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ファイナンスライブラリー

評者 渡部 晶

山本 清 著
これからの政策と経営 危機の時代を希望の未来へ
公人の友社 2022年11月 定価 本体2,800円+税


著者の山本清氏は、政府・大学の経営学を専攻し、会計検査院、東京大学教授等を経て、現在東京大学名誉教授、一般社団法人青山公会計公監査研究機構主任研究員である。財務省政策評価懇談会のメンバーでもある。過去の著作のうち、『アカウンタビリティを考える~どうして「説明責任」になったのか』(NTT出版)は、2013年6月号の本誌のこのコーナーで紹介した。
著者は、「新型コロナに加え、ロシアのウクライナ侵攻、そして物価高騰と円安・財政悪化という難局です。こうした状況下では、政治・行政・国民が政策と経営にもっと的確に取組む必要があるのではないかという想いから」、本書を発行することにしたという。
本書の構成は、まえがき、序章 政策と経営における政治・行政・市民、第一部 政策[第1章 政策の過程、第2章 アジェンダ設定から政策形成、第3章 政策の決定、第4章 政策の実施、第5章 政策の評価]、第二部 経営(政策実現への資源の管理)[第6章 装置やアーツを超えた経営:NATOと資源、第7章 人事・組織の経営、第8章 財務の経営、第9章 情報と規制・法律運用の経営、第10章 市民・企業との関係(社会の経営)]、終章 まとめ、参考文献、あとがき、となっている。
まえがきで、「これまでの類書は、政策や行政あるいは公共経営の理論や制度面あるいは実務面に焦点をおいたものが中心でした。本書では、政策と経営の両方が社会問題解決には不可欠であることから、同時に扱い理論のみならず具体的な例で政策の過程や実施の方策について扱います。(中略)実際には政策と経営が密接不可分である」とする。
序章において、我々が直面する課題を、安全保障、持続可能性、科学技術、幸福(Well-Being)の4領域に集約し、後2者の課題解決には、具体的には、問題を解決するため政策を的確にデザインすること、その政策を確実かつ効率的に実施していく経営が制度として重要になると指摘する。「審議や検討の時間的制約からすべての政策について政策形成(デザイン)・決定・執行(実施)・評価・見直しの政策過程モデルを完結するのは不可能で、かつ、非合理的」で、多くの研究書や実務書にある「政策過程におけるフルスペックの実施(EBPMを含め)」や「政策目標を所与としたパブリックマネジメントの強化論」も「重すぎる制度設計」か「希望的観察に基づく議論」だという。本書のアプローチは「政策と経営の統合」であり、「社会問題において、市民や政府などが実現する価値に関する合意の下で資源制約のなかで、いかに活動して問題解決をしていくかの過程と手法を扱う」もので様々な関連学問を動員するものであるという。
このため、比較的コンパクトなボリュームに様々な重厚な内容が盛り込まれているため、すべてを網羅的に紹介することは困難であり、いくつか評者の視点から特に注目した点を紹介したい。
まず、従来、政治学・行政学では、近年再び「政策実施」について学問的に注目が集まりつつある。著者は、単なる成功事例集をこえた、「公共政策や公共経営において学術的な厳格さは維持しつつ失敗でなく成功に学ぶアプローチ」〔「肯定的行政学」(positive public administration)〕がオランダのユトレフト大の研究グループから提案されているという。実務家の関心にあっていると思う。2019年から始まったばかりだが、心理学や組織論、政策評価研究におけるポジテイブ・アプローチに影響を受けたものだという。
第2部では、政策を実現する活動は資源と裏表の関係で、資源の裏付けのない活動は「正に絵にかいた餅」とする。そして、資源管理の用具をNATO〔資源(Nodality)、権力(Authority)、財源(Treasure)、組織(Organization)〕の概念から整理を行う。第7章では、著者の実証研究が紹介され、PDCAがうたわれる割に有意な影響がみられないことを明らかにする。「予算や計画が実績を踏まえたものではなく、抱負的な目標であることを象徴していると解することもできる」と冷静に指摘する。
本書では、「社会的共通資本」や「ガバナンス」は紙幅の関係から取りあげられなかったという。著者には、評者が出版当時感銘を受けた『公共経営の制度的設計』(竹内佐和子著 NTT出版)から20年経った現在の学問状況に即した論考を僭越ながら期待させていただきたいと思う。