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ファイナンスライブラリー

評者 渡部 晶

朝岡 大輔 著
企業のアーキテクチャー コーポレートガバナンス改革のゆくえ
東京大学出版会 2022年5月 定価 本体3,400円+税


「序文」で神田秀樹東京大学名誉教授が「本書は、企業を仕組み(アーキテクチャー)とみて、近年のコーポレートガバナンス改革の意味と課題、そして制度や政策が頻繁に変化するなかでの企業活動のあり方について、法制度と財務の両面から、また理論と実務の両面から、わかりやすく説明した書」と紹介する。
著者は、日本開発銀行、国土交通省を経て、現在、明治大学大学院商学研究科准教授・京都大学経営管理大学院客員准教授である。東京大学法学部を卒業後、カリフォルニア大学バークレー校MBA(top5%)、東京大学大学院工学研究科後期課程修了、博士(学術)(Ph.D)である。近著には、砂川伸幸氏(京都大学経営管理大学院教授)、岡田紀子氏(シメックス株式会社、京都大学経営管理大学院客員教授)との共著『ゼミナール コーポレートファイナンス』(日本経済新聞社出版 2022年2月)がある。
本書の構成は、序文に続き、はじめに、第1章 コーポレートガバナンス改革、第2章 資本コストは目に見えない、第3章 企業と投資家の間の綱引き、第4章 資本コスト経営は両刃の剣、第5章 人々の多様性・創造性と金融市場、参考文献、キーワード、判例索引、事項索引、となっている。「第1章及び第2章で基礎的な企業の法制度や資本コストの概念を説明し、第3章から第5章でその概念がどのように用いられるのかという観点で発展させ」ている。
第1章で「コーポレートガバナンス」を「企業を方向付け、コントロールするためのルール、プラクティス、プロセスのシステム」と定義する。そしてこの改革の背景には、株式のリターン(企業から見れば資本「コスト」となる)を高める努力を企業に透明な仕組みとして求める問題意識があるとする。
第2章で、「企業の仕組みは、資本の調達を可能にすると同時に、人々が将来の構想を理解し、共感し、行動するために必要な象徴として作用する」という。
第3章は、全体の3分の1のページ数を費やしている。大きく5節に分かれており、株主は企業の所有者か、企業と株主を巡るルール対立、株主と企業戦略、アクティビズム、集合行為(単独の主体では決定できず、複数の主体による決定が必要な場合に生じる意思決定上の問題を考察)、について具体の事例を咀嚼し巧みに論じる。株主資本主義とステークホルダー主義という哲学的対立に関し、1970年にミルトン・フリードマンが『ニューヨーク・タイムス・マガジン』に公表した一連の論考が株主資本主義の議論の源流として、事後的に象徴的な注目を集めたことにふれる。そして「これ自体もそれぞれの時代において定まる相対的なものであり、振り子の揺り戻しの時代の入り口に立っていると見ることもできます」という。「資本コスト」という言葉は金融市場における投資家の視点の強調を示唆しているという。
第4章で資本コストの成功事例(テスラ、ホンダジェット)と失敗事例(東芝、セラノス)の簡にして要を得た解説がなされる。東芝の事例は、エンロンなどと並ぶ経営の失敗事例として代表的な教科書にも記載されているという。
第5章の最後に著者は「(前略)法制度のインパクトの研究は、その設計の良し悪しが、金融市場における企業全体の活動や経済のパフォーマンスに影響を与えることを示唆しました。法制度の絶え間ない見直しはそれを高めることになります」と喝破する。
著者は、【表紙には、建築途上にある塔のモチーフを入れました。森鴎外に『普請中』という短編があります。主人公は官僚で、工事中の精養軒で外国から訪ねてきた女性と食事をしています。女性がアメリカに出発すると聞いた主人公は、「日本はまだそんなに進んでいないからなあ。日本はまだ普請中だ」と言い、二人がいる工事中の建物と、日本の姿が重なり合っています。本書で「アーキテクチャー」と呼ぶ企業の仕組みも同様であり、私たちが高みを目指して、絶え間なく形つくっていくものだと思います。また、小人のようにも見える不思議な存在は、企業の境界の内部と外部における経営者と株主の関係、短期的な仕事と長期的な展望、そしてジェンダーの多様性を比喩として表現しています】という。
「企業」が、静的なものではなく、動的なものでたえず変化を遂げていることを的確に示した言葉だと思う。コーポレートガバナンス改革に関心のある向きに広く一読をお勧めしたい。