このページの本文へ移動

ファイナンスライブラリー


評者 武田 一彦

浅古 泰史/図斎 大/森谷 文利 著
活かすゲーム理論
有斐閣 2023年3月 定価 本体2,500円+税

本書は、初学者から大学院レベルの知識を持つ者まで、できるだけ多くの読者が、ゲーム理論をきちんと理解し、そして事例分析などに実際に応用できるようになることを目的とした、素晴らしいテキスト(入門書)です。
気鋭の3人の経済学者が、工夫を凝らし、ソフトな題名や装丁からは少し想像し難い本格的な内容を、初学者にも分かり易く、丁寧に解説することに成功しています。
著者らは、それぞれの専門(応用2名、理論1名)を組み合わせ、「理論」と「応用」の双方を、上手く織り交ぜながら本書に詰め込んでいます。各章、高度な数学を一切用いず、世の中の様々な事例を、ゲーム理論のモデルを用いて、次々と平易かつ丁寧に解説していきます。(事例とモデルのズレを「泥臭く」つないでいこうとする姿勢が、本書の特徴の一つと言えます。)
事例も、サッカーのPK戦、空港の手荷物検査、日米貿易摩擦、アジア通貨危機、企業買収、安全保障、プロパガンダ、ネーミングライツ、オークションなど幅広く、読者を飽きさせません。制度設計や政策立案にゲーム理論を応用する際の留意点にも踏み込んでいます。
また、豊富な事例の解説を読み進めるうちに、いつの間にか純粋理論面でも、ナッシュ均衡、部分ゲーム完全均衡、ベイジアン・ナッシュ均衡、完全ベイジアン均衡といった各均衡概念と均衡導出方法(モデルの解法)、モデル化の方法・留意点が、順を追って体系的にカバーされ、丁寧に解説されていることに気づきます。(Static/Dynamic, Complete-/Incomplete-Informationの順に、きちんと構成されています。)集合行為問題(Collective Action Problem)、フォーク定理(Folk Theorem)、逆選択(Adverse Selection)、勝者の呪い(Winner’s Curse)、直観的基準(Intuitive Criterion)といった、ゲーム理論を専門的に学んだ方には「お馴染み」の内容も、きちんと紹介・解説がなされています。(イシュー・テーマとしては、Gibbons等大学院レベルの標準的なテキストの範囲がカバーされている、かなりの優れ物です。)
さらに本書は、標準的なテキストではあまり見かけない「進化ゲーム理論」についても、正面から取り上げています。これまで同分野に馴染みがなかった方も、そのフレーバーを楽しめるでしょう。
応用を強く意識しているためか、「ゲーム理論における均衡とは何か?」という均衡概念の解説も秀逸です。「均衡均衡っていうけど、それって一体何? 意味あるの? 現実世界と何か関係あるの?」という本質的な問いに対する、(おそらく多くの学生を指導する過程でその問いに回答し続けてきた)著者らの、真摯で丁寧で説得的な解説が、本書の価値を一層高めています。
評者は、本書を読みながら、自身の米国留学(博士課程)時代を想起しました。授業でゲーム理論を体系的に教わり、数学的解法(様々な均衡の導出方法)もそれなりに身につけて、一通り分かった「ような気になった」後、理論を応用する(使いこなす)ためには、標準的な教科書には必ずしも詳しく書かれていない重要なポイント(「実はそこが大事なんだよな」というコツのようなもの)があります。評者は、これらのポイントを、教授やクラスメイトと何度も議論しながら、苦労して学び教わったのですが、本書には、それらがしっかりと書き込まれている、と感じます。
本書の内容の濃さは、著者ら自身も振り返るように、「やりすぎ」感すらあります。言うまでもなく、著者らが、目的意識を強く持ち、価値ある本を書くために懸命に取り組まれた成果でしょう。言葉による丁寧な解説とその分量の多さはKreps著のA Course in Microeconomic Theoryを、事例解説の充実ぶりはDixit and Nalebuff著のThinking Strategicallyを、それぞれ彷彿させる、と書くと褒めすぎでしょうか。
ゲーム理論と聞いて「囚人のジレンマ」だけを思い浮かべる方も、完全ベイジアン均衡までササっとモデル化し均衡導出できる方も、いずれの方にも楽しめ、また役に立つ本だと思います。
ゲーム理論関連の書籍が山ほど存在する中で、本書の一読をお勧めしたいと思います。