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特集 Future TALK 〇〇さんと日本の未来とイマを考える

辻 愛沙子さん(クリエイティブディレクター)編

はじめに
原田広報室長 どうぞよろしくお願いします。本企画では、財政や税の役割とその現状等について、読者のみなさまにわかりやすく伝えられるよう、様々な方をお招きして、財務省の所管する行政に触れながら、未来やイマについてトークをしてもらいます。
第三回として、クリエイティブディレクター、若手経営者、テレビコメンテーターなど様々な顔を持つ辻愛沙子さん(株式会社arca CEO)をお招きして、財務省の理財局・老月補佐、国際局・吉越係長、主税局・中村係長と対談をしてもらいます。
ぜひ、いろいろな視点から、財務省、あるいは財政について、辻さんの思う疑問や意見等お話しいただければと思います。
辻さん、よろしくお願いいたします。

辻愛沙子さん よろしくお願いいたします。クリエイティブやブランディングを専門とするarcaという会社を経営しながら、自分自身もクリエイティブディレクターとして、広告から商業施設等のコンセプトづくりまで様々な企業様の企画や制作を担当しています。また、報道番組でコメンテーターとしてテレビ出演をしたり、講演会なども行うことも。
財務省に関しては、一般的な知識がある程度で内情まで理解していない部分も多いので、今日はより詳しくその役割や働き方まで、様々な視点でお伺いできればと思っています。
また、広告という仕事柄取り扱うことも多く、特に関心のある社会課題はジェンダー問題ということもあり、とても男性的なイメージがある財務省という組織で、みなさんがどう働かれているのかジェンダー的な目線でのリアルなお話も教えていただければ嬉しいです。

写真1: 中央が辻愛沙子さん


財務省について
辻愛沙子さん 最初に、財務省の組織についてお伺いできればと思います。
まず、財務省にはそれぞれどのような役割を持った部局が存在しているのか、改めてお伺いできればと思います。「課税」のイメージが強いからか、“新しい税収を開拓できた人が出世する”といった言説もよく耳にします。国民が税金を払う制度を作れば作るほど出世する世界…という印象を持っている人も少なくないように思うのですが、どんな組織体でどんな方々が働かれているのか、お伺いできますでしょうか。

老月補佐 理財局の老月です。財務省は、6つの部局に分かれていて、予算を担当する「主計局」、税制を担当する「主税局」、関税や税関を担当する「関税局」、国の財産の管理等を担当する「理財局」、国際関係を担当する「国際局」、そして総務部門の「大臣官房」で構成されています。
この5階建ての古い建物には財務省と国税庁が入っていて、合わせて3千人程度の職員が働いています。また、全国の税務署等まで含めた財務省組織全体としては約7万人が働いています。

辻愛沙子さん 予算管理や税制、国有財産の管理…というイメージが強いですが、改めて伺うとかなり幅広い領域を担われているのですね。7万人もいる組織というのも驚きです。
みなさんはどういった背景や希望があって、財務省で働くという選択をされたのでしょうか。

中村係長 主税局の中村です。入省の動機は人それぞれだと思います。私は当初、財務省に興味はなかったのですが、説明会に参加した際に職員が熱く語る姿がかっこよく感じられて、自分も一緒に働いてみたいと思うようになりました。

辻愛沙子さん たしかに、皆さんと少し同じ空間を共有しただけで、イメージがかなり変わり、和気藹々とした組織なのだと実感しました。表現が適切かわかりませんが、財務省のイメージは、みんなすごくフォーマルな装いで、「業務時間中の私語は慎んでください」みたいな堅い雰囲気だと思っていました(笑)。
一方で、財務省のパブリックイメージとして、「緊縮財政」や「増税」といったイメージが、昨今世間で広まっていると感じますが、こうした世論のイメージをどう捉えているのか、あるいは実態とのギャップがもしあればそれも教えて頂ければと思います。

吉越係長 国際局の吉越です。財務省の外からみると、私たちは「増税のために動いている冷血なサイボーグ」のようなイメージがあるかもしれませんが、職場には人間味あふれる人も多いです。私たちも人間なので、普通に悩んだり相談したりしながら、日本の未来のためになることは何かと考えています。

辻愛沙子さん なるほど。そういった正義感や倫理観といった人間性や「どうやったら人のため・国のためになるか」という想いは、意思決定プロセスで反映されるものなのでしょうか。
“国の財政を司る”と聞くと、そこで決まることによって国の方向性が大きく変わることもあり、慎重な検討と意思決定が必要とされる重い責任が伴う業務ですよね。そうした責任について、その怖さみたいなことを感じることはありますか。

老月補佐 財務省に限らず府省庁においては、多くの政策分野ごとに法令で定められた外部有識者による審議会等が設置され、政策の大きな方向性や方針が議論されていますので、役所だけで政策を考えているわけではありません。
ただ審議会もそこだけですべてが完結するわけではなく、必要な情報提供や議論すべき内容の検討など、質の高い政策が議論されるための土台作りは役所の重要な仕事の一つになっています。
また、組織内のプロセスも、係で検討し、課長補佐と議論し、課長、局長、次官、大臣と説明しながら詰めていくなど、多角的な視点で検討し、組織として責任を持って意思決定をする形となっています。

写真2: 辻 愛沙子さん((株)arca CEO)
写真3: 理財局計画官補佐(内閣・財務係担当) 老月 梓


財務省の働き方について
辻愛沙子さん 今日どうしても話してみたいと思っていたのは、財務省の働き方についてです。霞が関は非常にブラックなイメージがありますが、実際の働き方はどうでしょうか。

中村係長 テレワーク環境も整備されており、フレックスも導入されているなど、労働環境は良くなってきていると思います。一方で、外部の方へのご説明など急ぎの依頼が入ると、出勤せざるを得なくなる職員もいます。

辻愛沙子さん 実際の肌感覚を知りたいのですが、老月さんは霞が関の働き方の変化を感じることはありますか。

老月補佐 自分が入省した十数年前とは自身の意識も含めて大きく変わったと感じます。入省したときとは職責も異なるので単純に比較することは難しいですが、係員のころは終電で帰ることも多く、上司の課長補佐も深夜まで残って働いていました。
現在は予算編成的な業務をしており、年末にかけては忙しかったですが、今は余裕があるなどメリハリのある働き方ができています。

中村係長 辻さんは会社を経営されていて、お忙しいかと思いますが、どのような働き方をされていますか。

辻愛沙子さん 起業する前は会社に勤めていたのですが、働き始めは企画という仕事の楽しさにとにかく夢中になって、上司から「早く帰りなさい」と口酸っぱく言われながらも四六時中パソコンに向き合っていたように思います。
起業してからは、社員も増えてきたことで自身の働き方が社内に与える影響を鑑みるようになりました。いつも燃えている感じは変わらないのですが、社員のためにもまず自分から働き方を見直す必要性を感じ、最近はしっかり休みもとるようにしています。
また、広告の仕事は文字の通り広く遍く届ける仕事なので、自分のアウトプットが社会とズレることがないよう、働き方ひとつとっても自分の価値観が世間と乖離しすぎることのないよう意識しているのもあります。
世間との乖離という意味では、国家予算に向き合う皆さんは扱っている金額が桁違いな一方で、例えば消費税でいうと、スーパーで5円とかを気にする生活者と向き合う解像度が当然求められるわけですよね。その金額のギャップの間で感覚がわからなくなることはないでしょうか。

吉越係長 予算編成でいうと、要求側と詰めて議論したり、外部へのヒアリングをしっかり行うなど、感覚がずれないように努力していると思います。

中村係長 私たちはほかの省庁や地方自治体、あるいは国際機関などに出向することもありますし、多くの方が地方や他の組織から財務省に出向されています。そうした組織の交流や多様性の中で一般的な感覚を保つようにしているのだと思います。

老月補佐 かつての上司から、忙しくても、職場の外の人たちと交流すべきとアドバイスを受けました。これは役所の文化に染まりすぎて、世の中と感覚がずれないようにするという意味があったのだと思います。
自分は子供を育てるなかで保育園や地域施設など世界が広がって、生活者目線みたいなものが格段に身に付いてきたと思います。これが土日も仕事に出てきて働いていると視野が狭まってしまうのだろうなと思います。

辻愛沙子さん そうした感覚を持った人が多いんですね。こうして話していると財務省の人間味を感じます。一方で、組織政治やシステムで動いていく部分もきっと少なくないと思っていて、働いている中で、「もやっと」感じる部分などあるのでしょうか。

中村係長 人事部署で働いたときのことです。財務省でも女性の採用を増やしていますが、普段は男女関係なく一職員として働いているのに、採用時には「男性」「女性」と分けて捉えられている気がして、「もやっと」することがありました。

辻愛沙子さん その「もやっと」はビジネスの領域でも共感できるように思います。「女性ならではの企画を」と言われると、女性ならではかどうかはわからないけど“私としては”と思ったり。
女性の働き方という意味では、先輩方のロールがあると見えてくる景色も違うと思いますが、そういった例はあるのでしょうか。

老月補佐 最近こそ女性を3割以上採用するルールがありますが、先輩の女性職員は少ない状況です。
一方で、そうした先輩たちも家庭と仕事の関係で努力をされていて、先輩たちの様々なスタイルが、選択肢として参考になりました。

吉越係長 フロンティアとして本当に苦労されてきた先輩方を見ると、自分はまだまだだなと思うところはありますが、先輩方のおかげで、私たちの世代が働きやすくなっているので、私たちも後輩のために何かできたらよいなと思っています。

辻愛沙子さん 時代の分岐的に、今が過渡期なのではないかなと思っています。
起業家でみても、95年生まれくらいから女性起業家がとても増えているように感じます。また、ビジネスカンファレンスに参加しても、今では女性がいるのが当然になっていて、むしろ全員男性のケースだと「ヤバい」みたいな空気が当たり前になってきています。
一方で、投資家側のジェンダーギャップに課題はまだまだあります。たとえばフェムテックみたいな女性向け商材がトレンドワードにはなっていますが、圧倒的に男性比率の高い投資家側への課題意識の共有など難しい部分もあります。また、私の会社は自己資本100%でやっているのですが、若年者が経営している会社だと「バックに誰かいる」とか言われることがあります。
また、コメンテーターとして自分で勉強したり考えたりして自分の言葉で話しているのに、政治の話について若い女性がコメントすると、「誰かに言わされている」と言われることもあります。これはきっと年配の男性なら中々起こらない現象ではないでしょうか。
女性が政治や官僚の世界に入りそこで続けていくことにはまだ難しさもあるかもしれませんが、その世界に入りたいと思う人が増えてくると風向きも変わってくるのではないかと思います。

写真4: 国際局開発政策課 企画係長 吉越 文
写真5: 主税局調査課 外国調査第一係長 中村 茜


財務省の広報について
原田広報室長 財務省の情報発信について伺いたいと思います。財務省のイメージについては、ここまで何点か触れていただきましたが、そうしたイメージがあるのは、「私たちは何者か」という点を伝えてこなかったことに原因があると思っています。
こうした状況を踏まえて、多少のリスクがあることも認識しながら、顔を出して発信するということに取り組み始めました。
こうした取組も含めて、ぜひ辻さんからも発信についてアドバイスをいただければ幸いです。

辻愛沙子さん 難しい問題ですね。ただ財務省の方々は、誰かに言わされているわけではなく、自分の仕事として取り組んで発信しているので、そこを疑われる余地はないと思います。そこを正しく伝えるために、生の人の声を出すことは意義があると思います。例えば「ぶっちゃけ、一市民として増税はうれしくないけど、なぜ増税が必要なのか」を語れる方が必要だと思います。
もう一つ思うのは、「知らん間に変わっている」という不信感を国民は抱いていると思います。これを解消することも大切ではないでしょうか。


日本の未来について
辻愛沙子さん 「失われた30年世代」の素朴な疑問として、生まれてこの方「日本の未来安泰だよね」と思ったことがないのですが、失われ続けている一番の理由は何なのでしょうか。国が色々な施策でやってきている内容が生活に返ってきている実感はなくて、自分の身の回りでいうとオフィスのある原宿ですら活気がなくなってきています。こうしたことに自分が起業家として何ができるか悩んでいるのですが、皆さんはどういった点に課題があると考えているのでしょうか。

老月補佐 省内の勉強会で少子化について研究していますが、そこでわかったのは、この30年で、働く場における男女の固定的な格差が驚くほど変わっていないことです。これは、女性という人口の半分の力を活かせないことにそのままつながっていて、成長の大きな阻害要因になっていると思います。

辻愛沙子さん ジェンダーギャップについて日本は遅れていると言われていますが、遅れているというより、変える努力をしてこなかったというのが日本の実情だと捉えています。この20年で、欧米諸国は意図して状況の改善を多種多様な手法で図り前へ進んだ訳ですが、日本だけはそのまま同じ場所で足踏みをしている状態といいますか。
最後に、財務省で働いていて、日本の経済状況や将来に希望を持って向き合えていると思うか否か、お伺いできればと思います。

老月補佐 変わらなすぎるという面もある一方、先ほど辻さんが言っていたような、ここ数年で感じられる変化や、「このままじゃダメだ」という危機感を持つ人が増えているように感じており、それが加速していけばそんなに悪い将来にはならないのではないかと思っています。

吉越係長 今後人口が急に増えることは考えにくい中、縮小均衡がどういった社会になるか想像することは難しいですが、女性の活躍も含めて、この数年間で様々なことが変化していると感じており、また、現状を変えようという人たちがいる以上、希望を持ちたいと思います。

辻愛沙子さん 畑が全然違うけれども、こうして話してみると同じ課題感を共有できることも多々あり、組織だけで見ず個々人の温度感を捉えることも忘れてはいけないなと感じました。こうした課題感を持つ層のボリュームが増えていくことで社会が進んでいくことを願っています。


おわりに
原田広報室長 本日はありがとうございました。財務省やその政策について、辻さんから率直な疑問やご意見をいただき、読者の方の疑問が解消された部分もあるのではないかと思います。
また次回、違った切り口でお話を聞ければと思います。

写真6: 対談風景(右側が辻愛沙子さん)