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TLAC規制に係るその他の話題 ―適格要件・発行状況・保有規制―

東京大学 公共政策大学院 服部  孝洋*1


1.はじめに
本稿では、「我が国におけるTLAC(総損失吸収力)規制―ベイルアウトからベイルインへ―」(服部, 2023a)および「我が国におけるTLAC規制―我が国4SIBsに対する破綻処理スキーム―」(服部, 2023b)で取り扱えなかった話題を取り上げます。具体的にはTLAC債にかかる適格要件に加え、これまでのTLAC債の発行状況、さらにTLAC保有規制について解説します。本稿では服部(2023a,b)を前提としますので、TLAC規制の概要を把握したい読者は同論文を参照してください。また、本稿では、筆者がこれまで説明してきたバーゼル規制の一連の文献を前提にしています。筆者が記載してきた金融規制の入門シリーズは、筆者のウェブサイトにまとめて掲載してあります*2。

2.TLAC適格要件
2.1 その他外部TLAC適格要件
以下では、まず、いわゆるTLAC債(その他外部TLAC調達手段)の適格要件について確認し、その後、内部TLACの適格要件について解説します。AT1債とBⅢT2債の要件については、服部(2022b)で説明されているため、そちらを参照していただければと思います。
構造劣後
その他外部TLACにおける重要な要件の一つは、劣後性です。国際合意では、契約上、法律上、構造上いずれかの形で、預金保険の対象となる預金等、元本削減の対象とならない債務(これを「除外債務」*3といいます)に劣後していることが求められています。吉井等(2019)では、この要件を以下のように説明しています*4。
(1)契約上、除外債務に対して劣後すること(契約上の劣後性)
(2)法律上の債権者順位において、除外債務に対して劣後すること(法律上の劣後性)
(3)TLACと同順位又はTLACに除外する除外債務を有していない破綻処理の対象となる組織(持株会社等)が発行していること(構造上の劣後)
本邦TLAC規制においては、対象となる4SIBs(3メガバンクおよび野村HD)の持株会社が発行するその他外部TLAC調達手段について、これらのうち「契約上の劣後性」又は「構造上の劣後性」のいずれかが必要とされており、日本の4SIBsがこれまで発行したTLAC債については構造劣後とされています(吉井等(2019))*5。TLAC債は、持株会社が発行する無担保シニア債の形をとりますが、実質的に倒産処理の中の弁済順位が子会社の債務等に対して劣後することで、劣後性が認められることとなります。
構造劣後を考えるため、例えば、あるメガバンクの持株会社とその子会社の関係を考えます。持株会社は単にハコにすぎないとみることもできるため、持株会社の収益等はその子会社に依存しているといえます。この状況では、持株会社の債権者は、親会社の債権者に対して劣後していると考えられます。このような構造上の劣後を「構造劣後」といいます。国際合意上、この構造劣後を使う場合には、原則としてその他TLAC適格商品の発行体である持株会社において、その他TLAC適格商品と同順位又は劣後する除外債務がないことが求められており、そのような除外債務が外部TLAC全体の5%を超える場合、構造劣後性が認められないとされています。そのため、本邦規制においても同様の要件が求められています。
もっとも、TLAC債は、形式的には3メガバンクや野村HDの持株会社のシニア債として発行されるので、通常のシニア債との区別がつきません。したがって、TLAC債が有するリスクを明らかにするために、目論見書等に構造劣後を記載することが求められています*6。
長期性
長期性として、TLAC債については年限が1年以上であることが求められています。ステップアップ金利や早期償還条項についても一定の制限がなされています。これらはBⅢT2債と比較的似た要件と考えられます(BⅢT2債の場合、例えば年限について5年以上が求められていました。詳細は服部(2022b)を参照)。
最低額面
TLAC債については最低投資額が1000万円になっています。これはAT1債やBⅢT2債にはない条件ですが、投資家保護等の観点で、個人投資家を一定程度排除する措置と解釈されます。前述のとおり、TLAC債は持株会社が発行するシニア債であるため、優先劣後関係を考えると、AT1債やBⅢT2債よりリスクが低いといえます。しかし、これまで説明してきた通りTLAC規制そのものは非常に複雑であるため、その複雑性を考慮し、少額の投資を行う個人投資家を排除する仕組みが取られていると解釈できます。

2.2 内部TLAC適格要件
ここまで外部TLACについての適格要件を説明しましたが、破綻時にグループ内子会社から持株会社へと損失を移転するために用いられる内部TLACについても適格要件が求められています。そもそも、内部TLACは、持株会社が外部TLACとして調達してきた資金をもとに、内部の子会社に対して貸し付けや出資等を通じて資金提供するとともに、子会社が損失を被った場合、債務免除等により損失を持株会社に移転することが目的でした(詳細は服部(2023a)を参照してください)。内部TLACの適用対象となる子会社は、一定の基準*7に基づく、重要なグループ子会社とされています。内部TLAC適格調達手段による損失移転(持株会社による債務免除)は契約上のトリガーによって行われることとされており、金融庁の命令によって契約上のトリガーが引かれることとなります。金融庁がどのような基準で内部TLACのトリガリングを命令するかについては、監督指針に具体例が記載されていますが、当該子会社が債務超過若しくは支払停止又はそれらのおそれがあると認め、グループ内での支援等の代替手段もないような場合が想定されています。
内部TLACの所要水準は、仮に主要な子会社が破綻処理対象法人となった場合に必要となる外部TLACに対して、75%~90%の水準とされています。国内における主要子会社については、監督指針において、外部TLACを「原則として75%としたうえ、(1)当該金融機関グループの望ましい処理戦略、(2)当該主要子会社のシステム上の重要性・資本構成・ビジネスモデル等を踏まえ、事前配賦の必要性に応じた調整を行う」としています。

3.その他の話題
3.1 我が国におけるTLAC債の発行推移
日本におけるTLAC債発行状況について確認します。我が国では、2016年に「枠組み整備方針」が公表されたことを受け、2016年3月前後から、まず3 メガバンクがTLAC債の発行を始めました*8。その後、2018年に枠組み整備方針が改訂され、野村HDのTLAC債の発行も始まりました。
図表1 通貨別TLAC債の発行額推移がTLAC債の発行額の推移になります。図表1をみると、TLAC債はドル建てがメインであり、その次に多く発行されているのがユーロ建てであることがわかります。一方、円建てのTLAC債は一定程度発行されているものの、年間の総額に対してわずかにすぎないことがわかります。外貨建てが多く、円建てが少ない理由として、預金等を通じて円を十分に調達することができているため、外貨の調達を積極的に行ったこと等が考えられます。
図表2 発行体別TLAC債の発行額推移が発行体別でみたTLAC債の発行額の推移になります。2016年から3メガバンクのTLAC債の発行が始まり、2018年から野村HDが加わったことが確認できます。

3.2 TLAC保有規制
TLAC債は、ベイルインを通じ、納税者負担や金融システムの混乱を招くことなく、巨大な金融機関を処理するための調達手段です。しかし、仮に別の金融機関がTLAC債を保有していると、その金融機関がTLAC債の元本削減や株式転換を通じて損失を被ることになり、むしろ金融機関の間で危機の連鎖を招き、金融システムを不安定にする恐れがあります。そのため、金融機関がTLAC債を保有することを妨げるよう、一定のペナルティが課されています。これを「TLAC保有規制」といいます。このような措置はバーゼル規制上のベイルイン調達手段であるAT1債やBⅢT2債にも存在し、ダブル・ギアリング規制と呼ばれています。
TLAC保有規制については、バーゼルⅢ最終化前と後で異なる他、国際統一基準行と国内統一基準行、さらに、経過措置も設けられており、非常に複雑です。簡潔にバーゼルⅢ最終化後のイメージを説明すれば、金融機関がTLAC債を保有した場合、国際統一基準行については原則、一定の条件で自己資本控除となり、資本控除とならない部分についてはリスク・ウェイト150%という形で、ペナルティが課されています(リスク・ウェイトと自己資本控除の関係については服部(2022)のBOX 2を参照してください)。TLAC保有規制の詳細を知りたい読者は金融庁告示や実務家の資料等を参照してください。


参考文献
[1].服部孝洋(2022)「バーゼル規制入門―自己資本比率規制を中心に―」『ファイナンス』10月号.
[2].服部孝洋(2023a)「我が国TLAC規制―ベイルアウトからベイルインへ―」『ファイナンス』6月号.
[3].服部孝洋(2023b)「我が国におけるTLAC規制―我が国4SIBsに対する破綻処理スキーム―」『ファイナンス』7月号.
[4].吉井一洋・金本悠希・小林章子・藤野大輝(2019)「詳説 バーゼル規制の実務―バーゼルIII最終化で変わる金融規制」きんざい

*1) 本稿の作成にあたって、川名志郎氏、吉良宣哉氏、匿名の有識者等、様々な方に有益な助言や示唆をいただきました。本稿の意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではありません。本稿の記述における誤りは全て筆者によるものです。また本稿は、本稿で紹介する論文や文献の正確性について何ら保証するものではありません。
*2) 下記をご参照ください。
https://sites.google.com/site/hattori0819/
*3) 具体的には、TLAC告示4条の4で規定されています。
*4) 吉井等(2019)のp.363を参照。
*5) 吉井等(2019)のp.363を参照。
*6) TLAC規制に関するQ&A(第4条-Q1)では、「例えば、社債の募集に係る有価証券届出書及び目論見書において、当該社債が発行者たる国内処理対象銀行持株会社のその他外部TLAC調達手段として扱われることを意図していることを記載したうえで、当庁が発行者に対してその望ましい処理戦略に基づいて破綻処理権限を行使する場合においては、当該社債に係る元利金支払債務については発行者の破産手続を通じて処理されることにより、債権者が元利金の一部又は全部の支払を受けることができない可能性があるリスクにつき、必要に応じて『主要行等向けの総合的な監督指針』Ⅲ-11-6-2-2に言及するなどして記載することが考えられます」と指摘しています。詳細はTLAC規制に関するQ&Aを参照してください。
https://www.fsa.go.jp/policy/basel_ii/tlac_QA.pdf
*7) (1)リスクアセットがグループ連結ベース比5%超、(2)営業収益がグループ連結ベース比5%超、(3)総エクスポージャーがグループ連結ベース比5%超、(4)その他、危機管理グループにおいて主要子会社グループと特定されたものの、のどれか一つに該当しているもの、とされています。
*8) 日本経済新聞「三菱UFJ新社債、人気、計画の4倍、三井住友も9日発行」(2016/3/4)等を参照してください。