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PRI Open Campus~財務総研の研究・交流活動紹介~ 25


「MOF職員のための経済・データ分析入門」研修
職員の経済分析能力強化に向けて
財務総合政策研究所 総務研究部 研究官 成田 旭宏

財務総合政策研究所(以下、「財務総研」)では、内外財政経済に関する基礎的又は総合的な調査及び研究だけでなく、財務省職員に対する様々な研修を行っています。
今月のPRI Open Campusでは、本年7月から8月にかけて実施した「MOF職員のための経済・データ分析入門」研修(以下、「経済・データ分析研修」)に焦点を当て、研修内容及び経済分析能力強化に向けた取組について、「ファイナンス」の読者の皆様にご紹介できればと思います。

成田 旭宏 財務総合政策研究所 総務研究部 研究官
平成30(2018)年入省。大臣官房秘書課で採用及び働き方改革等を担当後、大阪府庁に出向。帰任後、主税局調査課での勤務を経て、令和5(2023)年から現職。(大臣官房総合政策課安全保障政策係長兼務)


1.経済・データ分析研修の目的と概要
本研修では、財務省の職員が、経済学の基礎知識の習得に加えて、業務に役立つ実践的な技能やデータ分析技能の習得を目的として、その導入となる講義を行っています。
今年度は、前半を「経済編」、後半を「データ分析編」と題して、各分野で活躍されている5名の先生方に全7回の講義を実施いただきました。「経済編」では、経済学の基本的な考え方や入門レベルの経済理論を財務省の業務と密接に関わる分野(財政・金融政策、物価、金利)と絡めて解説いただくとともに、「データ分析編」では、データ分析の組織の意思決定への活用方法や実際に統計ソフトを用いた分析例を紹介いただきました。
研修の実施にあたっては、主な受講者層が経済学を本格的に勉強した経験のない若手職員となっていることから、本研修を通じて、受講者に経済分析への興味・関心を持っていただき、「財政経済理論研修*1」(以下、論研)等、より本格的な経済理論を学ぶ研修や、総務省、内閣府が実施している計量経済分析の実習、SNA等の経済統計の理解を深める研修等へと繋げていくことに主眼を置いています。
これまでも、財務総研では職員への研修として、「経済学研修」を行ってきましたが、近年は、大学等で教わるような理論だけでなく、実践への接続を意識したものとし、実際に財務省で働く中で求められる経済分析能力の向上に資するよう、内容の見直しを進めてきています。
形式面でも、多忙な職場で業務時間中の受講が難しい職員にも受講してもらえるよう、ランチミーティングの形で昼休憩時間に実施したり、参加人数に物理的な制約のないTeamsを使ったオンライン開催としたりするなど、研修参加へのハードルを下げるための工夫を凝らしました。また、都合が悪くリアルタイムで見られなかった方や講義を見返して復習したい方に向けて、アーカイブ配信の案内も行いました。
最終的に、受講者は延べ730名、各回平均して100名を超える職員に参加いただくことができました。研修実施後のアンケート(n=157)においても、「今後も経済・データ分析を勉強してみたいと思うか」という問に対し、「そう思う」(「大変そう思う」及び「そう思う」)が95%を超えるなど、学習継続意欲も非常に高いものとなっており、研修担当者として嬉しく思います。
図表:(参考)今年度研修の実施内容と講師

コラム
「財務省再生プロジェクト」における経済分析能力強化の取組
「財務省再生プロジェクト」においても、人材育成の取組の一つとして「経済分析能力強化」が挙げられており、財務総研としても力を入れて取り組んでいます。
本研修もその一環として、省内での研修・分析事例の蓄積や情報共有に向けて、データ分析のレベルに応じた内容で実施しています。
その他、分野別の分析事例やディスカッションペーパー等の論文等を整理した「経済分析知見共有ポータルサイト」の取組や、税務データ・輸出入申告データを用いた外部研究者との共同研究*2、内部職員による行政データを用いた政策分析研究*3なども進められており、今後も引き続き「経済分析能力強化」のための部局横断的な取組の深化を進めてまいります。


2.講義の概要紹介
本節では、5名の先生方に実施いただいた講義の概要について、ご紹介します。
図表:(参考)「財務省再生プロジェクト」における人材育成の取組の一部(2023年6月23日「進捗報告」より抜粋)

【経済編】
(1)「経済学的思考を身につけよう」
本講義では、
・因果関係と相関関係の違いを理解する
・帰納的説明と演繹的説明の区別について理解する
ことを目的に、慶應義塾大学の藤原一平教授を講師にお招きしました。
減税や政策金利の上昇が消費や投資、ひいてはGDPへ与える影響等、具体的な事例に対する計量経済学(帰納的説明)や経済理論(演繹的説明)からのアプローチや、良い政策を考えるための効率性や公平性などの条件に対する規範的分析の重要性、相関関係から因果関係の見つけ方(見せかけの因果関係ではないか)など、経済学的思考を身につけ、有効な政策対応等を考えるための視座を提供いただきました。
また、恒常所得仮説や効用最大化問題などの基礎的な経済理論も紹介いただくとともに、「因果関係の背景にある仮説は、経済理論から導出されるもの」「因果関係の背景にあるメカニズムは、経済理論なしに理解することは難しい」として、経済理論を学ぶ必要性についてもお話しいただき、経済学への第一歩を踏み出すための講義となりました。

藤原 一平 慶應義塾大学教授
英オックスフォード大学経済学博士、大阪大学応用経済学博士。平成5(1993)年早稲田大学政治経済学部卒、日本銀行入行。日本銀行金融市場局企画役、オーストラリア国立大学教授などを経て、平成26(2014)年から現職。

(2)「良い経済って何?」
本講義では、
・GDPや物価、金利、為替レート、財政といった財務省での業務と関わりの深い分野の関係性を整理する
・「マクロな視点」から、経済政策の本質について考えるきっかけとする
ことを目的に、財務総研の上田総務研究部長から全3回にわたって話を伺いました。
第1回では、「良い経済」を考えるにあたって、Well-beingなど生活の豊かさを測る様々な指標と比較したGDPの特徴(国内で生産された付加価値で、市場生産+非市場生産)や、生産が分配・所得に繋がり、需要が生まれてまた生産されていくといった一国経済全体(マクロ経済)での循環の概念をご紹介いただきました。
第2回では、コントロールできない様々な要因によって増減する企業の売上とその結果変動する所得水準に対し、経済活動の萎縮が生じないように介入し、変動をスムーズにしようとするという、政府によるマクロ経済政策の発想について説明いただき、国民経済計算の制度部門(企業・家計・政府)の解説と、これまでの日本での各部門における所得と支出の動きの概観を通して、1990年代以降の日本経済の停滞の要因に関するいくつかの見方の紹介をいただきました。
第3回では、企業が設定する価格について、物価の変動要因をマネーの量、為替レートとの関連から分析し、そこから考えられる日本経済の近年のデフレ傾向の原因について例示いただきました。その後、自国通貨価値の棄損、所得水準低下、社会の不安定化などの中長期リスクや、需給バランスの悪化、デフレ傾向の再燃といった短期的なリスクがある中で、対外的な信認の維持や、次世代のための資源配分、安定的なマクロ経済運営の必要性など、今後の経済財政運営の課題についての示唆をいただきました。

上田 淳二 財務総合政策研究所総務研究部長
京都大学経済学博士。平成6(1994)年東京大学経済学部卒、大蔵省入省。財務省主税局調査課税制調査室長、京都大学経済研究所准教授、IMF財政局審議役などを経て、令和2(2020)年から現職。

【データ分析編】
(3)「データ分析を仕事に活かそう」
本講義では、
・データ分析の方法として、データの特徴をどう把握し、データからどのように予測を行い、データの因果関係をどのように探るのかについて学ぶ
・データ分析を組織の意思決定にどのように活かせるのか、例示とともに理解する
ことを目的に、早稲田大学の宮川大介教授にお話しいただきました。
プレゼンテーションでは、計測、予測、因果推論の3つの分析フレームワークと、それぞれを用いたデータ分析を実務的な課題解決に繋げたプロジェクトの実例について紹介いただくとともに、業務目的から逆算したデータ分析手法の選択の必要性について説明いただきました。
また、分析テーマの設定やデータを扱う際のノウハウ、そしてマシンとの役割分担といった、データ分析を行う上でボトルネックとなる課題についても提示がありました。
最後に、データ分析技術が普及する中でもヒトに期待される役割は、意思決定や正確な計測、機械学習の予測の補完など様々あることの説明をいただき、講義を通して伝統的な計量経済学的手法と機械学習手法を用いたビックデータ分析の思考法を学ぶことが出来ました。

宮川 大介 早稲田大学教授
米カリフォルニア大学ロサンゼルス校経済学博士。平成10(1998)年早稲田大学政治経済学部卒、日本政策投資銀行入行。ハーバード大学、一橋大学教授などを経て令和5(2023)年から現職。

(4)「統計ソフトを活用してみよう」
本講義では、
・「分散」「相関係数」といったデータ分析の基礎用語や回帰分析の基礎的概念について学ぶ
・統計ソフトを用いてどのような分析ができるのか理解する
ことを目的に、一橋大学大学院の菅谷勇樹講師、跡見学園女子大学マネジメント学部の山澤成康教授に、R、EViewsの2つの統計ソフトを用いたデータ分析について、それぞれソフトの解説とともに説明いただきました。
(参考)研修で用いた統計ソフト
「R」
世界中で利用されているオープンソースの無料統計ソフトで、様々なOSで統計解析が可能。
「EViews」
時系列分析や季節調整を得意とする有料統計ソフトで、操作のしやすさに定評。
菅谷講師には、時系列プロットやその季節性、トレンド、残差への分解、パッケージを利用したグラフィカル表現など、Rの特徴を活かした分析について貿易統計データを用いてご紹介いただきました。
また、記述統計量の算出や、2種類のデータの関係性の分析方法(相関係数の測定や最小二乗法による回帰直線の推定)について指南いただいた後、データを様々な角度から眺めることで背後にある法則を発見的に探っていく「探索的データ解析」や、現象の理解のため表面的な解析を超えて発展的な示唆を得ようとする姿勢が、データサイエンスにおいて重要であるとのお話をいただきました。
山澤教授からは、まずExcelを用いて相関係数、回帰分析等の用語について説明があった後、季節調整や期種変換、ロジットなど、統計ソフト(特にEViews)だからこそできる高度な分析について解説いただきました。
後半では、実際にEViewsを操作しながら、グラフを簡単に描ける、期間を自由に変えられる、パネルデータ分析など多くのデータを扱うことができるといった特性や、統計ソフトを使った分析のイメージについて学ぶことが出来ました。

菅谷 勇樹 一橋大学大学院非常勤講師・株式会社フィンデクス取締役
慶應義塾大学理学博士。平成22(2010)年株式会社スタージェン入社。株式会社アナザーウェア、株式会社エフビズを経て、令和2(2020)年から現職。一橋大学非常勤講師としてデータサイエンスを指導。

山澤 成康 跡見学園女子大学マネジメント学部教授・東京財団政策研究所主席研究員
埼玉大学経済学博士。昭和62(1987)年京都大学経済学部卒、日本経済新聞社入社。同社データバンク局、スタンフォード大学、日本経済研究センターなどを経て、平成21(2009)年から現職。


3.研修受講職員へのインタビュー
本節では、実際に研修を受講した職員に、受講の動機や学んだ内容の業務への活用方法等について、インタビューを行った内容を紹介します。
写真:〈今回のインタビュー対象職員〉
左:小山真未 理財局国債企画課国債政策情報室調査係員
中:中原一弥 国際局為替市場課資金管理室課長補佐
右:渡邊慧  大臣官房秘書課人事企画担当課長補佐

研修受講の動機、受講した感想
成田:
まず、本研修を受講した動機や、受講してみての感想について、お聞かせください。
小山:
昨年、政府の経済政策の総合調整を行う部署で働く中で、経済学の知識の重要性を改めて感じたため受講しました。GDPや物価・賃金といった、マクロ経済運営を考える際に必要な基本的な概念について、データを用いながら丁寧に解説してくれたので、これまで取り組んできた経済政策への理解が深まりました。字面では理解していても、それを業務の中でどう使うかというのはまた別なので、そこに焦点を当てた今回の研修は、理論と実務を繋ぐという意味でも学びになりました。
中原:
経済学部出身ではない私にとっては、経済学について専門的に学ぶ機会がなく、これまでは独学で本を読んで勉強してきました。前職の銀行で働く中で財務分析等には触れていましたが、統計やデータ分析も含めて体系的に学べる機会は貴重で、学びのきっかけとなるこういった研修はありがたいです。今回は、財務省で働く上で必要となる知識を補えたら良いなと思って受講しました。
渡邊:
説得力のある政策を作っていくためには、今後ますます定量的な根拠が求められると感じていて、経済学や統計学の考え方、因果関係・相関関係といった基本的な概念を理解することの必要性を感じていました。また、ある程度のデータ処理ができないと計量的な分析も出来ないため、RやEViewsといった統計ソフトを実際に実演してもらいながら学べるところが良かったです。
小山:
ランチタイムでの実施というのも、気軽に参加出来て良かったです。時間がなくて受けられない際にはアーカイブを活用していました。
渡邊:
私は育児の都合等で、早く帰らなければいけない日も多く、昼休みに働いているようなこともよくあるのですが、働き方に合わせて柔軟にアクセスできるので、色んな人が見やすくなっていると思います。
成田:
業務の中で経済学の知識が必要だと皆さん感じられているとのことですが、研修で学んだことを今後どのように活かしていきたいですか。
中原:
コロナ禍などは特に足許の経済情勢を踏まえた政策決定が求められました。今の部署でも、経済情勢や金利・為替レートの推移など、統計的な考え方が必要なので、研修で学んだことを活かしていけたらと思います。
小山:
公表されたGDP等の指標に対して、上がった、下がったなど数値だけで捉えるのではなく、その背景的な要因の分析までチェックして、今後の経済がどう動いていくか、各国の政策がどう変わっていくかということも考えるようにしたいと思います。今は、アメリカやヨーロッパの利上げなど金融政策を見ているので、引き続きマクロ経済の視点を大事にしていきたいです。
今後の研修の改善、リスキリングの促進に向けて
成田:
研修の改善点や、財務省の業務で求められる知識の習得に向けたリスキリングの必要性について、自由にご意見いただけたらと思います。
渡邊:
データ分析を予算査定等で実際に活用した職員の実践例を聞いてみたいです。理屈が飛び交う空中戦になる時ほど、財務省として正しいデータ・根拠を示していく必要性を感じています。
中原:
大人数向けの研修だと一方向にならざるを得ないので、テーマによってはゼミのように少人数で双方向の形の講座があったらと思います。前職の職場では、コーポレートファイナンスやマネジメントなど、様々なテーマでグループワークがありました。普段関わりのない人と繋がって、世代を超えて交流の幅も広がりました。
渡邊:
実際に集まって手を動かしてみるような機会を作るというのは賛成です。他には、Teamsなどでデータ分析に興味がある人たちのグループを作って、分析の壁打ちや困ったときの相談などが出来るようなコミュニティがあったら良いですね。
交流の話に関しては、コロナの影響や職員の意識の変化もあり、飲み会などの率直なコミュニケーションの機会が減少している中で、担当している「再生プロジェクト」の中でも1on1ミーティング等、今後の省内のコミュニケーションの在り方を模索していますが、研修を通じた繋がりというのも、非常に良い形なのではないかと思います。
中原:
あとは、財務省には論研など、論文執筆まで含めた本格的な研修もありますが、私のように中途入社してタイミングを逃した人などに対しても、柔軟に機会提供があれば嬉しいです。
小山:
採用区分によっても研修の機会は異なってきますし、局によっても制度に違いがありますが、職員に共通して必要な内容については体系化されたらいいなと思います。今の部署ではマーケット関係の知識をオンデマンドで学ぶ研修や、証券アナリストや証券外務員など業務に必要な資格の取得に向けた支援があります。
渡邊:
論研については、再生プロジェクトでも検討をしていますが、今も財総研で取り組んでいるように、決まったタイミングの一部の職員だけでなく、対象を広げていくのは良いことだと感じます。業務をこなしながら受講するというのは大変ですが、オンラインなど活用して色んな人が受けられるように考えたいです。
また、専門的な知識の習得やリスキリングに意欲がある人に対して、資格取得支援のようなインセンティブは良いと思いました。
成田:
皆さん、ありがとうございます。経済学研修の今後の改善に向けて参考になっただけでなく、財務省職員の経済分析能力強化に向けて、今後の人材育成の方向性についても示唆があったように思います。
インタビューにご協力いただき、ありがとうございました。

財務総合政策研究所
POLICY RESEARCH INSTITUTE, Ministry Of Finance, JAPAN
過去の「PRI Open Campus」については、
財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。
https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html


*1) 詳細は、「PRI Open Campus 15 財政経済理論研修 理論や分析に裏付けられた政策の企画立案のために」(『ファイナンス』2023年1月号p.71-77)
*2) 詳細は、「PRI Open Campus 17 行政データの活用とは~輸出入申告データ共同研究者に聞く~」(『ファイナンス』2023年3月号p.84-91)、「PRI Open Campus 21 行政データの利活用とは~税務データ共同研究関係者に聞く~」(『ファイナンス』2023年7月号p.64-71)
*3) 詳細は、「PRI Open Campus 24 税関の「輸出入申告官署の自由化」は、災害時の業務継続にどのような影響を与えたか?~「行政データ」を活用した財務省職員による政策効果の検証事例~」(『ファイナンス』2023年10月号p.80-87)