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VaRショックについて―2003年における金利急騰時のケース・スタディ―

東京大学 公共政策大学院 服部  孝洋*1
 
 
1.はじめに
本稿では、国債市場における代表的な金利上昇イベントであるVaR(Value at Risk)ショックについて説明します。金利上昇リスクを考える上で、政策担当者や市場参加者は過去の金利上昇に係るケース・スタディを重視しています。我が国における重要な金利上昇イベントとしては、1998年末の資金運用部ショックと、2003年のVaRショックがあり、これらは国債の利払い費を見積もる際の積算金利の計算にも用いられています*2。資金運用部ショックについては齋藤・服部(2023)で記載したため、本稿はVaRショックについて説明することで、かつての金利上昇イベントについて網羅することを目的としています*3。
本稿は日本国債や金利リスクに関する基礎的な知識をベースにしています。国債の商品性や金利リスクの概要は、「日本国債入門」(服部, 2023a)をご参照ください。筆者が記載してきた金融規制の入門シリーズは、筆者のウェブサイトにまとめて掲載してあります*4。
 
 
2.VaRショックについて
2.1 2003年における金利の動き
最初に、VaRショックがいかに激しい金利上昇であったかを確認します。図表1. 2003年における各年限の金利の推移は2003年における2・5・10・20年金利の推移です。2003年6月に10年金利が0.4%程度、20年金利が1%程度であったところ、9月には10年金利が1.6%、20年金利が2%程度に上昇しています。10年国債のデュレーションを簡易的に10とすると、1%金利上昇するということは、10×1%=10%だけ価格が低下するということですから(仮に10年債を100億円保有していた場合、たった3か月間で10億円の評価損を被ることに相当)、いかに激しい金利上昇だったかがわかります。
年限別にカーブがどう変化したかをみるため、イールドカーブの変化を1か月ごとにみたものが図表2. 2003年におけるイールドカーブの動きです(ここでは1年から20年までの金利を示しています)。この図をみると、VaRショックにおいては、短期というより中期・長期・超長期の金利上昇が激しいことが分かります。また、短中期ゾーンについてはベア・スティープしている一方、長期・超長期ゾーンについてはパラレルに金利が上昇しているという特徴もみられます。
なお、図表1をみると、VaRショックは6月から7月に金利上昇があり、一時的に落ち着いた後、8月にもう一度急騰しています。実は2013年4月の金利上昇時もこのような2段階での金利上昇があったことから、当時の市場ではVaRショックとの類似性という観点でも議論が展開されました(2013年4月の金利上昇についてはBOX1を参照してください)。
 
2.2 VaRとは
VaRショックとは、VaRというリスク指標を契機としておこった金利上昇イベントとされています。ここではまず、そもそもVaRとは何かを簡潔に説明します*5。VaRとは、実際の資産価格や金利の動きに基づき、リスク量を算出する指標です。たとえば10年国債のリスク量を算出する場合、デュレーションに基づけば約10という金利感応度として算出しますが、VaRの場合、10年国債の利回りの過去の動きに基づき、リスク量を算出します。例えば、過去5年のデータを取得して、金利変化を計算し、そこから標準偏差を計算することやパーセンタイル値*6を用いることでリスク量を算出します。
VaRを用いることのメリットは実際のデータに基づきリスク量を算出できることです。また、データに基づくことで幅広い金融商品を一つのポートフォリオとし、その「統合的なリスク管理」も可能にします。金融機関は国債などに加え、株式や社債など多数の有価証券を抱えており、その一つ一つが固有のリスクを持つがゆえ、今自分がとっているリスク量全体を把握することは容易ではありません。VaRは過去のデータを使うことで統合的なリスク管理を可能にするわけです。
VaRはJPモルガンが開発した指標とされています。VaRを開発した背景には、当時の会長が毎日受け取る長いリスク報告に不満があり、ポートフォリオ全体をカバーしたリスクに焦点を当てた単純なものを求めたことがあるとされています*7。VaRを用いれば、「今私が抱えているポートフォリオ(ポジション)の最大損失額*8は過去のデータに基づけば○○億円です」と一言で自分のリスク量を表現することが可能になるわけです。
例えば、読者が2つの金融商品(例えば株式と国債)を保有しており、それぞれのリスク量が100万円だったとしましょう。一つの考え方としてはそれぞれのリスク量が100万円ですから、このポートフォリオのリスク量はその合計である200万円だというものです。この考え方は、例えば図表3. 2資産の関係のイメージの左図のように、両者が同じ値動きをしていれば合理的でしょう。
しかし、図表3の右図のように二つの資産価格が全く逆の動きをするものであれば、単体で持っていればリスクはあるものの、両者を同時に持つことでリスク量を相殺することができるとみることができます(このような資産間の値動きの関係をとらえる概念を「相関」といいます)。こういった2商品の例として、例えば10年国債を保有していれば金利の変動によって価格が変化するためリスクが発生しますが、国債の価格と反対の動きをする資産(例えば株式など)を買い、反対の動きのポジションを作ることで変動を相殺するということがありえます。このような観点でみれば、リスク量が大きい資産を購入することが、ポートフォリオ全体でみると、むしろリスク量を低下させることがありえるのです(実際にVaRショック時に債券価格と株価が逆の動きをしていた点は後程説明します)。
過去の値動きのデータさえ得られれば、その相関係数を推定することが可能であり、それを考慮したうえでVaRを算出することができます。VaRは金融規制などとも密接な関係を有しており*9、現在ほとんどすべての金融機関で使われている普及したリスク管理の手法です。原理的にはデータさえ得られれば、株式や不動産投資信託(REIT)、ファンドでさえ統合的にリスク管理ができるため、非常に強力なツールといえます。
もっとも、VaRにもデメリットがあります。基本的にはVaRは過去のデータに基づいて算出されているため、例えばかつての経験と全く異なる現象に直面した場合、想定以上の損失が発生することがあります。また、2商品の相関関係を推定することで統合リスク管理が可能になると述べましたが、かつて見られた相関関係が、将来にわたって同じ関係だとは限りません。さらに、VaRの実際の計算に当たっては、正規分布を利用する金融機関が少なくありませんが、正規分布に基づいてリスク量を計算すると、金融危機などの稀なイベント(いわゆるテールリスクイベント)を過小評価する可能性もあります。したがって、リスク管理の実務ではストレステストなどと併用されています(ストレステストについては服部(2023b)を参照してください)。
 
2.3 VaRショックといわれる理由
2003年の金利上昇がVaRショックといわれるのは、VaRというリスク管理手法が金利上昇を引き起こしたという解釈があるからです。筆者の理解では、一部の金融機関による売りが引き金となり金利上昇が起きましたが(銀行による売買については次節で議論します)、そのメカニズムは次のようなものです。前述のとおり、VaRは過去のデータに基づいて計算されるため、過去の変動が大きければリスク量は大きく出ますし、逆に過去の変動が小さければリスク量は小さく出ます。したがって、デュレーションと比べたVaRの特徴は、仮に自分のポジションが変化しなかったとしても、リスク量が大きく変化する可能性がある点です。
大切な点は、金融機関はリスク管理の観点からリスク量に制限が課されているため、ポートフォリオのリスク量が急に上昇した場合、そのリスク量を落とす必要性に迫られることです。例えば、読者が銀行の運用担当者だとして、リスク管理部門から、リスク量を落とすよう指示を受けたとします。VaRという観点でみたリスク量を落とすためには、保有している債券を売却する必要があるわけですが、これは金利が上昇している中、さらに債券が売られることを意味し、さらなる債券価格の低下(金利上昇)をもたらします。このことは金利の変動を大きくしますから、リスク量を落とすという行為そのものがリスク量(VaR)を上げてしまうという皮肉な結果が生まれます。深刻な点は、ボラティリティが大きくなることでVaRが大きくなる事態は、多くの銀行にとって同時に発生するため、多くの銀行が同時に債券を売却することになり、その影響が債券市場全体に波及してしまう点です。
上記をまとめると、「価格の変動→VaRの上昇→債券の売り→価格の変動→VaRの上昇→債券の売り→・・・」という形で売りが売りを生むという循環的な構図が生まれます。2003年6月から始まった金利上昇は、このメカニズムが生んだ金利上昇と解釈されており、これはVaRに基づいたリスク管理が招いた金利上昇であることから、「VaRショック」と呼ばれています。
この現象はシン(2015)が説明するところのミレニアムの橋の事例に似た現象ともいえます。シン(2015)では、その著書の序盤で、英国ロンドンにあるミレニアム・ブリッジにおいて、人々がバラバラな歩き方をする限り橋が安定するものの、人々が同じ動きをすることにより橋の振動が大きくなるという事例が紹介されています。この事例はVaRショックに近い現象とも解され、シン(2015)ではその後、金融システムに関する議論を展開していくため、関心がある読者は同書を参照してください。
 
BOX 1 2013年の金利上昇
筆者の理解では、2013年4月の金利上昇はVaRショックとの類似性で議論が展開されました*10。円金利市場では、量的・質的金融緩和(QQE)が発表されて以降、急激な金利上昇を経験しました。図表4. 金利上昇ショック:2003年と2013年の比較の右図は10年金利の推移ですが、2013年4月から6月にかけて、0.4%程度から0.9%程度まで上昇していることがわかります。2013年4月における金利上昇時も、VaRが上昇したことからポジションを落とした投資家が少なくなかったことに加え、金利上昇のタイミングが二回あったという点も類似しています。前述のとおり、VaRショックでは計2回の金利上昇があったのですが、2013年についても、4月にQQEがアナウンスされた直後に金利上昇した後*11、一定の期間をおいて5月に再度金利が急上昇しています*12。VaRショックと2013年4月の金利上昇は、日銀がシグナル・オペを打ったという点でも共通していますが、この点は3.3節を参照してください。
 
 
3.VaRショックにおける詳細
3.1 大手銀行による売却
前節ではVaRショックの概要について説明しましたが、本節ではもう少し詳細にVaRショックについて考えていきます。筆者の理解では、VaRショックの契機は、大手行による金融資産売却に伴い、金利上昇を招いたというものです。これをデータで確認してみましょう。図表5. 各主体の国債保有額の変化額は、都市銀行、第一地銀、第二地銀の保有する国債残高の変化額になりますが、2003年6月、8月、9月に大手行は国債の残高を減らしていることがわかります(一方、それまでは国債の残高を増やしていたことも確認できます)。一方、地銀の国債保有についてはほとんど変化がないということも確認できます。
大手行は国債の残高だけでなく、金利リスクも低下させています。銀行の金利リスクテイク(銀行が有する円債の平均残存年数)についてみたものが図表6. 銀行保有円債の平均残存年数です。これは日銀が出している「金融システムレポート」からの抜粋になりますが、大手行は2002年下期以降、年限を縮小させており、金利リスク量を低下させているということも確認できます(図表7. 保有円債リスク量(100bpv)の対Tier I比率は対自己資本の観点で円債のリスク量が低下していることを示しています)。その一方、地域銀行の金利リスクの低下は緩やかなものであることも確認できます。
なお、実際には国債を売却せずに金利リスク量を落とす方法として、現物の国債をショートすることに加え、金利スワップやシンセティック・ショートなど、デリバティブを使う方法があります。シンセティック・ショートを用いた方法についてはBOX2を参照してください(金利スワップについては「日本国債入門」(服部, 2023a)を参照してください)。
 
3.2 2003年6月以降、VaRは本当に上昇していたのか
もっとも、VaRショックとよばれる金利上昇が起こった中、銀行のVaRが本当に上昇していたのかというと、必ずしもそうとは限りません。というのも、この時期は、株価が上がっていた時期でもあるからです。図表8. 国債先物とTOPIXの推移はTOPIXと国債先物の値動きを示しています。国債先物は2003年6月から暴落していますが、この間、株価は上昇していることが分かります。もちろん、銀行がどの程度株式を保有しているかなどに依存しますが、この状況は、銀行が国債の運用で評価損を被ったとしても、株価上昇で評価益が生まれている状況であり、前述のVaRに関する議論をした際の分散効果が働いている状況といえます。
図表9. 銀行の有する有価証券の評価損益(国債と上場株)は、日銀の「資金循環統計」からみた国内銀行の国債と株式の評価損益になりますが、実は銀行はこの間、株式から利益を得ていたことが確認できます。したがって、債券のみで計算したVaRは上昇していたでしょうが、銀行のポートフォリオ全体でみたVaRはむしろ低下していた可能性すらあります。
実際のところ、筆者の理解する限り、2003年の金利上昇の原因には諸説あります。VaRショックという名称からもわかる通り、前述のようなVaRのメカニズムを重視した解釈がなされる傾向がありますが、例えば、金融機関には各種リスクリミットがあり、金利の急騰に伴い、多くの金融機関がロスカットするなどにより金利上昇が進んだという見方もあります。これ以外にも、日銀による量的緩和が実施されていた期間であり、日銀による国債の買い支えが期待された中で、このタイミングでその期待が剥落したという議論もあります。海外での金利上昇が引き金になったという意見もありますが(これについては3.4節で議論します)*13、実際はこれらすべてが複合的に影響を与えたという可能性も考えられます。
 
3.3 日銀による対応:シグナル・オペ
VaRショック時には、日銀がいわゆるシグナル・オペを実施したことも特徴です。共通担保オペは、現在、基本的に短い期間の資金繰りについて定期的に実施されているオペレーションですが、金利上昇時など特殊な場合に、例外的に長めの貸出を行うこともあり、これをシグナル・オペと呼ぶこともあります。シグナル・オペとは、適切な担保を日銀が受け取り、長い期間の貸し出しを金融機関に実施するレポ・オペレーションですが、かつては共通担保オペという名称ではなく、手形買入オペと呼ばれていました。2006年4月、ペーパーレス化に伴い、共通担保オペという名称に変更されたという経緯があります*14。
シグナル・オペが金利上昇を抑える効果を生むメカニズムは、図表10. 共通担保オペを用いたアービトラージの通りです。シグナル・オペを利用する金融機関が、日銀から低金利で資金を借り入れて、その資金を用いて、(証券会社から)国債を購入することができます。シグナル・オペを金融機関が用いた場合、金利リスクを一定程度抑えながら、国債を購入できる点も重要です。例えば、レポでファンディングした場合、基本的には短期間の借り入れであることから、その調達見合いで国債を購入した場合、資産と負債におけるデュレーション・ミスマッチが生まれます。その一方、日銀から期間の長い借り入れができれば、その分金利リスクを抑えながら中期債等を購入することが可能になります。
VaRショック時、日銀は金利上昇に対応するため、9か月間という当時、最も長い期間のシグナル・オペを実施しています。具体的には、2003年8月27日および8月28日に、期間が9か月のシグナル・オペを1兆円実施しています(9月にも2回実施されています)。日銀の金融政策決定会合の議事録をみると、中曽宏金融市場局長(当時)は、シグナル・オペを実施した理由として、「手形買入(全店買入)なのだが、こちらについては量的な拡大だけでなく、期間も長期化した。すなわち、27日、28日の両日に従来最長だったオペ期間、これは7,8か月程度だったのが、これを超える約9か月というこれまでで最も長い期間で、ここにあるように合計で2兆円の資金供給を行った」(p.4)*15としています。そのうえで、中曽金融市場局長は、「このオペ後、中短期債の利回りであるとか、ユーロ円の金先レートは一旦低下した」(p.4)と、その効果を評価しています。
図表11. 2003年に実施されたシグナル・オペ及び金利の動きが各種金利とシグナル・オペの実施のタイミングですが、9月に実施されたシグナル・オペ以降、金利が低下している傾向がみられます(日銀は9月12日にシグナル・オペを実施するだけでなく、国債現先オペの期間延長も検討しています*16)。2013年や2022年時における金利上昇局面についても、いわゆるシグナル・オペが話題になりましたが、日銀がその後のシグナル・オペを議論する土台になったともいえます。なお、シグナル・オペや共通担保オペの概要については、「日本国債入門」(服部, 2023a)を参照してください(同書では他のオペレーションなどと比較しながら共通担保オペの説明をしています)。
 
3.4 円金利と海外金利との相関
2003年は、日本国債の金利と外債の金利の相関が高かった点も特徴として挙げられます。図表12. 日本・米国・独国の10年金利の推移が日本国債、米国債と独国債の10年金利の推移ですが、米金利が上昇したタイミングと日独の国債の金利上昇のタイミングが一致していることがわかります。日銀から「2003年の相場の特徴」(中山・馬場・栗原, 2003)という論文がでていますが、同論文によれば、当時、米金利と日独の金利の相関係数は0.5-0.8のレンジという高い値で動いていることを指摘しています。
このように、米国債の金利上昇と日本国債の金利上昇が同じタイミングだったため、米国債など外債に投資していた銀行はその点でも損失を被っていた点が指摘できます(事実、資金循環統計をみると、2003年第二四半期、国内銀行は外国債券等で評価損失を計上しています)。中山・馬場・栗原(2003)では、「こうして、6月下旬から7月にかけての一回目の金利上昇局面では、日米間の金利には強い連動性が観察された」(p.2)としており、海外要因により金利が上昇した側面も看過できないことを指摘しています。もっとも、「8月下旬から9月にかけての二回目の金利上昇局面では、両者の連動性は低下した」(p.2)としており、「この期間のわが国の金利上昇が、わが国独自の要因―量的緩和政策の解除を巡る予想の変化や金融機関の金利変動リスクのヘッジ行動―によって引き起こされた可能性が高いことを示唆している」(p.2)と指摘しています。
 
BOX 2 シンセティック・ショート
シンセティック・ショートの考え方
VaRショック時にはシンセティック・ショートの取引が増えたという意見もあります。シンセティック・ショートとはデリバティブを用いることで、国債のショートのポジションを作ることです。例えば、読者が10年国債を保有した後、金利が急騰した場合、その銘柄が評価損を抱え、リスク管理部門からリスク量を落とすよう指示をうけたとします。この場合、当該銘柄は評価損になっているのですが、満期まで保有し続ければ100円で償還されるところ、この時点で当該国債を売却すると、損失が実現することになります。そのような中、デリバティブを用いて当該銘柄と逆の価格の動きを作ることができれば、評価損となっている銘柄を保有したまま、金利リスク量を落とすことで、事実上、売却したことと同じ効果(ポジションをニュートラルに近い状況)を得ることができます。これがシンセティック・ショートが金利上昇時に金利リスクのヘッジとして使われる理由です(もちろん、SCレポ市場で近い年限の国債を借りてきて、それを空売りすることでも似た効果が得られますが、ここではシンセティック・ショートを取り上げます)。
図表13. シンセティック・ショートのイメージがシンセティック・ショートのイメージです。図表13の(a)が債券をショートすることによる損益ですが、これを「プットの買い(b)」と「コールの売り(c)」に分解することができます。シンセティック・ショートとはこのようにオプションを組み合わせることでショートのポジションを作る取引です。なお、服部(2021)ではプット・コール・パリティの文脈でシンセティック・ショートを説明しています。国債のシンセティック・ショートの引き合いでは、「プット-コール=キャリー(=利子収入-レポコスト)」という関係を用いますが、同論文ではその解説も行っていますので、興味のある読者は同論文を参照してください。
シンセティック・ショートと金利スワップを払うことの違い
金利リスクを落とす方法として、シンセティック・ショートの代わりに、同年限のスワップを払うという形も可能です。シンセティック・ショートと金利スワップを払うこととの違いは、シンセティック・ショートの場合、ある銘柄に紐づけてショートのポジションを作ることができるので、金利リスク量(デルタ)をゼロに近くすることができます(後述しますが金利スワップを払う場合、アセット・スワップ・スプレッドが変動するリスクが残ります)*17。シンセティック・ショートの場合、典型的にはタームは2週間から1か月であるため、そのロールをしていく必要があることや、前述のキャリーを構成するレポコストが上昇することがリスクです(現物国債のショートでヘッジする場合もショートを繰り返す必要があり、レポコストの変動がリスクになります)。図表14. SCレポ・レートの推移がSCレポレートの推移になりますが、2003年において一定程度の変動があることが確認されます。
VaRショック時にはスワップを払うことによるヘッジも多かったと指摘されます*18。スワップを払ってヘッジした場合、国債を保有したうえでスワップを払うため、アセット・スワップのポジションが生まれますが、この場合、スワップ・スプレッドの変動のリスクが残ります(スワップ・スプレッドの変動要因については「日本国債入門」(服部, 2023a)を参照してください)。中山・馬場・栗原(2003)では、金利上昇時にスワップを利用したヘッジにニーズがあるとしたうえで、スワップ・スプレッドについて「特に5年を中心とする中期ゾーンでスプレッド拡大が顕著だった」(p.5)とコメントしています。図表15. スワップ・スプレッドの推移が2003年におけるスワップ・スプレッドの推移になりますが、これをみるとスワップ・スプレッドの変動は看過できないため、一定のリスクが残る点に注意が必要です。シンセティック・ショートではSCレポレートの変動がリスクになると指摘しましたが、両者ともに短期金利の変動がリスクとなるところ、金利スワップ(Overnight Index Swap, OIS)*19の場合、TONAの変動がリスクとなるため、金利スワップでヘッジした場合とシンセティック・ショートでヘッジした場合の違いとして、短期金利の中でも、TONAとSCレポレートのスプレッドの動きがその違いとなる点に注意してください。
上記をまとめると、国債を売却せずに金利リスクを落としたい場合でも、どの程度厳密にリスク量を落としたいかや、レポ市場やスワップ・スプレッドの動向に対する相場観などで用いるべき手段が異なることがわかります。三菱東京UFJ銀行(2012)では、シンセティック・ショートの特徴について「ベーシス・リスクやイールド・カーブの変動リスクにさらされず、保有国債のフル・ヘッジが可能である」(p.336)とする一方、シンセティック・ロングについては、「通常の国債購入と比較すると、資金負担なく、かつ既存ポートフォリオの簿価を変えることなく、国債のロングポジションを構築できる利点がある」(p.336)と整理しています。なお、本稿では金利上昇時のヘッジの観点でシンセティック・ショートについて取り上げましたが、例えばレバレッジをかけたいなどの観点でシンセティック・ロングが用いられることもあります。
 
 
4.おわりに
今回はVaRショックについて概要を説明しました。VaRショックは銀行の運用やリスク管理について様々な影響をもたらしました。例えば、三菱東京UFJ銀行(2012)では「“VaRショック”の教訓として、ボラティリティ上昇の影響を受けやすい長期ゾーンの国債のリスク量を圧縮し、中短期ゾーンの国債運用を主体とするポートフォリオ運営が基本となった。また、リスク管理においてもVaRによるリスク管理に加えて、金融危機や国債急落などテールリスクを想定したストレステストを導入し、金利、株価、為替の急変動に伴う投資有価証券の評価損益の増減や資本への毀損などをシミュレーションするリスク管理の手法が取り入れられた」(p.350)と指摘しています。同書ではVaRショック以外のイベント(例えばリーマン・ショック)による影響など多面的な説明を行っているため、詳細は同書を参照していただければ幸いです。
参考文献
[1].岩田一政(2013)「『偉大な転換』と金融市場の不安定性」日本経済研究センター
[2].齋藤通雄・服部孝洋(2023)「齋藤通雄氏に聞く、日本国債市場の制度改正と歴史(前編)」『ファイナンス』, 34-45.
[3].清水功哉(2004)「日銀はこうして金融政策を決めている―記者が見た政策決定の現場」日本経済新聞出版
[4].服部孝洋(2020)「国債先物オプション入門-プット・コール・パリティを中心に―」『ファイナンス』,40-48.
[5].服部孝洋(2021)「グリッド・ポイント・センシティビティ入門―日本国債およびバリュー・アット・リスクの観点で―」『ファイナンス』,80-88.
[6].服部孝洋(2023a)「日本国債入門」金融財政事情研究会
[7].服部孝洋(2023b)「資本保全バッファー(CCB)およびカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)入門―バーゼル規制における資本バッファーを通じた『プロシクリカリティ』の緩和について―」『ファイナンス』,29-40.
[8].藤井健司(2016)「増補版 金融リスク管理を変えた10大事件+X」きんざい
[9].三菱東京UFJ銀行(2012)「国債のすべて―その実像と最新ALMによるリスクマネジメント」きんざい
[10].三宅裕樹・服部孝洋(2016)「イールド・カーブ推定の動向―日本における国債・準ソブリン債を中心に―」『ファイナンス』,65-71.
[11].中山貴司・馬場直彦・栗原達司(2004)「2003年の債券相場の特徴点」『マーケット・レビュー』2004-J-1.
[12].ヒュン・ソン・シン(2015)「リスクと流動性:金融安定性の新しい経済学」東洋経済新報社
[13].ジョン・ハル(2008)「フィナンシャルリスクマネジメント」ピアソンエデュケーション
 
*1) 本稿の作成にあたって、様々な方に有益な助言や示唆をいただきました。本稿の意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではありません。本稿の記述における誤りは全て筆者によるものです。また本稿は、本稿で紹介する論文の正確性について何ら保証するものではありません。
*2) 例えば、麻生財務大臣(当時)は積算金利について「もう一点は、過去、今まで、例えば運用部ショックと言われた、平成十年でしたかのときに、あれは〇・九%が、いきなり、どんと二・〇まで上がったという、過去に例がありますのが一回。それから、もう一回激しかったのが、その後の、五年後のVaRショックのときに、このときは〇・五だったものが一・六だったかな、何かどんと上がった記憶があります。いずれにしても、一気に動いたという過去に例があります。(中略)したがいまして、過去と同様、これまでと同様、もし仮に金融市場にどんと何かショックが起きたときに、ちゃんとそのバッファーを持っておかないとえらいことになりますので、ある程度のリスクバッファー、そういうアローアンスをとっておかないといかぬというのが我々としての務めですので、金利の急上昇時の例というものを用いたものだと思っておりますので、一・一ぐらいのものを持っておかないと、もしもということに備えるのに対応できないというのが過去の例から我々が学んだことであります」と指摘しています。
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/009519320170215002.htm
*3) これ以外にも、例えば、2008年9月のリーマン・ショック時や1987年9月のタテホショックなどが我が国における典型的な金利上昇ショックとして指摘されます。
*4) 下記をご参照ください。
https://sites.google.com/site/hattori0819/
*5) ここの記載は服部(2021)を参照しています。
*6) パーセンタイル値とは、過去の金利上昇のうち、悪いシナリオから数えて1%番目の「金利上昇」を金利リスク量という形でリスク量を算出する方法です。実際には、悪いシナリオからでなく、良いシナリオから99%番目(=悪いシナリオから1%番目と同じ)である99%タイル値を用います。また、実務的には、一定期間のデータを用い、金利変化から標準偏差を計算し、それに2.33をかけて99%タイル値を計算していますが、これは金利変化が正規分布であることを想定し、正規分布の99%タイル値が標準偏差σの2.33倍であることを利用しています。
*7) このエピソードはハル(2008)などで紹介されています。
*8) 99%タイル値であるにもかかわらず、VaRにおいて「最大損失額」と表現することに違和感があるかもしれません。ここでは「99%」の信頼区間の中で最大という意味で最大損失額という表現が用いられています(実際、VaRは最大損失額という表現を使うことが多いです)。
*9) 藤井(2016)はバーゼル規制にVaRの手法が採用されたことがVaRの普及と発展に大きく寄与したことを指摘しています。特にバーゼル規制における市場リスク規制における内部モデルの採用を金融リスク管理における「VaR革命」と表現しています。
*10) 例えば、岩田(2013)では2013年4月以降の金利上昇について「今回の国債金利の上昇は、03年6月から8月にかけてのVaR(バリュー・アット・リスク)ショックを想起させる」と指摘しています。
*11) QQE発表直後の金利上昇については、2013年4月26日の金融政策決定会合にて、青木周平金融市場局長(当時)は、「中期ゾーンの金利上昇については、当預付利金利の引き下げ観測が消えていったことに伴い、付利金利と整合的な水準に戻る動きという面もあるが、金融緩和の枠組み変更に伴い、短期国債の買入目標残高が示されなくなったことなどから、日銀の短期金利安定に対するコミットメントが弱まったのではないかといった見方が一部でみられたことも影響しているように窺われる。実際、5年債レートは一時0.30%を超える水準までややオーバーシュート気味に上昇した。一方で、超長期ゾーンについては、2月以降思い切った金融緩和に対する期待から急速に低下した金利が、材料出尽くし感から反転したという点に加え、このゾーンの買入額が事前の市場予想を大きく上回るものであったため、金利水準に対する見方が定まらない中で市場流動性が低下し、ボラティリティが拡大したと考えられる」(p.4-5)と整理しています。
*12) 2013年5月の中頃の金利上昇については、2013年5月21日の金融政策決定会合にて、山岡浩巳金融市場局長(当時)は「5月中旬以降の長期金利の上昇は、世界的な経済見通しの好転、投資家のリスクアペタイトの回復、このもとでの世界的な金利上昇や株高といったことを背景としており、わが国については、これに円安の進行も加わったという姿であると整理できる」(p.4)と整理しています。また、世界各国における長期金利上昇については、「各国の長期金利であるが、5月中旬以降、米国、欧州、日本の先進各国でかなり速いテンポで揃って上昇傾向を辿っている。この背景としては、米国の雇用指標など幾つかの好調な経済指標の発表を受け、米国を中心に経済見通しが上振れ、米国のバーナンキ議長等によって資産買入政策からの早期エグジットを巡る発言が行われたことが材料視されている」(p.3)としています。
*13) この辺りの経緯を知りたい読者は清水(2004)を参照してください。
*14) 下記を参照してください。
https://www.boj.or.jp/mopo/mpmdeci/mpr_2006/mok0604a.htm
*15) https://www.boj.or.jp/mopo/mpmsche_minu/record_2003/gjrk030912a.pdf
*16) 「現在、日本銀行の金融調節においては、手形買入れオペや短期国債買入れは最長期間が1年であるのに対し、国債現先オペ(国債及び短期国債の条件付売買)は最長期間が6か月となっている。本日の政策委員会・金融政策決定会合では、量的緩和政策のもとで金融市場の安定確保のため金融調節を機動的に行う観点から、国債現先オペの期間を延長することが適当ではないかとの意見が出された。これを受けて議長は、国債現先オペの期間延長につき検討し、次回決定会合で報告するよう、執行部に指示した。」としています。下記を参照してください。
https://www.boj.or.jp/mopo/mpmdeci/mpr_2003/k030912b.htm
*17) シンセティック・ショートについてはヘッジ会計を適用して活用することもありますが、金利スワップについてヘッジ会計を適用して活用することが一般的です。
*18) 例えば、2013年5月の日銀の金融政策決定会合において白井審議委員が「2003年のVaRショックや2005年、2008年位にも金利が上昇した局面があったと思うが、確か私の記憶では、2003年の時はスワップを使ったヘッジが多かったと聞いている」(p.9)と指摘しています。詳細は下記を参照してください。
https://www.boj.or.jp/mopo/mpmsche_minu/record_2013/gjrk130522a.pdf
*19) OISの説明は「日本国債入門」(服部, 2023a)の第11章を参照してください。