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途上国の公的債務データの透明性と正確性の向上に向けた取組み(世界の債権国が貸付データを共有するまでの舞台裏)


国際局開発政策課 開発金融専門官 小荷田  直久


はじめに
近年、途上国が、海外から、いくら、どのような条件で借り入れているのか、公的債務の状況が不透明であることへの懸念が高まっている。世界銀行は、2021年に公表したレポートにおいて、低所得国の約4割は、2年以上、ウェブ上で公的債務データを公表していないか、データが更新されていないと指摘している*1。日本の財務省は、途上国の公的債務の透明性向上を重視し、G20等の場で、その取組みの重要性を訴えてきた。
日本がG7議長国を務める2023年、財務省は、国際機関や世界中の債権国を巻き込み、正確な公的債務データを確保するための取組みを主導した。この取組みは、各債権国が保有する貸付データを世銀に共有し、世銀が途上国側から収集したデータと突合することで、データの齟齬(ギャップ)を発見し、正確な債務データへと是正することを企図したものである。このような債務データの突合作業は、伝統的な先進国の債権者グループであるパリクラブ*2において、借金の返済に窮した個々の途上国の実態を把握するために個別に実施されることはある。しかし、今般の日本主導の債務データ突合は、途上国77か国(世銀と国連が低所得国と定義する国)への貸付データを対象とした、過去に例がない大規模かつ平時のデータ突合であり、パリクラブのそれとは規模も趣旨も異なる。
本稿では、途上国の公的債務の透明性を巡る課題や、G20における議論の経緯、上述の日本が主導した「貸付データ共有の取組み」が実現するまでの舞台裏等を紹介することとしたい*3。

債務の透明性はなぜ重要か?
債務透明性の向上は、その国のマクロ経済の安定性と持続的な開発の観点から極めて重要であり、幅広い関係者に恩恵をもたらすことが指摘されている。その具体的メリットは、以下のように整理できる。
(1)途上国政府は、借金の現状を正確に把握の上、今後の借入の是非を適切に判断できる。これにより、身の丈を越えた借入をするリスクが低減し、将来の債務危機を未然に回避できる。
(2)途上国の一般国民は、正確な情報に基づき、政府の公的債務管理を適切に監視し、政府に適切な借入をするよう求めることができる。
(3)官・民債権者や投資家は、投融資先の途上国の公的債務の状況を正確に把握の上、個別の投融資リスクを適切に査定できる。また、債務状況が透明かつ健全であれば、安心して融資を継続できる。翻って、途上国も海外から安定した資金を呼び込み、持続的な経済成長へと繋げていくことができる。
また、債務の透明性は、平時だけでなく、危機時においても重要である。例えば、「債務状況が悪化し、債務再編を必要とする途上国が、債権者Aに隠れ債務を負っているのではないか」と債権者BとCが疑念を抱けば、BとCは、当該途上国が自分達の債務再編で浮いた資金を債権者Aへの秘密裏の返済に費消しかねないと警戒し、債務再編に協力しなくなるだろう。公的債務を透明性高く開示し、債権者に安心してもらうことが重要である。

なぜ、債務の透明性が欠如するのか?
債務の透明性は非常にデリケートな問題である。特定の関係者に、借入・貸付に関する情報やデータの開示ないし共有を求めることに直結するからである。途上国によっては、公的債務の実態を明らかにするには、法律上、手続上、能力上の制約や課題を乗り越える必要がある。また、データ等の開示・共有は、途上国・債権国双方とも、それなりの作業負担を伴うものである。こうした点を背景に、債務透明性を重視する債権国ですら、データ等の共有に関して、諸手を挙げて賛成という訳でもない。況や、意図的に不透明な貸付を行っている債権国から協力を得ることは至難の業だ。
公的債務の透明性を高める責任は、一義的には、借入をしている途上国政府にある。しかし、途上国の中には、それを行うだけの十分な能力がない国もいる。対応できる職員やITシステム等への投資が不十分であるケースや、法律や内部プロセスが未整備であるがゆえに、特定の省庁が、他省庁や国営企業が締結する海外との融資契約をチェックし、決裁する体制にはなっておらず、国全体の借金の状態をタイムリーに把握・統括できないケース等が指摘されている。
こうした途上国側の資金面、体制面、技術面、意識面の問題に対処するために、IMF・世銀等の国際機関や一部のドナーが、途上国の法整備等の支援や公的債務管理の戦略策定等の技術支援を実施している。いずれも、重要な取組みだが、地道で時間がかかるのも事実である。

世界銀行による公的債務データの提供の取組み
世銀は、1951年より、世銀から資金を借りている低所得国・中所得国政府から詳細な債務データを収集し、これに基づき、世銀独自のデータベースを構築し、毎年、更新した公的債務データをウェブ上で公表している*4。公的債務データは、途上国の持続的な開発に極めて重要な情報であり、いわば、国際公共財である。世銀のデータベースを除いて、途上国の包括的な公的債務データを提供しているものは存在しない。しかし、上述の通り、途上国の中には、正確な債務データを記録・監督・報告する能力が欠如している国や、紛争や自然災害等、やむにやまれぬ事情からデータを提供できない国もおり(こうした場合、世銀は推計値を使ってデータを掲載する等の応急対応をしている)、世銀ですら、公的債務の正確なデータの収集・提供に一定の限界に直面しているのである。

債権国による協力の必要性
—債権国は債務透明性の“ゲームチェンジャー”
透明で正確な債務データの確保に関して、途上国側の努力だけに頼るのは限界がある。そこで率先して協力することが期待されるのが「債権国」である。片方(途上国)の公的対外債務データの正確性に疑義がある以上、もう片方(債権国)の貸付データと突合することで、データギャップを突き止め、その原因を究明することが、問題解決の近道である。この途上国・債権国のデータ突合を定期的に実施し、正確なデータを常に整えておくことで、途上国による過剰な借入を防止し、債務危機時には迅速に対応することが可能となる。債権国によるこの分野での協力は、債務透明性の“ゲームチェンジャー”となり得るのである。IMF・世銀も、2019年、「持続可能な貸付に係る実務指針に係る診断ツール」を策定・公表*5し、債権国が、途上国やIMF・世銀等と、定期的に、もしくは、要請を受けた場合、債務データ突合を実施することを推奨している。

世銀による「債務データ突合」の提案
世銀は、正確な公的対外債務データを確保すべく、2020年6月、G20諸国からの低所得国(全77か国)への貸付に関し、貸付契約ごとの詳細なデータ(貸付先、金額、金利や償還期間等の貸付条件等)を、G20が世銀に共有し、世銀が途上国から収集した債務データと突合する「債務データ突合」を実施することをG20に提案した。この世銀の提案に、一部の新興債権国メンバーは、データ突合は途上国政府の作業負担になる、債権国は世銀から借金をしている途上国と違って世銀にデータ提供する義務はない等の理由をつけて、世銀の提案に難色を示した。自国の貸付情報を外部に共有した経験を持たないであろう新興債権国にとって、世銀の提案はハードルが高かったのかもしれない。世銀は共有された貸付データをデータ突合の目的のみに使い、世銀の外に漏らさないこと等を明確化するなど、提案の改善を図ったが、最後までG20の総意を得ることはなかった。

日本と世銀の間での「債務データ突合」
世銀は、G20の総意が得られない中、G20のメンバーに個別にアプローチし、見切り発車で貸付データ共有の協力を要請した。世銀からの要請を受け、日本の財務省は直ちに、日本の公的対外貸付機関である国際協力機構(JICA)、国際協力銀行(JBIC)、日本貿易保険(NEXI)の協力を得て、貸付契約ごとの詳細なデータを世銀に共有した。世銀は、日本の貸付データを、途上国から収集したデータと突合し、不明点があれば、我々に確認を行う等のフォローアップも行い、データギャップの原因を調査した。日本のデータ提供により、世銀は日本が貸し付けている複数の途上国について、途上国側の債務データが欠落していることを突き止めた。具体的には、スーダンでは11億ドル、ジンバブエでは2.3億ドルの債務データギャップを埋めることができた。
世銀は、他のG20メンバーにも個別にデータ提供の協力を呼びかけたが、日本以外の国は、その要請に応えなかったか、応えたとしても、日本ほど詳細かつ包括的にデータ提供した国は一つもいなかった。貸付契約ごとのデータ提供は手間が掛かるため、世銀はもっと入念に根回しして、各国の担当者に、コストを上回るベネフィットがある、ということを理解してもらう必要があったのかもしれない。

G20での「債務データ突合」の実施を目指すも支持は広がらず
世銀の「債務データ突合」の取組みに共鳴した日本は、G20等の場で、この取組みの重要性を繰り返し主張し、G20全てのメンバーによる実施を慫慂した。世銀総裁も自らG20に協力要請するなど、当初は積極的に動いた*6。しかし、この取組みに否定的な新興債権国のメンバーは頑として聞かない。G7やパリクラブの伝統的債権国も、最初はこの提案に前向きな反応を示したが、時の経過とともに、この取組みを取り上げることがなくなった。途上国の債務問題は、ただでさえ、問題山積で、G20で議論すべき課題は多い。地味で、テクニカルで、作業負担も大きい「債務データ突合」は、関係諸国にとって決して優先度が高いとは言えない取組みだった。提案した当事者の世銀ですら、徐々に主張のトーンを下げ、最後は日本だけが、この件で孤軍奮闘している状態となった。

債務データの透明性・正確性向上の取組みを進める難しさ
世銀が提案した「債務データ突合」をG20に広げるには、世銀自身が推進役として、もっと積極的に動くことが重要である。私は、世銀を代表してG20に参加している世銀の債務問題担当者に、今後の進め方を相談した。この担当者からは、「債務データ突合」は途上国・債権国双方にとって膨大な手間が掛かる作業であり、自分に持ち掛けられても困る、と予想外の後ろ向きの反応を示された。後から分かったことだが、「債務データ突合」を要請しているのは、この担当者の所属部署とは別の、公的債務データを編纂・公表している世銀内の別のチームであった。
その後、世銀の公的債務データチームにコンタクトできたが、彼らは統計の専門家で、バックオフィス業務が中心のため、G20での喧々諤々の議論を直接見聞きしている訳ではない。誰がどのような政治的事情から反対しているのかも知らない様子だ。普段からG20の議論に参加している世銀の債務問題担当部署なら、G20の議論に慣れており、難しい課題を推進するだけの政治的パワーやスキルを持ち合わせていることも期待できたが、バックオフィス業務中心の統計専門家では、そうした推進役としての機能は、正直、期待できない。世銀が、最初は無邪気にデータ突合を提案したものの、提案が思うようにフライしなさそうだと分かると、早々にトーンダウンしていったしまった事情も何となく分かった気がした。今後の戦略の検討や、G20での根回し等、水面下の調整で、世銀を全面的に頼ることはできないかもしれない、と覚悟した。
債務データ突合を推進するべく、日本はIMFにも共闘を呼び掛けた。IMFは、国際収支上の問題を抱えた途上国等への資金支援を行っており、こうした諸国の公的債務の実態把握に強い関心があるに違いない、と考えたからである。しかし、IMFは途上国等に融資する際、当該国から債務データを含む詳細な情報を報告してもらうことになっており、融資を行わない国までカバーした大規模な作業に関与するモチベーションはない、IMFによる個別国の債務持続可能性分析もある程度のデータさえあれば、モデルを回すことが可能であり、詳細なデータは不要である、IMFは世銀と異なり、公的債務のデータベースを管理していないので、広範な国を対象とした債務データ突合は必須ではない、との反応であった。IMFは、債務データ突合に反対するG20メンバーとも、様々な分野で協力しなければならず、IMFのプライオリティでない本件で、彼らと事を構えたくないという気持ちもあったのかもしれない。これを受け、日本は、この件での作業のパートナーは、世銀に一本化することとした。

G20では「急がば回れ」戦術にシフト
日本は、G20で債務問題を取り扱う作業部会(G20国際金融アーキテクチャー作業部会)の共同議長たるフランスとも緊密に連携した。日仏両国は、G20で債務データ突合を一気呵成に押し進めることは現実的ではないとの認識で一致し、まずは、将来的な債務データ突合に向けた第一ステップとして、各メンバーがIMF・世銀に貸付データを共有したことがあるか否か、どのようなデータを共有しているか、共有にあたっての法的制約等の支障の有無等、「現状を確認」する作業から始めることとした。これなら、単なる事実関係の確認に留まり、実施のハードルは低くなる一方で、本調査結果を取っ掛かりに、今後、データ共有できる国から、共有を始めていこうと誘導しやすくもなる。回り道だが、粘り強く、地道な戦術を積み重ねることが重要と考えた。

G7で先行実施する戦略へとシフト
「G20」での債務データ突合の実施が長期戦となることを見据え、日本は、戦線の舞台を「G7」に移すこととした。2023年は、日本のG7議長イヤーである。議長国として重視する取組みを前進させるチャンスである。G7が債務データ突合を先行実施し、具体的な成果を出せば、その効果・意義を、周回遅れのG20に示し、取組みを後押しできる、と考えた。
まずは、世銀の公的債務データのチームに、日本がG7の了解を取り付けるので、今後G7から貸付データが世銀に共有されたら、データを突合し、2023年5月11~13日に予定されているG7財務大臣・中銀総裁会議に、その結果を報告してほしいと依頼した。世銀も二つ返事で賛同してくれた。

貸付データ共有とデータ突合の具体的実施方針
日本と世銀の協議の結果、G7によるデータ共有を以下の要領で進めることとした。
(1)G7が世銀に提出する貸付データのスコープを、世銀の希望を踏まえ、「2021年末時点で貸付残高が現存する債権」と定義する。
(2)世銀は、G7の貸付データと、世銀データベースに格納されている途上国から収集したデータを突合する。この作業結果を2023年5月のG7への報告に盛り込む。その後、世銀は、以下(3)及び(4)の作業へと進む。
(3)世銀は、途上国に個別のデータギャップの要因を確認する。データギャップが途上国側の事情に起因する場合は、途上国が正確なデータを途上国の統計等に反映し、世銀に報告し直すよう、途上国を指導する。
(4)世銀は、債権国に個別の貸付データの整理・分類方法等を確認し、データギャップが債権国側に起因するものか否か精査する。
(5)日本は、各国がデータ共有の際に使うフォーマット(エクセルシート)をデザインする。
(6)世銀と日本は、G7によるデータ共有の結果を踏まえ、G20等の幅広い債権国に、定期的な貸付データ共有を求めていく。

G7への根回し
G7等の伝統的な公的二国間債権者は、日頃から、パリクラブで透明性高く情報共有している。債務の透明性が重要との点でも一致している。そんなG7でも、広範な途上国を対象に平時の煩雑な債務データ突合を実施したことはない。G7から、費用対効果の観点から、実施の必要性に疑問を抱かれれば、G20での債務データ突合は一層遠のく。
私は、ビデオ会議をアレンジして、G7各国に丁寧に協力要請(根回し)することとした。G7に適切に意図が伝わるようスライドを用意し、債務データ突合の必要性、意義、効果、日本の成功体験、IMF・世銀からも正式に推奨されている取組みであること等、かみ砕いてスライドに盛り込み、説明した。各国が指摘しそうな点もカバーするよう心掛けた。例えば、共有したデータが勝手に外部に開示されることがないことや、パリクラブにおける危機時の個別の途上国のデータ突合とは趣旨も対象も異なること等、明確化した。
G7への根回しのビデオ会議は、可能な限り一か国ずつバラバラに実施した。全員を一回のビデオ会議に集めて実施した場合、一か国でも難色を示せば、他の国もその意見に影響を受けるかもしれないし、日本が複数の国から質問攻めにあえば、良い印象を残せなくなる可能性があったからだ。それぞれの国の癖も分かっていたので、この国はこういう技術的な質問してきそうだと予測して入念に準備した。苦労の甲斐あり、各国とも日本が推し進める債務データ突合への協力を約束してくれた。

英国の債務透明性向上の取組みとの違い
2021年、英国が議長を務めるG7下で、G7諸国は自国の公的貸付機関が今後新規に契約を結ぶ貸付を対外的に開示することにコミットしている*7。G7が貸付データを率先して開示することで、非G7諸国が触発され追随することを狙ったのである。日本が推し進める債務データ突合は世銀へのデータ共有であるのに対し、英国のイニシアティブは外部へのデータ開示である。また、日本の債務データ突合は、過去に供与済みかつ残高が現存する債権を対象とする一方、英国のイニシアティブは新規の貸付のみを対象とするなど、両者には大きな違いがあった。日本が英国のイニシアティブの焼き直しを提案しているなどと英国に誤解されたり、日本の取組みのせいで英国のイニシアティブが霞むと懸念されたりすることがないよう、私は両者の目的・違いを英国のカウンターパートに丁寧に説明した。また、英国が求める外部への開示を最終ゴールとすれば、G7以外誰もその最終ゴールに辿り着いていない。これが、世銀へのデータ共有であれば、新興債権国のアレルギー反応も若干少なくなることが期待され、ここから一歩ずつ始めれば、最終ゴールである外部への開示へと誘導しやすくなるのではないか、というナラティブで英国に説明した。英国もこの説明に納得し、日本の取組みをフルサポートしてくれた。

パリクラブへの拡大
G7への根回しが進む中、フランス(パリクラブ議長)が私に対し、この取組みをG7に留めず、非G7諸国を含むパリクラブメンバーにも参加を呼び掛けないかと提案してきた。言われてみれば、パリクラブの有志国も巻き込んで、より多くの国の参加の下でデータ突合を実施した方が、途上国-債権国間のデータギャップもその分多く判明するだろうし、債務データ突合を実施する意義をG20の新興債権国に、より分かり易く、理解させることができるかもしれない。
フランスの提案を受け、日本はパリクラブメンバーからも有志の参加者を募ることとした。パリクラブは、原則毎月一度、定例の会合をパリ(仏経済財政省)もしくはビデオ会議形式で開催している。2023年1月のパリクラブ月例会合はパリでの物理開催だったので、私はパリクラブ事務局に依頼して特別セッションを設けてもらい、この取組みを私がプレゼンし、議場でメンバーへの協力要請を行った。パリから帰国後、参加してくれそうなパリクラブメンバーに、個別にメールやビデオ会議を通して根回しし、メンバーからの疑問点に一つ一つ答え、参加を慫慂した。

いざ、貸付データ共有と突合プロセス始動へ
私のプレゼンテーションと根回しを受けて共鳴するパリクラブメンバーがどれくらい現れるかは分からなかったが、やるべきことは一通りやった。2023年2月1日、日本(私の名前)及びフランス(パリクラブ事務局長)の連名で、G7を含むパリクラブメンバーに、作業開始を依頼するメールを送付し、添付のエクセルのフォーマットに各メンバーの貸付契約ごとのデータを埋めてほしいと要請した。世銀側の作業に要する時間から逆算して、3月初旬までに世銀にデータ共有するよう依頼した。

債務データ突合を実施して分かったこと
蓋を開けると、合計18か国ものメンバーが、この取組みに参加したことが判明した。G7に加え、豪、ブラジル、デンマーク、フィンランド、イスラエル、韓国、オランダ、ノルウェー、スペイン、スイス、スウェーデンの11カ国の有志国が参加した。パリクラブ全22か国中、18か国の参加であり、上出来である。各国が世銀に提出した貸付契約は計3,655件に上った。
世銀がこれに基づき、データ突合を実施した結果、債権国が報告した貸付残高が、途上国からの報告に基づく世銀のデータベース上の債務残高より、約1割、大きいことが明らかになった。
この結果は、途上国側が一部の借入の存在を認識していない可能性があることを示唆している。債権国からすれば、途上国側には借入額を正確に認識してもらう必要がある。途上国からすると、責任官庁が把握していない借入を、公的セクターのどこかが行っている疑いがあることを示唆している。債務の持続可能性を確保する観点から、重要な指摘となり得る。
2023年5月13日に発出されたG7財務大臣・中銀総裁による声明では、「我々は、有志の他の債権者と共に、初のデータ共有の取組を通じて、債務データ突合のために世界銀行グループに詳細な貸付データを提供することによって、模範を示した。我々は、初期段階で計65億米ドルに上るデータギャップを特定したこの取組の結果に勇気づけられている。このような目に見える恩恵を念頭に、我々は、全ての公的二国間債権者が、債務データの正確性の分野におけるG20のイニシアティブをさらに前進させることを含め、債務データ突合のためのデータ共有の取組への参加を促す」旨のメッセージが盛り込まれることとなった。

今後の取組み
今回の発見はあくまで初期段階で判明した結果に過ぎない。今後、データギャップが見つかった個別の契約について、世銀が、途上国及び債権国に個別にコンタクトし、その要因がどこにあるのか精査する。この第二段階の作業を通して、上記の額は変動する可能性がある。したがって、この取組みはまだ始まったばかりである。
日本は、今後、G20等の場で、この取組みに未参加の国や債務透明性に後ろ向きの国に対して、貸付データの共有とデータ突合を通して正確な債務データを確保することの重要性を訴えていく。その際、今回のパリクラブによる取組みを通して得られた具体的な結果が足掛かりとなるだろう。債権国にとっても、データギャップの存在を認識することで、この取組みが債権国自身のメリットとなることを理解するはずである。一部のパリクラブ債権国だけでなく、G20の主要債権国を含む、より幅広い取組みへと発展させることがゴールである。この取組みは、まだ第一フェーズを越えたに過ぎず、継続的に取り組む必要がある。

今回の取組みを振り返って
今回の取組みを通して、政策課題の実現には、諦めず努力することが重要であることを再認識した。2~3年前、国際場裏で、「債務データ突合」を訴えていたのは日本だけだった。国内でも、「根回しが足りていない」、「日本の主張がずれているから支持されない」、「そもそも僅かなデータギャップを見つける意味はないのではないか?」等々、散々な言われ方もされた。しかし、今や「債務データ突合」は、債務透明性に必要な取組みとしてグローバルに認知されるに至った。目指すゴールが正しければ、時間はかかるが、必ず形になる。
それにあたっては、手間はかかるが、事前に関係者に説明し、相手の問題意識をよく聴き、質問や懸念に真摯に答え、誤解を解消する等の根回しがが必須である。3年前に、世銀がG20で失敗したように、いきなり提案を議場に持ち込んで、支持・不支持の評決に委ねるのは、勿体ない。
また、政策課題を自身のイメージに最も近い形で実現するには、誰かに丸投げせず、自分自身が案を提示・デザインする側に回り、自分の考えを自分の言葉で伝え、関係者の意見を案に反映しつつ、譲れない一線は理由をつけて押し通しながら、主体的に進める方が良い。3年に渡る取組みを通して、海外の関係者が、日本の主張に徐々に耳を傾け、趣旨を理解し、グローバルに協力の輪が広がっていく様を肌で感じた。日本の主張が鳴かず飛ばずの時代も含め、担当者として、実に手触り感ある政策実現プロセスに直接立ち会えたことは幸運以外の何物でもない。その結果として、データギャップの発見という具体的な成果を示すこともでき、大きな達成感を得るとともに、世界の関係諸国から、日本がこの分野で独自の取組みを成功裏に主導したことを強く認識してもらえた。
この取組みを、G20で定期的な取組みとして定着を図るには、まだまだ努力が必要である。引き続き、最終ゴールに向けて、しっかり取組みを進めていきたい。

図表 (世銀による債務データ突合により判明した債務データのギャップ)
図表 (世銀への貸付データ共有とデータ突合の取組みのイメージ図)

*1) 世界銀行「Debt Transparency in Developing Economies」(2021年)
https://documents1.worldbank.org/curated/en/743881635526394087/pdf/Debt-Transparency-in-Developing-Economies.pdf
*2) パリクラブ:対外債務の返済が困難となった国に対し、公的債務の再編措置(債務の繰延や削減)を取り決めるための公的二国間債権者の非公式会合。原則、毎月、仏・経済財政省で会合を開催(オンライン開催含む)。常時参加国は22カ国。
*3) 本記録は、個人的見解・意見を述べるものであり、財務省の公式見解ではない。
*4) https://www.worldbank.org/en/programs/debt-statistics/ids
*5) IMF・世銀「G20 Operational Guidelines for Sustainable Financing – Diagnostic Tool」(2019年)
https://www.imf.org/external/np/g20/pdf/2019/111519.pdf
*6) World Bank Group President David Malpass:Remarks for G20 Finance Ministers and Central Bank Governors Meeting(2020年7月18日)
https://www.worldbank.org/en/news/statement/2020/07/18/world-bank-group-president-david-malpass-remarks-at-the-g20-finance-ministers-and-central-bank-governors-meeting
*7) https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/convention/g7/cy2021/g7_210605.pdf