このページの本文へ移動

スリランカの債務再編(デフォルトから債権国会合創設までの歩み)


大臣官房 副財務官 緒方 健太郎/国際局開発政策課 開発金融専門官 小荷田 直久/同課 調整係長 鳥沢 紘悠/同課係員 上坂 美香


はじめに
2022年4月12日、スリランカ財務省が、公的対外債務の支払を一時停止する旨発表したとの報道が飛び込んできた。この発表に伴い、S&P等大手格付会社が、相次いで同国の格付*1を引き下げ、同国はデフォルト状態に陥った。
日本は、同国に中国に次いで大きな額の公的債権を有する主要債権国である。一般的に、借入国がデフォルトして予定通りに返済できなくなった場合、その借入国には経済再生に向けて経済・財政改革に取り組んでもらうとともに、債権者たる日本も、他の債権国と協力しながら、焦げ付いた公的債務について、持続的な返済計画を新たに作る(債務再編する)ことで、当該借入国の経済再生を手助けしつつ、債権者として債権回収を最大化させることが必要となる。かくして、日本の財務省は、他の債権国との協調体制の構築に向けて陰に陽に調整することとなった。
そして、スリランカの支払停止からちょうど1年後の2023年4月13日、日本の鈴木財務大臣は、インドのシタラマン財務大臣及びフランス経済財政省のムーラン国庫総局長(パリクラブ議長)と共に、スリランカ債権国会合の発足をアナウンスした。本稿では、この1年間、担当者としてスリランカの債務問題に向き合い、他の債権国、IMF等の国際機関、債務国であるスリランカ側と調整を行い、債権国会合の開催をアレンジするに至るまでの道のりを記録するものである*2。他国との関係もあることから、各国の立場や個別の具体的なやり取りの詳細をつまびらかにすることはできない部分もあるが、現場の最前線から見て、スリランカのプロセスが、どのような経緯を辿ったのか、説明することとしたい。


スリランカの公的債務の特徴
スリランカは、東南アジアと中東やアフリカ地域を結ぶ海上交通路の要衝に位置し、大型船が入港できる良港を持つこと等から、地政学上注目を浴びることが多い。日本にとっても、スリランカは、シーレーンの要衝として重要な国であり、長い交流の歴史がある。また、同国が中国への債務を返済できなくなり、中国国営企業が同国のハンバントタ港の運営権を取得したことが、いわゆる「債務の罠」の典型例とみなされたことでも、この国の名前を聞くことが多いだろう。
このようなスリランカの位置づけを反映し、スリランカ政府の国内外からの借入構造は図1. スリランカの公的対外債務構成(国営企業向け等を含む)(2022年12月末時点)の通り多様である。海外からの借入のうち、公的二国間債権者からの借入は半分以下の101億ドル(2022年12月末時点)であり、主要債権国は中国と日本、これにインドが続く。このうち、日本は伝統的債権国のグループである「パリクラブ*3」の一員だが、中国とインドは非パリクラブ国である。
借入国がデフォルトに陥り、債務再編が必要な場合、債権者間の公平性の確保が決定的に重要になる。どの債権者も、自らの負担で他の債権者が得することを受け入れ難いからだ。公平性を確保するには、主要な債権国が一堂に会して透明に具体的な債務再編の条件を交渉することが最も近道となる。単純なことのようだが、これがパリクラブの存在意義であり、長年の債務再編の経験から得た知恵でもある。このアプローチは、中国等のパリクラブに未だ参加していない新興債権国からの借入が多い低所得国の債務問題に対処するため、主要新興債権国もメンバーに含むG20でも、「共通枠組*4」という枠組みとして合意され、拡大した。この「共通枠組」の下では、パリクラブ国とG20メンバーである中国・インド等の新興債権国が一堂に会した債権者委員会を立ち上げ、協調して債務再編を行うことになっているが、中所得国のスリランカは適用対象外である。したがって、スリランカの債務再編を着実に進めるためには、主要債権国である中国・インドを巻き込んだ債権国間の枠組みをゼロからアドホックに創設する必要がある。


スリランカの政治・経済状況
ここで、債務再編の議論に入る前に、まず、スリランカが何故現在の苦境に陥ったのか、その内政とこれまでの経済状況を簡単に振り返ってみたい。スリランカの複雑な民族間抗争の歴史は本稿のテーマから外れるので割愛するが、経済・社会は内戦で疲弊しており、歴代の政権は成長と繁栄を取り戻すためには無理を重ねる必要があった。借入の増加もその一環で、特に、近年では中国への依存も拡大させていった。このような背景の下で2019年に就任したゴタバヤ・ラージャパクサ大統領は、成長と雇用の拡大を目指して、法人・個人所得税や付加価値税の減税、中銀の独立性や財政に関する規律強化策の延期等、大胆な政策変更を行った。しかし、成長は得られないばかりか、歳入GDP比は世界最低水準まで落ち込み、財政赤字の増大、公的債務GDP比の拡大や貨幣発行増によるスリランカルピーの下落など、経済の脆弱性が高まっていった。また、2019年にコロンボ等において発生した連続テロ事件から立ち直る間もなく、新型コロナウイルス感染症の拡大により主要な外貨獲得手段である観光業が低迷。さらに、農業改革の失敗により農業生産が縮小し、食料輸入が増加する中、ロシアのウクライナ侵略等を背景に食料・エネルギー価格が急騰し、外貨準備は枯渇寸前となった。冒頭のスリランカ財務省による公的対外債務の一時的な支払い停止は、こうした状況の中で宣言されたのである。
債務再編のプロセスにおける日本に対する期待
同国の経済が混乱する中、2022年5月にはマヒンダ・ラージャパクサ首相が辞任し、ラニル・ウィクラマシンハ氏が首相に就任。同年7月、ゴタバヤ・ラージャパクサ大統領が国外に逃亡し辞職、これを受けて、ウィクラマシンハ首相が大統領に就任(財務大臣も兼任)。新政権は、スリランカを再生させるべく、中国への過度の依存を改め、各国とバランス良く接していく意向を持っているようであった。日本への期待も大きいようで、同年8月には、ウィクラマシンハ大統領が、日本に対し、中国やインドを含む主要債権国も招く債務再編協議を主導するよう期待していることを示唆する報道も流れた。
しかし、スリランカがこの危機から脱出するためには、まずはスリランカ政府自身が、経済を立て直すための一連の政策を推進していくことが不可欠である。経済・財政等の根本原因への対処を通じて、債務持続可能性を回復しなければ、いくら日本が主導して債務再編を実施したところで、焼け石に水だからだ。他方で、改革の実施と債務問題の解決を通じてスリランカを再生することができれば、日本を含む関係国にとっても喜ばしい。日本の財務省は、他国から主導的役割を期待されていたことや日本にとってのスリランカの重要性を踏まえ、様々な調整を開始した。鍵となるのは、危機の根本原因を取り除く改革の実施と、全ての債権国を巻き込む債務再編の枠組みの構築である。
同年9月、同大統領が訪日した際、岸田首相と面会し、全ての債権国が参加する透明かつ公正な負担の下での債務再編が重要であることで一致し、また、鈴木財務大臣との面会で、鈴木財務大臣から、改革の実施が重要であること、全ての債権国による枠組みのもとで、その議論を主導することも含め、日本としてしっかりと役割を果たす用意がある旨を伝達した。


IMF支援プログラム導入に向けた動き
危機に陥ったスリランカが改革を実施するためには、技術面・資金面での支援が欠かせない。このため、スリランカはIMFに支援要請し、IMFは、同国のマクロ経済状況を分析し、同国政府と必要な改革案を調整、2022年9月1日には、歳入改善のための税制改革、金融緩和の段階的廃止、中央銀行の独立性強化、財政の透明性と公的資金管理の改善等に取り組むことを内容とするIMF支援プログラム(Extended Fund Facility(EFF)、48ヶ月間で29億ドルの支援)に事務レベルで合意した。しかし、このプログラムは、IMFから資金支援だけでなく、他の国際機関等からの支援、さらに官民の債権者の債務再編を通じた貢献が前提となっており、これらの支援の見通しが立つことが、IMFの理事会においてこのプログラムを承認する条件となっている。具体的には、債権国については、IMF支援プログラムが求める債務の目標(指標)に従って債務再編を実施することにコミットする(債権国によるIMF支援プログラムに対する「資金保証」(financing assurances)の供与と呼ばれる)ことが必要となる。債権国からの十分な資金保証が事前に得られていなければ、IMFは、そもそも理事会に支援プログラムを諮ることもできない。
官民の債権者の債務再編の見通しを立て、債権国として十分な資金保証を供与すべく、我々は、IMFと同国との事務レベル合意に向けた協議と並行して、関係国・機関と、水面下で、問題意識のすり合わせや情報収集、諸々の働きかけを本格化させた。必要な改革についてはスリランカ政府がIMFと協議して決めていけば良いが、債務再編の方は、誰が誰と、どのような体制で協調して実施していくのかが未定のままでは混乱を招くだけであり、見通しは立てられない。パリクラブだけで債務再編を進めたところで、中国やインド等の主要な非パリクラブの債権国がついてこなければ、彼らの抜け駆けを恐れてパリクラブ債権国も再編にコミットできないし、仮にできたとしても、スリランカの経済を再生するに十分な債務再編のインパクトを与えることもできない。他方で、多国間の債務再編交渉の経験を持たない非パリクラブ国は、十分な心の準備も出来ていないだろうし、官民の債権者がどのような債務再編をすることになるのか、それが中国やインド等の新興債権国にとってどのような意味合いを持つのか見極めた上でなければ交渉のテーブルについてくれないだろう。こうした観点から、我々は、スリランカとIMFとの協議の進展に遅れることがないよう、債務再編の準備・調整を急いだ。


日本の財務省による水面下での調整の開始
しかし、スリランカ政府とIMFが事務レベルの合意に至っても、これに合わせて債務再編の見通しを立てることは叶わず、調整はその後も続いた。我々は、事務レベル合意を梃子に調整を加速させるべく、パリクラブ事務局を擁するフランス経済財政省に働きかけ、パリクラブとしてステートメントを発出することを促した。期せずして、フランス側も我々と同じことを考えていた。両国で一致し、ステートメントには、同国とIMFの事務レベル合意を歓迎すると共に、パリクラブが債務再編を実施する用意があること、非パリクラブ国とも協調してプロセスを進めていく意志があることを盛り込んだ。非パリクラブ国と協調した債務再編を目指し、その機運を高めることを狙ったのである。
他方、我々が「公式な債権国会合を立ち上げる」と呼びかけたところで、非パリクラブの債権国が二つ返事で参加する状態にはなかった。このため、まずは非公式な意見交換を通して、債務再編への心理的ハードルを徐々にでも下げてもらうこととした。非パリクラブ国に、スリランカ債務問題の理解を深めてもらい、来るべき債務再編交渉の具体的なイメージを持ってもらうことが、結果として債務再編を進める近道と考えたのである。具体的には、パリクラブと非パリクラブの債権国が一堂に会し、IMF等が債権国の疑問に答える機会を設けるべく関係機関やフランスを始めとする関係諸国と綿密に調整を行い、そのような非公式会合を複数回アレンジした。
なお、スリランカ側に何らかの働きかけをする際は、同国政府の財務アドバイザーとして雇用されているコンサルティング会社のLazard社にも活躍してもらった。Lazard社は、他国の債務再編のケースでも豊富な経験や専門知識を持ち、テクニカルな論点も含め、日本の問題意識を素早く呑み込み、スリランカ政府とのスムーズな意思疎通を図ることが出来た。パリクラブ事務局を擁するフランスとも幾度となくオンラインで意見交換やすり合わせを行った。非パリクラブ国との間では、日本の財務省と相手国の債務再編の所管省とで、直接コミュニケーションをとると共に、現地の日本大使館には、情報収集や会議のアレンジメントに尽力してもらった。


関係機関・諸国との調整過程の苦労
この調整過程では、関係機関・関係国の間に誤解や意識の違いがあることが明らかとなり、これを埋めるのに大変な苦労をすることとなった。債務国たるスリランカは、債権国側のプロセスを正確に理解している訳ではない。したがって、経験豊富な日本の財務省がLazard社を介して丁寧に説明すると共に、彼らの意向として汲み取るべきものは、フランスとの間で検討の遡上に載せた。
非パリクラブ国の担当者らは、他国と協調して債務再編を実施した経験がないことから、誤解や誤った情報に基づく発言も散見された。意見交換の中で、先方の誤解を一つ一つ丁寧に解きほぐしながら、協調に向けた働きかけを行った。一部の国は、スリランカからの情報が少なく、何を求められているのかが分からないと主張したが、求めている情報は、債権国間の交渉で決めるべきものだったり、債務再編の交渉とは直接関係ないものだったりした。また、スリランカ政府の意図が正確に伝わっていないような場合もあり、Lazard社にはそうした声があることを伝達した。
さらに、債務の状況について、IMFからの情報が不十分との声も聞かれた。債権国は、IMF支援プログラムを支える資金面での前提要件の一部として債務再編を行うのだが、これには、プログラムの前提となったIMFによる債務持続可能性分析や、これに基づきIMFが設定した債務面で目指すべき目標(例えば、公的債務残高の対輸出比率を何年までに何%に抑えるべきといった目標)等の情報が必要となる。この情報がないと、債権国として検討を進めようにも進められないとの不満の声が上がるのは当然である。当のIMFは、国際機関の中立性に鑑み、他の債権国に先んじて一部の債権国だけに情報を共有することはできないとの立場であり、スリランカの債務再編を主導する協議体が正式に確定するまでは、非公式に債権国が集まっているだけの会議体に情報を共有することはできない、と主張した。正式な協議体を立ち上げるためには、来るべき交渉の具体的なイメージを債権国が持つことが必要で、このためにはIMFの情報が必須だが、その情報を得るには正式な協議体が立ち上がっていることが必要、という膠着状態である。ここから脱するために、我々は、各債権国が求める最低限の情報と、IMFにとって正式な債権国会合立上げ前の段階で提供できる最大限の情報を見極めて、最終的には、全員が満足する情報共有の場を設けることに成功した。
このように理解促進や情報共有を図りつつ、個別のフォローアップも丁寧に進めた。一部の国は、国内の意思決定プロセスが複雑で、幹部への相談や関係省庁・機関との協議に苦労しているようで、オンライン会議で日本の財務省が丁寧に説明したことを、会議終了後、「今日、日本が提起した論点を書面(メール)で送ってほしい」と要請されることも少なくなかった。おそらく、そのメールをそのまま幹部や関係者との相談に使うのであろう。何でも書面でないと国内の意思決定プロセスが進まない文化なのだろうと想像し、毎回、会議後に長文のメールを打った。こうした幾度に渡る意見交換を通じて関係者との信頼関係が醸成されていった。
こうした二国間もしくは少数国間の水面下での調整に加え、定例で開催されるパリクラブ会合で、日本やフランスによる水面下での調整状況をパリクラブメンバーに説明すると共に、パリクラブが先行するのではなく非パリクラブ国と一緒に債務再編を進める重要性を繰り返し訴えた。しかし、調整にあまりに多くの時間がかかり、議場では、非パリクラブ国との協調体制の構築を諦める空気が広がる場面もあった。これに対し、事前のビデオ会議ですり合わせをしたり、会議場外で根回しをしたりして、日本の問題意識を共有する仲間作りに努め、非パリクラブ国との協調を諦めてパリクラブだけでプロセスを進める、といった結論に陥ることだけは、なんとか回避することができた。


債権国による債務再編の実施のコミットメント
長い調整プロセスを経て資金保証が視野に入ってきた段階では、我々は、パリクラブや他の債権国がそれぞれバラバラに資金保証を供与するのではなく、協調した形で供与することを目指し、調整を試みた。ここで足並みを揃えられなければ、債務再編交渉の本番で協調した対応を実現することも期待できないからである。
非パリクラブ国と調整して足並み揃えて資金保証を供与するという一見簡単そうなステップを踏むのにも、調整に長い時間を要した。IMFとの事務レベル合意から数か月が経過した頃には、仮に支援プログラムの導入までにこれ以上時間がかかれば、その前提となるスリランカ経済の状況が変わってしまい、IMFがプロセスをゼロからやり直すことになりかねないと囁かれ始めた。資金保証を早急に供与し、迅速に支援プログラムの理事会承認を目指すことが最重要の課題となり、時間との闘いとなった。我々は、タイムラインを意識しながら、パリクラブ諸国に対して、非パリクラブ国の巻き込みの重要性を一貫して訴え続けた。


パリクラブ、インド、その他の非パリクラブ国による資金保証の供与
関係国間の水面下の調整を続けた結果、2023年1月中旬に、インドが先陣を切る形で資金保証を供与する意向を表明し、以前から債務再編を実施する用意があると表明していたパリクラブも即座に資金保証の供与に動いた。この際、パリクラブは、インドを含む多くの非パリクラブ国を招待して臨時会合を開き、その場でパリクラブとハンガリー(非パリクラブ国)が資金保証を供与するとともに、会合後、パリクラブと一部の非パリクラブ国による共同のステートメントを公表した。同ステートメントでは、以下の点が盛り込まれた。
・パリクラブと共に、ハンガリー、サウジアラビア、インドが債務再編に向けて他の関係者と引き続き連携する
・これまでパリクラブと連携してきたインドが先陣を切って資金保証を供与してくれたことに感謝の意を表する
・パリクラブ、ハンガリー、サウジアラビアが、中国を含むその他の公的二国間債権者に対し、早急に資金保証を供与するよう慫慂する
このようにパリクラブが、インド、ハンガリー、サウジアラビアといった非パリクラブの債権国も名前を連ねる形で協調して資金保証を供与し、この協調行動に加わらない中国等の債権国にプレッシャーをかけるステートメントを公表できたことは過去に例がなく、非パリクラブ国との連携の観点から極めて大きな成果であったと言える。なお、中国は、IMFによると、パリクラブ及び非パリクラブ債権国による共同ステートメントの発出に遅れて、3月に資金保証を供与した。
このように債権国による十分な資金保証が得られたことにより、IMFは支援プログラムの理事会プロセスを進めるのに十分な条件が揃ったと評価し、3月20日に理事会がプログラムを承認、スリランカは約30億ドルの資金パッケージのうち、初回約3億3,300万ドルの資金支援を得た。


債権国会合の創設に向けた道のり
協調して資金保証を供与しプログラム承認にこぎつけた次のステップは、実際に債務再編を交渉し合意する債権国会合の創設である。一部の非パリクラブ国は、多国間の債務再編交渉への参加に躊躇していた。その要因の一つとして、多国間の債務再編に参加して、債務再編を実施しても、その多国間の取組みに参加していない別の債権国とスリランカとの間で、不透明な取引や、平等性・公平性を欠く合意がなされれば、自国だけ損をするのではないか、との懸念があった。この懸念を解消するには、スリランカ政府自身が、不透明な取引等をしないとしっかりコミットし、これを確実に遵守する枠組みを作ることが何より重要である。日本の財務省としては、このためにはスリランカに強力なコミットメントを公開させることが最善だと考え、これに向けて関係国・機関と綿密に検討を重ね、調整を行った。その結果、2023年3月14日、スリランカ政府から、ウィクラマシンハ大統領名で、債権国に対して、以下の3つのコミットメントを含むオープンレターが公表されることとなった。
1.スリランカは、他の債権者と債務再編に合意する前に、その内容について透明性をもって報告すると共に、債務の状況を定期的に開示する、
2.スリランカは、債権者がIMF支援プログラムの内容に整合的な債務再編に合意するまでは、当該債権者に返済しない、
3.スリランカは、全ての債権者から公平な債務再編の実施を確保する、その観点から、いかなる債権者とも、公的二国間債権者による多国間の枠組みの下で合意された債務再編の条件よりも優遇された条件での債務再編には合意しない、また、いかなる債権者とも、債務再編の効果を減じるような秘密裏の取引は現状行っておらず、今後も行わない、
この大統領によるオープンコミットメントは、インドを含む他の債権国からも高く評価され、債権国会合の創設の重要な決定打となった。我々も、これを梃子に関係国との調整を加速した。なお、このような国家元首の名で発出される対外的なコミットメントは、政治的に対外的な信頼を懸けた文書であり、これに違反する行為を行った場合、当該国の信頼は失墜するため、外交上強力な意味合いを持つものである。


インドが債権国会合の共同議長を担う旨日本に伝達
オープンコミットメントにより多国間の交渉に対する懸念点が解消されたのか、3月下旬には、インドが、債権国会合に参加し、日本とフランスと共に共同議長としてプロセスを主導する意向があることを日本の財務省に伝達してきた。スリランカの隣国・インドは、スリランカとの地理的、政治的、歴史的な繋がりから他の債権国とも一線を画す特別な存在である。また2023年のG20の議長国を務める大国でもある。そのインドが、パリクラブの最大債権者たる日本と、パリクラブ事務局を擁するフランスと共に、スリランカの債務問題を主導するという流れは極めて自然ではあった。自然ではあるものの、インドとパリクラブが債務再編で個別に協調体制を敷くことは、パリクラブ約70年の歴史の中でも例がない。インドの決断は、パリクラブにとっても大きな転機を迎えるものであり、このことは、他の債権国からも評価された。


債権国会合の立ち上げの公表に向けて
インドの合意が得られたことで、非パリクラブ国を巻き込んだ形での債権国会合の創設の目途が立った。実現すれば史上初の枠組みであり、この枠組みを適切に始動し、これを通じて困難な債務再編交渉を最終的に妥結させることが最重要の課題となった。我々は、この難題を完遂するためには、この画期的な枠組みによる債権国会合の立ち上げを公表し、政治的にモメンタムを高めておくことが重要と考えていた。折しも、2023年4月中旬に、米国・ワシントンD.C.において、IMF・世銀の春会合が開催され多くの国際金融関係者が参集する予定だったことから、そのマージンで債権国会合の立ち上げを公表する機会を設けることとした。
耳目を集めるイベントを開催する以上、我々財務省のスタッフは、イベント会場の確保や参加者の確保など、かなり前から周到にイベントの準備を開始する必要があった。イベント開催までの時間的制約から、インドやフランス等の関係者に、日本がイベントを開催する考えがあることを早々に伝達し、両国に参加を打診したが、こうした打診は、インドが、債権国会合に参加し共同議長としてプロセスを主導する意向を日本に伝達するよりも前の段階で行わざるを得なかった。インドが債権国会合に参加する確認が得られなければ、このようなイベントを開催することもできない。全て不確定の状態の中、債権国会合発足のイベントの準備を進めた。インドの財務大臣の参加が確認できたのはイベントの1週間前だった。イベント開催が確実となったところで、ようやくスリランカとの調整も開始した。全てが時間との戦いで、スピーチ原稿や議事進行案はイベント当日まで内容の調整が続けられていた。


債権国会合発足のイベントの開催
2023年4月13日、IMF・世銀春会合のマージンで、スリランカ債権国会合の発足に関するメディアイベントが開催された。債権国として、鈴木財務大臣兼金融担当大臣、インドのシタラマン財務大臣、フランスのムーラン経済・財政省国庫総局長が参加。スリランカからは、ウィクラマシンハ大統領(オンライン出席)及びウィーラシンハ国務大臣が参加。IMFからは、ゲオルギエバ専務理事及び岡村副専務理事が参加した。海外記者を含む多くのメディアが見守る中、「共通枠組」の対象にはならないスリランカについて、パリクラブと非パリクラブ国とがその垣根を超えて、広範な債権国間の協調体制の下で、同国の債務再編のプロセスを進めていくことを確認した。中所得国の債務問題に対して、広範な債権国の協調体制の下で債務再編を実施するプロセスが確立したことは、初めてのことであり、鈴木大臣も会見で「歴史的な快挙」と言及している。

第1回債権国会合
2023年5月9日、日本・フランス・インド3か国の次官級(神田財務官、ムーラン国庫総局長、セトゥ次官)が共同議長を務め、第1回債権国会合が開催され、債務再編交渉の口火が切られた。非パリクラブ国からも、正式参加したインドに加え、中国、サウジアラビア、イランがオブザーバー参加した。この会合では、スリランカ政府が、IMF支援プログラムに沿った経済・財政改革の実施状況を共有し、債務透明性を確保すること等にコミットしている旨、改めて表明した。債権国は、この債権国会合の下でスリランカの債務再編プロセスを進めていくことを確認した。これまでの債権国会合創設に至る道のりは、債務再編交渉の場を設けるための準備であり、債務再編交渉の本番はこれからである。
なお、債権国会合は正式に始動したが、今回はオブザーバー参加に留まった中国を含め、全ての債権国は今後いつでも正式参加することができる。全ての債権国が公平に交渉に参加することが債務再編の基本中の基本だからだ。他方で、スリランカの経済状況は予断を許さず、債権国には浪費できる時間は無い。このため、仮に全ての債権国が正式参加しなくても、プロセスは進められる。スリランカによる強固なオープンコミットメントにより、世界中が監視する中で債務再編が進められるため、交渉に参加しない国による抜け駆けを心配する必要はない。調整に長い時間を要したが、参加国が交渉に専念する環境は整えられているのだ。


最後に
スリランカのために債権国会合を創設したからといって、必ずしも、他の中所得国の債務問題にも自動的に同様の方式を当てはめ、債権国が協調して債務再編のプロセスを進めていくということにはならない。あくまでスリランカという個別国の債務問題にアドホックな最適解を探ったに過ぎず、他の中所得国の債務問題が表面化すれば、改めて、誰が主導し、どの債権国とどのように協力して、その国の債務問題に効率的、効果的に対処していくべきか考えなければならない。しかし、スリランカの一連のプロセス、例えば、資金保証供与の際にパリクラブ・非パリクラブの垣根を超えた協調したステートメントを公表したことや、債務国からオープンレターによるコミットメントを発出してもらったことなどは、画期的なものであり、今後、他の債務再編を進める上での参考になるだろう。今後、日本の財務省が主導したスリランカのプロセスが、他国からも成功事例、モデルケースとして活用され、幅広い債権国間の協調体制の構築が進んでいくことを期待する。

図2. スリランカのこれまでの債務再編に向けた動き

*1) 2022年4月13日、FitchはCC→C、S&PはCCC→CCと格下げ、Moody’sは、同月18日にCaa2→Caへ格下げ。その後、S&PはSelective Defaultと更に格下げを実施。また、30日間の国債の支払猶予の終了後、FitchはRestricted Defaultとした。
*2) 本記録は、個人的見解・意見を述べるものであり、財務省の公式見解ではない。
*3) パリクラブ:対外債務の返済が困難となった国に対し、公的二国間債務の債務再編措置(債務の繰延や削減)を取り決めるための公的二国間債権者の非公式会合。原則、毎月、仏・経済財政省で開催(オンライン開催含む)。常時参加国は22カ国。(インド、中国ともにメンバーではない)
*4) 2020年11月、G20にて承認された、ケースバイケースで低所得国(注:債務支払猶予イニシアティブ(DSSI:Debt Service Suspension Initiative)」の対象国73か国)向けの債務再編を行うに当たっての枠組み。本枠組みはパリクラブでも承認。中国を含むG20の非パリクラブ国が、債務再編をパリクラブと共通の枠組みの下、合同で行うことを初めて約束したもの。「共通枠組」の下、これまで4カ国が債務再編を要請しており、ザンビア・エチオピア・ガーナについては債務再編交渉中。チャドの債務再編は完了済。