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ファイナンスライブラリー


評者 渡部 晶

ピレト・トヌリスト/アンジェラ・ハンソン 著/OECD 編/白川 展之 訳
先見的ガバナンスの政策学
未来洞察による公共政策イノベーション
明石書店 2023年3月 定価 本体3,600円+税

翻訳を行った白川展之・志保氏によれば、本書は、「予測困難なVUCA時代に求められる公共政策はどのようなものか、システム思考、未来洞察、EBPMに関するOECDの調査結果から、先見性のある新しい方法や構造、能力を構築し、AIなど新興技術の発展に対応する政策イノベーションの必要性を提起するもの」である。
具体的には、OECDのパブリックガバナンス局の公共部門イノベーション観測所(OECD Observatory of Public Sector Innovation:OPSI)が実施した各国政府及び国際機関の専門家との議論の結果を踏まえて、ワーキングペーパーとして取りまとめられたもので、原題は、「Anticipatory Innovation Governance:Shaping the future through proactive policy making」(2020)である。
そして、両氏は、「個人的には、これまで20年、夫婦ともども社会全体のマクロの組織として産官学民にわたるエコシステムとガバナンスレベルの科学技術、公共セクター、そして社会のイノベーションの関係を研究・実践して参りました。ただ、これらは日本では、政治学の公共政策と経営学のイノベーション、工学の社会システム工学と縦割りで研究・議論され、デジタル化時代にその欠陥が政策面でも企業のイノベーションの面でも周回遅れの議論が顕在化しています」と危機感を吐露する。「このため、自分の研究する公共経営と技術経営にまたがる融合的な専門領域と実践の意義(技術ガバナンスと公共政策とイノベーション)が学術的に縦割りの日本では社会に伝えることが(さらに、自分が一体何の専門家であるかを説明することも)困難であったことから、世界の研究の最先端の動向を知らせる意味で、翻訳した次第です」というのだ。
著者のピレト・トヌリストは、OPSIのシニアプロジェクトマネージャーで、エストニアタリン大学で、テクノロジーガバナンスで修士号及び博士号を取得している。もう1人の著者のアンジェラ・ハンソンは、OPSIの政策アナリスト。訳者の白川展之氏は、現在新潟大学教育研究院人文社会科学系経済系列/工学部工学科協創経営プログラム准教授で、専門は技術経営論、政策科学及び人文社会・図書館情報学的な学際融合研究である。他に、社会起業家として、一般社団法人コード・フォー・ジャパンに参画し、現在フェローであるほか様々な公職に携わる。
本書の構成は、日本語版序文、まえがき、謝辞、要旨、第1章 政策立案における変革の必要性(はじめに、第1節 ガバナンスシステム上の欠陥とギャップ、第2節 縦割り打破に必要な新たな政策アプローチ)、第2章 未来洞察とイノベーションとガバナンスの関係(はじめに、第1節 予期とは何か?その起源、第2節 敵か味方か?未来洞察と先見的イノベーション、第3節 予期の実際は?未来洞察の取り組み事例)、第3章 先見的イノベーションガバナンスの制度・機構(はじめに、第1節 先見的イノベーションガバナンスに必要な行為主体性とは?、第2節 政策の承認・決定環境)、第4章 公共政策イノベーションに向けてーガバナンス不能なものにガバナンスを効かせる先見的イノベーションガバナンス(AIG)モデル(はじめに、第1節 先見的イノベーションガバナンスモデルに向けたアクションリサーチ、第2節 政府の中核構造における予期とは何か?)、参考文献・参考資料、付録となっている。巻末に訳者による懇切な解説「イノベーションを社会実装させる技術―未来洞察による企業・行政組織のメタ認知能力」が付される。
白川氏は、解説で、本書の読み方として、「部分的に共感できるところ、関心があるキーワードがあれば、そこを起点に関係する周辺をまずは斜め読みをする」ことを推奨している。そして、政治・行政関係者に向けては、「現在の公務の現場では、応答の迅速性が求められかつてのような、政策を企画・立案する余裕・遊びの部分があまりなくなっている。この悩みは、実は世界共通であり、本書のようなこうした問題に対応するための意欲的な取り組みが世界中で行われていることを事例集などから知ってほしい」とする。制度的な縛りのもとで「財政制約の中で集中と選択といった政策アジェンダがあると、イノベーションを加速するはずが、反対(逆機能)になってしまうことがある」と警鐘を鳴らす。
OPSIは、自らのサイトを持ち(https://oecd-opsi.org/)、活動を続けている。このような活動成果に触れることにより、そこかしこにそこはかとなく漂う閉塞感を乗り越える元気・勇気、そして気づきを得られるはずだ。ぜひ、まずは本書を手に取っていただきたい。