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PRI Open Campus~財務総研の研究・交流活動紹介~ 22


IMF片山審議役インタビュー
財務総合政策研究所 総務研究部 主任研究官
伴 真由美


財務総合政策研究所(以下、「財務総研」)は、IMF財政局、アジア開発銀行研究所(ADBI)とともに、「Tokyo Fiscal Forum」(TFF)というイベントを、2015年以降毎年開催しています。TFFは、アジア諸国の財政に関する制度や運営を支援するIMFの技術協力を土台としつつ、アジア各国のハイレベルな政策担当者の間で現状や課題を共有し、アジア域外からの有識者とも意見交換できる場を、日本のイニシャティブの下に提供しています。これまで7回のイベントを開催するとともに、2021年12月に関連イベントとしてオンラインセミナーを開催しました。
今般、2023年6月6日及び7日の2日間にわたって、「The Eighth Tokyo Fiscal Forum―Building Resilience and Reshaping Fiscal Policy in Asia and the Pacific Region―」と題したイベントを対面及びオンラインで開催しました(対面開催は約3年ぶり)。「インフレの克服に向けた財政・金融政策ミックス」と「気候変動と国際協調」の2つを大きなテーマとして、18か国からゲストやパネリストを招き、国際機関スタッフや国内の研究者等も含め、全体で約150名(オンライン参加含む)が参加するイベントとなりました。フォーラムにご貢献をいただいた発表者、参加者、IMF及びADBIその他関係者の皆様に厚く御礼を申し上げます。
本稿では、IMF財政局でTFFの運営に携わられた片山審議役に、今回のフォーラムのテーマや議論のポイント等について、お話を伺いました。

The Eighth Tokyo Fiscal Forum議事次第(概要)
【1日目】
・歓迎挨拶
・特別セッション1:G7財務トラックの議論とその含意
・特別セッション2:アジア太平洋地域の経済・財政上の課題
・セッション1-1:インフレの克服に向けた財政・金融政策ミックス
・セッション1-2:アジア太平洋地域の財政運営に関するラウンドテーブル・ディスカッション(日本、タイ、ベトナム財政当局者による発表)
【2日目】
・セッション2-1:気候変動と国際協調
・セッション2-2:アジア太平洋地域の気候変動政策に関するラウンドテーブル・ディスカッション(日本、フィリピン、バングラデシュ財政当局者及び国連開発計画職員による発表)
・閉会挨拶
今回のTFFのアジェンダ及び発表資料は、財務総研のウェブサイトに掲載されていますので、
ご参照ください。
https://www.mof.go.jp/pri/research/seminar/tff2023.html

1.今回のテーマについて
―今回のテーマは“Building Resilience and Reshaping Fiscal Policy in Asia and the Pacific Region”(「アジア太平洋地域における経済財政上の強靭性の構築と財政政策の再形成」)、その中で2つの大きな柱として、“The Relevance of the Fiscal-Monetary Policy Mix for Disinflation”(「インフレの克服に向けた財政・金融政策ミックス」)と“Global Cooperation and Climate Change”(「気候変動と国際協調」)を設けていますが、これらを設定された狙い・背景などをお聞かせください。

写真 片山 健太郎 IMF財政局審議役
2001年財務省入省。IMFエコノミスト、主計局勤務等を経て、2021年夏より現職。
[聞き手]
写真 伴 真由美 財務総合政策研究所総務研究部主任研究官
2013年財務省入省。主税局勤務、英国留学等を経て、2020年夏より現職。
今後の財政政策を考える上での短期的な課題と中長期的な課題の双方を扱うのが良いだろうと考えました。
世界的にみて、短期的な課題としては、コロナ禍、ウクライナ戦争、そしてIMFが「cost of living crisis」と呼んでいる、ウクライナ戦争だけによらず全般的にインフレになっている状況があります。それらに対して経済政策としてどのように向き合うかは喫緊の課題です。
この点について、財政政策としては大きく分けて二つの切り口があり、一つはコロナ禍で大きく膨らんだ歳出をどのように縮減していくのか、もう一つはインフレが全世界的な潮流になっている中でマクロ経済政策全体としてどう対応するか、というテーマがあります。“The Relevance of the Fiscal-Monetary Policy Mix for Disinflation”というタイトルは特にこの二つ目の点を念頭に置いたものです。
中長期的な財政運営を考える際、IMFではmacro-criticalという観点から、マクロ経済に大きなインパクトがある項目を重点的に議論する必要があると考えています。その観点では、やはり気候変動が挙げられます。他にもGender Disparity(男女間格差)やEconomic Inclusion(経済的包摂)といったテーマも研究・分析をしていますが、特にアジア地域においてもっともmacro-criticalなのは気候変動なので、それをぜひ取り上げようということになりました。
―アジェンダを組み立てられる際に工夫された点や苦労された点はありますか?
TFFは、IMFが自らの研究・分析結果やアクティビティをアジア地域の当局者に伝える重要なチャネルですが、同時に、IMFからの一方的な押し付けではなく、アジアの当局者自身がTFFを通じて色々な議論をすることで、様々な形で知恵を持って帰ってもらうことも重要な意義だと考えています。
そうした観点で、アジェンダを作る際には、“IMFや研究者の意見を聞いて終わり”というよりは、当局者同士で議論してもらってお互い気付きを与え合うことが重要だと考えたので、それぞれのテーマについて、レクチャータイプのセッションと、当局者がそのテーマについて自分たちが何をやっているか、何を目指しているのかを共有し合うためのラウンドテーブルの両方を行う形にしました。
苦労した点は、スピーカーをどうバランス良く揃えるかという点ですね。もちろんIMFの幹部にも話してもらいますが、大学の研究者も必要ですし、例えばEUのような他の先進国の取組も紹介する必要があるので、その辺りのバランスを取ることに苦労しました。特に、気候変動は新しい分野なので、財政政策との関係を議論してくれる研究者を探すのは大変でした。

2.各セッションについて
―財政・金融政策の調整(coordination)について、どのような方向性が必要で、日本と他の国々とでどのような共通点や相違点があるとお考えですか?
中央銀行の独立性は保たれるべきであるという大前提の下で、インフレ対応にあたっては、財政政策と金融政策のcoordination(調整)が必須であるというのが、今回のフォーラムの一つのインプリケーションだと思います。例えば、現在世界中で起きているようなインフレに対応する際、金融政策を引き締めに転じるべきなのはもちろんですが、同時に財政政策もtightening(引き締め)することで、金融政策の効果を最大化すべきであり、そうした整合性を保ったマクロ経済政策運営を行うべきである、ということです。IMFはこうした問題意識から、2023年4月のレポートで、過去30年を振り返ると、財政支出をGDP1%拡大すると0.5%物価が上昇することを示しています。
どのように調整を行うか、という点については、例えば日本では、財務大臣と日銀総裁が経済財政諮問会議のメンバーになっており、そこで調整を行うことが考えられますが、諮問会議はマクロ経済政策のスタンスのみならず、数多ある幅広い課題を議論する場でもあります。
一方、例えばタイは、Fiscal Policy Committee(財政政策委員会)という財政政策の方向性や現状を議論するフレームワークがあり、総理が議長、財務大臣が副議長で、中銀総裁もそのメンバーになって調整が行われています。
色々なinstitution(組織)の在り方があり、国によって事情も異なりますので、“one-fits-all”の方策はありませんが、今後益々マクロ経済政策の舵取りが難しくなる中で、財政政策と金融政策が整合性をもって効果的に運用されるよう、各国に知恵を絞ってもらいたいと思っています。
―セッション2-1は気候変動対策のデザインの仕方やこの分野での国際協力推進の方法について議論するものでしたが、IMFのお立場から、日本のこの分野での取組についてどのようにご覧になっていますか?
気候変動対策は大きく分けてMitigation policy(緩和策)とAdaptation Policy(適応策)に分かれます。Mitigationについては、Carbon Pricingが最も効果が高いとみなされがちですが、それだけではなく、再生可能エネルギーへの転換を促す補助金やセクター毎の課徴金的な仕組みを組み合わせていくことも効果的です。Adaptationはインフラ投資が中心になりますが、その必要規模をどう推計するかやどうファイナンスするかは各国の課題です。
日本も多角的な取組をしていると考えています。特に開発途上国に対する支援を行う仕組みであるJCM(Joint Crediting Mechanism)*1のような取組は非常に斬新ですし、先進国としては望ましいアプローチだと思います。カリフォルニア大学サンタクルーズ校のヘール教授が示していましたが、日本もストックベースでは温室効果ガスを多く排出している国の一つなので、国際協力を主導していくことが期待されます。
―ラウンドテーブル・ディスカッション(セッション1-2とセッション2-2)では、前者は日本・タイ・ベトナム、後者は日本・フィリピン・バングラデシュ(及びregional experience)のプレゼンがありましたが、これらの国々を取り上げた意図や、実際にプレゼンを聞いてみてのご感想を教えてください。
セッション1-2はポストコロナの財政運営、セッション2-2は気候変動政策について、IMFから見て、アジア域内で先進的な取組をしている国に経験談を共有してもらい、各国当局者の参考にしてもらえればと考えました。
特にセッション2-2はよい組み合わせで、気候変動対策をしっかり進めていることで有名なフィリピンとバングラデシュ、さらには国連開発計画でアジア地域全体をカバーしているアサド・マケン氏にもプレゼンしてもらいました。
例えばフィリピンはClimate budgetingという仕組みを導入しています。予算編成にあたり、気候変動関係の支出を省庁横断でタグ付けし、それらについて整合性を保つように内容検討、予算書類準備、執行といったサイクルを回しているとのことでした。
バングラデシュも、2040年までのロードマップを策定し、経済政策や予算編成に組み込んでいます。具体的には気候変動要素を予算分類システムに組み込むことで、気候変動関係の支出の追跡が容易になり、透明性向上や効率性の分析が可能になったとのことです。
マケン氏は、域内各国の気候変動関係の改革、特に気候変動ファイナンスに向けた具体的な動きを紹介しつつ、予算編成とPFM(公的財政管理)強化を連動させていく重要性を訴えました。
今後、気候変動と予算編成をどう連動させるかは各国の課題ですが、Trailblazers(先駆者)を紹介したことで、具体的にどういう改革が必要となるかのイメージを持てたのではないかと思っています。

3.振り返り、今後に向けて
―片山さんが今のポストに就かれてからは初めての対面開催となりましたが、振り返ってみていかがでしょうか?
今回、対面開催(一部オンライン参加)に戻したことは、非常に成功だったと思います。レクチャーのみであればオンラインでも相当程度スムースに運営できますが、コーヒーブレイクやランチタイムなどを活用して参加者同士深い議論をすることが可能になりました。アジア人はシャイな方が多いので、会議の間は挙手をためらうこともあったのだと思いますが、コーヒーブレイク等でフォローアップすると、意外としゃべりますし、むしろ話が止まらなくて困った方もいました。思わぬ本音が聞けたり、相談を受けたこともあり、こうした点は、対面の良さだったと思います。
TFFに期待されている一つの役割は、当局者同士が率直な意見交換をすることで、各国の財政運営強化をサポートすることだと思います。今回財政当局者の人的なネットワークが出来上がりましたので、少し悩んだ際に他国のカウンターパートにも聞いてみよう、といったことができるようになったと思います。国際関係の部局と違って、いわゆる予算・税制担当者の各国間ネットワークはまだ弱いと思いますので、こうした点でも、対面開催の意義は非常に大きいと思います。来年に向けては、ランチやコーヒーのようなフランクな意見交換をする時間をもっと増やしても良いのではないかとさえ思っています。
―共催機関として財務総研に期待することはありますか?
日本の財務省は、予算関係は主計局が担当ですが、財政の議論の中では税制も出てきますし、他にも理財局の担当しているPFM(公的財政管理)のような議論に及ぶこともあります。また、取り扱うテーマも時によって変わっていきます。TFFは財政全体をカバーして、政策横断的な課題を扱っていくことになりますので、その観点で、一つの部局ではなく財務総研のように横串を刺す機関、かつアカデミックな研究のストックがある組織がカウンターパートであることは、アジェンダ設定にあたっても非常にありがたいです。


コラム
―IMFでは普段どのようなお仕事をされているのでしょうか? 国際機関ならではのやりがいや、日本との違いなどお聞かせください。
現在IMFの財政局で審議役を務めています。12の課、400人からなる組織ですが、それを俯瞰する幹部10人の1人となります。いわゆる官房機能に近く、いくつかの課や機能を所掌しています。
例えば、歳出面では、インフラ投資の質向上に向けた改革を主導しています。それについてはG20部会のIMF代表も務めており、このTFFのあと、インドにも出張します。また、SDGs達成に向けた政策支援も所掌しており、IMF全体の局横断ワーキンググループ責任者、また対外関係者(国連、EU等)との調整責任者として、IMFとしてどういう政策パッケージを提供できるのか、といったことを日々関係者と議論しています。先日はバンコクで開催された国連主催のカンファレンス(150名出席)に参加して、SDGs達成に向けたIMFの支援パッケージについてプレゼンしました。在籍1年経過したところで、新たに局内人事も担当するよう依頼されました。各課長と厳しい議論をすることになり負荷は増えましたが、その分皆の人となりを知れてよかったですし、その苦労が実ってか、人事評価ではoutstanding(トップ10-20%)をもらうことができました。
世界を俯瞰して、どういう政策課題があるかを議論し、さらに、世界中から集まった優秀なスタッフの叡智を絞って具体的な対応策を考える、という点は国際機関の醍醐味だと思います。また、政治的制約なく「あるべき論」を議論できるのも良い点です。他方、実際の政策形成や改革の実現は各国当局者に委ねますので、その点での達成感は政府で働いた方が高いかもしれませんね。

財務総合政策研究所
POLICY RESEARCH INSTITUTE, Ministry Of Finance, JAPAN
過去の「PRI Open Campus」については、
財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。
https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html

*1) 途上国等への優れた脱炭素技術、製品、システム、サービス、インフラ等の普及や対策実施を通じ、実現した温室効果ガス排出削減・吸収への日本の貢献を定量的に評価するとともに、日本の温室効果ガス排出削減目標の達成に活用する制度。