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コラム 経済トレンド113


「貯蓄から投資へ」の現状と課題

大臣官房総合政策課 伊藤 恭平/木下 裕也

本稿では、「貯蓄から投資へ」の現状及び課題について考察する。

「貯蓄から投資へ」の現状
2001年以来、「貯蓄から投資へ」のスローガンが掲げられてきたが、日本の家計における現金・預金の保有比率は依然高止まり、リスク資産保有比率は低位で推移し、これまで「貯蓄から投資へ」の大きな動きは観測されていない(図表1 日本の家計金融資産構成(2023年6月末)・図表2 日米家計の現金・預金/リスク資産保有比率の推移)。
日米欧の家計の金融資産構成(2023年3月末時点)をみても、リスク資産である株式・投資信託の保有比率は、米欧それぞれに2倍以上の差をつけられ、リスク資産保有比率の低さが確認できる(図表3 日米欧の家計の金融資産構成(2023年3月末))。
2022年11月、新しい資本主義実現会議にて「資産所得倍増プラン」が決定され、金融資産所得の増加が期待されているが、真に投資を促進するためには、これまでの「貯蓄から投資へ」の阻害要因を特定して取り除いて行く必要があろう。
(出所)日本銀行「資金循環統計」、「資金循環の日米欧比較」、FRB「Financial Accounts of the United States」

「貯蓄から投資へ」の阻害要因
日本における「貯蓄から投資へ」の阻害要因として、リスク資産の期待収益率の低さ、未成熟な投資促進制度、将来不安による現金選好志向等、さまざまな要因が考えられるが、特に金融リテラシーが重要課題と言えるだろう(図表4 金融教育のニーズ)。
金融リテラシーは若年層ほど低いが、これは学校や企業等で金融教育を受けたことがあるかに比例していると考えられる。若年層においても、金融教育を受けた人と受けていない人では、前者の方が金融リテラシーは高い(図表5 金融教育の効果(金融リテラシー調査における正答率))。
金融リテラシー調査の日米比較をみると、全体の平均正答率に大差はないものの、金融教育を受けた人や金融知識に自信がある人の割合において、日本に比べリスク資産保有率の高い米国が上回る結果となっている。調査の詳細をみると、とりわけ複利に関する知識の有無が金融知識の自信につながり、さらには投資行動へとつながっている可能性が示唆される(図表6 金融リテラシー調査の日米比較)。
(出所)金融広報中央委員会「金融リテラシー調査2022年」、FINRA「The State of U.S. Financial Capability:The 2018 National Financial Capability Study」

長期保有による投資継続の必要性
貯蓄から投資にシフトできたとしても、長期保有を促進できなければ金融資産の増加には繋がらない。リーマンショック前後では、公募株式投資信託から資金流出が発生していた。資金流出が投資の中断と完全に結びつくわけではないが、市場が大きく下落すると投資を中断し、長期保有を継続できない人は一定程度存在すると考えられる(図表7 リーマンショック時の公募株式投資信託(除ETF)の資金増減額と日経平均の推移)。
投資信託協会の分析では、積立投資の実施者は、保有資産の損失発生時でも投資を継続できる可能性が高く、ドルコスト平均法の考えにより、投資を中断しにくくなっている可能性が示唆される。また、損失発生時に「株式等を売却したことがない」人の方が「株式等を売却したことがある」人に比べ、保有を継続できる可能性が高いことも推定されている(図表8 保有資産の損失発生時に保有を継続できると自認する人の特徴)。
一般的に、投資は短期的には収益に振れがあるが、長期的に平均すれば資産形成に大きな効果があると言われており、投資可能期間が恒久化、非課税期間が無期限となる新NISA(2024年以降)は長期保有の促進に期待ができる(図表9 NISA制度の概要)。
(出所)一般社団法人 投資信託協会「公募投資信託の資産増減状況」、「投資に関する1万人アンケート(2)―投資を継続できる人の特徴―」、Bloomberg、金融庁「NISAとは?」

「資産所得倍増プラン」への期待
資産運用を行わない理由として、56.7%の人が「余裕資金がないから」、40.4%の人が「資産運用に関する知識」がないことを挙げており、長期・積立・分散投資を通じて安定的な資産形成を促すには、金融経済教育の提供もさることながら、持続的な成長と分配の好循環により、所得水準の引上げも重要となる(図表10 資産運用を行わない理由)。
また、金融リテラシーの低い若年層における投資の第一歩には、専門家等のアドバイスが一定程度寄与する可能性があり、金融機関が「顧客本位の業務運営」を推進できるよう、環境整備等の対応が求められる(図表11 アドバイスが金融商品購入意欲に及ぼす影響)。
「資産所得倍増プラン」により、金融経済教育やNISA等制度の拡充がなされ投資促進が期待される。家計の現預金からリスク資産へのを投資増加を通じて、企業の成長投資の原資となり、その企業価値の向上がキャピタル・ゲインやインカム・ゲインとして家計の金融資産増加へと繋がる、「成長と資産所得の好循環」が実現することを期待したい(図表12 成長と資産所得の好循環)。
(出所)金融庁「リスク性金融商品販売に係る顧客意識調査結果」

(注)文中、意見に関る部分は全て筆者の私見である。