このページの本文へ移動

特集 本格的な取組開始から10年 国税庁の徴収共助の実施状況


我が国が徴収共助を本格的に実施するようになって2023年10月で10年を迎えた。今回の特集では、その節目の機会に、徴収共助の実施状況を振り返るとともに制度の内容について紹介する。
取材・文 向山 勇


徴収共助制度の概要
国際的な徴収逃れを防止するため平成23年に多国間協力の枠組みにコミット

徴収逃れを狙った資産の海外移転が国際的課題に
徴収共助制度とは、条約締結国間で租税債権の徴収につき相互に協力し合う制度である。平成22年11月に税制調査会専門家委員会でとりまとめられた『国際課税に関する論点整理』において、「外国との間で租税債権につき徴収の共助を行うことのできる仕組みを整える必要がある」とされ、本格的に税の徴収に関する執行協力の議論が開始。平成23年に欧州評議会・OECD税務行政執行共助条約(以下、「税務行政執行共助条約」)への加盟(平成25年発効)を果たし、我が国も国際的な徴収共助実施に舵を切った。
以前から納税者が課税された税金の徴収を免れる行為(いわゆる徴収逃れあるいは徴収回避行為)への対応が国際的に議論されてきた。つまり、当局からの徴収を回避するために、納税者が国外へ資産を移転させることにどう対応していくかが議論の対象となっていた。
問題はどこにあるのか。まず、滞納者が当局からの追及を免れるために外国に財産を逃避させたとしても、この外国の財産に対して滞納処分を執行できるのであれば、当局にとって支障はない。
しかしながらそのような執行は難しい。なぜなら、執行管轄権の制約によって、外国での公権力の行使は国際法上禁止されるからだ。滞納処分のような税の徴収は公権力の行使そのものであり、外国の財産を直接差し押さえることはできないのである。
他方で、経済社会のグローバル化が進んできている。納税者は、税の滞納があったとしても自己の財産を自由に処分できるから、海外に資金を送金し、外国で株式や不動産などの資産を形成して、当局の差押えを免れるような行為が、益々容易になってきている。
写真:二国間ミーティングの様子
図表:徴収共助の仕組み

G20カンヌサミットで税務行政執行共助条約に署名
このような事情から、徴収逃れを目的に納税者が国外へ資産を移転させることについては、国際的に一定の対策が必要となっていた。
日本は、平成23年11月に開かれたG20カンヌサミットにおいて、税務行政執行共助条約に署名した。税務行政執行共助条約には、主に3類型の行政支援が掲げられている。それは(1)情報交換、(2)徴収共助、(3)送達共助だ。
当該条約が徴収共助の枠組みを示した。国際的な徴収逃れに対するそれまでの議論に対して、一定の取組が多国間で進められることになったのである。このような多国間協力の税務執行の枠組みにはより多くの国が参加することが望まれていた。日本もこの多国間協力の枠組みにコミットしていく形となった。
なお、税務行政執行共助条約だけが国際的な法的基盤になるわけではない。我が国は、税務行政執行共助条約への参加のほか、多数の二国間租税条約にも徴収共助規定を導入している。二国間での条約であるため、条約ごとに文言は変わりうるが、OECDモデル条約第27条の規定ぶりが基本となる。


コラム
国税徴収官の姿をドラマ仕立てで紹介
国税庁は「Web-TAX-TV」で、徴収共助に関するインターネット番組「国外財産を追いかけろ!~国際徴収への取組~」を配信している。
番組はドラマ仕立てで、国際的な滞納事案(フィクション)を例に、徴収共助の制度や国際徴収の仕事を紹介するとともに、悪質な徴収回避行為(逃げ得)は許されないということを訴えている。
英語字幕版の番組は国際会議等で紹介したところ諸外国当局者からも好評を得た。


日本での制度導入に向けて
平成24事務年度に国税庁に専担の機構を設置、国税局にも担当職員を配置

平成24年度の税制改正で徴収共助の国内法を整備
平成25年10月は、徴収共助の実施に向けた日本の国内法の整備においても重要な目途であった。
平成24年度の税制改正により、日本に外国からの徴収共助の要請があった場合等の国内法が整備された。
具体的には、租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律第11条等を改正し、次のような内容が整備された。
外国からの要請に応じない事由、徴収の共助実施に係る具体的な手続、外国租税債権については優先権を与えないこととするための規定、罰則に関する規定等。
このような法的枠組みの整備が進んだ一方で、執行面でも人員を揃えておく必要があった。国税庁では、平成24事務年度に税の徴収を所管する徴収課に徴収共助の専担係が設けられ、国税局においても、徴収共助事案の処理を担当する職員が配置された。
また、実際の執行に向けて、研修を通じたソフトツールの配備により、担当者の専門的知識・ノウハウの醸成も順次進められた。
なお、このような制度や執行体制の整備は、導入時だけで終わったわけではない。制度面では徴収共助の要請を困難にする行為への罰則の拡充など、税制改正が累次なされてきており、インフラ面では、徴収担当の国際税務専門官を主要な国税局の徴収部に配置し、順次増員しているほか、令和3事務年度から、東京局徴収部に、国際徴収を専担する特別国税徴収官が配備された。


日本における徴収共助の実施
平成25年の制度導入からの累積で98件の徴収共助の要請を発出

直近の事務年度には15件の徴収共助要請を発出
これらの積み重ねにより、徴収共助の実績は増加傾向にあり、直近の事務年度においては、外国当局に対する徴収共助の要請を15件発出している。平成25年の制度導入からの累積では、98件の要請を発出し、外国当局の協力を得て、実際に一定の滞納国税を徴収できている(下記事例参照)。
この実績に対して、「この程度か」と思う読者もいるかもしれない。しかし、この件数には、徴収共助を行うための一定の条件が影響している。例えば、「要請国が自国の法令又は行政上の慣行下でとることができるすべての合理的な措置をとっていない場合」(税務行政執行共助条約第21条第2項g号)に被要請国は要請を拒否できるという要件があり、自国内でとり得る財産調査や徴収手段を尽くした後でなければ外国への要請はできない。
そのほか、日本と徴収共助を実施可能な国の範囲(いわゆる徴収共助ネットワーク)が発展途上にあるということもある。日本との間で徴収共助の要請ができるのは、令和5年10月1日現在、米国や英国、ドイツ、フランス、オーストラリア、韓国など80の国・地域となっている。他方で、東南アジア圏などには日本と強い経済的関係があっても徴収共助ができない国もある。なお、国際的なトレンドとしては、今後もこの国・地域数は増加していくことが期待されており、国税庁も、国際会議や東南アジア圏の国を中心とした租税研修の場なども活用して、徴収共助ネットワーク拡充に向けた取組を続けている。
図表:徴収共助の要請件数の推移

事例
国税を滞納したまま出国した滞納者から全額を徴収した事例
滞納者は、日本法人に勤務するX国籍の者で、給与等について確定申告を行ったが、その国税を納付せずに出国し、居住地をX国に移した。
日本国内の財産については、滞納処分を行ったものの、滞納額が一部残った。これを受けて、国税当局は、租税条約に基づき、滞納者の居住地国(X国)の税務当局に対して、徴収共助の要請を行った。
X国の税務当局が滞納者に催告を行ったところ、滞納者からX国の税務当局に滞納国税全額の納付があった。その後、X国の税務当局から納付額の送金があり、滞納国税の全額を徴収することができた。
図表:事例の概要

徴収共助に繋がる情報を把握し、分析することが重要
徴収共助の要件を満たす場面が限定的である中で、徴収共助制度の枠組みをフル活用していくためには、その要件が満たされる事案があれば、確実にこれを要請していくことが求められる。このためにも確実に徴収共助に繋がる情報を把握し、これを分析していくことが肝要となる。
この点、常日頃の国内における徴収事務において、外国の財産の把握等を的確に進めることが重要となる。これに応える取組として、国税庁では国税局徴収職員への研修等を行っている。いつ、どこに、どのようにアンテナを立てる必要があるのか、実地でのOJTはもとより、機を捉えたインプットを職員全体へ広く情報発信しているほか、国際的な滞納事案等を専門で扱う職員に対しては、東京局・大阪局の豊富な経験を有効に活用しながら、より実務的なスキルアップに取り組んでいる。
国際的な徴収に繋がる財産情報などの収集・分析にあたっては、国内での滞納整理に係るプロセスによるもののみならず、租税条約等に基づく情報交換など外国当局との情報のやり取りによるものもある。
特に、平成26年に策定された共通報告基準(CRS:Common Reporting Standard)によって、収集できる情報の質量が拡充された。このCRSとは、自国に所在する金融機関等から非居住者が保有する金融口座情報の報告を受け、租税条約等の情報交換規定に基づき、その非居住者の居住地国の税務当局に対しその情報を提供するものであり、平成30年9月までに初回の情報交換を行うこととしていた。
規模感のイメージとして、令和4事務年度の実績を紹介しておこう。国税庁では、令和4年7月から令和4年12月までに、日本居住者のCRS情報約257万件を95か国・地域の外国税務当局から受領し、外国居住者のCRS情報約53万件を76か国・地域の外国税務当局に提供した。これらのCRS情報には課税調査に有用な情報も含まれるが、滞納者の口座情報など、徴収共助に繋がる情報も含まれている。
図表:租税条約等に基づく情報交換の件数の推移

被要請国の協力を得るため適宜にミーティングを開催
このように徴収共助の要請に繋がる情報を得て、分析し、要請に繋げられたとしても、被要請国において、的確に徴収プロセスができない状況では、要請国である日本の独りよがりに終わってしまう感は否めない。当然ながら、徴収共助の実施には、被要請国の協力が不可欠である。そのため、国税庁では被要請国当局と緊密に連携するべく、二国間ミーティングを適宜に実施している。例えば、要請内容を被要請国に説明し、被要請国に事案の緊急性や支援の必要性について理解を求めるほか、被要請国の徴収手続に必要な情報をタイムリーに共有するなど、被要請国における円滑な徴収をサポートできるよう努めている。
このミーティングにも関連するが、国税庁では徴収共助の実施取決めを外国当局と順次結んできている。実施取決めとは、条約上、権限のある当局同士が条約の適用方法について整理の上、合意するもの(税務行政執行共助条約第24条第1項やOECDモデル条約第27条第1項)である。つまり、税務執行共助条約の説明報告書のパラグラフ247の表現を借りれば、「facilitating the practical operation of the Convention」を目的にするものであり、要請の送付の宛先に掲げるべき情報、要請に添付するべき書類、要請に対する回答・処理経過の報告、要請にあたり使用する言語、用いる通貨及び為替相場、要請国の権限のある当局への送金、要請の撤回方法など、徴収共助の実施にあたり当局間で認識共有しておくことが望ましい実務的な事項が整理される。この実施取決めも、徴収共助の円滑かつ着実な実施に有効に寄与している。
なお、当然ではあるが、徴収共助は税務執行協力という国際協力の枠組みの一つであり、相互主義の考えがその前提にある。よって、日本が徴収共助の被要請国となる場合もあり、このような被要請事案への適切な対応も、国税庁の重要な取組の一つである。要するに、外国から要請を受けた場合には、外国租税債権を自国の租税の徴収と同様に、法令等に基づいて可及的速やかに徴収し、要請当局に送金を行っている。日本の迅速かつ的確な対応ぶりについては、相手方当局から折に触れ、高い評価を受けている。
このように相互主義を確実に実現していくため、被要請事案への対応に関しても、国内の制度や体制の整備、職員の意識醸成に取り組んでいる。
図表:CRSによる非居住者の金融口座情報の自動的情報交換件数

国際的な議論や研修へのコミット
国税庁徴収課の職員が国際的会合やワーキンググループへ積極的に参加し貢献

TDMN等で徴収共助を含む国際徴収の議論を展開
前述のように、徴収共助ネットワークの拡充に向けて、国際的な議論が活発になってきている。
最近では、OECD税務長官会議(FTA:Forum on Tax Administration)の第16回本会合(令和5年10月)において、住澤長官・中村審議官から日本の経験を踏まえた当該ネットワーク拡充を唱えるプレゼンを実施し、FTAメンバー国の長官らと徴収共助の重要性の認識を確認し合った。
また、同会議においてはTax Debt Management Network(TDMN)という税の徴収について議論する部会が設置されている。各参加国の徴収部局の職員等が国内や国際的な徴収実務に関する共通の課題について議論するほか、参加国間でベスト・プラクティスを共有し合う会議体だ。
このTDMNにおいて、徴収共助を含む国際的な徴収の一層の発展に向けた議論が展開されている。また、当該議論のマイルストーンの一つとして、令和2年12月に『Enhancing International Tax Debt Management』を策定し、公表している。
国税庁徴収課では、当該レポートの策定はもとより、その本会合やワーキンググループに参加し、貢献してきた。議論の内容は、新型コロナや原油高など経済危機への対応から、徴収業務のDX、徴収共助ネットワークの推進策まで多岐にわたっている。各参加国から、徴収部署の実務家が参加しており、議論の内容は専門的である。
写真:OECD税務長官会議第16回本会合の様子

GF事務局が日本の徴収共助の取組を高く評価
税の透明性と情報交換に関するグローバル・フォーラム(以下GF)においては、近年、各地域にイニシアティブを立ち上げてきている。この地域の一つにアフリカがあり、平成27年にアフリカ・イニシアティブが立ち上げられた。当該イニシアティブの活動において、情報交換の活用を通じた持続可能な歳入確保を企図して、令和3年4月に徴収共助に係るキャパシティ・ビルディングのプロジェクト(クロスボーダー・コレクション・プロジェクト)が立ち上げられた。日本の徴収共助の取組を高く評価したGF事務局から、同プロジェクトに日本のオブザーバー参加の要請があり、国税庁徴収課がこれに応えてきた。例えば、これまで数次にわたり、徴収共助の実施のためのCRSや情報交換制度の活用についてプレゼンを実施したほか、令和5年7月に公表された同イニシアティブの活動報告書に日本から徴収共助の有用性に関する記事を寄稿した。
アジア地域においても、令和3年11月にアジア・イニシアティブが立ち上げられた。当該イニシアティブのいわば憲章に位置づけられる宣言文書には、令和4年7月のG20財務大臣会合時に各参加国の財務大臣が署名している。当該宣言文書の中では、税務行政執行共助条約の普及促進を通じた同地域での執行共助の拡充が謳われている。
この執行共助の一類型に、徴収共助が含まれているところ、徴収共助制度の同地域における導入促進に向けて、同イニシアティブでは今後キャパシティ・ビルディング等の活動を進めていくこととなっている。同地域では、徴収共助制度を導入していない国も存在しており、日本の国税庁には、これまで徴収共助に関して取り組んできた知見を活かした、積極的な貢献が期待されている。
写真:開発途上国向けの研修の様子

第50回アジア税務長官会合を国税庁がオンライン開催
アジア地域の各税務当局に対しては、アジア税務長官会合(SGATAR:Study Group on Asia-Pacific Tax Administration and Research)の機会も活用して、徴収共助の有用性を唱えてきた。例えば、国税庁のホストでオンライン形式により開催された、第50回会合(令和3年11月)では、大鹿国税庁長官(当時)が日本の徴収共助の取組についてプレゼンを行った。SGATARに関しては、その後も国税庁徴収課職員が複数回にわたって参加国向けの実務研修でプレゼンターを務めるなど徴収共助のキャパシティ・ビルディングに精力的に貢献しているところ。
このほか、国税庁では、政府開発援助(ODA)の技術協力の枠組み等の下、開発途上国の税務行政の改善や日本の税務行政に対する理解者の育成等を目的に、開発途上国に対する技術協力に取り組んでいる。開発途上国からのニーズの中に徴収共助のトピックが含まれることもあること等から、国税庁から知見のある徴収職員を相手国へ派遣するほか、国内における税務行政全般に関する研修プログラムの一部に徴収共助のトピックを盛り込むなどして、研修を提供している。
このような技術協力を通じて、日本の徴収共助の取組がいわば開発途上国に輸出されるわけだ。その結果として、徴収共助ネットワークの拡充、さらには納税者のコンプライアンスレベル向上が期待される。


今後の取組
さらなる発展に向けアジア地域との徴収共助のネットワーク構築へ

諸外国当局の職員向けに徴収共助に関する研修を実施
国税庁では、徴収共助制度の導入以来、様々な取組を積み重ねながら、徴収共助の実施を着実に進めてきた。また、足元では日本国内における事務処理体制の拡充や該当事案の的確な把握に着実に取り組んでいる。
徴収共助の導入にあたっては、法制の整備から人員確保、さらには職員へのノウハウの伝播など、必要となった労力は相当なものであった。以降、随時にこれらをアップデートしながら、執行体制の改善、ノウハウの蓄積と活用、それからパートナーとなる要請先の外国当局との連携強化などに対応してきた。結果として、前述の実績が表すように、日本における徴収共助の執行を着実に進めてきている。
徴収共助のさらなる発展に向けては、徴収共助ネットワークの拡充に取り組んでいく必要がある。この点、国税庁では、前述のように、各種国際会議にコミットして、徴収共助の有効性等を発信している。また、諸外国当局の職員向けに徴収共助に関する研修を行うなど国際的なキャパシティ・ビルディング活動にもコミットし、徴収共助制度の普及に貢献している。
総じて、この10年、国税庁では徴収共助制度の実施と発展のために、様々な取組を国内外で展開してきた。他方で、まだ制度導入から10年余りであり、世界的に見ても徴収共助制度の深化は、まだまだ道半ばともいえる。この分野における日本の役割は今後ますます重要になっていく。
写真:JICA主催の研修の様子

税制調査会の答申を受けネットワークの拡充に向けた取組
令和5年6月に、税制調査会から「国際的な租税の徴収の観点からは、徴収共助のネットワークの一層の拡充に取り組んでいく必要があります。」との答申がなされている。
今後、アジア・イニシアティブ等を通じて、これまで徴収共助を実施していなかった地域で徴収共助の普及が進むと、日本の取組をも一層拡充させていく必要がある。現在においても、韓国、オセアニア、欧米諸国などを中心に、多くの国と徴収共助の要請が可能であるが、経済的な結び付きの強いアジア地域において徴収共助の導入が進むことは、今後、日本における徴収共助のさらなる発展のために必要不可欠であろう。
これまでの10年の歩みにおいて、我が国は、多角的な取組によって、徴収共助制度の着実な実施を図ってきた。国際的にも発展途上である徴収共助制度を今後更に発展させるべく、国税庁では、国内の体制等整備を進めながら、国際会議の機会や二国間ミーティングをより積極的に活用し、徴収共助ネットワークの拡充に取り組んでいく。