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PRI Open Campus~財務総研の研究・交流活動紹介~14

応益原則と応能原則 ―課税原則の再検討―
 
東京大学大学院経済学研究科教授・財務総合政策研究所特別研究官 林  正義
 
財務総合政策研究所では、財務省内外から様々な知見を有する実務家や研究者等を講師に招き、業務を遂行する上で参考になる幅広い知識や情報を得る場として「ランチミーティング」を開催しています。今月のPRI Open Campusでは、林正義 東京大学大学院経済学研究科教授をお招きして「応益原則と応能原則―課税原則の再検討―」と題してご講演いただいた内容を、「ファイナンス」の読者の方々に紹介します。
 
林  正義 東京大学大学院経済学研究科教授
1998年にクイーンズ大学(カナダ)からPh.D.(経済学)を取得。その後、明治学院大学講師、財務総合政策研究所総括主任研究官、一橋大学助教授、東京大学准教授などを経て現職。主に税制、社会保障、地方財政を主な対象として研究。2006年より財務総合政策研究所特別研究官、2020年より日本財政学会代表理事。
 
 
 
1.はじめに
財政学の教科書をご覧になったことがある方は、「応益原則」や「応能原則」という言葉を目にされたことがあるかと思います。応益原則とは、人々の納税額は彼らが受け取る公共部門からの便益に応じるべきだとする考えです。英語ではbenefit theory、benefit approach、もしくは、benefit principleと表現されます。このうち、benefit principleの直訳が応益原則となります。応益原則は「利益説」とも呼ばれますが、それはbenefit theoryの直訳です。benefitは「便益」と訳されることが多いと思いますが、ここでは「利益」と訳しているわけです。
他方の応能原則は、個人の能力や担税力に応じて納税すべきという考えです。この原則に立つ税制の典型例としては累進課税が挙げられます。応能原則は、英語ではability theory、ability approach、もしくは、ability principleと表現されます。このうち、ability principleの直訳が応能原則です。「能力説」と訳される場合もありますが、それはability theoryの直訳です。
政策談議においても、これらの原則は特定の税制を正当化するためによく用いられているようです。特に地方税に関しては、何故か「地方税は応益原則に従う」とされ、「均等割は望ましい」、「比例税率にすべき」、「控除額は国税より小さくあるべきだ」などという主張が、政策談義だけでなく学術的な議論においてでさえも、無条件に受け入れられている印象を受けます。しかし私は、「○○という税は××原則に従う」や「××原則に従うから△△だ」という議論に違和感を持っていて、そのような議論は、言葉は悪いのですが、脊髄反射といいますか、一種の思考停止のように感じられます。
そこで、今回は少し立ち止まって、これらの原則について深く考えてみたいと思います。なお、これからお話をさせていただくことの一つ一つは経済学的には基本的なものです。従って、それぞれに新規性があるという訳ではありません。むしろ以下では、そのような一つ一つのピースを繋ぎ合わせることで、課税原則についてどのような気付きが得られるかをお示ししたいと思います。
 
 
2.応益原則
応益原則には、古典的な応益課税の見方(classical view of benefit taxation)に基づいた「古典的応益原則」と、新しい応益課税の見方(modern view of benefit taxation)に基づいた「新応益原則」があります。前者は、しばしば財政学の教科書で「アダム・スミスの第一原則」と呼ばれるものです。そこではbenefit as abilityとして、便益が能力に比例するという考えを取ります。それは「保護説」と呼ばれる場合もあります。後者は、ミクロ経済学や公共経済学の教科書で必ずと言って良いほど解説されるリンダール・メカニズムに繋がる議論です。ここでは、支払い意思額(willingness to pay)を便益とします。近代経済学者による財政学の教科書では、古典的応益原則には触れず、新応益原則のみを扱っているものが多いです。
2.1 スミスの第一原則
アダム・スミスによる課税原則は4つあるとされます。スミスは、そのうち第一原則と呼ばれるものにおいて、国家の保護の下で各人が享受する収入を各人の能力とみなし、その能力に比例して納税すべきと説きました。この原則には「equality of taxation」という表現があるので、日本の教科書では「公平性の原則」や「平等性の原則」と呼ばれていますが、経済学で言う「公平性」と特に関連がある原則とは思えません。
この第一原則には「能力に応じて」という表現があるため、日本の教科書や専門書を見ると、それが応益原則(利益説)なのか応能原則(能力説)なのかについて解釈が分かれるようです。利益説と能力説の混合とする説明があったり、利益説や能力説に触れることなく単なるスミスの課税原則のひとつとする紹介があったりと、複数の解釈があります。ただし、セリグマン(Seligman 1908)によると、アダム・スミスは「収入として得られた便益」という表現を利用していることから、やはり、応益原則に基づくと整理されています。つまり、租税思想史的には応益原則のひとつと認識されているようです。
 
2.2 支払い意思額と需要関数
ヴィクセルやリンダールによる新応益原則では、支払い意思額を便益として捉えます。これについては若干詳しく説明させて下さい。図1 個人の需要関数では、個人の需要関数が描いてあり、横軸で財の消費量、縦軸で限界便益(=支払い意思額)が測られています。
限界便益とは財を1単位追加的に消費するときに発生する便益です。例えば、夏の暑い日にビールを1杯、2杯、3杯飲むという場合、その追加的な1杯1杯から生じる追加的な満足度となります。恐らく皆さんの多くがそうであるように、ビールの追加的な満足度は、1杯目より2杯目の方が、2杯目より3杯目の方が低くなるのではないでしょうか。経済学では、これをもって、限界便益が逓減すると言い、図1の右下がりの線がそういった関係、つまり、貨幣価値で測った限界便益が、財の消費量が増えるにつれて低下していく関係を表しています。
図1.は、そのタイトル通り、需要関数を表していることにも注意して下さい。需要関数とは、与えられた価格の下で消費したい量を表します。ビールの例を引き続き使いましょう。例えば1杯目の便益が150円相当である場合、その価格が100円だったら、100円の価格を払って150円分の便益が得られます。したがって、差し引き50円の得になりますから、その1杯を購入します。2杯目の便益が、例えば120円分に下がったとしても、まだ20円の得なので、2杯目も買います。一方、1杯余計に飲むことの便益(限界便益)が100円より低くなれば、その時点で飲むことを止める筈です。つまり、価格と限界便益が等しくなるまで消費を続けることになりますから、縦軸で限界便益を表すグラフは、横軸で需要を表す需要関数になります。
また、限界便益は「最大支払い意思額」、つまり、追加の1杯に対して最大限いくらまで払って良いかを表す値でもあります。追加で1杯飲むことによって130円相当の便益が得られるのであれば、その対価として当然130円までは払って良いと思うはずです。つまり、図1の右下がりのグラフの高さは、そもそも限界便益を表しているのですが、それは同時に最大支払い意思額も表していると解釈できます。
 
2.3 リンダール・メカニズム
リンダールは、公共財の最適な供給水準を達成するメカニズムについて考えました。ここでは、既述のビールを公共財に、ビールの価格を公共財の負担率(公共財供給に必要な費用のうち当該個人が負担する割合)に置き換えて考えて下さい。ここで、図1の縦軸は公共財の限界便益(支払い意思額)を、横軸は任意の負担率の下で需要される公共財の数量(公共財の需要量)を測ることになります。
リンダールは次のような手順をとると公共財は最適に供給されると説きました。(1)先ず、全員からの税収によって丁度公共財の総費用が賄えるよう、各人の負担率を提示します。公共財の限界費用(公共財を1単位追加的に供給することにかかる費用)を1と仮定すると、各人の負担率は各人が直面している公共財の価格になります。(2)次に、その各々異なった負担率の下で、各個人が欲しいと思う公共財の数量(=公共財の需要量)を表明させます。この需要量では、各人についての負担率(公共財の価格)と公共財の限界便益が等しくなっています。しかし、ここでは各人の公共財の需要量は異なるでしょうから、(3)最後に、各人の公共財の需要量が同一になるように各人に提示している負担率をそれぞれ変化させます。そして、この調整後の各人の負担率と公共財の需要量の組み合わせが「リンダール解」と呼ばれます。
このリンダール解で与えられる公共財の数量は最適になります*1。そして、この最適な数量でも、各人の公共財の負担率と公共財の限界便益は一致していますから、公共財の限界便益(=支払い意思額)が高い個人ほど負担が大きくなり、応益原則に沿った負担が行われることになります。なお、ここでは総便益に応じて総負担(税額)をバランスさせるのでは無く、現在の消費量から1単位増えるときの便益(限界便益)とそれによる追加的な負担(負担率)をバランスさせている点に留意して下さい。
 
 
3.応益原則から応能原則へ
3.1 所得効果
応益原則と応能原則が対立するかどうかについては、所得水準が限界便益もしくは支払い意思額に影響を与えるかどうかが重要です。経済学的な言葉を使うと、財需要における「所得効果」の問題です。所得が増えると需要も増える財は「正常財」と呼ばれますが、ある財が正常財ならば、所得が増加すると所与の消費量からの限界便益は増加し、支払い意思額も大きくなります。この場合、図1の右下りのグラフは上方にシフトします。また、リンダール解では限界便益と負担率は一致しますから、所得の増加によってリンダール解における負担率も大きくなります。
例えば、所得を含めた何もかもが同一のAとBの2人だけから成る社会を考えましょう。当然、この2人の公共財の需要関数も同一になり、リンダール解での負担率も0.5で等しくなります。ここで、Aだけの所得が増えたとしましょう。公共財が正常財である場合、つまり、その需要に正の所得効果がある場合、図1では同じ位置にあったAとBのグラフのうちAのものだけ上方に移動します。その結果、新しいリンダール解では、Aの負担率は増加し0.5超になり、Bの負担率は減少し0.5未満になります。すなわち、他の条件が等しければ、所得が相対的に高い者の負担率がそうでない者よりも大きくなることが分かります。
それでは、実際の公共財は正常財なのでしょうか。換言すれば、公共財への支払い意思額は所得とともに大きくなるのでしょうか。例えば、國光(2007)や渡辺ほか(2004)は、仮想的市場評価法という、アンケート調査によって得られた情報を解析する方法を用いて、公園に対する支払い意思額を推定しています。何れの研究でも、所得水準は支払い意思額に対して統計的に有意な正の効果を示しています。一方、Tyllianakis and Skuras(2016)は、河川や湖の水質向上に対する支払い意思額を分析していますが、ここでも統計的に有意な正の効果が確認されています。つまり、これらの研究に限れば、支払い意思額は所得とともに大きくなることが示されています。
 
3.2 応益原則の下での累進構造
上記では、所得が大きくなればリンダール解における負担率も大きくなることが示されましたが、必ずしも所得が大きくなれば所得に対する負担の比率が大きくなる、つまり、負担構造が累進的になるとは示されていません。Snow and Warren(1983)は、このリンダール解における累進構造に関して理論的な考察をしています。彼らは、所得と負担率(価格)に対する公共財需要の反応度合いの相対的な大きさが負担率の累進構造に影響を与えることを示しています。具体的には、公共財需要の所得弾力性*2の絶対値が公共財需要の価格弾力性の絶対値よりも大きい場合、負担構造が累進的になります。
となると、公共サービスに対するこれらの弾力性を推定することで、応益原則に従う場合でも税率構造が累進的になるかどうかを判断することができます。今の基準でいうと粗い分析になりますが、Borcherding and Deaton(1972)は、米国の教育、高速道路、病院、警察、消防、公園、公衆衛生といった各種公共サービスに関して、所得弾力性と価格弾力性を推定しています。全てに対してではありませんが、少なくない公共サービスに関して、所得弾力性は価格弾力性よりも絶対値で大きく推定されています。また、これも米国の研究ですが、Bergstrom et al.(1982)は、マイクロデータを使用して、教育サービスに対する弾力性を推定しています。必ずしも統計的に有意な結果ではありませんが、ここでも所得弾力性が価格弾力性よりも大きく推定されています。
写真:オンラインでの講演の様子
 
 
4.再分配と応益原則
4.1 犠牲説と応能原則
これらの結果からは、応益原則に従う場合でも所得に応じて負担が増加し、時には、税率が累進構造になりうることが理解できます。しかし、この議論は公共サービスの負担に関するもので、弱者救済等の再配分に関するものではありません。それでは、再配分の為の財源負担は応益原則をもって考えることができるでしょうか。ジョン・スチュアート・ミルは「できない」としています。多くの財政学の教科書も、この考えに従って、再分配の財源負担は応益原則ではなく、応能原則に基づく必要があると説いています。
応能原則の基礎となる議論に「犠牲説」と呼ばれるものがあります。犠牲説には幾つかの種類があって、一番古い議論とされているのが先ほどのミルによる「均等犠牲説」です。これは「絶対犠牲説」とも呼ばれますが、そこでは、現状の所得に課税することによって生じる効用の減少、つまり、犠牲=苦しみの量が、納税者全てに関して等しくなるように課税しようと考えます。その犠牲の量が所得に関して比例的になるべきという犠牲説が、コーヘン=スチュアートによる「均等比例犠牲説」です。なお、最も新しい犠牲説は(といっても100年以上前の議論ですが)、エッジワースが提唱した「最小犠牲説」です。そこでは、課税下での〈各個人の効用の総和〉が最大になるような税の負担が求められますが、一定の仮定の下では、その租税負担率は累進的になり、所得が低い者には給付が行われる可能性も示すことができます。つまり、犠牲説によって応能原則を導出することができる訳です。
 
4.2 「保険」としての再分配制度
再分配政策による給付は事後的なものですが、課税と給付を一体として捉え、その再分配制度を「保険」として捉えることも可能です。つまり、再分配制度の便益とは、数々の社会リスクに対する保険として事前に「安心」を提供することだと見做せます。ここで租税は事前的な「保険料」、給付は安心を提供するための事後的な「反射」であると捉えられます。
一部の経済学者は、事後救済としての再分配と事前の備えとしての保険を別物として考える傾向があります。また同様に、租税法や社会保障法の研究者も、保険と再分配を別物として考える方が多いように思えます。しかし、古くから租税は保険料に例えられてきました。時代的に再分配政策は考えられていませんが、良く知られているのは18世紀から19世紀にかけての「保護説」や「保険説」です。
保護説はホッブスやスミスによる議論であり、公共部門を私的財産の守護者として捉えて、守護(による安心というサービス)の対価として納税するという考えです。先ほど言及したスミスの第一原則は、そこに「国家の保護の下で享受している収入」というフレーズがあるように、まさに保護説的な発想に基づいています。他方の保険説は、フランスのチューレによる議論に代表される学説です。そこでは国家を保険会社、国民を被保険者とみなし、税は被保険者が保険会社に支払う保険料と見做されています。Seligman(1908)は(保険説ではなく)保護説をプレミアムやリスクという言葉で説明していますが、そこから分かるように、保護説の本質は保険説と同じと考えてよいと思います。
 
4.3 「保険料」の累進度
初期の保険説では、保険料(=税)の料率(=税率)は比例になると議論されていたようです。しかし、後に続く議論では、累進構造の可能性も示唆されています。19世紀のフランスにおける保険説の研究者であるグスタフ・フォーヴォは、租税の保険数理的分析によって保険料(租税)が累進的になることを示しました*3。そこでは、保護説的な国の治安サービスだけでなく、公教育、公共施設、学術振興などからのサービスも想定されています。
より最近の経済理論を用いた分析でも、税と給付を一体的に保険として捉え、そこでの最適な保険料=税率構造を分析した研究があります。Varian(1980)の分析では、一般的に保険料(税)が累進になることはないが、一定の条件の下では累進構造をとると示されています。また、Strawczynski(1998)の研究は、税率(保険料)区分が2つしかない場合、上位区分の限界税率が下位区分の限界税率よりも大きくなる、つまり、税率が累進構造を持つことを示しています。
 
4.4 無知のベールから犠牲説へ
課税と給付の制度全体を保険と見做す考え方は、ロールズが思考実験として提示した「原初状態(original position)」とも大きく関係します。原初状態における人々は「無知のベール(the veil of ignorance)」に覆われており、将来の社会にはどのような人々が存在するかは分かっていますが、自分がその人々のうち誰になるかが分かりません。この状態で将来の社会における再分配制度を設計すれば、自らの地位、資質、そして能力等に依らない、つまり、自分の既得権益を考慮できない〈公平な〉制度になる筈です。この無知のベール下での再分配制度の設計は、将来、自分が誰になっても安心できる「保険の設計」として捉えることができます。
ロールズは、無知のベールの下で人々は、自分が一番困る状況(一番困った状態に陥る人)のみを考慮するため、一番悲惨な状況が最もマシになるような選択をすると説きます。つまり、「マキシミン原理」ですが、それは「効用が最も小さい個人」の効用のみを考慮する、ロールズ型の社会厚生関数による選択と一致します。
しかし、「マキシミン原理」のみが無知のベール下での判断基準ではありません。1994年にノーベル経済学賞を受賞したハーサニは、無知のベールの下での人々は、何れかの個人になる確率が同一であるとみなし、あたかも均一的な確率の下での期待効用を用いて判断すると説いています。同じ確率の下で期待効用を最大化することは、全員の効用の総和を最大化することと同一ですから、ここでの選択はベンサム型の社会厚生関数に依ることになります。
このベンサム型の社会厚生関数の下では全員の効用の総和を最大化するように制度設計がされることになります。したがって、このハーサニ的な考え方をとると、無知のベール下での選択は既述のエッジワースによる最小犠牲説の考えと一致します。つまり、応能原則に基づく最小犠牲説による課税は、応益的な保険による「安心」の便益への対価として見做すことができる訳です。このように捉えると、応益原則の観点からも再分配制度を理解する事ができるはずです。
 
 
5.まとめ
以上の議論でお伝えしたかった要点は2つです。1つは、公共財需要に正の所得効果があれば、応益原則に基づいたとしても、高額所得者はより多くの税を支払うということです。特に公共財需要の所得弾力性が価格弾力性を凌ぐ場合にはリンダール解における税率構造は累進的になります。いま1つは、応能原則を基礎づける犠牲説のうち、エッジワースの最小犠牲説は、無知のベール下でのハーサニ的な意思決定の考えと一致するということです。人々が保険から享受する安心を便益と見なせば、応益原則の観点からも再分配政策を正当化することができるのではないでしょうか。
今までの議論には幾つかの留意点はあります。まずここでは、現代的な経済分析で想定される情報の非対称性を無視しており、加えて、課税の手段として資源配分に歪みを与えない定額税を前提としていました。実際はこのような条件は成立せず、課税や給付は資源配分の歪みを生じさせます。このような歪みがある世界では、歪みがない世界よりも望ましい再分配の程度は縮小するはずです。しかしながら、そうであっても、既述の2点は応益原則的に財政制度を考える場合に、重要かつ基礎的な視点になると考えています。
ご清聴ありがとうございました。
 
*1) このリンダール解では各人の公共財の負担率(税率)と公共財の限界便益は一致していますから、等式「個人iの負担率=個人iの限界便益」を得ます。負担率を全員分足し上げると1となりますから、「1=Σ個人iの限界便益」となり、リンダール解では公共財の限界費用(1)と社会的限界便益(Σ個人iの限界便益)が等しいという公共財の最適供給を示すサミュエルソン条件が成立していることが分かります。
*2) AのB弾力性とは、Bが1%変化したときにAが何%変化するかを示す値です。
*3) フォーヴォによる議論に興味ある方は、Silvant(2010)を参照して下さい。
 
参考文献
1. Bergstrom, T.C., Rubinfeld, D.L., Shapiro, P., 1982. Micro-based estimates of demand functions for local school expenditures. Econometrica 50(5), 1183-1205.
2. Borcherding, T.E., Deacon, R.T., 1972. The Demand for the services of non-federal governments. American Economic Review 62(5), 891-901.
3. Seligman, E.R.A., 1908. Progressive taxation in theory and practice. American Economic Association Quarterly 9(4), 1-334.
4. Silvant, C., 2010. Gustave Fauveau’s contribution to fiscal theory. European Journal of the History of Economic Thought 17(4), 813-835.
5. Snow, A., Warren, R.S., Jr., 1983. Tax progression in Lindahl equilibrium. Economics Letters 12, 319-326.
6. Strawczynski, M., 1998. Social insurance and the optimum piecewise linear income tax. Journal of Public Economics 69, 371-388.
7. Tyllianakis, E., Skuras, D., 2016. The income elasticity of Willingness-To-Pay(WTP)revisited:A meta-analysis of studies for restoring Good Ecological Status(GES)of water bodies under the Water Framework Directive(WFD). Journal of Environmental Management 182, 531-541.
8. Varian, H., 1980. Redistributive taxation as social insurance. Journal of Public Economics 14, 49-68.
9. 國光洋二(2007)「農村親水公園における住民評価額と利用頻度の関連性」『地域学研究』37(3), 803-816.
10.渡部亮・坂田祥子・丸山敦史・菊池眞夫(2004)「都市公園に対する選好と経済価値-横浜市三ツ池公園を事例として―」『千葉大園芸学』58, 51-58.
 
講演資料はこちらからご覧いただけます.
https://www.mof.go.jp/pri/research/seminar/fy2022/lm20221014.pdf
 
財務総合政策研究所
POLICY RESEARCH INSTITUTE, Ministry Of Finance, JAPAN
過去の「PRI Open Campus」については、
財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。
https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html