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ファイナンスライブラリー

評者 渡部  晶
 
神田  眞人 監修・編著
世界のコーポレートガバナンス便覧
財経詳報社 2022年8月 定価 本体1,800円+税
 
 
当時、OECDについての唯一の邦文の解説書と自負した「OECD(経済協力開発機構)-世界最大のシンクタンク」(村田良平著、中公新書、2000年)のあとがきには、「OECDは日本において“知る人ぞ知る”国際機構にとどまり続けたが、この機構で行われた作業、その成果としての報告書、そして事務局が作成する多岐にわたる統計は、国会における立法、各省庁の政策立案、大学や研究機関における研究活動にとり、従来からも欠かせないものであった」とあった。今もそれは全く変わっていない。また、中村英正OECD代表部参事官(当時。現主計局次長)がとりまとめの労をとった、本誌2012年1~5月号のOECDに関する特集記事(参照:https://www.oecd.emb-japan.go.jp/itpr_ja/00_000146.html)も有意義だ。
2016年から、このOECDのコーポレートガバナンス委員会の議長を務めるのが、財務官の神田眞人氏である。同委員会は、G20首脳に承認された企業統治分野の唯一の国際基準として、G20のメンバー国やOECD加盟国を含む世界中の先進国・新興国が準拠し、FSB(金融安定化理事会)や世界銀行が基準としている「G20/OECDコーポレートガバナンス原則」も検討・作成される舞台である。
本書は、企業統治に関する主要な論点について、世界50カ国の規制枠組みを、各国当局の協力を仰ぎ一覧にまとめ詳細な分析を行った世界唯一の網羅的調査の成果(OECD Corporate Governance Factbook 2021)である。神田氏の10冊目は初めての訳書であり、自ら取り纏めた英書を深見健太、小澤裕史、小堀琢也、新谷亜紀子、原口直樹、上甲和輝、川橋天地の各氏と共に補強しつつ和訳した。構成は、「はしがき」(神田氏執筆)、「巻頭言」(マティアス・コーマン事務総長)、「序文」、「概要」、「1.上場企業の株式保有と資本市場のグローバルな動向」、「2.コーポレートガバナンスと制度的枠組み」、「3.株主の権利と主要な持分機能」、「取締役会」、「参考文献」などとなっている。
この2021年改訂版は、2021年10月のG20サミットにおいて、近年の市場構造の変容を踏まえてコーポレートガバナンス原則の見直しに着手することが決定されたことから、特別に重要な地位を占めることになった。この見直しは2023年秋のG20サミットに提出する予定とされている。神田氏は、市場の変容として「株式市場の縮小、特に成長企業の退出」、「上場企業の株式保有の集中化」、「社債市場でのリスクの蓄積」の三点を指摘するほか、ESGへの対応、企業のレジリエンス(強靭性)を高めることも重要な課題とする。
また、「はしがき」は、「コーポレートガバナンスの重要性は、現下の歴史的な構造変容や人類の生存に関わる諸リスクを前に一層高まっている」との神田氏の透徹した洞察から筆が起こされる。そして、「ロシアの不法で残虐なウクライナ侵攻は、民主主義対権威主義、市場経済対国家統制経済の対立の厳しさを浮き彫りにした。民主主義、市場主義が勝利し、法の支配や人権といった普遍的価値を守り抜かなければならない。しかし、我々の市場経済も、格差拡大から気候変動、サイバー脆弱性、規制回避と不正金融まで様々な課題を抱え、また、革新のダイナミズムも失いつつある。GAFA等による極度の寡占、過度の国家介入、上場会社の減少といった公的市場の縮小といった問題を是正し、市場を通じた公正で効率的な資源配分という資本主義の基本的機能を取り戻さなくてはならない。併せて、地球温暖化、格差拡大といった外部不経済も克服し、企業が持続可能な社会の構築に貢献できるよう、資本主義の進化も必要である」とし、「コーポレートガバナンスは市場経済を再活性化して、持続可能で強力な経済発展を取り戻すとともに、企業と社会の長期的利益の調和を通じて、社会的、人類的課題を克服する中核的手段である。この市場経済の進化により、民主主義を守ることもできる」と断じる。
先日の2022年11月のG20サミット首脳宣言でも「G20/OECDコーポレートガバナンス原則」見直しにコミットが明記されている。2022年9月19日から10月21日まで、原則の改訂案に関する市中協議が実施された。原則見直しの論点は多岐にわたり、持続可能性、強靭性、特にESG、デジタル化への適応、企業所有集中化への対応、機関投資家とスチュワードシップの役割、リスク管理、取締役会多様性などが含まれる。
上述のとおり、この重要な見直しの基礎となるものとして本書が関係者に広く参照されることを期待したい。