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PRI Open Campus~財務総研の研究・交流活動紹介~ 23


・「生産性・所得・付加価値に関する研究会」 宇南山卓座長インタビュー

財務総合政策研究所総務研究部長 上田 淳二/総括主任研究官 鶴岡 将司/研究官 桃田 翔平/研究員 佐川 明那


財務総合政策研究所(財務総研)は、2022年11月から2023年5月にかけて「生産性・所得・付加価値に関する研究会」を開催しました。
研究会では、生産性と所得に関するデータを整理することによって日本の現状を評価するとともに、生産性の上昇が所得の増加につながり新たな付加価値の創出活動に向かうサイクルをどのように実現できるのかについて、有識者からの発表等を踏まえて、活発な議論が行われました。研究会での発表内容や、それらを踏まえてとりまとめられた報告書は、財務総研のウェブサイトに掲載されています*1。
本稿では、研究会の座長を務めていただいた宇南山卓京都大学教授に、本研究会の議論で特に印象的だった点等について、お話を伺いました。

宇南山 卓 京都大学経済研究所教授/財務総合政策研究所特別研究官
2004年に東京大学で博士号(経済学)を取得した後、神戸大学助教授、一橋大学准教授、財務省財務総合政策研究所総括主任研究官、一橋大学教授などを経て2020年現職。専門は日本経済論,経済統計学で、家計行動の分析や統計の質に関する研究に多数従事している。

上田 淳二 財務総合政策研究所総務研究部長
1994年に大蔵省(当時)に入省。財務総研においては、マクロ経済および人口構造の変化と政府財政の関係、税収および課税ベースについての研究を実施。

1.研究会の狙いと期待

上田総務研究部長:
生産性の議論には、付加価値をどのように計測するか、ミクロレベルでの分析とマクロレベルの要因をどのように結びつけて考えるかなど、様々な論点があり、一筋縄ではいかない複雑さがあると感じています。今回は、統計の作り方を熟知され、マクロ・ミクロ両面からの様々な研究に取り組んでおられる宇南山さんに研究会の座長を引き受けていただき、ありがたく思っています。研究会での議論を振り返りどのように感じておられるでしょうか。

宇南山教授:
「日本の問題は生産性が低いことで生産性を上げる必要がある」と理解している人が多いかもしれませんが、この研究会では、日本の問題が本当に生産性の低さにあるのかということを、データに基づいてきちんと検証すべきだろうと考えました。生産性は、インプット(投入)に対するアウトプット(産出)の比として定義されるものです。生産性を、物的な意味で理解すれば、何時間働いたら何個の物が作れるかということになります。しかし、実際に現実の経済活動は「円」で把握されており、正しく計測し解釈することは簡単ではありません。たとえば、生産性が低いから売上が低いとよく言われますが、金額での生産性の計測においては、分子のアウトプットとして「売上」が用いられるため、売上の低さが生産性の低さの原因となります。そのため「売上が低い理由は、売上が低いから」ということになってしまい、何も説明したことになりません。その意味では、測るべき生産性とは何かを考え、どのようにアウトプットを計測し、計測された生産性が様々な企業の活動とどう関係しているのかを明らかにすることから議論を始める必要があると考えました。これは、あまりに基本的なことに聞こえますが、現在の経済学の分野の「隙間」とも言える難しい論点です。「ミクロ実証」の分野では、個別企業のアウトプットが精密に計測されていますが、多くの場合、物的な生産物で計測されています。一方で、さまざまな企業・産業を横断的に分析する「マクロ経済学」では金額ベースの計測がされています。そのため、ミクロとマクロの議論が矛盾するなどの問題が発生するのです。生産性とは何かを固定しながら、異なる分野の研究者がいかに対話できるかがこの研究会の肝と考えました。

上田:
研究会を通して印象に残った議論や重要と思うメッセージはありますでしょうか。

宇南山:
議論を通じて改めて気付かされたのは、「生産」と「所得」は必ずしも一体ではないという点です。これは非常に重要なメッセージだと思います。賃金が上がらないことが日本の大問題で、その問題に生産性が密接に関係しているだろうと一般的には理解されていると思いますが、今回の研究会の議論を通じて、生産活動の水準と所得には必ずしも一対一の関係は見いだせませんでした。研究会では、生産性の上昇率については、日本が他の先進国と比べて特別劣っているわけではないことが確認されました。一方で、日本の「所得」の動向は、諸外国に比べ大きく見劣りします。この生産と所得の動向の食い違いには、労働人口比率が低いという問題や、為替レートが均衡レートから乖離しているという点が影響しているのではないかという印象は持ちましたが、その理由を完全には解明できていないと感じています。ただ、少なくとも日本の企業が、生産活動において何か駄目なことをしているから生産性が低く、そのせいで大きな問題が生じているという構図ではありませんでした。

上田:
近年は、日本だけが生産活動に関して他の先進国と比べて特別失敗しているわけではなく、企業や事業者は生産性を上げる努力は続けているわけですが、その一方で、生産性の伸びを所得の上昇に結び付けるような形が実現しているのかという点が重要だと思うのですが、いかがでしょうか。

宇南山:
それを実証的に示そうとすると、生産性計測の難しさに直面します。生産性を計測するときは、できる限りインプットとアウトプットが一対一に対応している状況を作って計算しなければなりません。実際、事業所のレベルになると、インプットとアウトプットの関係はかなりの程度一対一に対応させられます。しかし、そうして測った生産性からは、たとえば本社機能やR&D(研究開発)活動がもたらす生産性上昇が所得につながるような効果は除外されます。一人当たりGDPのようなマクロの指標で見ると、日本経済は停滞しているように見えるけれども、その要因を調べるために分解し、ミクロな分析を行っていくと、問題が起きてなさそうだということになります。事業所レベルに至る途中にある、生産性の計測で抜け落ちてしまうものをどうやって捕捉するのかが難しいのだろうと感じています。


2.生産性の計測と品質調整

上田:
そもそも、生産性を計測しようとする際に、物的な意味での生産性に着目して正確に計測することがどこまで可能なのかという問題があるということでしょうか。

宇南山:
生産性の計測にあたっては、まず、アウトプットを金額で測ることから、実質化することが重要です。アウトプットは売上で測られますが、売上は価格と量のかけ算の結果のデータです。物的な生産性を計測するためには、価格変動の影響を取り除き、実質化しなければなりません。物価指数を作る人間としては、究極的に、何か物的な単位に戻せるような価格が欲しいわけですが、一方で、そもそも一般的な物価の上昇ではない付加価値の生産の増減を正確にとらえたいと考えて、実質化しようとする際に、すべてわざわざ物的単位に戻せるような物価指数を作ってしまうと、価値が上昇していると考えられる部分についてまで調整してしまいます。例えば、かつて一本100円で売られていたペットボトルの水が、なぜか200円で売れるようになったとします。もし、他の商品の価格も同じように倍になっていれば、これは単なるインフレでペットボトルの水の実質値では100円と評価されるべきなので、単純に物価指数で調整することで実質化ができます。しかし、もしそうでなく、何らかの理由で、付加価値をつけることができて、せっかく倍の200円で売れるようになったのに、それを全部打ち消すような物価調整をしてしまうと、おかしな気がします。物価指数を作るときには、「実質的」な意味で付加価値が増減している分まで調整してしまうべきではないということになります。物価指数の作り方は、品目としては同じだけれども中身の商品が入れ替わった場合に、商品の違いによる付加価値の差をとりのぞいて物価変動をとらえます。これは「品質調整」と呼ばれる普遍的な手順ですが、この方法だと同じ商品をより高く売るようになると、それは単なる価格の上昇と見なされて「生産」の増加とはされません。高付加価値経営のようなものを考える上では、品質を上昇させることも重要ですが、同じものを高く売ることで売上げを増やすことも重要になります。そうしたプロセスを正確にとらえることは非常に重要です。しかし、これが難しい。


3.経済活動の縮小とインプットの減少

上田:
人口減少の局面を迎え、労働投入や物的な消費量は減るので経済が衰退せざるを得ないんだという見方は強く、消費量そのものが減ることによる生産の縮小、経済活動の縮小に対する悲観が日本の場合には強すぎるという印象があります。

宇南山:
アウトプット=生産性×インプットとすると、生産性を上げるほかに、インプットを増やす、特に一人当たりのインプットを増やすことが大切だと思います。日本の労働投入量の落ち込みは世界的に見てもかなり大きく、これを増やすことは不可欠だと思います。今は働き方改革を含めて一人当たりのインプットをいかに抑制するかという議論が中心になっています。もちろんワークライフバランスなど個々の事情は尊重されるべきですし、過労死につながるような働き方は否定されるべきですが、まだまだ活躍できる人がいる。所得や日本全体のGDPを考えるときには、労働時間ベースでのインプットをもっと増やせる余地があるのではないでしょうか。

上田:
研究会では、労働の代わりとなる資本の投入が不足しているのではないかという議論もありました。

宇南山:
廃業を視野に入れた企業は設備投資をしないので長期的には退出せざるを得ないけれども、一定期間は設備投資なり研究開発投資(R&D)をしない分、軽量経営が出来て少し生き延びられるというような話がありました。日本企業が資本のインプットを増やしていないのではないかという指摘は、おそらく事実としてあるでしょう。研究会では、その要因として長期的な日本の経済に悲観的な傾向があることが指摘されていました。

上田:
その一時的に企業が生き延びる現象は、研究会で宮川先生が「死の影(Shadow of death)」と表現されていたものですね。

宇南山:
短期的には問題を生じさせるものではなくとも、持続可能ではないという意味で、企業の海外移転の増加は、日本全体でみると一国版の死の影と捉えられるかもしれません。そのように考えるのであれば、今後の日本のあり方を考えるポイントは二つあると思います。一つは、生産拠点がどの程度国内に必要かという点です。生産拠点が海外に出ても、投資しているのが日本人であればリターンを得ることができるので問題はないという見方があるかもしれません。しかし、それが長期的に持続可能かどうかは自明ではありません。労働者が現地で雇用され、利潤の多くが現地企業に帰属し、国内へのリターンが限定的であれば、日本にとっては大きなマイナスです。もう一つのポイントは、海外で得た利潤を、どのように持続的に日本に循環させることができるのかという点です。その意味では、日本がいかに債権国として生きていくかという話になります。国際企業の大株主のような富裕層からすると、所得を国内に入れる意味もないので、単に日本から資金が出ていっただけで、日本全体で見ると債権は増えるかもしれないけれど、多くの国民が職を失うという状況を招いてしまうようにも思います。

上田:
研究会では、ゲストスピーカーの斎藤誠先生が強調されていましたが、実質の労働生産性が上昇してきたわりに実質賃金が上がらない背景として、交易損失が大きかったことが影響しているとの見方が重要だと改めて感じました。印象に残ってるのは「町医者の聴診器」という表現で、標準的なマクロ経済学の手法を用いてデータを観察することの重要性です。

宇南山:
本来、マクロ経済学は日本の問題を分析する上で必須だと思いますが、なかなかマクロ側からの研究が進まず、ミクロ実証分析のほうが進んでいるのが実情で、学問上も乖離が出ているように感じます。ミクロで見ると問題がないように見えるけれど、マクロとして明らかにおかしいという部分があって、そこをつなぐ研究が少し足りないという点も今回の研究会で示せたかもしれません。


4.内部効果と再配分効果

上田:
研究会では、事業所レベル、あるいは産業レベルで生産性を見る際には、内部効果と再配分効果*2の大きさについて様々な議論がありました。これについてはどのような印象をお持ちでしょうか。

宇南山:
再配分効果に期待する人は多いと思います。例えば、非常に生産性が高い人が存在するのにその人が無駄遣いされていて、それを再配置さえすれば状況が改善するというのは、魅力的な筋書きだと思います。研究会で行われた財務総研のスタッフによる報告で非常に興味深かったのは、産業別にみると、各国を比較して日本だけが内部効果、すなわちその産業の生産性の上昇、に頼っているわけではなく、どこの国でも同様に内部効果が大きいということです。そうなると再配分効果に期待をするのが本当に正しいのかという疑問が生じます。さらにいうと、特に産業間をまたぐようなインプットとアウトプットの計測は困難です。このことを考慮すれば、再配分によって生産性が低い産業のシェアが増える場合も多いように見えても、あくまでも統計上の計測ミスである可能性があります。つまり、再配分をしなくても、経営現場では当然正しいリソースの配分が行われている可能性があります。統計上の計測結果を用いることは、統一的な比較をするには役立つものの、その結果だけを見て単純に再配分効果を大きくするような政策を推し進めることは、本当に大丈夫なのかという疑問が残ります。その意味でも重要なのは、内部効果の大きさであろうかと思います。例えばアメリカ、イギリスの2000年代の生産性の伸びは特に大きく、ここに日本はキャッチアップできませんでした。分析結果を大局的に見れば、2000年代の前半の日米英の差は小さく見えますが、アメリカと日本の内部効果を比較すると1%違います。年間の伸びが1%違うと7年ではおおよそ7%違ってくる。この年率1%の違いが存在したという意味で、もしかすると2000年代には日本の生産性の上昇率に問題があったのかもしれません。2000年代前半当時は、IT化の初期で、アメリカ、イギリスといったIT先進国との間で差がついてしまったのではないかという印象を持ちました。もしかすると、この2000年代初頭の差によって、生産性に対する問題意識が生まれたのかもしれません。しかし、その差がある程度解消しつつあるにもかかわらず、当時の問題意識に基づいて「生産性が問題の根源だ」と論じているとすれば、それは必ずしも正しくないかもしれません。

上田:
研究会で内部効果が議論に上ったときに、事業所あるいは企業間のような同業種での移動=リアロケーションというものが大事になると考えました。同じ産業の中でも、より経営が優れているところに人や経営資源がうまく移っていくということが必要なのかもしれません。

宇南山:
一方で、そこに勤める労働者の質の違いが影響している可能性もあります。例えば、居酒屋に勤めてる人と三ツ星レストランに勤めてる人では、同じ飲食業ですが、スキル等に関係なく高付加価値の方に移動できるかというとそういうわけにはいかないでしょう。やはり、同一産業内であったとしても、スムーズな再配分はなかなか難しいと思います。

上田:
今、政府では、リスキリングなど、再配分を促す仕組みを進めているところです。

宇南山:
もし労働移動ができないのが単に教育投資が不足することで、ヒューマンキャピタルの低さが問題となっているなら、リスキリングでは足りません。ゼロからの「スキリング」が必要ということになりますので、一定の投資は不可欠です。研究会では、生産性向上のための新しい設備などへの投資が不足しているという議論がありましたが、人的資本でも全く同じ構造があるのかもしれません。

上田:
一方で、企業が自ら教育した人材が途中で別の企業に移動してしまうと、企業に最終的なリターンが入らないので、教育投資に躊躇し、それによって人材への投資全体が不足する可能性があります。また、IT投資を加速しようという場合には、職務の再編が必ず必要になってきますが、それに取り組まなかったために、既存事業の精緻化にとどまってしまった可能性があるのではないかと感じています。


5.今後の研究の方向性

上田:
今後、生産性の議論を深める際に、必要とされる研究について、宇南山さんはどのようなものを考えていますでしょうか。

宇南山:
生産と所得の結びつきの微妙なズレがいろいろ議論のねじれを生んでいるという意味でいうと、今回の報告書の中にもありますemployee-employerのデータセット*3を用いた研究というのは役に立つでしょう。あとは、労働者のパネルデータですね。同一の人間のキャリアパスを追いかけるということが非常に重要になると思います。再配分効果を考える場合は、ある特定のスキルセットを持った人がどのような会社でどのような仕事をしてどのくらいの給料をもらっているのかということを追跡できることは、意義があることだと思います。ただし、実際にパネルデータを作ろうとすると、転職や転居を挟んだ履歴を追えるのかという、調査実務上の大きな課題があります。依然として転職が多くない社会では、キャリアパスを追い続ける意義は低く、クロスセクションデータで充分足りるという事情もあり、新しいデータを作るには、統計当局と密接に協力する必要があると思います。

上田:
人材の配置状況の把握は、昔であれば、企業の人事部がそれをやっていたということかもしれません。生産性を最大限上げていこうと考える際、企業の人事部の役割が相当大きかったのだろうと思いますが、今、企業の壁を越えて、どういう経験、技術または教育が大事で、誰がそういった経験や技術を持っているかという情報がどこにもないように思います。

宇南山:
社内で完結した時代であれば、こんなキャリアをこれぐらい積んだ人物が、今、力を持て余している、というような実態を把握できる人が社内にいたということですよね。それが今や力を持て余している人がキャリアに見合ったポジションに居るかどうかを本人以外知る人がいないという状況になっているのだと思います。その意味では、職業紹介、公的にはハローワークのような機関の役割は重要なものです。しかし、ある程度のキャリアのホワイトカラー労働者はハローワーク経由で転職していないという実態がありますので、いわゆるキャリア支援系の企業が持っているリソースを活用していくことが重要になります。転職市場の全体像をモニターできるような情報が必要で、今のところだと、就業構造基本統計調査が辛うじて転職の情報を取っていますけれども、必ずしも事業所の情報と結びついていないので、実際どんな仕事をしていたかは詳細には分からないという問題があります。統計としてはそこを強化することが必要かと思います。ただし、人材配置の課題はより単純なものかもしれません。現状の労働市場では医療・介護産業が人材のブラックホールのような状態になっていると感じています。例えば、高度人材の中で医師を目指す者が増え続けていますし、労働市場に新規に参入する人は介護産業に入っていく状況です。こうした人材配置が、生産性の観点からどのような意味を持つのかを十分に分析することが必要だと思います。

上田:
生産性に関する議論のほかに、財務省あるいは財務総合政策研究所に対して、どのような議論や研究をしていくことを期待されますか。

宇南山:
資金循環の一環として、財政赤字なり国債の累増という問題をもっとピックアップしてもいいかなと思います。あとは、統計が乏しい部分ではありますが、海外との資金循環の部分ももっと見てもいいと感じます。加えて、個人的に過去研究していたことではありますが、均衡為替レートの研究が上げられると思います。私が為替レートの論文を財務総研のフィナンシャル・レビューで書かせてもらった1999年頃は、このテーマは注目を浴びていました。それ以降、均衡為替レート、より一般に為替レートそのものを一大事のように取り上げる機会はすごく減っているように感じます。たとえば、1ドル90円を切って円高局面になった東日本大震災後は、震災処理等他のこともあったために、言わばそれどころではないという事情もあったかもしれませんが、ほとんど議論されませんでした。また、その後一気に円安局面になったのですが、私から見える印象では、為替が大問題だという意識は今一つ盛り上がっていなかったように思います。今では、原油価格の変動が大問題であるようにクローズアップされていると感じますが、為替変動もなかなかのインパクトを与えているはずです。企業の内部留保とも密接に関係しているのでしょうが、いったいこの為替レートの動きが何によって生じて、今後どうなるかということは、注目すべきテーマだと思います。均衡為替レートを一言で説明するのは難しいですが、長期的に国際的な一物一価を成立させるようなレートを均衡為替レートと呼びます。正確には、貿易財の価格の一物一価を成り立たせるのが実際の為替レートで、もし均衡為替レートが成立していれば、輸出しても国内で売っても同じ程度儲かることになるので、ごく自然にISバランスで貿易収支が決まる世界になります。一方で、非貿易財には一物一価が成立しないので、均衡為替レートの下でも、日本は物価が安いとか高いとかいった一般物価の地域性が生まれます。さらに、短期的には、日米の金利差を踏まえて、期待利子率の均衡によって、そのときどきの為替レートの変動が生まれるといった話になります。現在の円安傾向は、日本の貿易財産業の生産性の低さによって生じている可能性がある一方で、原油価格の動向や国内外の金利差も影響していると思われます。こうした複雑な構造を整理する研究が求められます。

上田:
日本経済を見る際には、為替レートの変動が潜在的な影響を与えてきたことや、これからも影響する可能性があるという視点はやはり重要ですね。本日は、多岐にわたるテーマについてお話しいただき、ありがとうございました。

「生産性・所得・付加価値に関する研究会」の情報はこちらからご覧いただけます。
https://www.mof.go.jp/pri/research/conference/fy2022/seisansei.html
※なお、本報告書の内容や意見はすべて執筆者個人の見解であり、財務省あるいは財務総合政策研究所の公式見解を示すものではありません。

「生産性・所得・付加価値に関する研究会」報告書
「生産性」とは経済分析において最も基本的な概念の一つですが、さまざまな定義があり、実証的に計測するのも容易ではありません。それゆえに、何を比較するのかを明示的に意識しなければ、問題の所在すら認識が困難です。本報告書では、一国全体および産業別に、労働力をはじめとする付加価値の生産のための生産要素の投入と産出の関係を改めて確認し、計測される「生産性」の水準や変化に関して、国際比較を行っています。また、ミクロ面からの実証分析に加え、交易条件の影響や投資が生産性に与える影響といったマクロ面からの分析や、医療・介護を中心とした非市場型サービスにおける生産性の課題等についての検討も行っています。それぞれの議論については、以下の各章にある報告をご覧ください。

はじめに 宇南山 卓 京都大学経済研究所教授/財務省財務総合政策研究所特別研究官
第1章 生産性と所得を高めるためには何が必要とされるか―付加価値の形成・拡大能力の重要性―
    上田 淳二 財務省財務総合政策研究所総務研究部長
    鶴岡 将司 財務省財務総合政策研究所総務研究部総括主任研究官
第2章 生産性を巡る論点
    森川 正之 一橋大学経済研究所教授/独立行政法人経済産業研究所所長
第3章 交易条件の変化と付加価値の分配
    齊藤 誠 名古屋大学経済学研究科教授
第4章 生産性の推定法と交易条件・為替レート
    清田 耕造 慶應義塾大学産業研究所教授
第5章 労働生産性に関するマクロ経済分析
    高橋 悠太 一橋大学経済研究所講師
    高山 直樹 一橋大学経済研究所講師
第6章 産業ごとに見た労働生産性上昇率―労働移動と生産性上昇の成果配分―
    新川 真帆 財務省財務総合政策研究所研究官
    玄馬 宏祐 財務省財務総合政策研究所研究員
    佐川 明那 財務省財務総合政策研究所研究員
    野村  華 財務省財務総合政策研究所研究員
    林 奈津美 財務省財務総合政策研究所研究員
    桃田 翔平 財務省財務総合政策研究所研究官
第7章 企業ダイナミクスとマクロレベルの生産性
    宮川 大介 早稲田大学商学学術院教授
第8章 生産性と生産資源配分
    古賀 麻衣子 専修大学経済学部教授
第9章 日本企業による設備投資と無形資産投資、中国企業のTFP及びIT投資、R&D投資の効果
    乾 友彦 学習院大学国際社会科学部教授
第10章 非市場型サービスの生産性に関する議論―日本の医療・介護サービスを中心に―
    伊藤 由希子 津田塾大学総合政策学部教授

財務総合政策研究所
POLICY RESEARCH INSTITUTE, Ministry Of Finance, JAPAN
過去の「PRI Open Campus」については、
財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。
https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html

*1) https://www.mof.go.jp/pri/research/conference/fy2022/seisansei.html
*2) 各企業レベルの生産性上昇が産業全体の生産性上昇に結び付く効果を内部効果、相対的に生産性が高い企業が市場シェアを拡大させる(生産性の低い企業が市場シェアを縮小させる)効果(シェア効果)と生産性を伸ばした企業の市場シェアがより拡大する効果(共分散効果)を合わせて再配分効果と呼ばれる。
*3) どのような雇用者が企業に雇われているかが時系列で把握することができる「雇用者・被用者データ」。労働経済研究の分野では近年重要視されてきている。