月会合で「失速しつつある経済への一段の悪影響を回避することを選択」として政策金利を据え置いた。
今後についてIMF(国際通貨基金)は、経済見通しにおいて、スイスは2023年プラス0.9%、2024年プラス1.8%としている。


4.おわりに
各国の金利の水準や日本においても金融政策に注目が集まっているところ、金利の水準、市場の動向、経済の動向、金融政策について逐次注目することが重要であろう。
(注)文中、意見に及ぶ部分は筆者の私見である。
また、誤りについては筆者に帰する。
(参考文献)
・スイス国立銀行(Swiss National Bank)、
“Monetary policy assessment”.
・上野 剛志、「スイス無制限介入策が突如終了
~フラン急騰、中銀の信認に傷」
2015年1月16日 ニッセイ基礎研究所。
(出所)
・スイス統計局。
・スイス経済省経済事務。
・ブルームバーグ。

*1) スイス無制限介入策が突如終了 ~フラン急騰、中銀の信認に傷 2015年1月16日 ニッセイ基礎研究所 上野 剛志
*2) スイス中央銀行は、物価安定の基準について、スイスの消費者物価指数の前年(同月)比「プラス2%未満でデフレーションでない水準」と定めている。