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コラム 海外経済の潮流145


英国におけるストライキの動向

大臣官房総合政策課 海外経済調査係 白石 達也


1.はじめに
英国では2022年6月ごろから運輸・郵便、医療、教育といった公的部門を中心にストライキが断続的に実施されている。主な要因は、記録的な物価上昇による生活危機に反発したものである。英国の消費者物価指数の上昇率は2022年10月に前年同月比11.1%上昇と41年ぶりの上昇率を記録し2023年3月では同10.1%上昇と高水準の物価上昇率が続いている。しかし賃金上昇率は物価上昇に追い付いておらず、消費者物価指数の上昇率を超える賃上げを求めてストライキが行なわれている。
本稿では、英国におけるストライキの動向について、規模、背景、英国経済への影響の観点から確認する。

2.ストライキによる労働損失日数
最近行われているストライキの規模を労働損失日数で確認する。
労働損失日数*1は2022年6月以降増加傾向にあり、2022年6月には9.3万日が失われ、11月には46.1万日に増加し、2022年12月にはさらに増加し84.3万日となった。これは2011年11月の公的部門の年金改革をめぐる対立により記録した99.7万日以来の高い月間の記録である。
また年間の労働損失日数で見てみると、2022年の労働損失日数は約247万日*2となり、1989年に記録した損失日数(約413万日)以来の損失日数となった。労働損失日数から見ると最近のストライキは歴史的に見ても大規模なものとなっていることが分かる。

3.公的部門でのストライキ頻発の背景
こういった歴史的に見ても大規模なストライキが起きている背景としては、冒頭にも述べたとおり、消費者物価指数の上昇率に賃金上昇率が追い付いていないことが考えられる。
その中で、英国統計局は、運輸・郵便、医療、教育といった公的部門でのストライキにより多くの労働日数が失われたと指摘しているが、その背景として、物価上昇下で、英国における公的部門の賃金上昇は民間部門と比較して遅れがちであることが一因として挙げられている。
公的部門の賃金は、政府や地方公共団体が賃金に関する方針や基準を労働市場の状況や職務内容を考慮し策定し、それに基づいて設定される。一方で民間部門では労働市場の需給のバランスで賃金が決定されるため、一般的には英国では民間部門の賃金上昇に比べて公的部門の賃金上昇が遅行する傾向にある。
実際に賃金上昇率のデータを部門別に確認すると、ストライキが頻発し始める前の2022年5月における賃金上昇率は、民間部門では前年同月比5.1%上昇であったのに対し、公的部門では同1.8%上昇と低い水準にあった。2022年5月の消費者物価指数の上昇率が前年同月比9.1%上昇であったことを考えると、インフレを受けた英国公的部門の賃金上昇が遅れている可能性があることが窺われる。

4.ストライキによる英国経済への影響
それでは現在頻発しているストライキが英国経済にどのような影響を与えるのかを確認する。
ストライキは社会や経済に様々な影響を与えるため、経済への影響のみを取り出して測定することは容易ではないが、ストライキが発生した産業におけるGDPへの影響を労働損失日数が多かった2022年12月の月次GDPに基づき確認する。
2022年12月の月次GDPは、全体では前月比0.5%減となっている。産業別で見ると、運輸・郵便3.4%減、医療3.2%減、教育2.7%減とストライキの発生した公的部門で大幅に減少していることが分かり、GDPへの下押し圧力となっていたことが窺われる。
その他にも、教育部門のストライキで休校となった場合、保護者は保育のために仕事を休む又は勤務時間を短縮したとの報告や、郵便のストライキにより商品到着の遅延が生じ、取引が円滑に進んでいないといった報告があり、ストライキが発生した産業以外の産業にも影響が出ており、ストライキの影響は広範囲に及んでいると考えられる。

5.おわりに
なお、頻発するストライキを受けて、英国の賃金上昇率は民間部門では2023年2月が前年同月比7.0%上昇、3月が同7.0%上昇と伸びが高止まりし、また、公的部門では2023年2月が前年同月比5.3%上昇、3月が同5.6%上昇と伸びが加速している。これにはストライキが影響している可能性がある。
他方、英国の消費者物価指数上昇率は、2023年3月では前年同月比10.1%上昇と高水準の物価上昇率の状態が継続しており、賃金上昇が更なる物価上昇圧力になるとの懸念もあることから、いずれにせよストライキの動向については引き続き注視が必要である。
(注)文中、意見に及ぶ部分は全て筆者の私見である。
(参考文献)
・英国統計局(ONS)[2022]
“The impact of strikes in the UK”.
・労働政策研究・研修機構[2022]
『イギリス 10月 実質賃金』。
・調査等機関レポート他。

図表1. 消費者物価上昇率と賃金上昇率
図表2. 労働損失日数(月別)
図表3. 労働損失日数(年別)
図表4. 賃金上昇率(部門別)
図表5. 月次GDP(産業別)

*1) 労働損失日数は、英国統計局がストライキにより失われた労働時間を日数に換算し公表するもので、ストライキの規模を示す。
*2) 2022年の労働損失日数は、2022年1月から5月の期間の数値の公表がないため、6月から12月の7か月の日数。