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コラム 海外経済の潮流142

欧州におけるエネルギー価格の動向
 
大臣官房総合政策課 海外経済調査係/山田  浩介
 
1.はじめに
ユーロ圏の2022年11月の消費者物価上昇率は前年同月比10.0%増となり、高インフレが継続している。主な要因はエネルギー価格の上昇であり、その内訳をみると、2022年に入ってからはガスと電気の寄与が大きく、足下では3分の2程度を占めている。
本稿では、欧州におけるエネルギー価格の動向のうち、ガスと電気の価格上昇について、その要因と背景を確認する。
 
2.ガス価格上昇の背景と要因
ガス価格上昇の主な要因は卸売価格の上昇であり、欧州の天然ガス卸売価格は2021年中頃以降大きく上昇している。よってここでは、天然ガス卸売価格に焦点を当てる。
まず、背景となる欧州の天然ガス卸売市場の特徴を確認する。
欧州の天然ガスの卸売価格は、2010年以降、世界のガス市場の連結とガス取引ハブ(取引が集積し、価格の形成・発信が行われる拠点)の発展により、石油インデックス(石油価格に連動した価格)に基づく長期契約からスポット価格(市場における競争価格)への移行が進んだ。現在では、2010年の約3倍となる8割以上がスポット価格契約となっている。
また、2021年における天然ガス輸入の国別構成比は、ロシアが39.7%と最も高く、すなわちロシアへの依存度が高い。
こうした特徴を踏まえた上で卸売価格上昇の要因を確認すると、2021年中頃以降の上昇については、新型コロナウイルスにより制限されていた経済活動の再開による世界的なガス需要の拡大や、2021年4月~5月の気候が低温だったことによる冬場に向けたガス貯蔵の遅延といった天候による影響等により、需給がひっ迫してスポット価格が上昇したものと指摘されている。
その中で、2022年初以降は、ロシアによるウクライナ侵略を受けたロシア産エネルギー依存脱却の取組*1などを背景として、ロシアからの天然ガスの供給が減少したことにより、一層需給がひっ迫し、価格の上昇が加速したと考えられる。
 
3.電力価格上昇の背景と要因
電力価格上昇の主な要因は、ガスと同様に卸売価格の上昇であり、電力卸売価格も2021年中頃以降大きく上昇している。
その中で、電力卸売価格の上昇は、天然ガス価格の上昇が主な要因であるとされている。
しかし、欧州の電源構成比を見ると、天然ガスを燃料としたガス発電の割合は全体の2割程度である。それにもかかわらず電力卸売価格全体が天然ガス価格の影響を受けるのは、欧州の電力卸売市場の設計が大きく関係している。
欧州の電力卸売市場は、pay-as-clear市場と呼ばれ、市場には発電の限界費用(発電コスト)が低い電源から優先的に供給されるが(これをメリット・オーダー原則という)、限界費用の最も高い電源の落札価格が全電源に一律に適用される。
燃料である天然ガス価格の上昇によりガス発電の限界費用が上昇し、足下ではガス発電の限界費用が一番高くなっているところ、他の限界費用が低い電源による発電だけでは電力需要がまかなえない場合、卸売価格はガス発電の限界費用まで引き上げられることとなる。
そうした中、前述のとおり、2021年中頃以降、欧州の天然ガス価格は上昇した。また、経済活動の再開によりガス需要と同様に電力需要も拡大したため、ガス発電無くては電力を賄えなくなった。こうしたことから、目下、電力卸売価格は天然ガス価格に連動する形で上昇したと考えられる。
 
4.おわりに
天然ガス卸売価格は、9月以降下落に転じている。これは、欧州において、ガス需要の高まる冬場に向けたガス貯蔵が想定以上に順調に進んだこと*2や、価格高騰を受け、需要家である化学メーカーが生産設備の稼働を抑制するなど需要抑制の動きがあることから、足元の需給ひっ迫懸念が緩和されたためとみられている。
しかし、欧州における冬場のガス消費量は夏の3倍程度である中で、今年の冬が厳冬になれば、在庫が急速に取り崩され、ひっ迫懸念が再燃する可能性もあることから、引き続き注視が必要である。
 
 
(注)文中、意見に係る部分は全て筆者の私見である。
(参考文献)
・欧州エネルギー規制協力庁(ACER)[2021]
“ACER’s Preliminary Assessment of Europe’s high energy prices and the current wholesale electricity market design”
・内閣府[2021]
『世界経済の潮流2021年Ⅱ-中国の経済成長と貿易構造の変化-』
・内閣府[2022]
『世界経済の潮流2022年Ⅰ-世界経済の不確実性の高まりと物価上昇-』
・各種報道、レポート等
 
図表1. ユーロ圏 消費者物価指数上昇率
図表2. ユーロ圏 消費者物価指数 エネルギーの内訳
図表3. 天然ガス卸売価格
図表4. EUの天然ガス輸入の国別構成比(2021年)
図表5. EUの電力卸売価格
図表6. EUの電源構成比
図表7. pay-as-clear市場のイメージ
 
 
*1) 例えば、EUの「エネルギーの価格安定性、供給安定性の持続可能性に向けた(共同)行動方針」(リパワーEU)においては、2030年までのロシア産化石燃料脱却を掲げている。
*2) EUは、加盟国に対し、2022年11月1日までに自国のガス貯蔵施設の8割のガス備蓄を義務付けていたが、9月中旬に目標を2カ月前倒しで達成した。