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コラム 経済トレンド109

IR誘致について

大臣官房総合政策課 伊藤  恭平/大村  直人


本稿では、IR誘致の状況と、IR整備に伴う経済波及効果について考察する。
IR誘致の意義と政府目標について
IRとは、カジノ施設のほか、ホテルや劇場、国際会議場や展示会場等のMICE施設、ショッピングモール等が集まった複合的な施設を指すものであり、Integrated Resortの頭文字の略で、統合型リゾートとも呼ばれる。日本では観光立国の目玉としてIR導入が検討され、2016年にIR推進法、2018年にIR整備法が成立し、2023年4月に大阪府市の整備計画が初認定された。
政府は、2030年に訪日外国人旅行者数を6,000万人、訪日外国人旅行消費額を15兆円とする目標を掲げている。これはコロナ以前で最多となった2019年の年間約3,200万人、約4.8兆円を大きく上回る目標となっており、IR誘致はこれらの目標実現を後押しする施策として期待されている(図表1. 訪日外国人旅行者数/旅行消費額)。
IR誘致を表明した自治体は大阪府市を含む大都市圏を中心に複数見受けられている。一方、外国人観光客が訪れる日本の王道観光ルート以外の長崎県等の地域も誘致を表明し、インバウンド増加を通じて地域活性化を目指している(図表2. IR誘致を過去に表明した自治体)。
訪日外国人の旅行消費額の内訳をみると、宿泊費、飲食費、買物代等が大宗を占めており、娯楽等サービス費の内訳は大きくない。IR誘致により、娯楽等サービス消費の喚起が期待されるとともに、宿泊費・買物代といった従来型の消費についても一層の拡大が見込まれる(図表3. 訪日外国人の旅行消費額内訳)。
(出所)観光庁「訪日外国人消費動向調査」「明日の日本を支える観光ビジョン」、日本政府観光局「訪日外客統計」、各種報道等

海外の主要IRとの比較
海外では、米国(ラスベガス)を先駆けとして、中国(マカオ)、シンガポール(マリーナベイ)等で大規模なIRの整備が進められてきた。各国の主要IRをみると、IRの大部分はホテル、ショッピングモール、コンベンションセンター、美術館、劇場等のエンターテイメント施設が占める。カジノ施設を目的とした訪問者だけでなく、昼夜問わず、多様な訪問者を受け入れる余地がある点がIRの特色といえる。大阪府市、長崎県におけるIRの規模・施設構成は、各国の主要IRと同程度となっている(図表4. 各国の主要IR)。一方、ラスベガス・マカオ・シンガポールにおいて複数のIRを運営するラスベガス・サンズ社の決算等を確認すると、収入の大部分はカジノ事業から生じており、コロナ禍以降は行動制限等によりカジノや会議場を含めた総売上が7割近く減少している(図表5. ラスベガス・サンズ社のセグメント別収入)。
シンガーポールにおいて、マリーナベイ・サンズ開業以前の2009年と開業後の2014年を比較した場合、外国人旅行者数は1.56倍に、外国人旅行消費額は1.86倍にそれぞれ増加しており、特にエンタメ関連の旅行消費額の伸び率が高くなっている。また、国際会議の開催件数や、業務出張や国際会議への参加を目的とした訪問者数(BTMICE)についても同様に増加しており、カジノ以外の施設による誘客効果も確認されている(図表6. シンガポールの旅行者数等)。
(出所)大阪府・大阪市・大阪IR「大阪・夢洲地区特定複合観光施設区域の整備に関する計画」、長崎県・KYUSHUリゾーツジャパン「九州・長崎特定複合観光施設区域整備計画案」、みずほ総合研究所「アジア近隣諸国をはじめとする世界各国のIRにおける経営戦略等及び再投資に関する事例調査」、Las Vegas Sands Corp Annual Report、第8回特定複合観光施設区域整備推進会議「公共政策としてのIRについて」

IRにおけるカジノ規制・依存防止対策について
日本国内では娯楽サービスとして既に公営競技が運営されている。公営競技は、かつてはレジャーの多様化やファン層の固定化等で売上に伸び悩みがみられた。しかし、近年は新型コロナウイルスの影響もありインターネットでの購入の定着等に起因し、売上が増加傾向にある(図表7. 公営競技の売上推移)。
過去1年におけるギャンブル等依存が疑われる者の割合は、2020年時点において男性で3.7%、女性で0.7%と試算されている。ギャンブル等依存が疑われる者はそうでない者より有意に抑うつ・不安が強いことが示されるなど、ギャンブル依存については我が国における社会的な課題のひとつとなっている(図表8. 過去1年におけるギャンブル等依存が疑われる者の割合)。
日本のIRは、IR整備法施行令等において、免許制の導入による事業者の参入規制、カジノ施設の面積に関する規制、日本人を対象とした入場回数制限や入場料の設定など、諸外国で導入されているカジノ規制・依存防止対策を踏まえた、重層的・多段階的な対策がなされている(図表9. 各国IRにおけるカジノ規制・依存防止対策)。
(出所)日本中央競馬会、全国モーターボート競争施行者協議会、JKA、地方競馬全国協会、久里浜医療センター「令和2年度依存症に関する調査研究事業「ギャンブル障害およびギャンブル関連問題の実態調査」報告書」、第3回特定複合観光施設区域整備推進会議「カジノ規制制度の基本的な考え方」、特定複合観光施設区域整備法施行令、トーマツ「特定複合観光施設区域に関する海外事例調査」

IR開業による経済波及効果
大阪府市と長崎県がIR区域整備計画の認定申請を既に行っている。大阪府市については審査委員会から「認定し得る計画」と評価を受け認定されているが、長崎県については審査継続中の状況である。
認定された大阪IRは2029年に夢洲地区で開業予定であり、IR区域への来訪者数(開業3年目期)は、国内旅行者数で1,358万人、訪日外国人旅行者数で629万人の合計1,987万人を計画している。また、大阪IRの立地に伴い、近畿圏への来訪者数は、国内旅行者については9,815万人、訪日外国人旅行者については2,520万人を見込んでいる。さらに、近畿圏への経済波及効果は年間約1.1兆円、雇用創出効果を約9.3万人と想定している(図表10. 大阪IRの経済波及効果)。
IRに係る経済効果は建設段階に発生する土地造成・施設建設への投資等だけでなく、毎年継続的に発生する雇用創出・消費拡大・交通需要等の運営によるものもある(図表11. IRに係る経済効果、図表12. 大阪IRの経済波及(建設)業種別)。大阪IRは運営による経済波及効果として、宿泊業・飲食店を含む対個人サービス、物品賃貸サービス・広告・労働者派遣サービスを含む対事業所サービス、金融・保険・不動産で毎年1,000億円以上の生産が誘発されると試算している(図表13. 大阪IRの経済波及(運営)業種別)。また、粗付加価値誘発額は年間6,538億円と見込まれており、GDPを0.12%程度の押し上げる計算になる。
コロナ禍を経てオンラインカジノの台頭やオンライン会議の浸透等、IRを取り巻く環境は変容しているが、カジノ依存防止対策が機能し、付加価値誘発によるGDPの押し上げが実現すれば、IR誘致は日本経済活性化に資するものになるのではないだろうか。
(出所)大阪府・大阪市・大阪IR「大阪・夢洲地区特定複合観光施設区域の整備に関する計画」、首相官邸「諸外国におけるIRについて」、日本総合研究所「大阪・夢洲地区特定複合観光施設区域の整備に関する計画(案)経済波及効果の算定方法及び算定根拠について(解説資料)」

(注)文中、意見に関る部分は全て筆者の私見である。