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ファイナンスライブラリー

評者 渡部 晶

大竹 文雄/内山 融/小林 庸平 編著
EBPM  エビデンスに基づく政策形成の導入と実践
日本経済新聞出版 2022年12月 定価 本体3,600円+税


独立行政法人経済産業研究所(以下、「RIETI」という)では、長らくEBPMに取り組んできており、先般9月8日に、RIETI EBPMシンポジウム.『政策にEBPMは必要なのか?』が開催され、経済学者以外の有識者も参加して活発な議論がなされた。(https://www.rieti.go.jp/jp/events/23090801/handout.html)
RIETIでは、昨年4月1日に「RIETI EBPMセンター」を創設した。このセンターは、内外の研究者や政策当局と連携し、これまで進めてきたデータに基づく事後検証型の政策評価に加え、例えばグリーン化のように、今後官民連携で実施する大規模プロジェクトなどの経済効果の事前評価やこのために必要なデータ・デザインなどの基本構想を提示することを通じて、EBPMの進化を図るとしている。これまでの「単年度主義、透明性、公平性」のみに焦点を当てた政策評価とは異なる視点を持つというのだ。ここで、EBPM(Evidence-Based Policy Making:証拠に基づく政策立案)とは、政策の企画をその場限りのエピソードに頼るのではなく、政策目的を明確化したうえで合理的根拠(エビデンス)に基づくものとすることだとする。そして、限られた予算・資源のもと、各種の統計を正確に分析して効果的な政策を選択していくEBPMの推進は、2017年以降毎年、政府の経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)にも掲げられており、今後もますます重要性が増していくと予想する。
本書は、このようなRIETIの研究成果を取り入れ、「EBPMの基本的な概念や手法について解説した上で、米国・英国といった海外の事例や国内における実践例について具体的に解説したもので」、「エビデンスとは何か、EBPMはどのような手順で進めればよいのか、モデルになるような事例にはどのようなものがあるのか、といったことについて有益でわかりやすい手がかりを提供することを目的としてい」るという。編著者は、大竹 文雄(大阪大学感染症総合教育研究拠点特任教授)、内山 融(東京大学大学院総合文化研究科教授)、小林 庸平(三菱UFJリサーチ&コンサルティング)の各氏である(肩書きは本書より)。
構成は以下のとおりである。
巻頭言、はじめに(編著者)、第1部 EBPMの基礎:概念整理と日本における現状分析【第1章 EBPMとは何か(編著者)、第2章 因果推論と効果検証の考え方(近藤清太郎)、第3章 医療におけるEBMからEBPMが学べること(関沢洋一)、第4章 EBPMに死を!そして22世紀のEBPMへ(成田悠輔)】、第2部 海外におけるEBPM【第5章 米国におけるEBPM(津田和弘・岡崎康平)、第6章 英国におけるEBPM(内山融・小林庸平・田口壮輔・小林孝英)、第7章 開発分野におけるエビデンスに基づく実践の進展(青柳恵太郎・西野宏)】、第3部 EBPMの国内事例:(1)教育・環境エネルギー・経済産業政策【第8章 教育におけるEBPM(能島裕介・江上昇)、第9章 環境・エネルギーにおけるEBPM(横尾英史)、第10章 経済産業政策におけるEBPM(角谷和彦・橋本由紀・牧岡亮)、第11章 広島県におけるEBPM(石川直人)】、第4部 EBPMの国内事例:(2)ナッジの政策活用【第12章 ナッジとは何か?ー基本的な考え方と日本版ナッジ・ユニット「BEST」の取組(池本忠弘)、第13章 地方自治体における政策ナッジの実装(高橋勇太・津田広和)、第14章 防災ナッジ(大竹文雄)】、終わりにーEBPM定着のための条件とは(編著者)
上述のシンポジウムの締めくくりに登壇した大竹教授によれば、RIETIのYouTubeで閲覧数の3位にあるのが、第4章に係る動画とのことである。成田氏は、『22世紀の民主主義 選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる』(SBクリエイティブ)の著者で、現状ではEBPMは「ポンコツ」で、当面はやらないほうがよい、と主張する。
また、シンポジウムでも重要な論点とされていたのが、第1章の「EBPMにおける科学とコミュニケーションの役割り」や第5章・第8章で指摘されている「個人情報保護」との調和の課題であった。さらに、何事でも我が国で参照されることが多い英国のEBPMの実際では、経済・財政の予測及びそれに基づく財政目標の評価という分野について、予算責任局(OBR)に係る適切な紹介がなされている(182頁~187頁)。第10章で経済産業政策の個別の具体的な補助金について効果分析を試みている点も注目される。
EBPMは現状、様々な政策に関わる課題を一挙に解決するものではないが、予算・政策の質を高めていくためには極めて重要であり、今後の進展に向けての基礎として広く関係者に一読をお勧めする。