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コラム 海外経済の潮流143

米国におけるインフレ率の動向

大臣官房総合政策課 海外調査係 岩松 大洋


1.はじめに
数ある経済指標のなかでも米国のインフレ率*1は最も注目されている指標の一つだろう。昨年はその高い注目度からか、米国労働省が公表するインフレ率の偽情報が拡散されたほどである(幸いにも筆者はその偽情報を掴まされることはなかった)。
偽情報の例はささやかなジョークだが、昨年6月には1981年11月以来となる前年比9%(以降、インフレ率の数値は前年比)を超えるインフレ率を記録し、経済面を賑わせた。そしてインフレ率は今も高い水準を維持し、世界中がその動向を注視している。
そこで2023年1回目となる海外経済の潮流では、今なお熱い視線が注がれる米国におけるインフレ率の動向を確認したい。


2.インフレ率の動向
米国のインフレ率は、2019年から新型コロナウィルス流行前の2020年初旬まで概ね2%程度で推移していた。しかし、パンデミックという未曾有の事態が原油などのエネルギー価格の低下を招いた。その結果、インフレ率は一時的に0%程度まで低下し、エネルギー要因による下押しは2021年の初旬まで続いた。
2021年に入るとインフレ率は上昇局面を迎えた。経済活動の再開に伴い、エネルギーはインフレ率の上昇要因に転換した。加えて、部品不足などの供給制約が残る中で需要が回復したことで財やサービスの価格も上昇し、2021年末には7%のインフレ率を記録した。
そこに追い打ちをかけたのが2022年に発生したロシアによるウクライナ侵略である。これにより原油や小麦などの国際商品市況が高騰し、食品やエネルギーを中心に、既に高水準にあったインフレ率を更に押し上げた。
足元のインフレ率は、エネルギーや財の価格上昇圧力が一服したことで鈍化傾向にあるが、依然として高い水準である。特に、住居を含むサービスがその他の項目と比較して大きなインフレ要因となっている。


3.住宅インフレの動向
サービスに含まれる住居のインフレ率は、主に家賃と帰属家賃*2から構成されている。指数全体の約3割のウェイトを占めていることからインフレ率の動向を見通すうえで非常に重要な項目の一つである。
住宅インフレの背景となる民間賃貸住宅の家賃や住宅価格は、パンデミック以降急速に上昇した。その原因を一概に断定することは難しいが、例えば、パンデミック期における住宅在庫の少なさや、パンデミックにより一時的に減少した世帯数の回復による住宅需要の増加などが指摘されている*3。
足元の家賃や住宅価格は、賃貸住宅の空室率の改善や住宅ローン金利の高止まりなどを反映して伸びが鈍化している一方、住居のインフレ率の伸びは続いている。
この要因について米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は11月30日のブルッキングス研究所での講演で、新規契約物件の家賃の伸びは鈍化していると認めつつ、契約更新者の既存物件の家賃の伸びは続くと指摘している。同氏によれば、今後契約更新を迎える既存物件の家賃が新規契約物件の家賃にキャッチアップするために上昇し、この動きは2023年も続くとされる。ただし、新規契約物件の家賃の伸びが鈍化し続ける限り、住居のインフレ率は2023年頃から下がり始めるとも指摘している。


4.サービスインフレと賃金の動向
一方、住居を除くサービスのインフレ率の見通しには不透明感が残る。住居を除くサービスは医療サービスや輸送サービスなど広範なサービスを含んでおり、インフレ率の将来を見通すうえで最も重要な項目であると、パウエルFRB議長も前述の講演で指摘している。
これらサービスインフレの背景の一つには賃金の上昇があり、その根底には、労働需給の逼迫がある。労働参加率はコロナ禍前の水準を下回る一方、失業者1人あたりの求人数は現在約1.7件で、コロナ前の水準を超えている。こうした労働供給不足、労働需要超過が賃金上昇の要因の一つとなっている。
賃金上昇の動きは企業に対するアンケート調査からも見てとれる。全米企業エコノミスト協会(NABE)が昨年10月に実施したアンケート調査によると、賃金の低下より上昇を報告した企業の割合が、調査開始以来3番目の高さになったと報告している*4。
加えて、最低賃金引き上げの動きが活発化していることも見逃せない点である。最低賃金は連邦政府のほか多くの州政府などが独自に定めているが、このうち、州が定める最低賃金はこの1年間で29州(ワシントンDC含む)で引き上げられている。最低賃金の引き上げ基準は州によって異なるが、物価との連動を定める州もあり、今後更なる引き上げの可能性も考えられる。


5.おわりに
記録的な高インフレに対応するため、FRBは異例のペースで金融環境を引き締めており、その甲斐もあってのことか、足元のインフレ率は緩和の兆しが見える。しかし、本稿で述べたとおり、サービス価格を中心に先行きへの不透明はなお残る。
物価高という乱気流からなかなか抜け出せない米国経済が軟着陸(Soft Landing)できるのか、2023年も米国のインフレ率の動向に目が離せない。
(注)文中、意見に係る部分は全て筆者の私見である。
(参考文献、出所)
・Apartment List:“More Than 2 Million Households Dissolved(then Reappeared)During the Pandemic”Rob Warnock(2022.7.19)
・NABE“Business Conditions Survey”(2022.10)
・米労働省、FRB、アトランタ連銀、Economic Policy Institute、Zillow、Apartment List、各種報道

*1) インフレ率は、「消費者物価指数」(CPI:米労働省)と、「個人消費支出価格指数」(PCEデフレーター:米商務省公表)がある。本稿のインフレ率は、便宜上、消費者物価指数を用いている。
*2) 自分の持ち家を借家と仮定した場合に想定される賃料。
*3) Rob Warnock【2022】
*4) NABE会員55社へのアンケート調査であり、サンプル数が少ない点には留意が必要。

図表1.消費者物価指数上昇率の推移
図表2.賃料、住宅価格指数の推移
図表3.賃貸住宅の空室率の推移
図表4.賃金上昇率の推移
図表5.最低賃金を引き上げた州