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紀州名物「和歌山ラーメン」を味わう

和歌山県財政課長 庄中  健太
 
写真:和歌山県PRキャラクター「きいちゃん」
 
 
和歌山でラーメン?
「ご当地ラーメンといえば?」—多くの人は「札幌ラーメン」や「博多ラーメン」と答えるかもしれない。しかし、それらに勝るとも劣らぬラーメンがある。
「和歌山ラーメン」をご存じだろうか。昔ながらの三色雷文の丼にはオーカー色の豚骨醤油スープ、その表面を漂うように細ストレート麺。具には豚バラのチャーシュー、メンマ、青ネギ、そして梅の花を模した蒲鉾が存在感を放つ。どこかノスタルジックな気もするが、他のどのラーメンとも異なる特徴的な見た目を有する。
地元の人は単に「中華そば」と呼ぶように、元来それが和歌山特有の食べ物であるという意識は希薄だった。契機となったのは今から25年ほど前。某テレビ番組で「日本一うまいラーメン決定戦」なる企画が行われた。そこで見事頂点に輝いたのが、和歌山市の老舗ラーメン店「井出商店」であった。以降「和歌山ラーメン」という言葉が全国的に定着していくとともに、和歌山の人たちが昔から食べ馴染んでいた「中華そば」が、実は「和歌山ラーメン」なる食べ物だったと認識されることとなる。
 
ラーメン店になぜ寿司が?
実際に和歌山市内の中華そば屋へと足を運んでみよう。軒下のダクトから漏れ出る豚骨臭に食欲を刺激されながら店内に入ると、カウンターには玉子のいくつか入った籠が置かれ、早なれ寿司(しめ鯖の押し寿司)が延べ棒のごとく積まれている。メニューには「中華そば」とだけ書かれており、オプションで「特製」(チャーシュー増し)や「大盛り」(麺増し)を選ぶだけのシンプルなシステムだ。口頭で注文し到着を待っている間に卓上のゆで玉子を一つ手に取り殻を剥いておく。
中華そばが提供されたらまずはスープを一口。程よい豚骨臭を鼻で感じながら、醤油豚骨のまろやかでコクのあるテイストを舌で味わう。見た目に反してしつこくなく、濃厚なのにあっさりとした印象すら受ける。やや柔めに茹でられた細麺はスープをしっかりと持ち上げ、小麦の甘みとスープの塩味・旨味が口内で交錯する。濃い目の味に飽きてきたら今度は卓上の早なれ寿司に手を伸ばす。酢飯のさっぱりとした酸味が口内をリセットしてくれ、濃厚なスープとのマリアージュは抜群。和歌山で800年以上の歴史がある郷土料理は、今では中華そばのお供になっている。
ちなみに卓上のゆで玉子と早なれ寿司は勝手に食べて、最後に自己申告制で会計する。これもかつての屋台文化の名残だろうか。
写真:「正善」(和歌山・六十谷)安倍元総理も訪れ舌鼓を打ったという。(筆者撮影)
写真:卓上に置かれたゆで玉子と早慣れ寿司(筆者撮影)
 
「車庫前系」と「井出系」
和歌山ラーメンの肝といえば豚骨醤油スープだが、その土台が醤油メインの黒く透き通ったものか、豚骨メインのマイルドで濁ったものかで2つの系統に大別され、前者(醤油メイン)が「車庫前系」、後者(豚骨メイン)が「井出系」と称される。
「車庫前」というのはかつて存在した路面電車(南海和歌山軌道線:通称「市電」)の駅名で、当時の繁華街である。和歌山の中華そばの歴史は車庫前駅の屋台「〇髙」から始まった。戦後間もなく、車庫前周辺で「〇髙」の味が支持を受けるようになると、他の屋台も「〇髙」の味を模倣するとともに屋号に「〇」をつけるようになったという。芳ばしい香りを放つ醤油ベースの「車庫前系」中華そばが受け入れられたのは、和歌山県が醤油発祥の地であることと無関係ではないだろう。
一方「井出系」はというと、言うまでもなく王者「井出商店」に由来する。もともと「井出商店」においてもオーセンティックな「車庫前系」の中華そばを提供していたが、ある日偶然スープを炊き込みすぎて濁らせてしまった。結果、「豚骨のゼラチンがスープと脂をトロリと乳化させ、醤油味がうまくマスキングする『コク深くまろやか、あと味あっさり』」(「井出商店」HPから引用)の味が完成したとされる。まさに怪我の功名だ。
その後、「井出系」は「井出商店」の弟子を中心に広がったが、「車庫前系」と比べると少数派である。ただし、前述のテレビ番組の影響に加え、「井出商店」が「新横浜ラーメン博物館」に出店し数々の記録を打ち立てた鮮烈な記憶、さらに「井出商店」の味を模した「まっち棒」(池尻大橋)や市販の即席麺が流行したことから、全国的には「和歌山ラーメン」といえば「井出系」を連想する人が多い。
 
本場の和歌山ラーメンを食べ歩こう
ここまで読んだあなたは今ごろ和歌山ラーメンが食べたくなっていることだろう。できることなら和歌山を訪ね、地元に根付いた「中華そば」を文化ごと味わっていただきたい。
和歌山市の中心部にあり、和歌山ラーメンの草分け的存在である元祖「〇髙」(和歌山・アロチ)や王者「井出商店」(和歌山・田中口)を訪れておけば間違いないが、それ以外にも幾多の名店が存在する。
・「〇宮」(和歌山・黒江)
昭和24年創業、「車庫前系」の老舗。あっさり目だがコク深い味わい。3代目の若き店主は伝統の味を受け継ぎつつも、スープの改良やツルシコな自家製麺の開発にも果敢に挑み、進化を続けている。
 
・「丸三」(和歌山・紀三井寺)
「丸」とつく屋号ではあるが「井出系」。とろみのあるスープは癖になりそうな豚骨臭を放ち、ひとたび食べ出すと箸が止まらない。通は「麺固め・ネギ多め」でオーダーするようだ。
 
・「山為食堂」(和歌山・和歌山市)
「車庫前系」にも「井出系」にも属さない独創的な中華そば。ザラとした豚骨スープは丼の底に骨粉が溜まるほどの濃度。和歌山では珍しい太麺でアルデンテな食感が面白い。
 
・「うらしま」(紀の川・打田)
筆者の個人的ナンバー1和歌山ラーメンであり、昼間の2時間しか営業していない激レア店。豚骨のみを炊き込んで作られたドロみのあるスープは豚の旨味が満載。塩辛さの中にほのかな甘味が感じられる。白飯との相性は抜群。弟子にあたる「しま彰」(紀の川・甘露寺前)や「今心」(和歌山・日前宮)もハイレベル。
東京近郊で食べられる和歌山ラーメン
とはいえ和歌山はちょっと遠い。今すぐ食べたい江戸っ子読者のために、東京近郊で食べられる和歌山ラーメンの一例を紹介しておく。まずは近場で和歌山ラーメンの感触を確かめ、その味が気に入れば和歌山を訪れてほしい。
なお、市販でもカップ麺や生麺が売られているので、コンビニやスーパー、通販やふるさと納税などで入手することもできる。
 
・「まる岡」(亀有)
和歌山市の有名店「〇イ」(車庫前系)で修業した店主の作る本格的な和歌山ラーメン。本家同様、青ネギが麺を覆い隠すほどこんもり盛られている。本場の味が体感できるザ・和歌山ラーメン。
 
・「天鳳」(新橋)
関西にチェーン展開する和歌山ラーメン店が今年7月新橋にオープン。あっさり系のスープだが、しっかりと豚骨臭と醤油感を味わえる。味変アイテムで紅生姜が置いてあるのも珍しい。
 
・「まっち棒」(溝の口)
「井出商店」が認知される以前より、和歌山ラーメンをいち早く東京に知らしめたのが「まっち棒」(池尻大橋)であった。今は溝の口に移転している。「井出系」を模しているが、低加水の麺と豚骨や鶏ガラなどを煮込んだ濃厚なスープが特徴の関東風和歌山ラーメン。
 
・「のりや食堂」(大井町)
「まっち棒」とともに和歌山ラーメンを東京に知らしめたパイオニア的な老舗。そんなカリスマ店であるが、店内は広く、年中無休で平日は深夜1時まで営業しているため訪問のハードルは低い。今はオールマイティな食堂に転身しており、「生姜焼き定食」が隠れた名物でもある。
 
・「極ジョー」(立川南)
奈良の名店「いふり」(五位堂)が東京に移転し和歌山ラーメンに挑戦。麺は硬めに茹でられており、蕎麦文化盛んな関東人好みか。ハリガネや粉落としといった博多ラーメンのような注文も可能。
 
・「むらさき山」(三田)
化学調味料不使用のこだわりスープは上品ながらもしっかりとパンチがある。通常の和歌山ラーメンと異なり、煮干しの風味を前面に出し、焦がし葱の香りをアクセントとする独特な味わい。
写真 「まる岡」(亀有)デフォルトでこの盛り。ネギ好きにはたまらない。(筆者撮影)
その他和歌山のラーメン(番外編)
ここ和歌山にはいわゆる「車庫前系」や「井出系」といった豚骨醤油の和歌山ラーメン以外にも地元に根付いたラーメンが存在する。豚骨醤油が苦手な方、オーソドックスに飽きた方は以下を参照されたい。
 
・「グリーンコーナー」(和歌山・田井ノ瀬)
チキンスープに天かすとワカメがたっぷり入った「てんかけラーメン」は和歌山のもう1つのソウルフード。江戸時代から続く製茶メーカーが運営しており、抹茶ソフト(グリーンソフト)も和歌山名物。
 
・「かわせ」(和歌山・紀伊中ノ島)
ユニークな店主による我が道を行くラーメン。暖簾を潜ると緊張感が漂う。固く茹でられた太麺はアルデンテを超えてポキポキな触感。豚の旨味響く、唯一無二の癖になる味。
 
・「RAGUMAN」(和歌山・黒田)
和風、イタリアン、トムヤムクンなど種類豊富な七変化ラーメン。あっさりで上品な塩スープに中細縮れ麺を合わせる。ログハウス調の店内はオシャレなバーのような雰囲気で、女性にも人気。
写真 玉林園「グリーンコーナー」のてんかけラーメンフードコートで390円で食べられる。(筆者撮影)
 
コラム 和歌山人はラーメン嫌い?
実は和歌山市のラーメン支出額は全国最下位。これだけ中華そば文化が根付いているのに何故だろう。
よくよく見ると近畿地方は軒並み下位である。関西はラーメン以外にも美食が豊富にあるせいかもしれない。大阪や京都はラーメン激戦区のイメージが強いが、消費は学生中心ということなのか、世帯での支出額は多くない。
さらに意外なことに、ご当地ラーメンが根付いている北九州、徳島、熊本なども下位に名を連ねる。
分析してみたところ、ラーメンへの支出額は気温との相関関係がみられ、新潟や山形など寒い地域では多く、那覇、松山など温かい地域では少ない。寒いとラーメンが恋しくなるのは本当のようだ。
和歌山が最下位なのは、近畿かつ温暖地域なことに加え、和歌山市周辺を除けばラーメン店がほぼ存在しないことも要因かもしれない。

図表.中華そばの年間支出額(円)
 
和歌山市へのアクセス
・JR新大阪駅から特急くろしおで1時間(JR和歌山駅)
・南海難波駅から特急サザンで1時間(南海和歌山市駅)
・関西空港からリムジンバスで40分(JR和歌山駅)、
南海空港線(泉佐野駅乗り換え)
特急サザンで45分(南海和歌山市駅)
 
筆者略歴
庄中  健太(しょうなか  けんた)
ラーメン官僚(心得)。2022年7月より和歌山県へ出向中。ラーメンをこよなく愛し、年間500杯のラーメンを食す。「ラーメン官僚」かずあっきぃ(田中一明)氏の弟子であり、「霞が関で2番目にラーメンを食べる男」として自身のInstagram(@kntsnk)にて和歌山県のラーメン情報を発信している。