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コラム 海外経済の潮流146

米国を支える移民

大臣官房総合政策課 海外経済調査係 岩松 大洋


1.はじめに
米国は移民*1の国である。遡ること1620年、イングランド王ジェームズ1世による弾圧から逃れるためピルグリム・ファーザーズが米国の地に上陸したことからその歴史は始まり、今や世界第3位の人口を有する。さらに、こうした移民の存在もあり、米国の出生率は人口維持に必要とされる水準を下回っているにも関わらず、今後も人口増加が続くことが見込まれている*2。
本稿では、米国建国の礎であり、人口増加の源泉とも言える移民に焦点を当て、その動向や経済への影響を紹介する。


2.移民の動向
米国では、【図1. 米国の移民ビザの種類】に例示したように様々な移民ビザが存在し、移民ビザを取得すると入国が許可された時点で米国永住者又は条件付永住者の資格を得られるとされる*3。このような制度を通じて米国では毎年100万人程度の移民が流入しており、ここ10年間ではオバマ政権時にピークに達した。その後、2017年のトランプ政権の発足、2020年の新型コロナウィルスの世界的な流行を経て流入数が減少したが、2022年時点での流入数は100万人程度まで回復している。
また、人口に占める移民の割合*4は2021年時点で13.6%である。近年では伸びは緩やかであるが、長期的見て上昇傾向にあり、今後米国での移民の存在感が益々高まっていくことが予想される。


3.バイデン政権の移民政策
2021年1月の政権交代以降、バイデン大統領は難民受入の上限数の引き上げ、DACA*5の維持など、トランプ前政権からの方針転換を示す数々の移民政策を打ち出している。一方で、DACAに関してはテキサス州などの複数の州が過度な財政負担等を理由に違法性を訴え、テキサス州の裁判所が新規申請の受付け停止命令を発出するなど、バイデン政権の政策の実行性には疑問が残る。
昨年の中間選挙前にギャラップ社が行ったアンケート調査では、「経済」や「妊娠中絶」「犯罪」に次いで、「移民問題」「銃規制」が選挙の第三の争点であったと報告されており*6、移民に関しては米国内での注目度も非常に高いことが伺える。バイデン政権は、不法移民の増加を念頭に国境警備の強化を含む不法入国に対する取締の強化を打ち出したが、こうした世論の関心の高さも一定程度影響していると思われる。*7


4.経済への影響
読者の中には「移民は既存の労働者から仕事を奪う」といった移民への否定的な意見を耳にしたことがあるだろう。ロイターとイプソスが2023年7月に実施したアンケート調査でも、「有権者の約48%が移民は米国で生まれた人々の生活を苦しくするとの意見に同意すると述べた」とされており*8、一般的に抱くであろう移民に対する負のイメージを代弁した結果と言えよう。しかし、移民は米国経済の成長に資する存在である。
例えば、IMFは、先進国において移民が短中期的に経済成長と労働生産性を押し上げると指摘している。IMFは「World Economic Outlook(2022.4)」の中で、「流入移民数が総雇用者数に対する比率で1%ポイント増加すると、5年目までにGDPをほぼ1%押し上げることが明らかになった」と分析し、移民流入による雇用増加と、受入れ国の労働者と移民労働者の間での補完性による労働生産性の向上を通じて経済成長が押し上げられると論じている。つまり、移民が労働市場に参入した際、受入れ国の労働者は多くの場合、より熟練した言語能力やより複雑な作業を必要とする職に移る。これにより、受入れ国の労働者のスキルが向上する一方、空いた職を移民が埋めることで、経済全体の利益に波及すると指摘している。
経済成長への貢献という観点では、米国議会予算局(CBO:2023.4)も概ね同様の見解を述べており、移民の増加による労働力の増加や生産性の向上等を通じて全体の生産高が増加すると指摘している。
移民は、労働力それ自体としても重要である。現在米国では労働者不足(労働需給の逼迫)に伴う賃金上昇、サービスインフレが関心事項の一つとなっている。米連邦準備委員会(FRB)の「Monetary Policy Report(2023.3)」では、この労働者不足の一つの要因として移民の減少を指摘している*9。こうした指摘も、移民が労働力として米国に必要不可欠な存在であることを示す一例と言えよう。


5.おわりに
本稿では、米国の移民の動向や経済への影響について紹介した。今回紹介した事項は一部に過ぎないが、移民に関する議論は多岐にわたり、米国内でも非常に関心の高いテーマの1つである。今後、2024年の大統領選挙が近づいていくなか、移民に関する議論がこれまで以上に注目を集めることが予想される。当方としても、引き続き移民政策に関する議論や経済への影響を注視していきたい。
(注)文中、意見に係る部分は全て筆者の私見であり、ありうべき誤りは全て筆者に帰する。
(参考文献、出所)
・IMF“World Economic Outlook(2020.4)”
・CBO“The Foreign-Born Population,the U.S. Economy, and the Federal Budget(2023.4)”
・FRB“Monetary Policy Report(2023.3)”
・米国労働省、米国国務省、各種報道等(JETRO、ロイター等)

図表2. 米国の移民流入数
図表3. 米国人口に占める移民の割合
図表4. バイデン政権の移民政策
図表5. CBOによる移民の生産高への波及イメージ
図表6. 外国生まれの労働者の推移

*1) 本稿では特段の断りのない限り、難民も広義の意味で移民に含む。
*2) 国連「World Population Prospects 2022」
*3) 在日本米国大使館HP。
*4) 移民の定義が「流入数」と「割合」で異なる点に留意。詳細は図表2と図表3の注釈を参照。
*5) Deferred Action for Childhood Arrivals。幼少期に親に連れられて不法入国した若者への強制退去を猶予する措置。
*6) ギャラップ「Economy Is Top Election Issue Abortion and Crime Next」(2023.10.31)
*7) タイトル42とは、感染症防止のために移民の入国を制限する権限を行政府に付与するもの。合衆国憲法42章に規定されており、2020年3月の新型コロナウイルス感染拡大を理由に発動された。
*8) ロイター「バイデン氏支持がトランプ氏上回る、経済安定や中絶問題影響か=ロイター/イプソス調査(2023.7.20)」
*9) 米議会予算局(CBO)がパンデミック前に予想した現在の労働力人口と実際の労働力人口との比較で約350万人の不足があると指摘し、このうち約90万人が移民の減少分であると言及している。